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I were わたしは私たちです  作者: 菊池一心
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17.

17

櫻井ともう一度話をしようと彼女を探したけど、見つからないまま一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、気が付けば、三週間が過ぎていた。

珍しく人が少ない食堂で、俺は宮本と飯を食べながら、相談していた。

「ほんとお前と櫻井ってエンカウントしないよな」

宮本が言うには、俺と櫻井はそういうの星の下に生まれてしまったようだ。

「と、言いつつ、俺も櫻井に会えてないんだけどな」

「お前もそういう星の下に生まれついたってことか」

 「瑠璃ちゃんがいた頃は嫌でも一緒にいたのにな」

 そうやって、もういない人のことを思い出して感傷に浸ることが多くなった。

 辛気臭い雰囲気になってしまった。

 「やめだ、やめ。それで、どうする?」

 宮本が話題を戻す。

 「……もう少し粘ってみるよ」

 「それがお前らしいかもな」

 俺の事を何ともさっぱりした人だと評する人が多いが、俺はどちらかというと、諦めが悪い方だと自認している。諦め方を知らないと言えるかもしれない。

 「そこは俺が言ったことだけど、お前と櫻井が話し合わないと意味がないかもな。でも、次はちゃんと話し合えよ」

 分かってると言って、俺は席を立って、食器を片付ける。

 今日はもう午後の講義が入っていない。午後を使って大学内を探してみてもいいかもしれない。


 

「それで、歩いてはみたものの見つからなかったってことか」

 電話越しで聞こえるあいつの声に少し笑いが入っていた。

 「笑い事じゃないけどな」

 「いや、笑い事だろ。大学内歩き回りましたが、人を見つけることはできませんでしたって。大学の広さを考えたら、歩いて探しても効率が悪いだろ。櫻井の利用しそうなところに目星つけて歩いたほうがよっぽどいいだろ」

 これでもかというほど正論だった。

「まあ、こんだけ探しても見つけられないってことは本格的にあっちが避けてるのかもな」

 「どうしようもないな」

 「ああ、どうしようもない。まあ、なんか策でも考えておくか」

 「頼みにしてます。宮本様」

 「ああ、大船に乗った気持で待ってろ」

 最後はそうジョークを交えながら、電話を切る。

 「あ、お兄! 明日のこと忘れてないよね?」

 電話が終わったところを見計らってカナがそう言った。だけど、明日に関して思い当たることがない。明日は土曜。休日だし、何かイベントでもあっただろうか?

 「お兄、もしかして忘れてる? 祭り行くって言ってたじゃん」

 「あ、そっか。もうそんな時期か」

 カナに言われてようやく答えにたどりついた。

 「アリスも楽しみにしてるみたいだからね」

 「そっか、そういえば、アリスも見に行くのは初めてか」

 「そうみたい」

 そっか、祭りか、と。

 あの祭りは踊りと山車が名物だったなと思い出す。携帯を起動して、検索エンジンに祭りの名称を打ち込む。

 検索エンジンの一番上には、公式サイトページがあり、そこには名物の踊りを踊る女性の笑顔が載っていた。すぐ下には明日の踊りやら、山車を動かす時間やらがまとめられている。

 「予定だと、昼頃にやるみたいだぞ」

 「それじゃあ、それに合わせて家を出ないとだね」

 嬉しそうにそんな風に言う。二人が楽しみにしているようで何よりだった。



 そして、翌朝。

 天気は晴れ。朝の天気予想を聞く限りでは、雨の予報もない。

 どうやらお祭り日和のようだ。

 地方のニュース番組に変えると、これから行く予定の祭りについて放送されている。まだ、街の中は静まり返った様子だが、これから数時間後には何万という人がその場を埋め尽くし、活気づくことを考えると、嵐の前の静けさのようにも感じられた。

 「カナちゃん、用意できた? 大丈夫?」

 「うん、アリスは?」

 「こっちもおっけ」

 朝から二人は洗面台の前で、身づくろいをしている。男のそれとは違って、女子の身づくろいは長い。かれこれ三十分は鏡の前であーでもない、こーでもないと悪戦苦闘しているようだった。

 「おーい、もうそろそろ出るぞ。準備は良いか?」

 「「はーい」」

 洗面所からは二人の声が響いた。どうやら、自分の納得できる髪型ができたようだ。

 「それじゃ、行くとしますか」

 俺はそれほど荷物が多いわけではなかったから、肩掛けカバンに暇つぶし用に本が数冊。家の鍵に定期券、財布、携帯。このすべてをカバンにぶち込んで終了。だけど、少女たちの荷物はそれでとどまらない。されでも、手持ち用の小さいバッグには、これでもかと色々なものが入っているようだ。バッグの形が軽く変形している。

 


 「やっぱり、人多いね」

 街中のアーケード街は人で混み合っていた。もともと休日は人で混み合う場所だが、それに輪をかけて今日は混み合っている。

 祭りの活気がそうさせている。

 踊りの衣装に着替えた集団とすれ違う。男女問わずに目元まで化粧をしている様は、どこかかっこ良さを感じた。

 「とりあえず駅の方に行ってみるか?」

 駅で催しものがあることを先ほど、電車に揺られながら、携帯で調べていた。

 「うん、行こ。アリスも」

 二人が先を歩き、俺はそのあとについていく。


 すこし歩くと、横断歩道にぶつかる。

 「ん、ちょうど赤みたいだな」

 アーケード街から駅へ続く横断歩道の信号機は赤を指していた。

 血のように赤い赤。

 


……ここの信号には、いい思い出がない。


……だから、あまりここによりつくことはなかった。自然と顔はうつむく。

そうだ、ここは……。

「キー君、顔色悪いよ」


不意に誰かにそう呼ばれた気がした。

「え?」

顔を上げると信号は青に変わるところだった。

読んだ声の主は確かに聞き覚えのあるの声で、だけど、呼ばれた呼び名はもういない人が読んでいた呼び名で……。

何が何だかよく分からない気持ちになる。

「ねえ、お兄、信号変わったよ。行こ」

「お兄ちゃん、早く、早く」

アリスは先んじて歩みだしていた。

二人に言われて、考えがまとまらない頭を抱えながら、足を踏み出そうとした瞬間に視線の節に何か動いたような気がした。動いたもの、それはスピードそのままに近づいてきているような。

「あ、」

小さく声が出た。

 ようやく脳がそれを処理したときーそれが車だと分かったときーにはもう蛇行しながら迫ってくるその車は、勢いそのままに交差点へと入ろうとしていた。

 先を歩いていた彼女が巻き込まれる。

 「アリス!」

 「へ?」

 突然に怒鳴り声で呼ばれたアリスはその場所で、立ち止まり、こちらを振り返ってしまった。

 車はその勢いのまま彼女へと迫る。

 「くそ!」

 アリスのもとへ走り寄って、彼女守るように強引に抱き寄せる。


 次の瞬間体に強い衝撃を受けて、俺は弾き飛ばされた。強い衝撃に肺の空気が押し出され、何とも言えない浮遊感のあと、俺は地面に叩きつけられていた。

 腕の中には、何が起こったのか分からないまま、俺の顔見つめるアリスがいて。

 「お兄!」と、悲鳴のような声を上げる妹がいて。

 一瞬の静寂のあと、連鎖するように悲鳴がどこかから上がる。「だれか、警察と救急車! 早く、早く呼べ!」

 「おい、何人か轢かれたぞ」

 「大丈夫ですか?」

 近くにいたスーツ姿のお兄さんの呼びかける声を聞きながら、俺はそこで意識を失った。


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