01 あなただけ
朝、目が覚めて1番最初にやることはベットメイキングでも、カーテンを開けることでもない。
暗い部屋の中、壁づたいに洗面所に行き大きな鏡を覗きこんだ。
「まだ、ある」
手で顔の頬を触ると昨日と同じく今日もそばかすが散らばっていた。
生まれてからずっと消えない。
それどころか最近では1段と増えていっている気さえする。
「よし! やろう」
パチンと顔を叩き、気合いをいれて冷たい水をかけた。
いつの間にか冬になっていて、体が凍えながらも丁寧にお化粧をする。
多少なりともマシになった顔でまた鏡を見ると、さっきは映らなかった人が隣に映っていた。
「ここはもうちょっと、そう。これくらい」
まだ上手に書けない眉毛を手でぼかし、新たに書き直してくれる優しい人。
私の大切な、エメラルドお姉様。
「エメ、ありがとう。少しは可愛くなれたかな?」
「アングレッタはいつでも可愛いですよ。ほら、鏡を見て微笑んで見てください」
ぎこちなく笑ってみると、エメが私以上に微笑む。
「いいですか?あなたはお姫様にも、勇者にも、誰かを助ける偉大な人にもなれるのです」
「本当に?こんな私でもなれるの?」
「なれます。信じる力が大事であり、そして、」
肩をつかまれ目の前エメの顔がドアップで映りこんだ。
「私はあなたを信じている。何があってもずっと一緒ですよ」
淡い水色のドレスに着替え、1階のダイニングへと下りていった。
すでに料理は並べられていて、3人のお姉様たちが座っている。
「おはようございます」
「本当にいっつも時間に遅れてばかり!お化粧したって可愛くはなれないのにねぇ!」
まだ集合時間には10分もあるのし、遅刻はしていないのに。
リリーお姉様の言った言葉に反論しようと口を開いたところでやめた。
このマローニ家の長女、そして両親がいなくなった今の当主であるカロンドお姉様がこっちを睨んでいたからだ。
「すみません、以後気を付けます」
「そればかりね。エメラルド、あなたからも何か言ってあげなさい」
「カロンド、せっかくの美味しそうなお料理が覚めてしまいます。まずは食べましょう?」
「……確かにそうね。食べましょう」
またエメに助けられてしまった。
私を悪く言わないのは家族の中で、エメだけ。
ジーっと見ていたら、それに気がついたのか目線が合った。
他のお姉様たちに気がつかれないよう、小振りで手を振っている。
私も同じように振りかえすと満足そうに笑い、また会話に戻っていった。
1人、3人の話を聞きながらもくもくとこんがり焼けたパンを食べる。
「そう言えば今日、養子の子がくるんだっけ?」
「カロンドも思いきったことをするのですね」
「私はただ、この家にも男の力が必要と思っただけよ」
養子!? 男!?
今まで自分が知らなかったことに驚き、その上この家に男性がくるなんて。
お母様が病気で亡くなり、そのあとお父様が失踪してからというものそんな話は1度も出ていなかったはず。
「カッコいいかな? 優しい系? それともクール系!?」
「落ち着きなさい、リリー。養子だから恋愛は出来ないのよ」
「あ、そっかぁ。残念」
「その男性は家を支えるだけの力があるのですか?」
「あるわ。前よりも、今よりももっと繁栄させられる」
「あ、あの!」
ここまで聞いていると、まるでもう、
「お父様はもう、帰ってこないの?」
空気が変わるのがわかった。
私はまだ帰ってくると信じている。
お姉様たちは違うの?
エメは違うよね?
静まり返った部屋に笑い声が響いた。
沈黙をやぶったのは、エメ。
「帰ってくると信じているアングレッタは可愛いですね。素直で純粋。羨ましくなってしまいます」
「エ、エメは信じないの?」
「私は……、もう信じられなくなってしまいました」
そう悲しく微笑んだエメを、私は何故か危うく感じた。
どこか距離があるような、突き放されたような感覚。
あの時もっとちゃんと話を聞いてさえいれば。
闇に気がついていたら、あんなことにはならなかったのに。