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恋の喜怒哀楽



どんなに環境が変わっても適応力に優れ逞しい王女フレア。


今朝も寝起きの良さを証明する清々しい表情をさせて、玄関ホールの階段を鼻歌を交えて下りていた。



昨日知り合った酒場の歌姫ベルセフォネが出会いの記念にと披露してくれた歌で、国民ならたいていが歌える民謡だ。


軽快で踊りたくなる曲調なので一日の始まりには効果的な元気をもたらす一曲だった。



今日も彼女と会う約束をした。


清楚な外見と凛とした性格が魅力的で、かといって近寄りがたい印象とは程遠い。表情豊かな親しみやすい女性だ。


カーラントを挟んでの恋敵ではあるが、そんな事実などすっかり忘れ、早く会って話しがしたいフレアである。



そんな彼女の視界に学生服姿の若者の背中が映った。下段途中に声を張り上げる。



「バーン!学校!?」



この伯爵家の次男で本名はバンテート。将来は憧れのカインのような剣士になりたい18歳の貴族学校生だ。



愛称で呼ばれた彼は緊張に振り向けずにいた。鼓動がドキドキと早鐘を打つ。


けれど相手は王女様。いつまでも無視はできずに体ごとくるりと振り向いた。



「おはようございます。はい、今日からまた学校です」



苦手な敬語でどうにか応答するが、よそよそしいのは身分差ばかりからではない。



フレアに一目惚れをし恋してしまった彼。出校前に会えて嬉しいが真っ赤な顔は隠しきれずひとり焦っていた。



ホールに下りて対面した王女は呑気に我が道を突き進む。



「学校楽しい?」



普段通りの王女にバンテートも冷静さを取り戻してきた。


少しの間思考をまとめ、やがて苦笑いを作って本音を告げた。



「勉強はあんまり。でも運動や友人と会うのは楽しいかな」



語尾と同時に年相応の爽快な笑顔を見せる。


兄カーラントのような文武両道には遠いが学校生活は本当に楽しい。


数ヶ月後には卒業で、今から学友との別れに寂寥を感じる情にもろい一面もあった。



気持ちのいい笑顔に学校生活の充実ぶりを察してフレアは羨ましくなった。


城の個室で家庭教師との一対一の授業。それが彼女に与えられた日常だから。



「楽しそう。いいなあ。私も学校行きたいなあ」



悩みすら明朗に語る王女。この前向きさがバンテートには眩しく愛しい。



またまた恋愛感情は急上昇。そのうえ玄関を出た際のとどめの一撃。



「いってらっしゃーい!」



とびきりの笑顔を向けられ放心状態となったバンテートに返答は不可能だった。



そのまま前進の無礼な行為に馬車の中で後悔したが、今はそれどころではなく、たかが挨拶に一喜一憂する青春真っ只中の恋する18歳であった。





通学はやはり無理だがこのヴァルゴでも勉強は欠かさないフレア。


本人は旅行期間中くらい怠ける気でいたものの、家庭教師をカーラントに依頼したこともあり熱心だ。


本日午前も彼の部屋の同じ机で勉強に励む。



「あーあ、城でもカーラントが先生なら私国内初の女性大臣になれると思うわ!」



彼が即席で作ってくれた外国語の単語テスト。


結果は満点で、それに対して自己を評したフレアである。



お気に入りの人物の前では熱意も変わる。苦手な外国語もこの調子だ。


優秀な生徒をカーラントもお世辞抜きで褒め称える。



「王女は元から賢い方ですよ。ちょっと本気になれば私が教えなくても大臣になれますとも」


「そうかなあ。私ね将来やりたいことがはっきりしないの。真剣に大臣職を考えてみようかなあ」


「頑張ってください。応援しますよ」


「ありがと!私もカーラントが作家になれるよう応援するわ!」



他愛のない会話。カーラントも冗談混じりに応答していた。


しかしフレアは本気であった。彼女なりに将来を模索し、政治に興味を持ち始めていた。


旅行好きで身分も適切とあって公私において楽しめる外交官に憧れていたのだ。世界中を駆け回ってみたかった。



当然ながら将来は大事。けれどまずは今が優先。


それを踏まえ、カーラントの恋人らしきベルセフォネと顔馴染みになったこと、午後からの訪問予定をフレアはまだ彼に明言していなかった。


いずれ知られるにしても今は内緒にして彼女とゆっくり話をしたかった。


本音を聞き出すにも適している。大切なカーラントを無条件で譲るわけにはいかないのだ。



そして昼過ぎ。


酒場に行くと知られたら柱に縛ってでも引き止めるであろう世話役アリウスの目をそらすため、今日は兄パウルを置いてひとりの外出を実行した。



趣味の釣りに出かけたい兄は「ズルい!」とオトリ役に猛抗議。


でも饒舌な妹に丸め込まれグチグチと唇を尖らせながらも留守を了承したのであった。



何だかんだいっても心優しいパウルから「言動には気をつけろよ?」と忠告されたフレア。


王女の身分がバレては騒ぎになるのは必至。当然の忠告である。



それでもこの能天気で楽観的でマイペースな王女様は酒場『デュオニュソス』の敷居を常連客であるかのような堂々たる足取りでまたぎ、初対面の客を驚かせたのだった。





店員たちは16歳の可愛らしく明るい彼女を昨日に続き歓迎した。歌姫ベルセフォネも同様だ。



フレアが入店したとき彼女は歌唱中で、でも視線が交わると微笑んで迎えたものである。


昨日と同じ席でアルトの調べに聞き惚れた。今日は切ない恋の歌で胸にじわり響く。



歌い終えたベルセフォネは緩いウェーブの長い髪を揺らして王女の隣に付き、会話は和やかに始まった。


流行りの服やお菓子など女同士共通の話題に華を咲かせる。



やがてカーラントの話に及びベルセフォネは愛しい人の話題を楽しみつつ、不思議さを禁じ得なかった。


伯爵一族のカーラントを呼び捨てにするフレアの身分を歌姫とて気にしないはずがない。高貴な方であるはずと推理する。


だが立場を配慮し疑問は封印。別の気がかりを口にした。



「カーラント様とはよく会われてるの?」


「さっきまで一緒だったわ。いま彼の屋敷で世話になってるの」


「そう。お体はどうかしら?3日前にこの酒場の前で騒ぎがあってあの方が人助けをしたらしいの。以来姿を見せないから怪我をしたのではと心配で」



その事件はフレアも屋敷で耳にしていた。


歓楽街に迷い込んだアリウスを悪漢から救ったのだと。


「偶然の出会いってあるものね!」と当事者たちでなくても感心したものである。



改めて眼前の歌姫に注目した。心の底から心配する様子が表情からも気配からも察するのは容易だった。


安心させてあげたくてフレアはニッコリ笑う。



「大丈夫、無傷よ!心配いらないわ」



見る間に安堵の歌姫に王女もホッと胸を撫で下ろす。そして深々と実感した。



「カーラントのこと大好きなんだね」


「ええ、ずっと一緒にいたいくらい。でもあの方は伯爵一族の貴族様だわ。酒場の歌手とは不釣り合いね」


「伯爵家は継がないって言ってたわ!作家になりたいって。民間人よ。心配いらないわ」


「そうもいかないわ。壁にぶつかるのが目に見えてる」


「応援するわ!」



気丈なベルセフォネですら身分の壁の前では消極的だ。事実、愛だけでの解決はほぼ不可能。それでも王女は可能にしてあげたいと激励する。



フレアは潔い女だった。


悲しいがカーラントにとって自分は恋愛対象外で見込みはゼロ。王女自身も友達以上恋人未満という中途半端な感情を抱えたまま。


そんな自分より確実に愛し合っているふたりを応援してあげたくなった。


ここはもう覚悟を決め……。



「ん!?えっ何!?」



不意に肩に誰かの手が乗っかった。


振り向いた王女の大きな瞳に今ちょうど噂をしていた貴公子の優美な姿が。


話に熱中しすぎた女ふたり、存在に気づけなかったのだ。



カーラントは人の悪いことにしばらく会話を耳にしていたようで、穏やかに切り出した。



「さてそれについては私本人が伝えてよろしいですかな?」



王女の前に回り了承を得ようとするが、遠まわしな言い草に彼女は今いち読解不足。先が読めぬまま黙って頷いた。



ごく普通にベルセフォネの隣に腰を下ろし、彼は真顔を向けて断言する。



「身分の差で悩む必要はない。もう悩まなくていい。私はお前の側にいる。年内には一緒に暮らそう」


「平民の私でいいの?」


「構わないさ。こちらこそお前を伯爵夫人にし損ねた」


「伯爵夫人だなんて……妻に迎えてくれるなんて」


「私を支えてほしい」



途端にじわっと涙ぐんでベルセフォネはゆっくりと愛しい男の胸元に頭部を寄せた。


その身を両腕に包み込んでカーラントは実行して良かったと感じた。今までの己の態度がいかに彼女を不安にさせていたことか。


気丈な女であると信じていたが、移り変わる人間の感情に不安を抱くのは当然。


まして身分の差を抱えていてはいつ捨てられるかとの恐怖もあっただろう。



明確な愛と将来を本人の口から直接聞き、ようやくベルセフォネは安心を手に入れたのだ。


もっと早くに語るべきであった。作家志望のくせに心情に気配りできず未熟さを自覚するカーラントである。



しかしながら自戒の彼にそれに反した称賛が王女から贈られた。



「よく言ったわカーラント!態度に出してこそ男よ!どこかのバカ剣士とは大違いね!」



大好きな世話役を無言でフった甲斐性なしの剣士カインを引き合いに出し、そちらは容赦なく罵倒する。



厳しい意見に苦笑しつつ、カーラントはそんな友人に内心感謝だ。


カインとアリウスの関係を見て女性がいかに繊細なものであるかを知った。


彼がそれに気づかせてくれなければベルセフォネに対しはっきりとした今後を語る機会は訪れず悩ませ続けていた。罵られてはあまりに気の毒である。


友人代表として弁護すべきであったが、時期を逃した。気をきかせた王女が素早く立ち上がる。



「先に帰るわ。ふたりでゆっくりしてて」


「お気遣い感謝します。では遠慮なくくつろがせていただきましょう。ああ、アリウス殿が探していましたよ?」


「うそ!どうしてそれを早く言わないの!パウルも役に立たないわね!お土産なしだわ!」



そうして挨拶もなく飛び出すフレアの背中を見つめ、ベルセフォネが優しい口調で語る。



「可愛らしくて心優しいお嬢様ね」


「明るくて思いやりもあり私も癒されてる。国の未来は安泰だ」


「え?」


「彼女はファジィの王女様だから。次期王をよく補佐してくれるだろう」



驚く歌姫に笑いかけカーラントはふと思った。


フレアなら本当に国内初の女大臣になるかもしれぬ、と。



しかしながらまず王女を待ち受けていたのは魔女より怖い世話役アリウスの説教であった。



「王女!おひとりでどちらまで行かれておいでですか!」


「ごめんなさーい!」



苦虫を噛み潰した表情でとにかく謝罪である。


西都ヴァルゴの夕刻。自分にも幸せが訪れないかな、と説教に身を縮めながらベルセフォネを羨む黄昏時のフレアであった。



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