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常識

 目の前に転がるパウロの死体を見て、心の奥から何かが込み上げてきた。


「……き、貴様ぁあああ!」


 胸中に湧き上がってきたのは、ロベルトに対する怒り。

 全身に力をこめて身をよじり、兵士の肩から脱して地面に転がり落ちる。


「うおっ!?」


 自分を担いでいた兵士……キーンが驚いて声を上げた。

 周囲の兵士たちが一斉に剣を抜いてこちらに構えるが、そんなことはもはや気にならない。


「彼は……パウロはまだほんの子供ではないか!」


 ロベルトを睨みつけながらそう叫ぶ。

 先程の薬のせいか全身に力が入らず、上手く立つことができない。だが、それでも地を這ってロベルトの方へにじり寄って行った。


「彼は私の後ろで怯えながら震えていたのだぞ! 彼だって一人の人間なのだ! それをあんなに簡単に……!」


 感情的な言葉が次々と口をついて出る。

 だが、ロベルトはそんなこちらを冷めた目で見下ろしていた。


「ほう。まだ動けたとはな」


 そう言うと、彼はパウロの血で濡れた剣を手にこちらへと歩み寄ってくる。


「しょ、将軍! 危険です! お下がりください!」

「問題ない。身体の自由を奪っている今、魔法は使えぬはずだ」


 いや。ロベルトの言っていることは事実ではない。

 確かに、低位の魔術師ならば麻痺や手足の拘束などによって魔法詠唱を封じることができる。しかし高レベルの魔術師にもなると、意識さえあれば魔法の発動は可能なのだ。少なくともYLSではそうだった。


 だが、今は魔法を使う気にはなれない。

 ソフィアが人質に取られているからというのもある。

 しかしそれ以上にロベルトに対する怒りが収まらないのだ。

 奴の顔面をこの手でぶん殴ってやりたい。


「何故だ……? パウロはお前たちの仲間ではないのか? 何故殺した!?」

「先程の話を聞いていなかったのか? 敵前逃亡と命令不服従のためだ」


 その言葉を聞き、さらに怒りが込み上げる。


「そ、そんなことで人を殺すというのか!?」

「『そんなこと』だと?」

 

 冷ややかだったロベルトの瞳に僅かだが苛立ちの色が浮かぶ。

 その瞬間、ロベルトが片手で自分の首を掴み、身体ごと持ち上げた。


「ぐっ……がっ!?」


 万力のような握力によって喉を締め付けられ、呼吸ができない。拘束から脱しようと必死にもがくが、いくら暴れてもロベルトの腕はびくともしなかった。


「貴様が誰であろうと、軍律を侮辱するというのならただではおかない。兵が上官の命令に従わなければならない理由……貴様には分かるか?」


 ロベルトがこちらの目を見つめる。


「眼前の敵しか見えない兵士とは違い、我々指揮官は戦場全体を見ている。大局のためなら、特定の部隊を危険に晒すような決断を強いられることもある」


 そう言う彼の声には、強い信念と迫力が感じられる。彼の指揮官としての自負なのだろうか。

 ロベルトは転がっているパウロの死体に目を向けた。


「彼らの守っていた橋の後方には、避難中の一般市民と撤退中の負傷兵がいた。彼らとてそれは知っていたはず。……にも関わらず、この者らはオークに恐れをなして橋の防衛を放棄したのだ」


 ロベルトが歯を強く噛み締める。


「結果、市民と負傷兵は殆どがオークの餌食となった。犠牲者の数は1000を下らんだろう。防衛部隊がもう少しでも長く橋を守っていれば、その1000人は友軍の元までたどり着けたはずだ」


 そこまで言うと、彼はこちらの首を掴んでいた手を離した。


「……かはっ! ゲホッ、ゴホッ!」


 せき込み倒れる自分を、ロベルトは無表情で見下ろしている。


「1つの命令違反が何千人もの命を奪うこともある。だからこそ上官の命令は絶対なのだ。加えて、敵前逃亡は必死に戦っている味方への裏切り等しい」

「……だから殺したというのか?」

「そうだ。味方への裏切りには死罪が相応しい。他の兵士に対する見せしめにもなる。貴様ら異種族がどうしているのかは知らんがな」

「貴様……!」


 何の臆面もなくそう言い放つロベルトに対し、なおも怒りが収まらない。

 確かに理屈の上では彼の言うことは正しいのだろう。だが、あまりにも人間の感情や尊厳を軽視しすぎてはいないだろうか。

 

 街道沿いに整列する兵士たちに顔を向けると、彼らに向かって叫んだ


「お、お前たちはそれでいいのか!? 人間としての感情を無視されて使い潰される……これではまるで道具ではないか! お前たちは……」


 しかし、そこまで口に出して言葉に詰まってしまう。

 兵士たちの表情に気が付いたのだ。

 彼らは皆パウロの死体を見つめているが、その顔には同情や哀れみの色など一切浮かんでいない。彼らの顔にあるのは嫌悪と侮蔑、そして裏切り者が処刑されてせいせいしたというような晴れやかさだった。 


「く、狂ってる……」


 背筋にぞくりと悪寒が走った。

 同じ人間のはずなのに、彼らは自分の全く理解できない価値観を有している。それが何故か、途方もなく恐ろしいことのように感じたのだ。

 

「おかしいだろう、こんな世界……」


 いや。この世界において、おかしいのはむしろ自分の方なのだろう。平和な日本で生まれ、戦火や大きな災害を経験したこともない。一人の人間の命は何よりも尊い。そういった価値観の中で生きてきたのだ。


 しかし、ここは自分がいた日本とは違う。

 戦争がすぐ隣にある世界。

 全体のためなら簡単に個人の命が切り捨てられる世界。


 ……何故俺はこんな場所に来てしまったのか?


「さて、ひとまず陣に戻らねばならんな」


 ロベルトの声にハッと我に返る。彼は整列している兵士の方に目をやると、その中の1人に向かって声をかけた。


「アマビエ! ここへ来い」

「……は? は、はい! 只今参ります!」


 緊張した声を上げながら一人の兵士が列から進み出る。兜を外していたため、その兵士の顔はよく見えた。


 金髪の青年……というよりは少年であり、年齢は自分とそう変わらないくらいだろう。非常に整った顔立ちをしており、髪の滑らかさやほっそりとした身体も相まって、どこか中性的な印象を受けるようだ。


 アマビエと呼ばれたその兵士は、緊張した面持ちでロベルトの前に立っていた。


「お前に何人か兵を預ける。陣に戻るまでの間、この男をしっかり見張っておけ」

「は、はい!」

「念のためもう一本薬を飲ませ荷馬車で運ぶように。決して妙な動きをさせるな」

「了解致しました!」


 アマビエがぎこちなく敬礼をする。ロベルトはそれを見て頷くと、次に自分の方に顔を向けた。


「あの女奴隷は我々が人質にとっている。どんな関係かは知らんが……不審な動きを見せたら即座に首をはねるぞ。無論貴様も殺す」

「わ、分かった。抵抗はしない……」


 ロベルトの瞳には冷徹な光が宿っており、先程の一件も合わせて、その言葉が決して冗談ではないということが理解できた。


「よし、これより陣へ帰還する。全体進め!」


その号令と共に、整列していた兵士たちは行進を始めた。

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