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カインの恋愛論



剣士カインが西都ヴァルゴから国都アストライアへ到着したのは、出発した翌日の夜のこと。


これは予定の範囲内だったが、時間を考慮し国王リゲルへの帰城報告は明朝に回した。今夜は所用が片付き次第睡眠だ。



「ふぁっくしゅん!」



春とはいえまだまだ夜は冷える。厩舎に馬を連れながら大きなくしゃみをひとつ。


夜風に長身を縮める、ちょっぴり情けない若き剣士であった。




5日ぶりの愛すべき国都、そして城。明日からはまた職務と鍛錬に励む日常に戻る。


怠けてはいなかったが運動不足は否めず、早く体を動かしたい職務熱心なカインだ。



けれどこの5日の間に様々な経験を積んだ。それは城では体感できない貴重なものだった。



その最たる例が女性との旅で、王女たちの世話役アリウスとの旅は剣士としての成長に役立った。


そして人間としても男としても。



誰かを守る行為に使命感を得た。ただひとりを守る行為がこれほど大変なのかと改めて知り、でもやりがいもあった。人命と国のために精進したいと誓った。



「アリウス殿……」



ふと呟き、星の散らばる夜空を仰いだ。



旅の途中「ずっと好きだった」と告白してくれた彼女。


いつから好かれていたのか、申し訳ないが全く気づけなかった。



光栄だし、それによりほのかな恋心が芽生えたのは認める。


でも恋愛には発展しなかった。多くの同性からは「あんな美人放っておくのは勿体ない」「とりあえず交際して肉体行為を満喫すべきだった」と妬まれることだろう。


けれどカインの中に交際の選択肢はなく、彼女を求めたいとは思わなかった。


よって告白の返事もせずに離別した。ただひとつ、口づけを残して。



強引に唇を奪った。憂いな美しい顔を見ているうちにそうしたくなったから。


いまその軽率な行為に後悔している。自己嫌悪も含め、すぐに謝罪したものの、なんて思わせぶりなキスであったことか。


そして最後に見た戸惑いの眼差しが脳裏を支配し離れない。



数年ぶりに男女間の悩みに浸りつつ、彼は翌日アリウスと同じ感情を抱くこととなる。


寂しさを強く感じる、孤独な一日を迎えるのであった。



そんな彼が夜のうちにまずすべき所用が存在した。


城内に入り同僚の部屋へと向かった。ノックをしながら名前を名乗る。



「オレだ。カインだ。起きてるか?」



ぶっきらぼうだが相手との気の通った仲を窺わせる。姿を見せた男も気さくに応じた。



「カイン、お前こんな長旅とは聞いてなかったぞ。どこまで行って……まあ入れよ」


「すまない。王子たちの護衛で城を離れていた」



王子たちの家出は他言無用。よってカインは自らの出立を公表通り王子たちの旅行の護衛と周囲に伝えていた。


急な話に疑問視する者もいたが、何とか大事に至らず今日までやってこれた。


眼前の男も疑うことなく話を進める。



「それは行く前に聞いた。こんなに時間がかかると思わなかっただけだ。疲れてるのか?戻ったばかりなんだろ?」



剣士仲間オルフェウスは同僚を気遣う。


イスに座ってカインは「まあな」と遠慮なく語り、それ以上に気がかりな件について質した。



「サラ様とは会えてたのか?」


「偶然を装って一度だけな。知らないメイドがいてろくな話もできなかった」


「すまない。彼女も同じ思いだっただろう」



逞しい顔に陰りを落とし頭を下げる。明るいが真っ直ぐな性格の男だ。このような時は己を責める。



「気にするな。身分違いの恋の障害は互いに覚悟している。お前には協力してもらって助かってるよ」



同僚の肩を叩きオルフェウスは謝礼と激励を込めて笑った。




男爵家令嬢サラと剣士オルフェウスは愛し合う仲だ。


けれどサラの父である男爵は娘の貴族以外との交際を認めぬ人物。


故に若い恋人たちの逢瀬は密会となり、更にはふたりきりでは噂になるとカインが同行していたのだ。


アリウスはカインとサラの仲に不安を感じていたが、勝手な思い込み。誤解なのだ。



それをも知らぬカインはオルフェウスの恋路を見ては他人事のように思う。


ままならぬ恋愛の辛さ、寂しさ、厳しさ。手助け以外に何もできぬ身だが、できる限りの協力は惜しまぬつもりだ。



「会う日時が決まったら教えてくれ」



事情を知り味方を表明しているサラの世話役が中に入り伝達係となっていた。



最後にそう告げると握手を交わしカインは退室した。



一仕事が終わると途端に眠気を感じた。廊下で大きな欠伸を漏らす。


今夜は熟睡だな、と予言をし、予言と言えるのかなと自分に笑うのだった。





春の夜明けは早い。太陽は地上を照らし動植物の起床を促す。


澄んだ空気と爽やかな鳥の歌声のなか、城近くの一軒家でカインも目覚めた。


住み慣れた自宅。いつもの朝。ひとり朝食を食べ出勤。ここまではこれまでと変わらぬ朝だった。



最初に違和感を感じたのは城に入ってから。城内は静かで、不幸事が舞い込んだかのようだった。


原因はすぐに判明した。明るく元気な双子の王子王女が不在だからだ。朝から走り回り笑いの絶えない彼ら。


以前は当たり前すぎて、むしろ朝からのドタバタに呆れ顔さえ浮かべていたが、こうも気分が違うものかと驚かされた。



「まるで喪中だな。王子たちの存在はいろんな意味で重要らしい」



城内を歩きしみじみと実感したカインである。


今ごろはヴァルゴで活発に走り回っていることだろう。世話役アリウスの苦労が思いやられる。



と、彼はそのアリウスとも会えぬ現状を寂しく思った。


いつもならとうに対面し朝の挨拶を交わしているはずなのに。



「おはよう。あなたは毎朝早いな。王女に叩き起こされてるのか?」


「おはようございますカイン様」



彼女は真面目で冗談にはつきあってくれないが、柔らかな微笑みは今思えば一日を乗り切る良薬だった。


他の女では少なくともカインに効果をもたらさなかった。


どんな気持ちでアリウスは微笑んでいたのか、あの頃は知らなかった彼女の恋心を思うと切なくなる。



様々な発見と退屈にも似た感情を抱えて数時間を過ごし、やがて彼は国王のもとで帰城と任務結果を報告した。



まず王子たちとヴァルゴで再会したことを告げ、体調や心情に目立った変化は見受けられなかったと補足した。


その上でひとり戻った現状を謝罪する。本来なら居残り、一緒の帰還とする所だが信頼する友人カーラントの伯爵屋敷であること。アリウスが最後まで世話をすると誓ったことを口にする。


そして総括として一例を持ち上げ真摯に訴えた。



「この期間仮に王子たちに害が及んだ際には責任はすべて私が負います。伯爵一家とアリウス殿には罪なきように働き下さい」



頭を下げる臣下に王は黙って頷いた。


彼が早々に戻った件に関しては、国都を守る愛国心ゆえと存じていた。



息子たちや伯爵を王とて信頼しているが、何が起こるか誰にも予知は不可能。


責任者の存在は重要で、被害者の身分が高いほどそれは必要なのだ。将来有望な剣士だがカインだけを贔屓にはできない。


私情を殺して厳罰に処す事態が生じることもありえるのだ。


決して非情さから頷いたのではなかった。



国王リゲルは40代の若い統治者である。政にも積極的に参加し意見し、より良い国作りに励んでいる。


補佐役の大臣たちにも恵まれ国民からの支持も高い。


双子の子供たちのよき父であり、臣下への理解力もあって慕われていた。



それもこれも若い頃からの性格の影響で、いまだ好奇心や探求心旺盛で流行には敏感。若者たちとの会話が大好きなのだ。


時にそれは悪癖ともなる。この時もまだ犠牲者とは気づかぬ忠実な臣下の名を無邪気に呼んだものであった。



「カイン」


「はい陛下」


「恋人はおるのか?」



主君のイタズラ好きには慣れているつもりのカインも、これにはとっさに言葉を失った。



交際していた女と2年前に別れて以来独り身。


恐らく存じているくせに、と食えない主君に内心で苦笑を零す。それでも質問には正しく答えた。



「おりません」


「いい若い者が女もおらぬのか」


「特定となると。花街で買いはしま……あ、ご無礼を!」



まるで対等の身分のようなプライベートな話題に、つい下世話な返答をしてしまったカインである。



国王は気にした様子もなく、正直で飾らぬ言動にむしろ楽しそうに声を立てて笑った。



「儂も若い頃は城下に出て民間女と関係を持った。玄人だがな。お前と同じだ。詫びられては儂まで悪事を働いたことになってしまう」



何だかフォローされた気がして赤面のカインだ。やはり頭の上がらぬとんでもない主君である。



そんな国王もただ陽気なだけの男ではない。表情をキリッと引き締める。



「お前はなぜ伴侶を得ない?剣士という立場ゆえか?」



危険な職務だけに女を心配させぬため、と推察したのだ。


先ほどの責任問題での自己犠牲発言といい、カインは己の命を軽視しているのかとも思った。


だとしたら亡き王妃との恋愛を例に『個人』と『伴侶』のありがたみをビシビシと叩き込む必要を認めた。


だが残念なことにその機会は日の目を見なかった。


張りきりかけた国王を眼前に、カインはきっぱりと言い放つ。



「私にはそのような思考はありません。愛したなら側に置きます」


「ならば早くそうするのだ。近くにいるとてそれは油断に過ぎぬ。他の者に奪われたらどうする」



催促を受けカインの胸にひとつの疑惑が浮上した。「近く」と断言した部分に反応だ。



王がこの話題を持ち出した意味におぼろ気だが見当を付けた。



「僭越ながら陛下は誰か特定の人物を視野に入れておいでですか?」


「それを察しているのなら儂の期待に応えてくれ」



どうやら5日前の旅の出立時からすでに計画は始まっていたようだ。「ああそうだったのか」とカインは妙に納得した。


発端となった隠し子事件の偽装までは気づかずも、女性とのふたり旅に不可解さを感じたのは間違いではなかったようだ。


アリウスとの旅は仕組まれた、いわば不可避なものだったのだ。



これには多少の不満を持った。恋愛は強制ではない。まして個人を強引に薦めるのはもってのほかだ。


とっさにそうも思ったが、彼の心には国王と同一人物であろう女性が姿を現し非難の正当性を失わせていた。



アリウスとの仲を期待されているようだが、カイン自身もいま改めて彼女を思う。


ただ会いたかった。そしてそれだけの感情でしかなくてもそれが愛なのではと真摯に感じた。


これが愛しいということ。励ましや癒やしをくれ、安心できる存在。それは彼女ひとりだけなのだ。



まだ真剣じゃないから。それでは彼女に失礼だから。そこにこだわりすぎていたのか、子供でしかなかったのか。



振り返れば単純なこと。でも逃げていたとか時間を無駄にしたとか悪循環には思いたくない。


いまのこの思いを準備の時間と前向きに捉えたい。


これからもう少し真剣に考えて決断を下し、今度こそ彼女に告白の返事を伝えたい。



そしてカインは胸中で思案し苦笑する。




傷付いたアリウス殿には都合のよい意見と怒鳴られるだろうな




気の強い彼女の憤慨を想像して精悍な顔に物柔らかな笑みを浮かべた。



方向の定まった剣士には困惑や苦悩は皆無。胸を張って声に力を込めた。



「陛下、近日中にご期待に添う事柄が起きるやもしれません」


「吉報を待とう」



主君と臣下は顔を見合わせふっと笑った。


そして臣下は笑みを消して一礼を施し退室する。



胸からモヤモヤの消えた晴れやかな気分。


いつ戻るのか、美しいその人の帰宅を今か今かと待つ気の早い剣士であった。



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