悪戯なロマンス
シロツメクサの咲き誇る、一面真っ白な中庭に佇む男女。
剣士カインは己の曖昧さが招いた誤解に気づくと、本来の積極性をすぐさま取り戻した。
躊躇いはもうない。眼前の女にようやく認めた本心をぶつけた。
「まだオレを愛してくれてるだろうか。愛してると伝えていいだろうか」
「カイン様……」
「仕事から帰宅して待っていてくれる人がほしい。あなたであってほしい」
おぼろげだったがそれを感じたのは一緒に旅をしていた時。
人物の特定にはまだ至らなかったものの、結婚願望がふと芽生えた。
アリウスを対象と自覚したのはいつだったのか、明確には判断できない。
けれど一緒に旅をし波長があった。側にいて違和感がなかった。遠慮なく自分をさらけ出すことができた。
別離して城に戻り国王から彼女との交際を薦められて、ようやく気づいた。アリウスでなければダメだ。彼女への思いは愛なのだ、と。
キスや数々の言動と同様に思考の方も強引かもしれない。でもこれだけは伝えなくてはならなかった。
大きな手で柄を握り、彼は剣に誓った。
「愛してる。結婚してくれないか」
この求婚がいきなりだとは思わない。出会って2年の歳月と、先日の旅の中で多少なり互いの性格は把握しあったはずだ。
それを経てカインはこの決断に至った。あとは彼女の返答しだいである。
と、不意に飛び込んできた物体を両腕に包んだ。答えるより先にアリウスが抱きついてきたのだ。
逞しい胸にしがみつき彼女は声を震わせる。
「ずっと好きだった。一緒に旅をして短所も知ったけどそれも愛そうと思った。あなたはいつも私の大切な人だった」
カインの認識は正しかった。アリウスもあの旅の中でカインという人物を理解していったのだ。
認められて恋が実り、彼女の胸には歓喜の花が咲き乱れた。
「嬉しい……。側にいたい。あなたの妻になりたい」
「なりたいでなくなってくれ」
「はい」
返事をして見上げた彼女の瞳に涙が潤う。
カインはまず額に口づけをし、次いで瞼に触れて涙を拭った。
瞳を閉じ心地よい感触に浸りながら、アリウスは王女やカーラントの激励や助言のおかげ、と感謝を抱いた。
その気持ちと共に恋の成就の報告がしたくて仕方がなかった。そんななか頼まれ事を思い出した。
「カーラント様から伝言を預かってたんだわ!」
ヴァルゴを離れる際に秀麗な顔の若君は「いつでも遊びに来てほしい」とカインへの伝言を頼んだのだ。
友人からの伝言を受け取ったカインは頷き、結ばれたばかりの伴侶におどけてみせた。
「あなたも一緒に。今度は馬車で」
ほとんど徒歩だった先日の旅。アリウスはもう懲り懲りだろうと思ったのだ。
悪戯めいたやんちゃな笑みに彼女は愛しさを感じた。
「徒歩でも構わないわ。信頼できる方が隣にいるから」
応えるようにカインは彼女を抱きしめた。永遠に守ると誓い、そっと唇を重ねた。
春のくすぐったい風の吹く、気持ちのいい午後であった。
◆
そして、風薫る若葉の季節に入った、とある一日……。
「あーあ、退屈!」
憂鬱な声は王女フレアのものだ。退屈しのぎに来た兄の部屋でのこと。
テーブルで両手を使い頬杖をつき、窓の外をうんざり眺める。
春の夕刻前だというのに真っ暗な空。ザーザー降りの雨であった。
今日で3日目の長雨には王子パウルも溜め息だ。
カインとの屋外での剣術稽古は中止。屋内の稽古から戻ったばかりだった。
こうも外の空気とのご無沙汰が続くと自然と楽しかった日々を思い出す。
晴天に恵まれた西都ヴァルゴでの自由きままな生活が懐かしく恋しい。
「城に戻ってからもうひと月かあ。早いな」
ふかふかのベッドに腰掛けてパウルはしみじみと思いにふけた。
月は変わっても日常生活は新鮮味も刺激も乏しく、若い彼には物足りない。
活発さではその兄を上回るフレアもそれをよく感じていた。
最近の特別な出来事と言えば次の話題くらいだ。ここ数日毎日語っているが暇つぶしにまた口を開く。
「でもカインがアリウスを好きになったのっていつ頃かな!フったわけじゃなかったみたいだし。ならもっと早くに告白しなよって感じだけど」
鋭い揚げ足を取るフレアだが、ハッピーエンドの結末を知っているからこそ。
カインから本音を聞き、無理やりアリウスのもとへ送り込んだ時には結果が気がかりで部屋中を歩き回ったものだった。
一週間前にふたり揃っての婚約報告を受け、飛び上がって祝福したものである。
とうとう結ばれたアリウスの幸せそうな顔が忘れられない。
怒ると怖いが姉のように身近な世話役。カインに取られてちょっぴり寂しいが、今まで通り仕事は続けるとのこと。
「世話役は私の生きがいです!」
と綺麗な笑顔でキッパリ話してくれ、感動に泣きそうになったほどだ。
公私において順調なアリウス。ずっとずっと幸福であってほしいと心からフレアは願う。
そして自分の幸福も大切だ。パッチリとした大きな瞳を煌めかせて何やら思案を提示した。
「ねえまたどこか行かない?」
「また城を抜け出すのか?」
乗り気に欠け、脱力感に満ちた声が室内に静かに広がった。
双子であるだけに似てはいるが、凛々しさを足した顔に半分呆れた風情を乗せて王子は適当に会話に加わる。
妹の提案は日頃から随所に甘く行き当たりばったりで、どこか頼りない。そのくせスリルだけは必要以上にあるのだ。
とはいえそれが嫌だと言えば嘘になる。16歳の感情は複雑多彩なのだ。
兄の疑惑の眼差しがチクチクと心身を突き刺す。あしらわれたと感じてフレアは唇を尖らせた。
「次は正式に!南の方に行きたいなあ」
「ん、南?」
方角を聞いて王子も強い反応を示した。
今日の憂鬱な天気もあり、温暖な気候に興味が沸いた。それに趣味にも没頭できそうな気配だ。
「賛成!釣りがしたい。夏に海だ!」
いきなりその気の兄にフレアも同調だ。脳裏にはすでに真夏の海と砂浜と潮風が鮮明に漂う。
「楽しみ!父上も行かないかな。バカンスみんなで行こうよ!」
「父上に提案だ!」
ベッドから飛び上がって王子は扉に向かって駆け出した。
ガタッとイスを鳴らしてフレアも続く。ふたりで父王の執務室を目指した。好奇心旺盛な王の良き返事を確信して。
さてこのバカンス、実行されるかはまだまだ不明。
ただし今日も明るい王子と王女の元気な姿が城内を賑やかに彩るのであった。
*
窓の外では灰色の雨雲が流れ、薄くなる雲間から数日ぶりに差す光『天使の梯子』が現れ始めた。
夜には星が輝き、明日は澄んだ青空が広がりそうな予感。
悪戯な天気も落ち着きそうな、ファジィ国の平和な春であった。
Fin.
Thank You!
読んで頂きありがとうござぃました!
ハッピーエンドは書く側も気持ちがいいです。読者様もそんな気分になってるといいなあ。
ぶっちゃけ私は悪役を書くのが苦手でして「オルフェウスこそは!」と意気込んだのに、なんかイマイチ。改心させたせいかなあ。精進精進。
気になるのはパウル王子の行く末。ひとりだけ恋バナがなく(笑)、未来の妃はどんな方なのか。
政略結婚かもなあ。で、様々な展開が予想される。
パウルは優しいから相思相愛。もしくは優しいが故に放任し浮気も許すとか。
あ、きっと大臣候補フレアがパウルも奥方も支えてくれますね。小姑だから(笑)
では再び。
読んで頂きまして本当にありがとうございました。




