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空回りの歯車



朝早くからアリウスに舞い込んだ試練は剣士カインとの対面だった。


だが仲を修復するチャンス。昨夜の決意を態度に示す時。気丈に振る舞い誤解を解きたいと切望した。



一方のカインは城内のいつもの廊下でこれまでのように挨拶という形で先手を取った。



「おはよう」


「おはようございます、カイン様」



平静を装った返答。さらに返ってくるであろう明朗な会話を彼女は待った。


けれどここから先はいつもと異なった。一言のみであっさり彼女の脇を通り抜ける剣士。黒い瞳は進行方向だけに注がれる。


冷ややかにも感じ取れる言動。原因は昨日の自分の態度だろう。そう信じるアリウスの心に孤独感が巣食う。


広がる距離感をまざまざと体感し、対面が恐怖にさえ思えてきた。



恐怖心は根付いた。よって彼が立ち寄りそうな場所には近寄らず、見かけたら遠ざかる習慣がこの時から始まった。


自ら作った迷路にはまり、抜け出せずに苦しんだ。自己嫌悪が日に日に彼女の心を蝕んだ。





剣士たちが稽古に励む屋外の鍛練場で、オルフェウスはやはり稽古中の同僚で友人のカインに近寄った。



「どうした?やけに励んでるな」



そう言ってみたが社交辞令だ。力任せの荒々しい動作からはやけくそに剣を振り下ろしているようにしか見受けられない。



「城を空けて稽古不足だったからな。それより今夜だったか?」



カインはそれらしい内容ではぐらかした。


アリウスと同様に自己嫌悪甚だしいが、一身上の葛藤を逐一語る気はない。


オルフェウスも何やら心情を察して深追いせず同意する。自身の目的は確かにカインが最後に質したものだったから。



「あ、ああ頼む。しかしすまないな、オレの恋路に付き合わせて。そのせいでお前に女もできない」


「気にするな。サラ様とは順調か?」


「……仲はな。身分の差はどうしようもできんよ」



オルフェウスは諦めたように肩をすくめて苦笑した。


男爵令嬢のサラと一介の剣士とでは身分の差により恋愛は難しい。密会であれ会話のできるこれまでが奇跡。


それでもそこで妥協し先を望まぬわけではない。叶うなら妻に迎え同じ屋敷で暮らしたいと願うが本音だ。



カインもまた別の意味での奇跡について考えていた。


先日まで滞在していたヴァルゴに住まういま一人の友人カーラント。


彼は伯爵家の長男だが酒場の歌姫と恋仲であり公認だ。


周囲の理解力も重要だが、こうも違うものかと同僚の未来にはいばらの恋路しか見えず内心で憂いた。





その日の夜、いつものように剣士たちの休憩小屋を屋外から見張るカイン。内部ではオルフェウスとサラが逢瀬の最中だ。


最小限の明りのみ頼りに、男女は寄り添いあい語らう。


多弁でなくとも会えなかった日々を埋めるよつに、どちらともなく口は動いた。



ためていた話題を互いにひとしきり話し終えると、サラが男の持ち出した話題のひとつを思い出して復習のように尋ねる。



「将軍になれば貴族にもなれるのでしょう?お父様も私たちの仲を認めてくださるわ」


「陛下より男爵の称号を頂ける。だがオレには無理だ。最有力候補との呼び声高いカインにまず勝てたことがない」



オルフェウスの落胆に胸を痛めながら、サラは窓を見つめた。


その先にいるであろう毎回見張り役を快く引き受けてくれるありがたい青年に、恋人のライバルと知りつつも感謝だ。


恋人のライバルであり親友でもあるカインをサラも信頼している。よって彼の意見、胸の内を思ってしまう。



「カインも愛しい方のために頑張っているのでしょうね」


「恋人?あいつに?」


「フレア様の世話役の綺麗な方。信頼する女性だと以前誇らしげに話していたわ」



その内容に偽りはないがサラは根本的な部分で誤解している。


あの時も今もカインにとってアリウスは友人でしかなく、将軍になり貴族の称号を得たいのも名誉のためだ。


色恋のためなどカインのような武骨な精神の男に有り得るはずもなく、王子と王女の耳に入ったとたん爆笑されるだろう。



「そんな存在が……」



我知らずオルフェウスは呟き、少しの時間何やらもの思いにふけサラを孤独にさせるという醜態を晒した。



しかし笑い話で終幕するかと思われたその醜態。その後の逢瀬でも続き、それでなくとも小心のサラを日に日に不安にさせた。





先日カインが国都を離れた理由が王子たちの旅行の護衛、それもひとりだけ。と城内の一部で囁かれている。


事実であれば内務大臣などは護衛の数が少なすぎると怒るだろうが、あくまで噂。大臣が詳細を存ぜぬはずがない。


恐らくはそれなりの護衛数がついていたろうし、噂が事実であった際には糾弾を避けるため有耶無耶に処理するのだろう。



ごく少数のみ知る事実はこう。


国王より王子たちの出立とふたりの供の存在を聞かされたのは事後。


出立の理由は聞くなだの連れ戻すなだの護衛は増やすなだの、尊敬はするが時に楽観な国王に頭を抱えた内務大臣。


事後処理でしかない苦肉の策として、半日後に旅行と公表したのだった。



オルフェウスはカインのみの護衛が現実に起きていた事実だと確信していた。本人が極秘任務と出発前に話していたから。



こうして振り返り、今になって彼の内に悔しさか沸いた。


5名の将軍たちは国都防衛のため離れられないことは理解できる。だがなぜカインなのか。他にふさわしい人選、例えば副将軍などではいけなかったのか。


そうして最も重要なのは、どうして自分に声がかからなかったのか。




将軍職の在任期間は46歳まで。一年半後にひとり退任する。次の将軍が一年後には発表される。


だがこのままではどうみたって優遇を受けるカインが濃厚だ。護衛という形で株を上げ、王子たちからの推薦も受けやすくなった。


将軍職も貴族の称号もカインのもの。そのうえ城内の男たちの憧れ、美しい世話役アリウスと恋仲とのこと。




何もかもを手に入れようとしているカイン。時が経つにつれオルフェウスの独断と偏見によるカインへの嫉妬心が増していった。



口を開けば「カインか……」 と重い吐息とともに意味深に名を漏らし、いつしかカインを逢瀬の見張り役に頼むこともなくなった。



「どうなされたの?」



見かねたサラは心配を表情にもこめて恋人の顔を覗きこむ。


最近カインの姿もなく、逢瀬の見張りもなく不安は尽きない。



「いや、サラ様愛しております」



彼はいつもそうしてはぐらかすのだが、告白にサラも機嫌をよくしついついのろけてしまうのだ。



「もっと楽にして」


「そうだな。サラ、愛してる」



愛しい男爵令嬢を引き寄せ口づけた。


唇を重ね彼女の背中に回した手でドレスの背を開けながら、ふと男は動きを止めて囁いた。



「愛してる。あなたをいつか将軍の妻とし、不自由のない暮らしを与えると誓うよ」



胸騒ぎというほど大袈裟なものではないが、何となく、何となくサラは違和感を覚えた。


恋人のこの言葉の真意も読み取れず、いつにない断言口調が気になった。


けれどこの状況で不安を抱え続けることは困難。数分後に起こるであろう行為に徐々に胸が高鳴り始める。




動作を再開させるとオルフェウスはベッドに女を横たえ灯りを消した。


星降る深夜の休憩小屋はすぐに男女の甘い息遣いに包まれたのだった。



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