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ふたつの失恋



客室のベッドで目覚めたアリウスは、長い髪をシーツに広げたまま屋外の鳥のさえずりをぼんやりと耳に入れていた。



朝から思い出したくもなかったし、夢ならよかったのにと思ったがこれが現実。昨日の失恋場面を脳裏に映し出していた。



片思いの相手カインはとうとう告白の返事をしてくれぬままキスと悲しみだけを植え付けて国都アストライアへ戻ってしまった。今夜遅くには到着することだろう。




そのとき一度でも私のことを考えてくれるだろうか……




高望みと知りながらそれを願った。少しでいい。『私』という人物を思い出してほしかった。



このままでは後日まで悲しみを引きずってしまう。強がりでもいい。カインとの出来事は忘れよう。王女たちの世話もある。昨日のことはもう過去の……。



「あ!」



声を上げてガバッと上体を起こした。恋の悩みに忘れていた重大行事を思い出したのだ。



フレア王女たちと昨日行くはずだったコンピ山。


王女たちにはアリウスの恋と同じくらい重要な行事だったはずで、失恋を気遣って休止させたのだとしたら詫びても足りない。



昨日だけで王女たちやカインにも後味の悪い思いをさせてしまった。一体どれだけの人に迷惑をかけたことか。



「はあ……」



情けなさに深呼吸のような溜め息を漏らし、力なく肩を落とすアリウスであった。



そしてパウルとフレアの16歳になる双子の兄妹が世話役の訪問を受けたのは朝食後のことだった。



お気に入りの中庭で、貴族学校の週末休暇に帰宅していたバンテートを交えての談笑中、険しい表情をさせて彼女は現れた。



客人扱いのアリウスは城での装いとは異なる上質のワンピース姿。麗しい容貌と相まって同性でも惚れ惚れしてしまう美しさ。


けれど実行したのはまず一礼。そして兄妹にとって始末の悪い話題であった。



「王子様、王女様申し訳ありません!昨日はコンピ山まで訪問する予定でしたのに!」


「あ、そういえば!」



本気で忘れていたこの双子。よく似た面影の顔を見合わせ、やはりよく似た驚きの仕草を見せた。



真面目……というより何も真実を知らないアリウスは、疑いもなく尚も真剣に気遣う。



「心待ちにしていらしたのでしょう?」



責任を果たせず自己嫌悪に陥る様子が言葉からひしひしと伝わった。



パウルもフレアも腹を決めた。傷心のアリウスにこれ以上の仕打ちを与えたくはなかった。


それに自分たちも後味の悪い思いはしたくない。


大きく頷いて決意を固めた後、大役を自ら担ったのは王女であった。



「ごめんなさい!」


「え?」


「嘘なの!全部嘘だったの!コンピ山に隠し子なんて存在しないの!」



突然の告白をアリウスは瞬時には理解しきれなかった。


冗談かとも思い、けれど王女は必死で、反応に迷ってしまう。




アリウスの納まりの悪さが見てとれる。フレアはこれまでの経緯を兄の助けを借りながら説明した。




片思いのアリウスの恋を成就させたくて父王リゲルと共に考案した偽装事件であること。


よって自分たちが旅立った理由としていた隠し子の存在も偽りで、すべてはカインとのふたりきりの旅をさせたいがための騒動だった、と。



「カインといい関係にしてあげたかったの。なのにこんな結果にしてしまってごめんなさい!」



旅をしたせいでアリウスは失恋をし心は傷ついた。考案者としてフレアは責任を感じていたのだ。



事実無根はもちろん、国王も関与していたと知って世話役は非常に驚いたが、誰ひとりに対し責めることはなかった。


優しさ故の行為と受け取り、いたわるようにふわりと微笑んで穏やかに語り出す。



「ありがとうございます。カイン様とは楽しい旅の思い出ができました。感謝してます」


「嘘!悲しませちゃっただけだわ!」


「それは私個人に魅力が足りなかっただけです。王女様は何も悪くありません」



きっぱり断言の厳しい意見に、フレアは興奮に頬を朱に染めて猛反発だ。



「アリウスは魅力的だわ!優しくて綺麗で。ああっカインのバカっ!何でこんなに素敵な人に好かれて放っておくのよ!」



不在をいいことに終いには矛先をカインに伸ばして罵声を上げる。


妹らしいヒステリックさにはパウルも苦笑だ。そして余裕を持ったか、本音を漏らした。



「でもこれですっきりした。心置きなく羽を伸ばせる」



真実を打ち明けて隠し事は消えた。あとはウキウキ気分でこのヴァルゴでの娯楽に励む番だ。



パウルもフレアもさっそく今日からの計画を練りかけたが、思いがけず懐かしの説教を受けた。


やっかいにもこの場面で世話役が責務を思い出したのだ。



「いけません!3日後には帰還します」


「えー!」


「当然です。何日城を留守になさったとお思いですか。皆に心配とあらぬ噂を招かせるだけです」


「もう少しいたい!」


「ダメです!」


「意地悪っ!」



城内同様の厳しいアリウスの姿。説教に抗議するも王女たちには太刀打ち不可能。悔し紛れの捨て台詞を投げるのが精一杯だ。



これでも3日間と妥協した方で、隠していた魔女の仮面を取り付けた世話役は容赦なくきびきびと計画を述べる。



「3日後に出発しても城への到着は早くて更に2日後です。5日間の自由を満喫して下さい」


「はーい……」



怒ると怖いアリウスの性格は百も承知。双子は期せずして声を揃え、しぶしぶ従ったのであった。




アリウスが屋内に去り、パウルとバンテートは昼食までを剣術稽古に励むというのでフレアは暇になってしまった。



こんな時は大好きな人の顔を見るのに限る。愚痴も聞いてもらいたいしと、ワンピースを翻して弾むような足取りで屋敷内に戻ったのだった。





滞在中の伯爵屋敷の長男カーラントの部屋に居座ったフレアは、彼の秀麗な容貌を眺めながらふたりきりの空間を喜ぶ。


彼は貴族の身分をいつでも捨てる覚悟で空想作家を目指しており、今日もペンを忙しく走らせる。


フレアはそんな真剣な表情を眺めるのが好きだった。



貴族という保証された未来を捨てて夢に向かう彼が格好いいと思ったし物好きだとも思った。


でも応援したい気持ちは無限に存在する。「頑張って!」と惜しみない声援を送りたい。



彼の処女作だという紐で綴じられた物語をフレアは暇つぶしに読んでいた。


初老の男と少年の冒険小説でそれなりにおもしろいが、おてんば王女には読書自体が不向き。何度もあくびを漏らす始末である。


それでも彼がペンを置いたのを目ざとく発見すると、ためらいなく近寄ってまずは読後の感想を述べた。



「少年の未来が気になってドキドキしたわ。でもなんか寂しい。主人公が男ふたりだし、例えば動物とかいたら場面も明るくなると思うわ」



偉そうに論評するがカーラントは不快どころか真剣に聞き入る。何やら参考になったようだ。



「動物とはいい案ですね。少年がいずれひとりになっても哀しみも半減、前向きに生きる糧となるかもしれない。犬か猫か鳥か……加筆が必要ですね!」



嬉しそうな表情にはフレアも大満足だ。けれど対の話題もしなくてはならない。



「3日後ここを出なくちゃいけなくなったの」


「おや急ですね」


「アリウスの意地悪のせいなの」



すると青年はキョトンと疑問を顔に表し、詳細を聞いてクスッと笑った。



「彼女も元気になったようですね」


「少しはね」



まだまだ本調子ではないアリウスが心配なフレアだ。


そんな面影からカーラントも深刻な現状を察し笑みを消した。




真摯な眼差しを10歳年長の作家志望に向けて、探るようにフレアは問いかける。



「カーラントは私と離れて寂しい?」


「そうですね、急に人が減ってはやはり寂しくなりますね」


「私だけが対象じゃないんだ」



拗ねる彼女の正直な反応がおかしい。好意的に笑って青年貴族は訂正を施す。



「そんなことはありませんよ。王女の明るさは見ていて癒される。本当に寂しくなります。毎日慰められに通わないと」


「どこに?」


「馴染みの酒場です」



ニコリと微笑まれてもいまいちピンと来ないフレアだ。


ワインは嗜むが酒場とは無縁の彼女にはどこが良いのか理解に悩む。


酒で現実逃避する人間の気持ちも16歳の年齢にはまだ同調し難い。


よってイメージした酒場の雰囲気だけを頼りに質問してみる。



「ふーん。馴染みの女なんていないでしょうね」



慰めなら酒より人間の方がわかりやすい。冗談まじりの一言だったが最悪の結果を引き起こした。


とんでもないことに的を得たのである。



「いますよ。私の歌姫」


「え……」



カーラントという男は博識なくせにどうやら女心や恋愛には無頓着なようだ。


それは鈍感といった部類を超え、デリカシーに欠けた最低な印象を与えた。さすがカインの友人である。




このヴァルゴに来て以来カーラントについて初耳の情報ばかり。けれどどれも新発見で嬉しさに舞いたくなるものだった。


それなのに今は本人の口から『恋人有り』宣言だ。


フレアが好意を寄せていることを承知の上でのあまりの暴言。興味がまったくないことの証だ。



王女はひどく傷ついた。ショックは大きく今は彼を見ていたくなかった。



「カーラントのバカ!」



罵声を浴びせてくるりと身を反転、室内から飛び出した。



気の強い性格だ。涙は出ず怒りがこみ上げる。



「何よ何よ!せっかくはるばる会いに来てやったのにこの仕打ちは!」



2年間待ってこのザマでは悔しい。それに王女の身分を持つ者としてのプライドにかけても敗北は許されない。何より負けたくない。



そこで思考は次のように進展する。



相手の女がどんな人物なのか見極めてやりたくなった。



「会いに行ってやるわ!歌姫がどんな女か調査してやるんだから!」



そうと決めた彼女の行動は早い。


しかし酒場へひとりで行く勇気はなく「パウルっ!」と兄の名前を叫んだ。



「おい、どこ行くんだよ!オレ魚釣りに……」


「酒場よ!黙ってついて来て!」



待ち望んでいた午後からの釣りを潰し、嫌がるパウルを持ち前の強引さで無理やり連行。



怒り心頭の王女様は未知なる酒場を意気揚々と目指したのであった。



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