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I were わたしは私たちです  作者: 菊池一心
2/23

2.

 ガタゴトという音すらもしない新幹線の中、外を見ると景色が流れるように変わっていく。

山、田んぼ、街。そんな風景が流れていく。

音すらしないというのは、いくらなんでも言い過ぎだな。正確に、正しく言うのであれば、新幹線特有の静かでありながら、低く響く音。

車輪と線路のかみ合う音は聞こえないし、普通列車のように大きく揺れ動くことのない。

新幹線の静かな、客の少ない車内。駅を通過するたびになる電子音じみたアナウンス。

 多少の揺れを感じるには感じるがそれが何か不快なものに感じるということはない。ほんの少しの、ゆりかごのようにも感じるほどだ。

あるのは人々が思い描くであろう清潔感あふれる車内とところどころに散らばるように乗る数人の乗客の新聞のめくる音。

よく新聞などをめくる音をペらぺらなどと表現するが、現実ではガサガサやザッなどという音だ。そんな音が音楽のように響き続ける。

しかし、響くなどと言っても、限度というものがある。それはかすかな音だ。

だからそれに言及するのもそれほど意味がないだろう。やはり音がないといってもいいのだろう。

音が伝わらない。

音すらも響かない。

真空状態のような世界。

高校時代の理科の実験室にあった真空管のような…

圧迫感のあるような強迫のような、あるいは脅迫のような。

そんな息苦しさを感じる。

時速三百キロの閉じ込められた世界。実際にはその速さで動いているはずなのに何も感じない。

外の景色だけが流れるように変わっていく。まあ流れるといったところで代わり映えもしないビル群の世界。

そして田舎といってもいいであろう田畑のみの田園風景。時折、風景を遮るように現れるトンネルとトンネルを通る際の反響する音。

 トンネルを通るたびに響くゴウという爆音のみが耳に響く。ゴワゴワと耳の奥に響く音が聞こえる。

 不快さはない。違和感のみが残る。

 言葉に表すことはできないその音はトンネルを抜けるまで響き続けた。



 本を閉じると少しばかりの疲れを感じる。

 目は疲れがたまっているのか、目の奥に少しばかりの倦怠感を感じる。目の奥が重い。そんな気分だ。

持ち込んでいた数冊の小説を読み終わってしまった。足元には読み終わった本が二冊ほど重なっている。

読み終わったその本をもう一度読み返す気にもならない。

これ以上本や何か文字を見る気にはならない。落としていた目線をあげると窓越しの朝日が少しばかり眩しい。

 窓の外に目を向けるがその風景に既視感を覚える。



つい先日というか、一昨日同じ道を通ったのだ。東京行きの上りの新幹線、それに乗っていたときに見たそれと同じような風景を逆回しで見ているに過ぎない。

まったく同じではないかもしれない。けど、似たそれは俺にとっては飽きを感じさせるものだった。

それでも、やることもなければ、やりたいこともない。だが寝ようにも眠気は一切訪れてこない。

その現状が、今という時間を作り出していた。

 本を読み始める前に目を通した手紙の内容だけが何度も頭の中に浮かんでは消えていく。先ほど読んだはずの本の内容がいつの間か消えていくのを感じていた。



 時間にして、二時間ほど、景色が少しずつそれは見慣れた懐かしいものに変わっていく。

もうそろそろ目的の駅に着く。一度経験したことは時間の流れが速く感じられるというが、それが本当なのだと感じる。実際に上りの新幹線の車内で感じた時間の半分ほどしか乗っていないように感じる。

よく聞く時間の体感の長さについての理論。

 手持無沙汰であり、退屈さを感じていた俺にとってはありがたい理論だ。

暇であった時間に何かに思いはせるようなこともなければ行動にも出なかった。一回トイレに立った以外は動きすらしていない。時間をうまくつぶせる方法のなかった俺にとっては退屈という言葉が当てはまる時間ではあった。

もうすぐ目的の駅に着く。足元に置いた本をバックの中に入れ直し、自分の身支度を済ませる。

 「あとはこいつなんだが、もうそろそろ起こしたほうがいいかな」

 昔からの癖のようによくあるアニメの主人公の癖のように頭を掻き、独り言のように、というかほんとに独り言をつぶやき、隣で眠り続ける少女へと目を向ける。

 俺の掛けた毛布を両腕で握りしめ、座席で猫のように丸くなっている少女がいる。

幸せそうにと言えばよいのだろうか、半開きの口からは半透明の液体が流れている。

よだれだな。

というか女の子していい顔なのか。靴は脱いで、足を座席に乗せ、その足を抱え込むように寝ているその姿は、猫のようだと表現したが、もっと近しいもので言えば体育座りであろう。

 「おーい、もうそろそろ着くから起きろ」

 肩に手をかけ、ほんの少し体をゆする。しかし、その目が開くことはない。

完全に眠っている。

起きる気配はない。

俗に言う爆睡。

 おいおいー心でそんな言葉がつぶやく。

悪態をつく。悪態をつくというものがどんなものかは知らないが、俺の知る意味であれば、この心につぶやくようなことを「悪態をつく」と言っていいのだろう。

それでも仕方ない。

そんなことをしても意味がないことは分かっている。

そんなことは分かりきっていた。

始発の時間に乗ったのだ。朝五時台の新幹線に飛び乗ったんだ。俺自身はそれほど眠くはなかったが隣で寝ている子にはつらいものがある。

それになんだかんだ言って、昨日も遅くまで起きていたのだろう。

主に荷物の準備で。

眠くなるのも無理のないことだった。

 「仕方がないとはいえ、さすがに起きてくれないと」

 口にして、頭の中を整理する。

次に何を行わなければならないか。

ひとまずこいつの荷物だけでも整理したほうがいいかもしれないが、それほど荷物を整理する必要はなさそうだ。乗ったはじめのうちははしゃいでいたが、その間に荷物から取り出しているような仕草はしていなかった。しいて言うなら、今被っている毛布の類ぐらいだろう。

次に降りるときのこと。

最悪抱き上げて降りなければならない。それは恥ずかしいというか人目が気になってしょうがないので避けたい。それに俺自身の荷物だけでなくこいつの荷物もあるのだ。抱き上げて、それを運ぶのは無理がある。口から垂れているよだれをリュックの中にあったティッシュで拭く。

 「おーい、もう着くから起きてくれ」

 「むにゃ? もうすこしだけ…眠らせて」

 眠そうに、ホントに眠そうに彼女はつぶやく。半覚醒状態。むにゃと口に出す奴を初めて見た。現実の世界にいるのかよ。いたな、俺の横に半分眠っている状態の彼女が。

 「もう少しってどれくらいだよ」

 「三時間」

 即答する。具体的な数字で。

「往復する気か……」

少し声に呆れが入った。

 実際のところ現時点で、新幹線に乗りこんでから二時間と少しほどである。本当に往復する気なのかと問い詰めたくなる具体的なお時間をお答えいただきました。

 「お兄ちゃん、少し声が大きいです。耳が痛いです」

起こそうとしたはずの少女に注意されてしまった。

自分が思っていた以上に声が大きかったようだ。周りを見回すと新聞を開いていたおじさんと目が合う。少しばかりこちらをにらんでいる。

申し訳ない気持ちでいっぱいになり、少しばかり頭を下げておく。おじさんもそれに気づいたのか怪訝そうな、怪しいものを見る目で俺を見ながら新聞に目線を戻した。

「頼むから、起きてくれ。降りるときに俺におんぶされて降りたくないだろ? 家に着いたら三時間でも、一日でも寝ていいから」

 少しボリュームを下げて耳元でしゃべる。

 起きてくれ、主に俺の精神安定と荷物軽減のために。

しかし、その声を嫌がるように離れ、毛布を頭から被る。さながら赤ずきんのような風貌になる。

「お願いだからお兄ちゃん寝かせてください」

「いやです。もうさすがに起きて用意しないと」

そう言ったところでちょうど特徴的な音楽とアナウンスが入る。

もう着くらしい。タイムリミットが近づいているといってもいいだろう。

「ほら、起きろ」

「やっぱり眠いし。お兄ちゃん、着いたら私を抱っこして降りてね」

 寝ぼけ眼を擦りながら、最後にお願いと小さくつぶやいて、毛布を被り丸くなる。毛玉のような形でそのまま動かなくなる。

 「ちゃんと起きて自分の足で、ホームに降りてくれ」

 毛布の上から力づくで揺すったり、毛布を剥ごうとするが無駄な努力と変わった。

小さな猫のように丸くなった少女はまた夢の世界へと旅立っていった。

 その隣には、うなだれ、諦めて荷物をできるだけ小さくまとめようと奮闘する青年の姿があった。




 駅の改札を抜け、階段を下ると俺にとっていつもの見慣れた場所がそこにはあった。

目立つ大きなステンドグラス付近には多くの人が待ち合わせをしているのだろう、思い思いに集まっている。

 その向かいの物産市では、他地方の名物を売る人、買う人でにぎわっている。どうやら今回は関西のほうの物産市なのだろうか。陽気な関西人特有のしゃべりが聞こえてくる。

 まだ早朝と言ってもよい時間。そんな時間なのに人で賑わいを見せている。

 東京ほどの大都市とは言えないが、ある程度の物がそろう街。俺自身が感じているこの街というものを象徴するような場所がそこにはあった。

 

「まあバカでかい街じゃないけど、ある程度何でもそろっているからな」

 感慨深くそんなことを言うが、当然返事はない。

俺の背中でそいつはのんきに寝ている。眠り続けている。

降りる際も、起きることはなく、起きる素振すら見せず、仕方なくおぶって降りる結果になった。どうにか背中に背負って降りてきた。

片手に俺の荷物と少女の靴。もう片方の手には少女の荷物や俺自身が両親のために買ったお土産やらを抱え、背中には少女をおんぶする。

両手、背中。使えるところは全部使って荷物を持つというおかしな格好になっている。繰り返すがありえないほどおかしな格好になっているのは重々承知の上だった。途中、駅員さんに荷物をもってもらう有様である。

傍から見たら仲の良い兄妹のように見えるだろう。家族連れの乗客からは生暖かい目で見られた。まさに微笑ましいというところなのだろう。

 「なんというか、あの眼には慣れないんだよな」

あの生暖かい目にはどこまで行っても慣れない。照れくさいというのとは少し違うように俺自身の中で感じている。かなり昔に見た国民的アニメの青タヌキのそれを思い出してしまう。

実際に東京駅でも、あいつの重そうな荷物を手伝い、最終的に俺が半分ほど持ってホームまで運んだ際には、隣にいたおばさんから仲がいいわねという言葉とともに向けられた時にも少しばかり何とも言えない不快感のようなものを感じてしまった。

 「なんだかな」

 ひとり呟く。

 その行為に何の意味があるかと言うと意味ない。まさに何の意味もない。

 ただーそうすることでーただつぶやくことで気分が晴れるんじゃないかーそんな気がするのだ。

 「はあ、なんていえばいいんだろうな、こんな気持ちは」

 そんなことをつぶやいても、どうしようもない。なんとなく嫌なものは嫌なんだろうなと思うにとどめる。

 

「さて、どうするかな」

 そんなことを口にした。

 だけどすでに目的の場所には足が向いている。

ひとまず家に帰らないと。

 早く家に帰ってゆっくりとしたい。願望が駄々洩れになりそうだ。

 だが、その前に。

 少しばかり全身に感じる重さがつらくなってきた。

 背中にはどう考えても四十キロあるかないかの重さ。そして、両手いっぱいの荷物。

「もうそろそろ起きてくれませんか?」

 背中で眠り続けている少女へと声をかける。

しかし、返答はない。返事がないただの屍のようだ。

体を揺らしても一切の反応がない、繰り返すが屍のようだ。

まあ、ジョークだけど。

階段などを降りるときの振動で少しは眠りから覚めてくれると思っていたがあてが外れたようだ。

背中で薄い胸が呼吸とともに動いているのが感じられる。ほんの少しの柔らかさを感じる。

そんなことを考えるのは変態だろうか?

変態だろうな。おまわりさんこいつですって言われたら、両手を挙げて投降するしかない。

体の温かさをそのまま感じるためか、少し最近の熱くなり始めたからだろうか。背中に汗をかき始めているのか、すこしばかり湿っぽさを感じる。

背中の眠り続ける眠り姫。

「なんというか、別の童話のお姫様みたいだな」

 少女の名はありす。

不思議の国の女の子と同じもの。しかし、彼女のこの姿を見て思い浮かべるのは、毒リンゴ食べたあの少女。

先ほどまでの毛布を頭にかぶった姿は赤ずきん。苗字は高橋。こちらはなんというかありふれている。ありきたりだ。

身分は受験生にして、今日から居候。 

長い漆黒の髪、清楚な見た目とは裏腹に彼女は、元気のいい快活とした性格。

 なかなかのキャラ属性だろう。中学三年生のくせして、はとことはいえ男の背中で熟睡するかよ。それに、中学生にしてはずいぶんと小柄。アニメにありそうなキャラ属性。ありきたりにして不変。

 俺が言うのもなんだが何者だよ。

 とはいえ、というかどうしようもない。こいつはこういう奴なんだと諦めるしかない、いや、諦めるというのは語弊があるかもしれない。受け入れる。それが正しい道なのだろう。

 受け入れる。受容する。認める。

 受け入れるという言葉に少しばかりのコンプレックスを抱く俺としては何とも言えないが。






 なんて語り始めるならば、伏線としては十分だろう。

 語り部がいなければ、物語は始まらない。

 こんな始まりを迎える物語があってもいいのではないかね?


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