セルジオ王子の場合。-4-
***前回のあらすじ***
夜会を控えたある日の事、突然隣国の王が訪問する旨が伝えられた。フェリのエスコートを断ったセルジオだったが、アメリアに押し切られ、彼女のエスコートをすることに決めてしまう。
アメリアは、自慢をするだけの事はあり、とても美しかった。薔薇色のドレスはまるで大輪の花の様に鮮やかで華やかで、派手ではあるが彼女に良く似合っていた。
私はアメリアと会場へと向かう。良かった。彼女のエスコートを他の男に任せずに済んで。この美しい薔薇の華は、私が独り占めをしたい。美しいアメリアを伴える事が、とても誇らしかった。
会場に着くと一斉に招待客の視線が私とアメリアに向けられる。此方に向けられる視線は好意的とは言えなかったが、その分私はアメリアを守らねばと言う使命感に燃えた。カツカツと足音が近づいてくる。音の方へと顔を向けた私は途端に気まずくなった。瞳に涙をいっぱい溜めて、私を見上げて来るのはフェリだった。
流石にこれはまずい。
「どういう事かご説明下さい。殿下は、お忙しいからエスコートは出来ないと仰られたと記憶をしておりますが……」
どうしよう、と言い訳を考えていると、アメリアが明るい声でフォローを入れてくれた。
「あ、それね!私、今日がデビュタントで緊張していたの。お父様も今日は出られないっていうし、セルジュにお願いしたの」
「アメリア様。わたくし、以前申し上げましたよね? セルジオ様とわたくしは婚約を交わしていると。 非常識とは思われなかったのですか……?」
「またそれ?」
周囲の視線が一気に此方に集まってしまった。アメリアとフェリは口論を始め、徐々にエスカレートをしていく。
大体、フェリは何故そう怒るのか。私の事など愛しては居ない癖に。貴族貴族貴族。もう、沢山だ。私は私の自由に生きたい。アメリアの様に。更に何かを言い返そうとしたフェリの前に割って入る。
「いい加減にしてくれ、フェリ。私ももう、うんざりなんだよ」
フェリと出会ってから、私はフェリを大事にしてきたつもりだ。けれど、愛しても居ないのに、こんなのは不自然だ。それに気づいた私は、もうフェリとの結婚など考えられなくなっていた。フェリだってこんな私と結婚したいなどと望みはしないだろう。
「なぁ、フェリ。私達は結婚して上手くやっていけると君は本気で思うのか?!」
フェリが言葉に詰まる。──やっぱり。もう、無理だ。もう駄目だ。フェリとは一緒になれない。一緒になどなりたくない。
「私は貴女とは結婚できない。したくない。婚約は破棄させて貰う!」
フェリの顔が、紙の様に白くなった。表情が消え、私に向けたその瞳は、まるで見放したという様な酷く冷たいものだった。私はあたりを見渡した。私に向けられる視線は、どれも氷の様に冷たい。侮蔑、嫌悪、蔑み、憐れみ。そんな視線が突き刺さってくる。だれも、一言も口を利かない。私は呼吸が上手く据えなくなった。鼓動が嫌な音を立てる。全身が震えた。今すぐこの場から逃げ出したくなる。
何故、そんな目で見る。私は間違っていない。だっておかしいだろう。私は貴族の在り方を変えるのだ。アメリアと一緒に。アメリアならそれが出来る。何故皆そんな事も判らないのか。可笑しい事に何故気づかないのか。
父上がゆっくりと立ち上がるのが見えた。私は息を飲む。違う。私は、私は間違っていない。間違っていないはずだ。
「──それは僥倖。その言葉、二言はありませんね? セルジオ王子」
不意に後方から声が響いた。此方に歩み寄ってくるのは見た事も無い男だった。肩に掛けられた紫の布に銀糸で描かれたのはクロスソードに竜の文様。カーフェルト竜王国の紋章だ。カーフェルトの王…。いつ到着したのか。こちらを真っすぐに見据える瞳は、吸い込まれそうな紫と青。竜の末裔と言うのは本当なのかもしれない。魔性の色を瞳に持つ王。これが──。そこまで思ってはっとした。
しまった。うっかりしていた。他国の王の前で、この失態は余りにも悪手だった。アメリアとフェリの事で頭がいっぱいになり、彼の事を失念していた。
この場で婚約破棄を言い渡すなど、悪手も良い所だ。
だが、僥倖だと? 一体この王は何を言っているのだろうか。私が突然の事に言葉に詰まっていると、隣国の王はその美しい双眸を細めた。
「お初にお目にかかる。私はカーフェルト国王、エドゥアルド=リク=ド=カーフェルト。……セルジオ=ド=アルゼール殿。フェリを、返して貰いに来た」
……フェリ?
私はフェリに視線を移し、どきりとした。
その頬は美しく薔薇色に染まり、両手で口を押え、瞳からは涙がぽろぽろと零れ落ちていた。その口元には、初めて歓喜に震える様に笑みが浮かんでいる。息を飲む程に美しく、その全身からは喜びがあふれていた。初めて見る、フェリの表情。こんなフェリは、見た事が無い。こんな表情を持っていたなんて、私は知らなかった。
何故だ? どういう事だ? 何故フェリと隣国の王が? 返して貰うとはどういう意味だ?
呆気にとられる私の前で、隣国の王はフェリの前に跪き、愛し気にその指先に口づけた。
「──迎えに来たよ。 フェリ」
美しい、はちみつ色の髪の娘と艶やかな黒を纏った隣国の王。まるでそれは一枚の絵の様だった。
物語のワンシーンの様だった。
周囲から感嘆の声が漏れ、拍手が巻き起こる。 私と、アメリアだけを取り残す様にして。 はっきりと自覚する。私とアメリアはこの場において、部外者なのだと。
「近衛兵。女は不敬である。早々に捉えよ」
不意に響いた父王の言葉に一斉に近衛兵が動いた。私ははっとする。慌ててアメリアを庇おうとしたが、私もまた近衛兵に抑えられた。
「ちょっと! 何でよ!? 今日は私のデビュタントなのよ?! 喧嘩売ってきたのはそっちじゃない、何で私が捉えられなきゃなんないの?! やだ! 触らないでよッ!」
「アメリア!」
私が近衛隊を振り払おうとすると、父の鋭い声が飛んだ。私はびくりと硬直する。
「其方の処分は追って言い渡す。部屋での謹慎を申し渡す。早々に下がるが良い。……カーフェルト王、遠路はるばるようこそおいで下さった。長旅でお疲れの所、我が国の恥を晒した事、誠に遺憾である。愚息の失態は私の不徳の致す所、心よりお詫び申し上げる。エンドール伯、フェリーシャ殿、愚息が大変失礼をした。これの父として心から詫びよう。申し訳ない」
重々しく王が頭を下げる。父が、頭を下げるなど。アメリアは抵抗しながらも近衛兵に連れ出された。私も近衛隊に促される。
私は、自室へと帰された。
──一体、私が何を間違ったというのか。隣国の王とフェリはどういう関係なのか。アメリアはどうなるのか。何故、こんなことになったんだ。
私は、途方に暮れていた。
次で王子編終わる…予定です;
頂いたリクエストは順次執筆致します。リクエスト頂きましたらお時間頂きますが、書かせて頂きますー。




