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I were わたしは私たちです  作者: 菊池一心
7/23

7.

 上りの新幹線と言うものは案外人が多い。当然土日であれば何を言っている、そんなこと当たり前だろと言われるだろう。

まあ、それは分かり切っていたことだから特に気にはしないが、それが平日もだとは考えていないだろう。

 俺自身、平日がこれほど混むとは思っていなかった。

「えっと、ここか」

何とか買うことのできた自由席の番号と券の番号を見比べる。どうやら当たりのようだ。

 肩に掛けている手荷物を物置に置き、スーツケースを足元に置く。荷物が多くて駅に来るまでが相当大変であった。数日間の着替えはかさばり、それだけ荷物が多くなる。

「疲れた」

席に着いた瞬間におっさんのような声が出た。まだまだ若い二十歳なのにその年齢にそぐわない、自分の声とは思えない声が出る。

 時間としては朝の九時、通勤ラッシュからは少しはずれた時間の平日のはずなのに席はもうすでに埋まり始めている。サラリーマンや子供連れ、年配の夫婦、年齢層は上から下まで幅広い。

発車までの数分、車内の騒がしさが一段と大きくなっていく。


 朝の早い時間に乗るために早起きしたためか非常に眠い。

 瞼が重くなるという現象は大学生にとってはごく当然のように思うがどうなのだろうか。テスト前や朝一から始まる授業のための早起き。オールをした後の朝の何とも言えない眠さ。それと似たというより同じ眠さが襲う。

三大欲求の睡眠欲だったか?

 脳が直接訴えるその欲に人間は抗えない。

 そう感じざるえなかった。


「あの、すいません、少し通していただけませんか?」

低い男性の声に反応するかのように意識がはっきりとしてくる。

目を閉じていた目を開けるとそこにいたのは痩せ型の中年の男性だった。

「すいません。少しそのケースをよけてもらえませんか?」

 「あっ、すいません。今よけますね」

どうぞと言いながら、足元に置いていたスーツケースを横へとよける。

少し色あせたスーツを着こんだ中年の男性はそう言って、席と席の間を通り、隣も席に腰掛ける。

声をかけられたことによって完全に意識が覚醒してしまい手持無沙汰になってしまった。

「仕方ないか」

心の中で小さくつぶやいて、ポケットに入れていた文庫本に手をのばす。

 いつもカバンの中や手の届くところに本を忍ばせているのは、こんな風に手持無沙汰になった際に暇をつぶすため。

暇をつぶすために本を手の届く範囲に何冊を置くようになったのは何年か前からのくせと言えばいいのか慣習みたいなもので俺にとってはそれがないと少し変な気がする。俺の中では当たり前すぎて何とも思わないが、本をあまり読まない妹曰く「歩く図書館」もしくは「本を読みすぎの変人」だそうだ。そういえば友達に変な奴だって言われたことがあったな。

彼女は少し苦笑いしながらも、そのうちの一冊を私にも読ませてなんて言っていたっけ。

「歩く図書館」というあだ名は少し変な気もする。手持ち出来るカバンにあと二、三冊ほど文庫本がある程度で図書館とは言えないだろう。

新幹線の車内がにぎわっていくのを尻目に手に取った文庫本に目を落とす。

手にした本のタイトルは「不思議の国のアリス」だった。

 






二時間という時間は思いのほか短いものである、そう実感したのは二冊目の本が読み終わったところで上野の駅を超えたからである。途中途中で景色の変化に目を向けていたが、そのほとんどが田んぼと山、そしてほんの少しばかり現れる都市。東京に近づけば近づくだけ都市の割合は増えていく。その変化に飽きたから二冊目の本に手を伸ばしていた。


降りた東京の駅の想像以上の人の多さに驚く。

 密集した人により思っていたよりも、暑さを感じる。人の熱気がそうさせているのか、都市という環境がそうさせているのかについては深くは知らないが。

 暑さに少し顔が歪みそうになる。手荷物とスーツケースの存在が思っていた以上にうざい。うん、うざい、煩わしい、さっさと目的地を目指したほうが賢明であるはずなのに重りとなっているそれらが邪魔だ。

 「すいません。ここまで行きたいですけどいけますか?」

 駅近くにあるタクシーの停留所までどうにか人の波にもまれながら移動し、停まっていたタクシーに乗り込む。

 冷房の効いたタクシーは天国だ。移動の合間にかいた汗が引いていく。





 「はい。お客さん。ここだろ」タクシーの運転手はそう言うとある家の前で止まった。

 着いたそこは、一般的な住宅街にある家。

 変わり映えのしない一般的な家の表札、そこには久しぶりに見る名前があった。

 「そうですね。ここみたいです」そう言いながら、代金を財布から取り出す。思った以上の出費になったが荷物の量を考えるとタクシーを使う判断は最善策であった。手荷物だけならいざ知らず、スーツケースも組み合わさると電車などの公共交通機関の利用は難しい。出来れば使いたくはない。

 「はい、ちょうど頂きました」

 「どうもありがとうございます」

 「いやいや仕事だからね」

 そう言いながら、タクシーの運転手は来た道を引き返していった。

 さて、と心の中でつぶやき、玄関のインターフォンを押す。

 「はい」という声とタタッという音が一緒に聞こえてくる。

 聞き覚えのある声だった。

 「どなたですか? ……あれ? お兄ちゃん?」

 そこにいたのは今回の旅行の目的の少女だった。







居間、リビングルームと言われるそこに通された俺の前には、この家の家主に当たるおじとその妻、そして先ほどの少女がいた。

 「おじさん、お久しぶりです」

 「いやいや、遠くからよく来たね。さあさあ、どっかに座って、なんか飲むかい?」とおじさんが。

 「ほら、座って、座って、いやー大きくなったね」

 奥にいたおばさんに、ソファに座るよう促される。

 「それではお言葉に甘えて」

 空いているソファに座る。

 少しばかりの長旅に疲れたのか、座り込んだ瞬間に疲れがどっと出てきたような気がした。

 「お兄ちゃん、久しぶりだね?」

 隣に近づいてきた少女は昔のイメージそのままの快活さだった。

昔から長かった髪はそのまま伸ばしっぱなしなのか腰ほどまでに伸びている。前髪は一応、目が見えるほどの長さにきられているため、覗く黒目が爛々と輝くさまを見て取れる。

 「そうだな。何年振りかな? アリスは元気だったか?」

「ん? うーん? あんまりかな? お父さんたち死んじゃったし」

「そうか」

少女は数か月ほど前に両親を亡くしていた。そして、それ話題に触れてもどこか他人事のような振る舞いをしている。中学三年生というなかば大人に近づいている年齢がそうさせるのか。それ以外の理由なのかいまいち判断はしづらい。

 「それでもね。おばちゃんたちが優しくしてくれるからね」

 笑顔でそう言うのだから、実際に優しくされてきたのだろう。





 「アリス。少し彼と話があるから、二階に行っててもらえるか?」

 おじさんは俺に構いたがるアリスに向けてそう言った。

 「うん、分かった」

 そう言うと、さっさと二階へと戻ってしまった。

 「こちらに呼んだのは彼女の希望とついてです。少しばかり、彼女を引き取っていたんだけどね。やはりアリスの希望をかなえてあげようと、家内とも考えて……」


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