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I were わたしは私たちです  作者: 菊池一心
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19.

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 彼女はもう一度会いたくて来たと言った。だけど、そう言うのはアリスなのだ。

 昨日俺がかばった少女の姿で。

 「あり得ないだろ」

 ようやく調子を取り戻し始めた喉からそう音がした。自分で言いながら、納得する。そんなものはあり得ない。死者が生き返る。夢の中ならそれはあるかもしれない。だけど、現実ではない。

 「否定したくても否定できないって顔してるね」

 現に、目の前で喋っているそいつは、アリスの知るはずのない俺の呼び方をした。

 誰かから聞いたなんてことも考えたけど、それもあまりに可能性がないだろうと結論付ける。

 いや、働かない今の頭でいくら考えたところでどうしてそうなるのかなんて分かるはずがない。

 「大丈夫。正真正銘の瑠璃ちゃんです。どう? 驚いた?」

 このどことなく能天気な物言いはやはり彼女のものだ。

 なら、アリスはどうした?

 中身が瑠璃になっているのならば、元のアリスはどこに行った?

 「アリスちゃんは少し寝てもらってる。ショックが大きかったしね。色々と彼女も抱えていることは知っていたから」

 アリスの何かを知っているような物言いだった。

 「知ってるって何を知っているんだ?」

 「うーん、ここ最近の事はアリスちゃんと意識を共有していたし、なんだったらアリスちゃんの小さいころの事も知っているよ。わたし、アリスちゃんの憧れのお姉さんだったみたいだから」

 「は?」

 アリスの顔で瑠璃の物言いは違和感が大きかったが、それ以上に彼女は俺の知らないことばかりを知っていた。

 アリスと昔から知り合いだった。

 「それはどういう……」

 「なんも、わたしがこっちの大学に進学する前まで近くに住んでいたって話。それに君の事も昔から話には聞いていたんだ。優しいお兄さんがいるってね。だけど、こんな風に関わるなんて大学に入ったころは分からなかった。だって、君がアリスちゃんの言っていたお兄ちゃんだって、恋人になるまでわたしは全然知らなかったんだから」

 偶然ってやつだね、なんて何でもないように言う。そして、そんなことは彼女と付き合ってから一回も聞いたことがなかった。

 「何で言わなかったんだ?」

 「うーん? 乙女同士の秘密ってやつだよ」

 はぐらかされて、はい、そうですか。なんてすぐに納得できないけれど、どうせ聞こうとしたところで、俺が納得できる答えなんて返ってこないだろう。

 これ以上その話はやめようと、話を変える。

 「なんで、ここにいるんだ?」

 「さあ、なんででしょう? わたしが願ったから? 誰かが願ったから? わたしもよく分からないまま、気が付けばアリスちゃんの中にいて、アリスちゃんもわたしを理解して」

 だけど、きっかけはたぶん、そうだね。

 一瞬間を置いて彼女は言いづらそうにそれを口にした。

 「交通事故」

 交通事故。誰でも起こしうるし、誰もがその被害者になり得るもの。

 目の前にいる瑠璃という存在もその被害者だし、アリスも事故によって両親を失ったという被害者。そして、今ベッドの上で包帯巻きにされている俺も被害者だ。

 「なんだ? お前が交通事故に遭ってそれで、アリスの中に入ったってことか?」

 「そうかもしれない。だけど、わたしがアリスちゃんのなかにいたのは、アリスちゃんのご両親が亡くなった後」

 「交通事故のあとか」

 「うん、だから交通事故が原因かなって?」

 交通事故が引き金になった。そして、身近だった人の霊が宿った。まるで御伽話だ。

 「ほんと御伽話みたいだな」

 俺の言葉にそうだねと彼女は相槌を打った。




 午前中の内に色々な検査をするということになり、アリスは瑠璃の人格のままひとまず家に帰ることになった。

 いまだに顔を見せない俺の家族の事をアリスに聞くと、突然の入院に関して手続きが必要なようで、その書類をまとめるために手術が無事に終わったのを見届けるとすぐに家に帰ったらしい。

 「俺が起きてから帰っても良かったんじゃないか?」

 「その役目はわたしが引き受けたの。カナちゃんはわたしの代わりに学校に行って事情を説明してくれてる。一応わたしも被害者だからね。それで、ちょっと疲れてるってことで少し休むって連絡してくれてる」

 そうか、問題なく喋っているから忘れていたが、今喋っているのは瑠璃だった。アリスの方の調子がどうなのか分かっていなかった。

 「アリスはどうだ?」

 「少し参ってるみたい。一応キー君の無事は知っているから、何とかなっているけど、まだ万全とは言えない。だって、目の前で君が轢かれたのを見ているんだよ。そんなところを見て、無事なんて言えない」

 「……ごめん」

 「謝らないで、キー君。謝られてもわたしは困るし、アリスちゃんはもっと困る」

 「分かった」

 「それじゃ、またあとで来るから」

 午後に両親と来るからと言って、病室から出ていく。

 ひとりになった病室は、思った以上に広く寂しい場所だった。


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