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闇の衣



地位も名誉も評判の女も、何もかもを手に入れようとしているカイン。


短気で怒鳴りやすいが、それを上回る明るく接しやすい性格で人望も高い。



オルフェウスも性格に関してはカインと似たりよったり。年齢も近いこともあって良好な関係を築いてきた。



彼の弱みといえば剣術でカインに劣ること。だがそれをバネとし、カインに勝つため稽古に励む原動力となっていた。


それは国を守る剣士活動にも直結する。腕を磨き国防に励む姿は立派な行為。カインとのライバル関係は自他ともに認める相乗効果をもたらした。




称賛に値するその関係が、いまカインの知らぬところで密かに崩れようとしている。


いや知るのは本人オルフェウスのみ。


彼は嫉妬心からなる感情とは認めず、サラのためと自らを正当化し闇へと堕ちていった。




恋人サラはオルフェウスをもちろん愛している。


彼が将軍となって男爵になれば父も恋愛を認めてくれるはずだ。


けれどそのために誰の犠牲も生じてほしくはないし、まして流血ざたは論外だ。



よって最近のオルフェウスの言動に優しそうな顔を曇らせて首を傾げる。



ひとつには喧嘩でもしたのか、オルフェウスとの密会の見張り役を依頼していたカインが姿を見せなくなった。



今ひとつはオルフェウスの発言内容。以前は楽しい冗談や近況など教えてくれた。


なのにカインの名ばかり口にし、それも何となしに物騒。



「カインがいなければ将軍になれるのにな」


「王子たちの贔屓で将軍になられてはたまらない」


「両手に抱えきれぬ巨大な幸福は持つべきではない。カインは規律を乱す邪魔な存在だ」



サラを不安にさせていると気づきもせず、自身と会話でもしているかのように己の世界に浸った。


そうしてスッと焦点を女に合わせて熱っぽく語る。



「ライバルはいずれ消える。サラ、あなたを将来ファジィ国将軍の奥方にしてみせよう」



それが意味するものは何か。サラは目の前の相手を見つめるだけ。


恋人を悪人扱いしたくはない。怖くて詳細も聞けず、カインに悪意もないから悪口に同意もできない。


でも何か重大な出来事が起こってからでは遅い。近々何か起こりそうな気がしてならないのだ。


サラは胸を痛めた。そして恋人を助ける意味からも、唯一心情を知るであろう自分が動かなけれはと決意した。





「王子、パウル様どちらにおいでですか!?」



昼下がりの城壁内の庭園に、恒例となりつつある世話役の声が響く。


プライベートは苦悩に満ちていても仕事は彼女の生きがい。凛とした姿で挑みたい。


アリウスという人物は公私混同を嫌うのだ。




綺麗に剪定されたハナミズキの枝葉をかき分け、王子が隠れていないかとせっせと動く。


若い女の身でそんなことをしていると、縦横に並列する木々の向こうに意外な人物を認めた。


一度きりの対面だが、アリウスは色々な意味でよく覚えている。



「あ、先日は挨拶もせずご無礼を致しました。お散歩中でしたか?」



カインから聞いたその女は男爵令嬢らしく、アリウスも今度こそ礼節をもって頭を下げる。



散歩なんて呑気な状況ではないのだが、令嬢サラはふわりと微笑み無言の挨拶を返した。


彼女の方もアリウスを覚えていた。共通の知人がいて親近感を持つ。


どこかおっとりとした性格も手伝ってか、忙しいにも関わらず話しかけた。



「カインの様子はどうかしら?何か不安を抱えているような素振りはない?」



ああ、やっぱり。まずアリウスは胸中で呟いた。


サラのこの不安そうな顔。また旅に出られたらと、大切なカインが気がかりなのだろう。つまりふたりはそういう関係。


恋人のいるカインにフラれるのも当然。でもこれできっぱり諦められそうな気がするアリウスだ。



しかしこの直後彼女の思考は思い込みも決意も、すべてがあっさり覆された。


沈黙に小首を傾けたサラが、不思議そうに問いかけたのだ。



「あなたはカインの思い人でしょう?」


「とんでもございません。カイン様とは何も」


「そうなの?私てっきり恋仲であると勘違いをしていたわ。信頼しあうお似合いの男女だと羨ましく見ていたのよ?」


「え、私の方こそあなた様とカイン様はあるいは愛を語り合う関係なのではと」



どうやら互いに勝手な思い込みをしていたらしい。



誤解のせいで感情に必要以上の負担を与えていたようだ。真実を知り何となく荷が下りた気分のアリウスである。


ただしこれは彼女個人の安堵。精神の安定には繋がらない。カインとの仲は回復の兆しをいまだ見せないのだから。



吹っ切るように世話役は仕事の話題を持ち出した。



「パウル王子をお見かけしませんでしたか?」



詳細をアリウスは避けたが、書き置きひとつを残して外出し、哲学の授業に遅刻中なのだ。


おそらく趣味の釣りに没頭しての遅刻と思われる。王子といい王女といい、中々休ませてはくれない活動家だ。



サラは存ぜぬとアリウスに答え、やんちゃな王子への忠義に「頑張って」と好意的に笑って労った。



アリウスと別れたサラにも急ぎの用件があった。オルフェウスを探して何やら不穏な気配の正体を問い質したかった。


しかし男爵令嬢がひとり城内の彼の部屋に出向くわけにも行かず、まして部屋の場所すら知らぬ身だ。


アリウスに聞いては彼との仲を怪しまれる。いくらカインが信頼していても秘密を知る者は少数がいい。しかし移動範囲もこの廷内が限界だ。


もっとしっかり計画を練るべきだったと、突発的な行動を後悔した。



とはいえそれだけ急を要する一大事。


考えたくはないが最近のオルフェウスの態度を顧みると最悪の場合カインに何らかの危険が訪れる可能性も否め……。




ガサ、ガサガサッ




突然の物音。思考を止めてサラは眼前で揺れる葉をビクビク身を縮めて見つめた。


そうしてピンクの花がまもなく満開を迎える木々の間がらひょっこり現れた顔に驚愕した。



「あ、あなた様は……!」





この夜オルフェウスにとっての好機が訪れた。


それは長くは続かなかったが、確実に彼は一時でも都合のいい夢を見ていた。




カインから預かったという伝言を後輩剣士より耳にした。



『鍛練場に夜8時』



瞬間『あれ』を決行する好機は今夜このタイミング、と即決した。


今後を左右する重大な計画。長い夜になりそうだ。



傍らに佇む後輩の瞳に映る先輩剣士は心ここにあらずな惚けた印象。失礼と思いつつ怪訝に見つめた。


そして自分に伝言を頼んだ男について考えた。彼は王子直属の……。



そこまで思案し中断した。何となく関わるべきではないと察した。


この後輩剣士、昨夜稽古中に怪我をするという悪夢を見たばかりだった。



定刻までの数時間は何事もなく、通常のままオルフェウスは勤務に励んだ。


そうして勤めが終わると今夜の計画内容を城内の自室で瞑想しながら確認。


時間が近づくと表情を引き締めてイスから腰をあげた。


恋人サラも見知らぬ、思い詰めた表情であった。





時間を迎え到着したオルフェウスがまず疑問視したのは、鍛練場の側の屋内が暗かったこと。この近辺だけ明かりが消えている。


記憶にない出来事。しかし解明するより先に闇が動いた。人の気配。カインが到着したのだろう。



「よう、カイン。何の用事が知らんが、まあ世間話でもするか。これを飲みながらゆっくり相談を聞くよ。実家から送られてきた果実酒だ」



陽気な声に促され、暗闇のなか眼前の人物は瓶を受け取った。


オルフェウスの違和感。腕の位置が低い。まるで別人のような……。


功に焦った彼の誤算。気づくのが遅すぎた。



「オルフェウス」



カインとは異なるその若々しい声を名前の主は知っていた。ゴクリと彼は唾を飲み込む。


忠誠を誓うべき身分あるお方のものだ。背中に冷や汗すら流す剣士に向けてさらに声は続いた。



「オルフェウス、私に代わってこの液体が飲めるか?」


「……なぜ、あなたが」



すると示し合わせていたのか、突然屋内の明かりが灯され屋外に立つふたりの男の顔が露になった。



ゆらゆら灯る炎に照らされた人物は青ざめた表情の剣士オルフェウスと、16歳の次期国王パウルであった。



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