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I were わたしは私たちです  作者: 菊池一心
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18.

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 ねえ? あなたは気づいてくれていたの?




 底冷えするような声が俺の体に響いた。

 気が付いた時には、見たことのない天井がそこにあって、気持ち悪さと、痛みが何度も俺の意識を無理やり起こそうとする。

 どうやら、俺は何処かの病院に運ばれたあと、手術を受けたようだ。

術後の麻酔の効いた眠りから軽い覚醒状態になった俺は声の方向へ首だけ動かす。

 その声がする方に顔を向けると、そこには少女が座っていた。病室の暗い部屋の中で、椅子に腰かけた少女がそこにいた。

 「ア、リス……」

 意識は朦朧としたままで、彼女に何か声を掛けようとしたけど形にならないまま。

 彼女の存在そのものがまだ俺の見ている夢なのかもしれない。

 アリス、そう言おうとして、椅子に座っているそいつに何となく違和感を覚えた。

 言葉にできない違和感。

 「ねぇ、キー君なんでわたしをかばったの?」

 どこか冷静に振舞おうとした口ぶりだった。

 そう呼ばれたのは本当に久しぶりだった。もうこの世にいないあの人が俺につけたニックネーム。俺とあいつだけの呼び名。

朦朧とした意識の中でも、そう呼ばれたのははっきりと理解できた。いや、だからこそ、これは夢なのじゃないか?

 あそこに座っているアリスは本当はアリスじゃなくて、そしてこれは夢の中で、今までの記憶がごっちゃになって。

それで……。

 「キー君がわたしの前からいなくなると思って、本当に怖かったの、何であんなことしたの?」

 感情が漏れ出さないようにアリスは涙をこらえながら、俺を責めるようにそう言う。

だけど、そんな言葉より俺は俺をそう呼ぶ姿にある人を思い出していた。その姿はアリスのままだが、面影は彼女そのもので、その面影があまりにも懐かしくて、ふと笑ったしまった。

 「笑い事じゃない!」

 そう怒る姿もアリスのはずなのに、彼女に見えてしまう。

 笑った拍子に痛めた脇腹に鈍い痛みが広がり、顔が引きつる。

 言葉にしようにも、乾燥した喉が音を発しない。まだ、ぼんやりとしたままの頭で、今の状況を考えてみるが、やはり都合のいい夢にしか思えない。記憶がごちゃ混ぜにかき混ぜられた夢。アリスの姿をしたもういないはずのあの人に怒られる夢。

 どうやら、まだ俺は未練がましいようだ。いくら、最近のアリスにどこか彼女の面影を感じることがあったとしても、アリスはアリスであいつはあいつ。別の人間なのに。

 だけど、夢だから、夢だけど。

 彼女に言いたかったことを言える。

 

 「ごめん……」

 瞼は重さに耐えられなくなった。ようやく出た声で俺はそう謝罪を口にしていた。


 「謝らなくていいのに、ね。おやすみ。キー君」

 そこで俺の意識は完全に途切れた。




 次に起きると、一日中そこにいたのか椅子に寄っかかって寝ているアリスがいた。

 どのくらい時間が経っているのか分からないが、寝る前よりは少しだが、眠気が治まっていた。

 親切にも手の届く場所にナースコールが置かれていたので、それを押すと、ものの数分ほどで看護師が現れた。

 「あら、その子寝ちゃってたのね」

 椅子で寝ているアリスに毛布を掛ける。

 「調子の方はどうですか? まだ、少し麻酔が効いているかもしれないので、痛みはそれほどないかもしれないですが、痛みがひどくなったら、また押してくださいね」

 俺が首をこくりと動かすのを見ると、部屋を出ていく。

 ドラマでよく見る病院の道具がそこかしこにあることで、少しずつだが、ようやく自分が置かれている状況に目を向けられるようになった。

 足は太い何かで覆われて、吊り上げられているし、体は思うように動かない。

 規則的になる音が俺の心電を図っているが聞こえる。

 そう言えば、俺、轢かれたんだった。

 よそ見運転の車にアリスが轢かれそうになったところを何とか自分に盾にして、それで……

 「キー君、起きた?」

 「ああ」

 声を出していなかったために少し声が出づらい。それで、何とか返事を返すことくらいはできた。

 「瑠璃」

 俺がそう言うと椅子に座っていたその人は目を見開いてこちらを見た。

 それは信じられなかったことだけど、俺をキー君なんて呼ぶ奴はこいつしかいない。……あり得ないことだから、その可能性だけは否定していた。だけど、どこかアリスの言動の節々に彼女の面影を見ていた。懐かしさを感じていた。その理由が今までは分からなかったけど、ようやく見つけた。

 「瑠璃」

 もう一度その名前を呼ぶ。

 「もう一度会いたくなってきちゃった」

 涙を浮かべながら、彼女はそう言った

 彼女らしい告白だった。


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