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旅の終わり



西の都ヴァルゴの朝は今日も清々しい晴天だった。


日中も春のうららかな陽気が期待できそうだ。



「そういえば、国都を出た日もこんな天気だったなあ」



呟いたのは窓辺に佇む王子パウル。晴天の屋外に目を細めながら、時間の流れに感慨深さを得ていた。



今日でこの都を離れる。滞在期間は長いのか短いのか、5日間だった。


趣味の釣りに出かけられず悔やまれるが、城以外の環境は新鮮であったし、それなりに自由で楽しめた。


と、総括したかったのだが……。



窓から清流のような青空を仰ぎ見て思う。「ああ、やっぱり釣りに行きたかった」と。



未練の残る16歳の王子様は仕方ないと割り切る憂鬱な吐息を零し、皮肉な陽気に背を向けてゆっくりと着替えを始めたのだった。



王子と共に国都アストライアへ戻るのは他に3名。双子の妹フレアと世話役アリウス。それに伯爵家専属の御者。



まだまだ残留して遊び暮らしたい兄妹と、現実問題から城を離れられる限度は今日明日までと考えるアリウス。


王子たちの家出を旅行と公表したのは出発当日と急だったこともあり、各方面からのあらぬ噂が広まる危険性を考慮してのものだった。



双方はお菓子を取り合うような大人げのなさで反発しあったものの、世話役側が正しいのは明白。


理解はしていただけに妥協したのは王子たちで、その舌戦から3日経過した本日、帰還の日を迎えたのであった。



平日であるこの朝に王子たちがまず実行したのは、18歳になる屋敷の次男バンテートの貴族学校出校を見送ることだった。


この滞在中に初対面したものだが、年齢も近くすぐさま身分の隔たりを超えて親しくなった。


今も握手を交わして許す限りの時間を過ごす。



「オレこそ見送らなくてすみません。パウル王子もフレア様も道中お気をつけ下さい」


「堅苦しいな。城に戻ったら腕に磨きをかけて剣術の上達に励むから、次に会った時はオレの全勝」


「負ける気はないですよ?オレだって上達してますから」



屈託なく笑うバンテート。今回の別離は寂しいが一時のこと。


こうして再会を語りあえる仲になったのだから笑顔で別れたいと決めていた。


パウルとは剣術稽古を共に励んで友情を深めたし、フレアとも将来の夢を語り合い交友を誓った。信頼を寄せてくれありがたいと思う。



ただし肝心なのはバンテートの私的なフレアへの感情だ。


王女に恋した彼は告白をせぬままの別離を決断した。


心身を成長させもっと強くなり、王女にふさわしいと自身がまず認めてから段階を踏んでと定めた。



王女は純粋で活発な、時には努力家で立派な方。喜怒哀楽のはっきりとした情緒豊かな性格。その全てを守りたい。


そのためにはやはり心身の成長なのだ。



「フレア様、オレ昨日の約束を果たせるように頑張ります」


「バーンならできるわ。私も頑張るからふたりで夢を叶えましょうね!」



無邪気なフレアの笑顔が無意識なだけにバンテートの胸に切なく染みた。



たとえ王女に特別な感情はなくても今はこれで十分。近い将来振り向かせて見せる!



内心でかたく誓い、通学馬車に乗り込んだ。甘酸っぱい恋により、また一歩成長した若者であった。





朝食を終えて一息つくと、次はフレアたち3人の出発だ。レトの街で宿泊しながらの1泊2日の日程である。


明日の午後には城に到着したく、そのためにはこの早い時間帯を選ぶしかなかった。



王子王女の見送りとあって玄関ホールには伯爵一家から使用人まで一同総出の大人数が駆けつけた。



昨夜までに大方の挨拶はすませていたので今日は簡潔なものばかり。


使用人からも親しまれていた王子たちとあって別離をひどく惜しまれた。



伯爵家が用意した箱馬車に乗り込む前に、カーラントとは今一度の時間を設けた。



「楽しかったわ!また来るわね。作家デビューもできるといいわね!それとベルセフォネにも元気でねって。結婚式には呼んでね!」


「私も良い癒やしの時間を頂けた。感謝しております。結婚式は年内は無理でしょうが来年にはおそらく。連絡致しますのでご心配なきよう」



とびきりの微笑を披露して王女を魅了したカーラント。


次いで言葉を交わした相手は元気な子供たちのお守り役だ。



「アリウス殿、王女たちを頼みます。あなたがいてくれれば心強い」


「光栄です。信頼を裏切らないよう役目に励みます」


「それと、あまり悩まぬように」



昨夜も言及したことなので込み入った内容には触れない。だが気がかりなだけに心配が尽きないのだ。



主語は欠けていてもカインとの今後を示唆した台詞であるとアリウスもすぐに理解した。


よほど気遣われているらしい。わざわざの忠告に感謝である。



「ありがとうございます。今はまだどうなるかわかりませんけれど臨機応変に対応してみます」



考えずとも苦悩が待ち構えていることを彼女は予期していた。


カーラントもそうだろう。だからあえてあんな台詞を口にしたのだ。悩みすぎるな、と。



別離を前に弱音は吐けず、そう返答するしかないアリウスである。


それすらもお見通しのカーラントはやるせない笑みを浮かべるしかなかった。



華やかな西の貴族都市ヴァルゴ。極秘にやって来た王子たちの来訪をほとんどの貴族が知らぬまま彼らは惜しみつつ後にした。



談笑と休憩と睡眠を繰り返し、まずは夕刻レトの街に到着。


馬車を御す伯爵家の御者と共に、往路でも利用した馴染みの貴族屋敷で一泊だ。


そして翌日は朝食後、老いた家主を驚かせるほど早々と出発。一路国都アストライアを目指した。




ふたつの宿場町を越えるともう国都は近い。何だかんだ言っても住み慣れた地が一番。知らず知らず安心と高揚が王子たちに芽生える。


それに親愛なる父王リゲルも帰還を喜んでくれるはずだ。王子たちも早く会いたい。




それから時は経ち天候にも恵まれた昼下がり、ふたりの王族は自分たちの都にそびえる居城に9日ぶりに姿を見せたのだった。





馬車の扉を自ら開け、大きなジャンプをして綺麗に足を着地させたパウル。


窮屈な馬車からの解放と深呼吸がしたくなる外気、大地の感触に気分も弾む。



「着いた!やったー!父上のところに行こう!」


「待って!ずっと座っててお尻痛い。すぐ走れないよ!」


「運動不足なんだよ!先に行くからな!」


「あ、ズルい!一緒に行こっ!」



お尻を両手でさすり忙しくその手でスカートの両端をつまんで器用に兄の後を追う王女。はやる気持ちが痛みを上回り全力疾走だ。


しかし途中で足を止めて振り返ると、ふたり肩を並べて叫んだ。



「送迎ありがとう!伯爵にも謝辞を伝えてくれ!」


「カーラントとバーンにもまたねって!気を付けて帰ってねっ!」



御者に手を振って長旅走行の謝礼を送る。


日に焼けた、強面な御者も無礼と知りつつ笑顔で手を振り返し、最後には深々とお辞儀を施したのだった。



疲れ知らずな王女たちの駆け去る姿をアリウスは呆れたように、でも微笑ましく見つめる。


王女たちを無事に連れてきた安堵もあった。


自らも愛着ある城に帰宅できてようやく肩の力を抜くことができたのである。



彼女もまた国王に帰還報告だ。偽装であれ任務を受けて出発した身。最後まで任務を全うしたい。



それにしても、とふと考えた。自分は王女の告白で真実を知ったが、カインは今回の発端が国王一家の犯した偽装事件だと気づいているのだろうか。


国王から聞かされたかもしれず、まだ知らぬままかもしれず。真実を知ったらどのような反応を示すだろうか。


短気な性格なだけに恐ろしい。けれど冗談の通じる明るい性格でもある。笑って終わらせるかもしれない。


冗談にしては毒気が強すぎる事件であったが。




呑気な話題に油断していたアリウス。


華奢な背中で受けた声に動作と表情を固めて立ち尽くしたのは心理的には当然であった。



「アリウス殿、お疲れだったな。無事で良かった」



振り向かずとも相手は判明していた。だからこそ動けなかった。



生活の拠点が同じなのだ。いつかは再会もする。それが早かっただけのこと。


だけど早すぎた。心構えが不十分。とっさの会話にも困る有り様だ。



黒い瞳に後ろ姿を映し、剣士カインもなかなか来ない返事に精悍な顔を曇らせた。



「気分でも悪いか?」


「あ、いえ!戻ったばかりで疲れて」



長い髪を弾ませ慌てて振り向くアリウス。余計な心配をかけて後悔である。


彼の安心した表情がより自己嫌悪を増幅させた。



「そうか、ゆっくり休んでくれ」


「ありがとうございます。あの、どうしてここに?」


「王子たちの帰還が耳に入ったから、騒々しいおふたりと違ってあなたはまだ外かと」


「そうでしたか。カイン様も予定通りに到着されて?」



対面を果たすと自然と会話が出てきた。彼の優しさが嬉しかったし、顔を見て熱いものがこみ上げ「好きです」とまた告白しそうになった。フラれた身だというのに。



「順調だった。……アリウス殿、後日話が」


「陛下にご挨拶して来ますので、失礼します」


「あ、ああ、執務室におられると思う」



一礼をしてそそくさと場を離れた彼女。


いい会話の流れと感じたのは束の間で、この通りの結末にカインは重い吐息を漏らした。



「避けられてるな。嫌われたかな?」



アリウスへの思いを認め始めた矢先。伝えたいことは山ほどある。なのにこのザマでは実行しにくい。



もう一度吐息を漏らした。今後の生活が思いやられると、長身が小さく見える落ち込みよう。


若い剣士は虚ろな表情のまま力ない長靴の音と共に城内に戻ったのだった。



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