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動き出した歯車



城内の灯りが、キリッと引き締まる若々しい顔を照らす。


王子パウルはカインになりすまして受け取った酒瓶を相手の胸元に突きつけて質した。



「オルフェウス、私に代わってこの液体が飲めるか?」


「……なぜ、あなたが」



質問に答えるより先にその言葉が出たのはもっともだ。どのような経緯で王子がここへ現れたのか見当もつかない。



オルフェウスが今後も知ることのない経緯とはこうである。



趣味の釣りに時間を忘れて没頭していたパウルは、哲学の授業を思い出して急ぎ城へ。


世話役アリウスに見つかっては大目玉をくらうと、裏門から入り庭園へ出た。そこでオルフェウスの恋人と名乗ったサラと出会い、相談を持ちかけられた。


あの陽気なオルフェウスの不穏な気配とやらにパウルは半信半疑であったが、サラの真剣な態度に協力を約束した。


サラと同様誰も傷ついてほしくはない。誤解であればそれでよいし、事実であれば止めるだけ。先手を取って今回の作戦を実行した。


王子自身が動いたのは早期解決を望んだからだ。大袈裟にしたくなかったのでカインにも知らせず信頼のおける従者数名だけでの決行だった。


加えてサラの密告をオルフェウスには伏せた。愛し合っているという二人を引き裂くつもりはパウルになかった。



差し出された瓶をオルフェウスは受け取れなかった。


中身が何であるのか承知の彼に、例え王子に命じられたとしても飲む勇気はない。素直に観念した。



「飲めません。中身は薄めているとはいえ麻痺の残る痺れ薬です。将軍職をカインから奪うため彼を病に…」



重大さを感じているのか声は小さく重い。



願わくば回避したかった展開。だが現実はこの通り。あまりに卑劣な行為にパウルは怒りすら感じた。



「そんな理由でカインの一生を台無しにする気だったのか!?」



温厚な王子も時には怒りを露にする。けれどこの場面でそれは逆効果だった。


オルフェウスには贔屓としか思えなかった。カインばかり優遇され可愛がられ、信頼も何もかも得て……。



カインばかり、カインばかり、カインばかりっ‼



オルフェウスは激情を見せた。王子相手であろうとなりふり構わず開き直った。



「カインは強く、いずれ将軍にもなるだろう。そのうえ恋人までできて!順風満帆で何もかも手にし、ならばひとつくらいオレのものに…」


「愚か者が!」



妹フレアですら知らぬ姿だろう。パウルは怒鳴った。


まずはこんな愚者によって大切なカインが傷つかずにすみ、本当に神に感謝である。


それにカイン抜きにしても、時として嫉妬は向上心を生むが人としてオルフェウスの行為は間違っている。王子にはそれが腹立たしいし悲しかった。



「悪に染まったひがみや妬みで成長などできるものか!カインを貶めても自力で励まねば将軍にもなれぬ!」



カインだからではない。大切な臣下を我が儘に貶められては我慢の限度を越えるというもの。


この感情優先な辺り、まだ子供の思考であると自覚するも、今パウルにできることは身分を行使しての説教である。



「カインとて精神面に欠点を持ち将軍職はとうていまだ先。その間にお前は自力で鍛え勝ち取るべきだったのだ。そしてカイン以上に精神を鍛えるべきだと思うぞ」



オルフェウスとて主君と国を愛し守るべき剣士。子供とはいえ王子の言が心に響いたのかスッと地に片膝をついて頭を下げた。



「仰せの通りです。目先の利益に溺れ自制を失い、私は弱い男でした。いや、それで片づくとは虫のいい話であると解っております。処分は受けます。剣士剥奪でも処刑でも」



とたんに王子は両手をそれぞれ左右にブンブン振って反論した。



「あ、処分とかはなし!どうせほとんどの者が知らないしさ。ただしカインに悪さをしないとオレに誓ってほしい」


「パウル王子……。わかりました。カインはこれまで同様ライバルであり友です。自力で将軍職を勝ち取るよう心身を鍛えます。王子や陛下のため私は生涯身を捧げます」




こうして落ち着いた騒動であったが、パウルがその後も気を病んだのはサラとオルフェウスの仲である。


ふたりは変わらず逢瀬を繰り返すもサラの父、男爵の反対に悩んでいる。


特にサラの恋人への愛に感動したパウルは、密会する彼らを哀れに感じていた。


そこで後日談として、翌月の舞踏会時に気品あふれる表情でしれっとひと言挨拶をした。



「サラと剣士オルフェウスの仲は微笑ましいな。男爵はもちろん彼らを温かく見守っているのだろう?」



一週間後、ふたりの仲は公認となったのであった。





ある午後の日の城内で、ふと見下ろした中庭に寂しそうな世話役の姿を認めた王女フレア。


怒ると怖い魔女っぷりも最近はご無沙汰で、思いつめた表情が目立っていた。失恋が原因だろうと同情する。



「アリウスかわいそう」


「さてとオレは稽古だな」



薄情からではなく何気なしに続いた会話は肩を並べる双子の兄王子パウルのもの。


しかしタイミングが悪かった。不運にも猛攻撃をくらう。



「何が稽古よ!カインったらあんな一途なアリウスを放ってよく稽古なんて無神経なまねできるわね!」


「仕事なんだから仕方ないだろ。稽古しないとオレも困るし」



指南役を庇うも妹は聞く耳を持たない。



「今日は休み!我慢ならないわ!カインに説教よ!」



八つ当たりも甚だしく怒鳴られたパウルはこれ以上の惨事を避けて口をつぐんだ。


困った妹ではあるがアリウスの落胆は確かに気がかり。妹の行動力に期待も寄せる王子であった。



靴音も高らかにフレアが直行した先は王子を待つ剣士のもと。


現れた人物にカインは小首を傾げた。凄まじい形相の意味がこの時はまだ掴めない。



「王女?」


「カイン!アリウスがあなたを待ってるわ!男ならきちんと声に出して打ち明けなさい!」



単刀直入に怒鳴り散らす王女に彼は口を挟む隙もなく一方的に聞き役だ。



「カーラントだってきちんとベルセフォネにプロポーズしたわ!あなたも告白されたなら返事くらいなさい!すっきりしない男ね!」


「プロポーズ?ベルセフォネに?そうかとうとう!」



友人のめでたい事実に喜びつつ、でもなぜ王女がベルセフォネを承知?


と、脱線しかけてどうにか踏みとどまった。まず自分の身辺を片づけなくてはならない。



アリウスの落胆は遠目から確認していた。彼とて見るたびに胸を痛めた。


ただし先に無視をされ、怒気にも近い嫌な気分が生じたのは確か。


子供じみた感情と知りながらカインも自身の対応の行方に四苦八苦していた。



同時に彼は怖かった。強引に口づけをした後ろめたさ。


好きだと告白してくれたアリウスの信頼をそれがすべて壊してしまったらしいから。



以前のような好意はもう得られないだろう。でもいま王女に一喝されたことで目が覚めた。逃げていては解決はしない。


せめて慰めたい。せめて友人関係の回復を。そして告白の返事をし、彼女さえ許してくれるなら……。



カインは精悍な男らしい顔を正面に向けた。それから膝を曲げてスッと長身を落とす。



片膝を立ててひざまずく剣士を王女も真顔で見下ろした。


先日のパウルのように若くても王族の血が流れている。アリウスが見たら成長に涙ぐんだであろう威厳を放ち、気品で臣下を包み込んだ。



厳かな空気が漂うなか青年剣士は何やら告げた。


それは両者を納得させる告白で、フレアの険しい表情を一変させるにふさわしい内容。


すぐさま笑顔を見せ合い、やがてそれぞれの行動に移ったのだった。





春の生暖かく優しい風が心地よい。


広大な中庭の白詰草の絨毯のただ中で、長い髪をなびかせアリウスは座りこみぼんやり花を見つめる。



「アリウス殿、よろしいか?」



この声を忘れるはずもなく不意のそれに彼女は浮き足立った。


腰を浮かせて振り向く。動揺に支配されつつも、さりげなさを装い綺麗な唇を開けた。



「あ、その、王女様のところに戻らないと」


「何をしに?」


「もちろん仕事です」



また嘘をついた。内心で自分を非難する。けれど眼前の彼は苦笑いだ。



「それなら大丈夫だ。王女の許可は得てる。オレにここへ行けと命じたのが王女だ」



長身から彼女を見下ろして剣士カインは真実を明かす。



アリウスは俯いた。また嘘がアダとなってしまった。カインだって知ってて話を進めたのだ。


意地悪な人。でも優しさからであろう、嘘を怒鳴られなくて良かった。



しかしカインの真意は異なった。怒鳴らなかった理由は自身に引け目を感じていたからだ。



「そんなにオレといたくないか?オレが怖いか?オレが嫌いか?」



切々と語る剣士。彼女が嘘をつく原因、言動の理由はそこにあると問いつめた。


いつから狂った歯車か、探り合うような態度は終わりにしたい。胸を痛めるのは懲り懲りだ。



先日強引に奪った唇がトラウマを植え付け嫌われたと解釈していた。


前進を妨げるアリウスの態度。これを乗り越えない限り改善は見込めない。先の王女との誓いも果たせない。



カインははっきりさせたかった。白黒つけたかった。例え結末が別々の道だとしても。




アリウスは茫然と会話を聞いた。彼を嫌いだなんてとんでもない。


フラれた身でもまだ愛しくて、だけどいつまでも慕っていては迷惑をかける。自分も前進できない。


だから彼を避けて結果的に怒らせた。むしろ嫌われたのは自分であると落胆した。



好きだけど、好きだから近寄れない。怒鳴り声も聞きたくない。逃げる理由はそんな自身の矛盾から。彼の責任ではないというのに。




腰の剣に手をかけてカインは表情を引き締めた。



「誇り高く気高い剣士のつもりだがあなたから見たら野蛮な男にしか見えないだろうな。何しろオレはあなたの唇を強引に奪った男だから」



それを持ち出されるとアリウスに擁護も庇い立てもできなくなる。あのキスには驚かされたし、落胆の原因でもあった。


感激とは無縁のキスを思い出し彼女は美しい顔に憂いをたたえる。


しかし哀愁は男も感じてきた共通の感情。気性の荒い彼が弱音を吐いた。



「この数日無視されて辛かった。あなたに嫌われることでこんなに自分が動揺するなんて思わなかった」


「無視なんてしてないわ。ただ、私の方こそフラれた身だからもう関わらない方がいいと思って」


「フってはいない。自分の気持ちに判断がつかなかったんだ」



歯車は空回りだったとカインは悟った。単純なすれ違いが事態をややこしくしていたのだ。


それもこれも自身がはっきり言動に出さず放っていたせいだ。決断力の良さが自慢だったが今回は出遅れた。


おかげで国王には恋人を作れと催促されるし王女からもけじめをつけろと怒鳴られた。


主君たちが薦める女性はただひとりだ。生真面目で優しく一途な美しい世話役。カインの心に住む人と同一人物。



カインはもう迷わなかった。彼女は眼前にいる。引き寄せたいと望む気持ちは頂点に達しかけている。


だから真摯にその相手に本心をぶつけた。



「まだオレを愛してくれてるだろうか。愛してると伝えていいだろうか」



両者の間に風がそよいだ。優しい風はアリウスに優しい声を届けた。


カインは全身全霊を込め思いをぶつけた。次は彼女が答える番。


もう逃げる気はない。でも愛の告白に頭は真っ白。


半信半疑にさいなまれ、とっさに言葉を失ったアリウスであった。



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