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始まりの隠し子騒動



多種多様の植物が広大な国土全体で花を開き、芽を出し始めるファジィ国の華やかな春。



国都アストライアにそびえ立つ城の一室では、春の陽気さながらの若い男女の笑い声が響いていた。



一通りの会話を終えたのか少しの静寂。


けれどソファに座る娘はパッチリとした大きな瞳をベッドに向けて、腰を下ろす人物にまた話しかけた。



「ねえ知ってる?アリウスはカインのことが好きみたいなの」


「オレも気づいてた!見つめる頻度が多くてもしかしたらって。告白すればいいのになあ」


「無理だよ。意地っ張りで奥手だもん。でも気が合いそうだし、お似合いだからくっ付けたいなあ。それで考えたんだ!」


「ん?」



興味津々、ベッドから離れて彼もソファに向かった。



そうしてコソコソと内緒話を始めたのは、王子パウルと王女フレアの16歳になる双子の兄妹。


王族という以外は平民となんら変わらぬ、感受性豊かで好奇心旺盛な普通の子供たち。



会話や寝食はもちろん、泣き笑い、時には喧嘩だってする。


喜怒哀楽のはっきりとした、でも我が儘ばかりではない誰からも好かれるふたりであった。




何やら怪しい会話を交わす王子と王女。


その中心にいる話題の男女は、自分たちが噂されているなど露知らず、それぞれの職務に励んでいた。



アリウスは22歳。王子と王女の世話係で、特にフレアの面倒を見る機会が多い。


少し堅苦しい真面目な性格。さらに「怒ると怖い」とフレアは本人のいない所で評し、よく似た面影のパウルも隣で「うんうん!」と頷く。


それでもふたりにとって姉のような存在で、信頼度は抜群だった。



カインは城内、そして国を守る長身で逞しい剣士だ。


5名のみ在任の将軍職に現存するひとつの空席。近い将来そこを埋める人物になるのではと有望視される27歳の青年であった。




アリウスとカイン。接点がないようで意外に城内で顔を会わせる機会は多く、挨拶や手短な会話なら毎日のように交わす。



ただし内容は必ず職務関係で、プライベートな話題は一切したことがなかった。



原因はアリウスだ。社交的なカインは何度か彼女に些細な日常会話を持ちかけていたが「忙しいので」とあしらわれていた。


そのたびに広い肩をすくめて彼女の遠ざかる華奢な背中を見つめ続けたものである。



そして今まさにふたりは対面を果たしていた。


王女たちの内緒話から一週間後のことだった。





偶然ではなく、カインは女を探し求めていた。



「アリウス殿、パウル王子はいずこに?剣術の練習時間なんだが、忘れて釣りに行ったのでは」


「え?王子様なら先ほど練習時間だと言って部屋から出て行かれましたけど」



そうなのだ。彼女は王子とすれ違ったばかり。


変わった様子も見受けられず、発言通り練習場に向かったと思っていた。


だが王子の姿はなく無人と言う。胸に暗雲が漂い始めた。もうひとつの不安を抱えていたから。



いつも毅然とした彼女には珍しい困惑の眼差し。何となくカインも戸惑うなか躊躇いがちな声を耳に聞いた。



「あの……カイン様、王女様を見かけませんでしたか?ピアノのお稽古の時間なのにやはりお姿がなくて」


「王女も?すまない、オレにも行方はわからないな。でもふたり揃って行方知れずとはおかしいな」


「ええ、おふたりとも練習を抜け出すことなどこれまでなかったのに」



色の白い綺麗な顔全面に不安を漂わせる。


こんな表情もするんだな、とカインは内心で不謹慎な思考を浮かべ、純粋な正義感からその不安を取り除いてあげたいと話を進めた。



「陛下のもとに行ってみよう」


「まだ早いわ。もう少し探してみましょう?陛下にいらぬご心配をおかけするわ」


「時期尚早と判断を誤ってからでは遅い。練習を無断で抜け出す王子たちでないことはあなたも承知のはずだ」



黒の瞳に揺るぎはなく、しっかりとした口調で語る男に、アリウスは信頼を込めて無言で秀でた顎を頷かせた。



一致団結。肩を並べて主君の執務室へと移動しかけた時。



「カイン!」



廊下に響いた女の声が剣士の動きを阻んだ。予期せぬ人物の登場だ。



「どちらに向かわれますの?いまお話は無理かしら」



上品な口調と真摯な眼差しで男の長身を見上げる。どこか気弱な印象だ。



カインは正面を向いて一礼を施した。それから会話の開始だ。



「申し訳ありません。急ぎの用が。6時にいつもの場所で」


「ええ。あ……こちらは?信頼できる方?」



後ろめたい秘め事なのか、女は少し表情を強ばらせてアリウスの存在に今さら警戒する。


カインの態度が堂々としていたものだから、ついつい違和感なく会話を許し警戒心が鈍ったのだ。



「王女の世話係です。大丈夫、信頼に値する女性です」



気にしながらもカインを信じた女は、春のように穏やかな笑みをふわりと浮かべて退いた。




尋ねていいものか、それでも興味が上回りアリウスは遠慮がちに話しかける。



「貴族さま?」



青い花柄の綺麗なドレスに身を包んでいた。


城内に現れることに珍しさはないが、供もつけずの単独行動はあまり見かけない。


まあ王子・王女は単独で城の内外を好き放題に横行する例外中の例外だが。



秘め事であろうによほどアリウスを信頼しているのか、カインは曖昧に応じることなく説明した。



「男爵家ご令嬢のサラ様だ。ただし、いまの会話は内密にしてくれ」



語ると言ってもこの程度。そのうえ口止めまで。


この状況ではアリウスの返答も限られる。



「はい……わかりました」



どこか後ろ髪をひかれるような、胸がチクリと痛むようなそれが、この場での最後の会話。


彼女たちは当初の予定を遂行すべく、歩を進めたのであった。





若い男女の訪問を国王リゲルは歓迎した。


書類にサインする手を止めて視線で椅子へと促す。



職務に忙しい国王にカインたちは時間を取らせなかった。


すぐさま本題の開始だ。王子と王女の姿が見当たらないと伝えた。




国王は静かに若き剣士の話を聞き続けた。終始無言で冷静である。


無理もない。明朗で活発な、年齢もまだ40代前半の国王だ。少しの事態で取り乱すはずもなく、むしろ火に油を注ぐタイプ。


皇太子時代から城下で遊んだりの好奇心の塊で、つまり不測の事態に慣れていた。



しかし普段は陽気な国王もアリウスの暗雲の滲む表情の前ではそれを自重した。語るべき内容が或いはそうさせたのかもしれない。



無礼ながらあまり拝見した記憶のない国王の真剣な面持ちに、臣下ふたりは気を引き締めた。そして彼らは発言に驚愕したのである。



「実は儂には12歳になる女の隠し子がおって、王子たちに知られてしまったのだよ」



これは国家機密の域である。衝撃の告白にカインたちはまず息を呑んで茫然とした。



王妃が亡くなった後も再婚せず身持ちの固い王として称賛された人物であったが、まさか王妃が健在であった頃に他の女と通じていたとは。



そのうえ落胤まで存在となると政治的にも大事件だ。


自分たちが耳にしてよかったのか、遥かな衝撃はカインたちから声を奪った。




返答の余裕もないと肌と空気で察した国王は会話を進める。核心となる内容だ。



「だが母は違えど妹である事実に変わりはなく、ひと目見たいとふたりでコンピ山の屋敷に向かったのだ」


「おふたりだけで!」



アリウスが口元を手で覆い、悲鳴のような声を上げた。



コンピ山は王族の避暑地として知られる地だ。


だが馬車でも数日はかかり徒歩ともなれば倍以上。途中には街も険しい山道も存在する。アリウスの不安は当然だ。



国王は何やら紙を差し出した。腰を上げるアリウスを制しカインが向かう。手紙だ。


目を通して果敢な剣士であるはずの彼が少し呆れたように黒い瞳を瞬かせた。




『愛する父上、私たち両名はかわいい妹を見るため家出します。ひと月後には戻ります』




なんとまあ単純明快な子供の我が儘。怒りは生じずもドッと疲労感に襲われた。



真面目なアリウスの反応は異なった。右肩上がりの文章や筆跡は確かにフレアのものだ。


紙を握って、やるせなさに口紅に染まる形のいい唇を噛み締めた。




国王は机の上で指を組み男女を交互に見つめた。やがて剣士に視線を固定させる。


背筋をピンと伸ばして臣下は動くであろう、その時を待った。そして。



「指令を命じる。お主ら両名で王子たちの後を追うのだ」



意外で急な追跡依頼に男女は即答を避けた。



予想通りである。国王リゲルは構わず会話の続行だ。納得させなくてはならない。



「何せ事情を知られるわけにはいかぬ落胤事件。多くに事実を明かすわけにも、王子たちを守るためにも最小限の人員で動きたいのだ」



城内外の情勢に通じた両者である。主君の言わんとする不利をすぐに察した。


弱みは対抗勢力や他国に付け入る隙を与えるだけだ。不利を悟られるは国の一大事に繋がる。



アリウスはすでに旅立った王子たちが気がかり。


盗賊や人買いと遭遇していないか。身分を知られ騒動に巻き込まれていないか。心配は尽きず責任の重さに嘆いた。



「私のせいだわ。おふたりの悩みに気づけなかったなんて!ああ、なんてバカな世話役なの!私、行きます。ご命令に従います!」



自己嫌悪によるものか、素早く決断。そして彼女は同じ意思を示した男の声を隣に聞いた。



「私も従います」



国王に忠誠を示した剣士。それに反発したのは若き美女だった。



「いけません!あなたはここに残って下さい。城を守るのが職務でしょう!?」


「オレも行く。女ひとりに何ができる」


「バカにしないで!やってみせます。ついて来ないで!」


「うるさいっ!オレは陛下の命に従う。ふたりでとの仰せだ。あなたも従え!」



気性の荒い男女である。国王の御前で口論という醜態を晒した。


しかし眺める国王は楽しそう。『喧嘩するほど仲がいい』との格言を脳裏に、若い男女に期待した。



そう、『期待』である。



やがて剣士の申告に憮然と譲歩したアリウスを先頭に彼らは退き、国王リゲルはひとり室内でニヤニヤと笑みを浮かべた。




ここまで作戦は順調だ。ふたりを旅へと出立させ、道中で恋に発展させることこそが最終目的の大作戦。



考案したのは王女フレアで、父である国王をも仲間に誘ってみせた。


そして賛同し、一番の張り切りを見せ脚色したのはその国王。何パターンもの筋書きを立てる懲りようだった。



これは父王の指導のもと起こした家族ぐるみの偽装事件であったのだ。



つまり隠し子の存在は真っ赤な嘘。王子たちが城を離れたのは事実だが、箱馬車で呑気に観光しながらの息抜き。


大好きなアリウスの恋路のために、フレアがカインとのふたりきりの機会を与えたのだ。


哀れにもカインの感情は完全無視であるが。




こうして臣下ふたりを結びつけたいがための大掛かりな悪だくみは現時点で見事に成功を見せた。



アリウスとカイン。


男女は何も知らぬまま城を出発。旅行と公表した王子たちの追跡を、言い付け通り徒歩で開始した。



それはほぼ満月の、明るい月夜の下であった。



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