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近くて遠い人*上



西の拠点、ファジィ国第2の都市ヴァルゴ。


山々に囲まれた自然豊かな地で、冬は国内屈指の豪雪地帯として知られる。


夏は涼しく快適で、王侯貴族の避暑地コンピ山を背に、ふもとには高級住宅が立ち並ぶ有名な貴族都市だった。




その王侯貴族の一員、頂点に位置する一族である王子と王女が揃って西都に姿を現したことを知る者はごくわずか。滞在先となる屋敷の住人たちのみであった。



中央からの使者もなく、夕刻前の突然の来訪に執事をはじめ使用人はてんやわんやの大騒ぎ。


戦場か嵐のようなドタバタを、一時間が過ぎた現在も繰り広げていた。



主人である伯爵は夫人と共に『中央』と呼ばれる役所に出勤中。留守を預かる長男が王子たちを出迎えた。



「ようこそ王子・王女様。お疲れでしょう」



何を悟っているのかこの若者、供も付けずふたりだけの来訪に追求もない。ふてぶてしくも和やかに歓迎を施した。


ただし王女フレアは歓迎も友好も一蹴。目くじらを立てて懐に踏み込んだ。



「カーラント!約束は覚えてる!忘れたなんて言ってごらんなさい!何かが飛んでくるわよ!」



平手打ちの準備も万端、フレアは早々に自己主張をはじめる。


だが10歳の年長であることや強心臓を武器に、カーラントは物怖じせず16歳の若い主君を手玉に取った。



「覚えておりますとも。ですが私も忙しくなかなか実行に移せず。この2年、気に止めてはいたのです」



約束内容なんて忘却の彼方だがヌケヌケと気高き孔雀の微笑みで騙し込む。


王女の短気で人のよい性格を見抜き、腰を低く憎まれない答えを選んだ。



王女はまんまと騙された。2年ぶりに見る彼は当時と変わらず美しくて、年頃の乙女だけにその顔から謝罪されては無条件で許してしまう。



孔雀仮面の友人カインが同席していたなら狡猾な言動に苦笑したことだろう。


あまりに毒の強い男。フレアの手に負える相手ではないのだ。



ドタバタ劇も落着せぬうちに次は賑やかな夕食時間を迎えた。


伯爵夫妻とカーラントを交えた談笑しながらのディナー。



豪華な食事に歓喜し、それを終えると王子たちは一旦客室で身を休めた。


何せレトの街から西都まで半日以上の馬車の旅。全身、特に尻が痛い。


けれどフレアは上機嫌。大好きな人に会えて疲れも吹き飛んでいる様子。



双子の兄は重い溜め息をよく似た面影の妹に送る。


昨夜彼女は「2年も会いに来てくれない!」と凄まじい剣幕でカーラントを罵っていた。


そのはずなのに今の笑顔に「やっぱり楽観的で単純な奴だよな」と呆れ顔だ。



長所にもなりえるが、身近にいる立場では見ているだけで疲れてしまう。


なるべくなら他人を巻き込むのはやめてほしい、と切に願う苦労性のパウルであった。




そしてここからが本題だ。広間から退いた本当の理由はふたりだけで作戦会議を開きたかったから。



今回の来訪理由は世話役アリウスの恋の成就に端を発するのだが、伯爵たちにそのままを伝えられるはずもなく旅行であると語った。


父王にワガママを言ってふたりだけで先陣を切ったが、すぐにカインたちも到着するとも補足する。


こうでも言わなければ城に連れ戻されてしまう。供がいれば旅も信用されやすいとの判断だった。



城を出たであろうカインたちは徒歩のはずで、今は城近くの宿場町を目指している頃だろうか。


よって彼らがヴァルゴに到着するのは2~3日後。この屋敷にも立ち寄るはずだ。


父王の隠し子に会うとの大嘘のせいでまだ再会するわけにもいかず、近日中にこの屋敷からの出立は必須。


コンピ山の別荘で適当に暇潰しののちまた下山だ。



逆を言えばしばらくの間パウルたちは西都に滞在可能となる。


カーラントと過ごせるとあってフレアは嬉しそうに顔をニヤけさせた。アリウスも大事だが自分の恋も大切なのだ。




高を括ってカインたちの日程を決めつけたものの、順風満帆といかぬが人生。


計画の失敗を王女たちはまもなく知る事となる。人生そう甘くはないのであった。





作戦会議に熱中する王子たち。それより半日ほど遡る清々しい朝のことである。


王子たちが出発したばかりのレトの街を、そうとも知らずにこれから目指す一組の男女。


朝もやに煙る早朝から舗装もされない山道を歩き続けていた。




男女と言っても服装はふたりとも男物で、ひとりは男装の女だった。


長旅ゆえに様々な障害から身を守るためだが、いまのところ事なきを得ている。


だが堅固な城壁に囲まれた国都アストライアから遠く離れ、第一宿場町も抜けたここからが危険区域だ。油断は禁物である。




剣士カインは今それを肌で感じていた。


宿場町を出てからずっと背後を歩く旅人風の男から放たれるピリピリとした気配によって。



「アリウス殿」



長い髪をターバンに隠したアリウス。ずれていないかと気にする仕草をしきりに見せ、不意に呼ばれた名に「はい」と隣人を見つめる。



剣士は正面を向いたまま彼女を慌てさせないよう冷静な口調で現状と今後の説明を始めた。



「さり気ない動作で足早に前進してオレから離れてくれ。後ろの男、何か仕掛けてくる」



経験不足のアリウスには全く読めないが、職業柄カインには相手の殺気が色濃く臭うらしい。



「わかりました。お気を付けて」



取り乱しもせずの従順な態度がありがたい。それに気遣いも嬉しい。


カインの引き締まった精悍な顔立ちに自然と笑みが浮かぶ。


そしてもうひとつ。優しい彼女に大事な補足だ。



「ああ、それと振り向かないでほしい。あなたに血は似合わない」



男装をしていても城に滞在中はワンピースを着たれっきとした女性。


そうでなくとも美人と評判の女だ。カインと言わず大抵の男が口にするだろう。


ただし彼の場合は下心ではなく剣士の誇りから。女性を守るのは当然の責務である。



何気ないその発言に恋心を抱えたアリウスがどれほど感激したことか。


好感度をますます上げたとも知らず、剣士は実行開始の目配せを送った。



旅人風の男はややっと慌てた。狙いを定めていた小柄な方が足を早めたからだ。



実はこの男、売人である。宿場町で見かけたアリウスを一目で女と見抜き、あまりの上玉振りに捕らえて妓館に売りつけようとたくらんだのだ。


連れの男は体格もよく立派な剣を帯びているが、自分もそれなりに腕に自信はある。


懐の短剣でいつでも勝負!と意気揚々に追いかけた。



その前方に立ちはだかった人物はもちろんカインだ。顔色も変えず普段の目元涼しい清潔感の漂う表情を披露した。



短剣を抜き売人は突進。自慢の素早い動きで一突き……としたかったのだが、気づいた時には手ぶらで立ち尽くしていた。


カランと音を立てて短剣は遠く地に落ちた。




カインは抜剣しなかった。鞘を付けたまま相手の武器を振り払っただけ。


格下相手に無用の殺生は好まない。剣士は暗殺者ではないのだ。




鼻先に突きつけられた剣と実力の差に売人は恐れをなした。


将来将軍職を有望視された若者とまでは気づかぬも相手が悪いと直感。命あっての幸せ、捨て台詞を残して回れ右をした。



「お、覚えてやがれ!」



短剣を拾い上げ猛スピードで走り去る男。


そんなものには目もくれず、カインもゆっくりと振り向いた。



瞬間、活動的な男が足を止めて直立。視線の先には安堵の表情を全面に出した女の姿。


途端なにか不思議な感覚に身を包まれた気がした。



得体の知れぬ感情は何と言うか、甘く切なく、くすぐったい。


独身なので家ではもちろん一人暮らし。けれど誰かが待っていてくれる環境も悪くないな、とおぼろ気に結婚願望を抱いた。



モヤモヤとすっきりしない胸の内。けれど前進あるのみ。思考を切り替えカインは任務に戻った。





やはりと言うべきか、宿場町が点在するとはいえ国都と次の街レトまでの中間地点にあたるこの周辺が最も治安が悪そうだ。


先を急ぎたいのでまた野宿と考えていたカインだが改善の余地を認めた。


あまりに物騒ではアリウスを夜道に置けるはずもなく、これだけは避けたい。その旨を伝えると……。



「私なら野宿でも構いません。先を急ぎましょう」



勇敢にもそんな答えが返ってきた。



さてどうしようかとカインは悩んだ。次の宿場町を無視してレトの街を目指すか。だがその際にはまたも山越え。夜にぶつかり野宿が待つ。


苦渋の彼に優しく背中を押す声が届いた。



「カイン様、進みましょう?レトの街になら王子様たちの手がかりもきっとあるわ。ご本人たちがいらっしゃるかもしれないし」



一理あるとカインは納得し、ふたりは前進。レトの街を目指した。だが困難は夜の帳と共に舞い降りる。



「きゃあっ!」



せっかくの満月も上空は生憎の曇り空。夜を迎えた山道は漆黒に覆われ冷たい空気を演出する。


鳥や野犬の遠吠えが響き、頭上では木々が音を立てて不気味に笑う。



今宵だけで何度目のことか、周囲の変化、新たな鳴き声のたびにアリウスのこの驚きようだ。今度は隣人にしがみついて救いを求めた。



「痛っ!」



爪が頬を掠め思わず男が声を上げた。慌ててアリウスは身を離して謝罪をする。



「申し訳ありません!大丈夫ですかっ!?」



丁寧な謝辞に、実際反射的に声が出ただけでたいした痛みもないカインの方が恐縮だ。反省を交えて無事を告げる。



「大丈夫。痛みもない」


「ごめんなさい」



誠意のこもった再度の謝罪に彼は不謹慎ながらクスッと笑った。



「優しいんだな。美人だし、短気は直してもっと女らしくしたら?恋人が泣くぞ」


「そんな男いないわ。王女様たちのお世話が生き甲斐だもの」



22歳の若さで年寄り臭いことを口にする、とカインは内心でまた笑ったが、恋人なし発言には意外さとホッとしたものを感じた。



思えばプライベートな会話を交わすのは初めてではなかろうか。今までは散々回避され続けた。


彼女のこと、そしてなぜ自分が彼女をこうまで気にするのかを知るチャンスである。



そういえばと恋人ついでに国都の男爵令嬢サラを思い出した。


昨日城を離れる際に、帰宅日未定と告げた時の呆然とした顔。


この旅で彼女との約束も中途半端なままになってしまった。戻りしだいまた秘密の……。



思考は突然に停止された。


夜風に乗ってやってきた形なき物質に彼は敏感に反応した。



「……血の匂い」


「え、まさか王子たち!?」



女が声を震わせる。張り詰めた緊張がふたりを包んだ。



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