セルジオ王子の場合。-1-
頂いたリクエストから、王子視点とアメリア視点のお話です。
「この子が、僕の婚約者?」
「そうだよ。セルジオ。この子がお前の妃になるフェリーシャだ。可愛い子だろう」
「ええ、とても!」
釣書と共に添えられた肖像画に描かれていた少女は、とても愛らしかった。ぱっちりとした水色の瞳。白い肌。はちみつ色の巻き毛。小さな唇はさくらんぼの様で、私は直ぐに彼女がとても気に入った。彼女は王都から離れたカーフェルトとの国境にあるエンドールに居るという。私は彼女に逢える日が待ち遠しくて堪らなかった。
彼女がやってくるという日、私は彼女を喜ばせたくて、一番お気に入りの庭を謁見の場に選んだ。お茶もお菓子も最高級のものを用意させた。女官から到着の知らせを受けて、私の心はとても沸き立っていた。楽しみでわくわくとした。彼女が父親であるエンドール辺境伯に手を引かれ、謁見の場である庭へとやって来た時は、その愛らしさに胸が高鳴った。まるで人形の様に愛らしい少女だったから。ふわりとした淡いピンク色のドレスが良く似合う。肖像よりもずっと可愛らしい子だった。
幼いながらにも綺麗なカーテシーをして見せる彼女を、更に好ましく思った。
「君がフェリーシャ? 私はこの国の王子、セルジオ=ド=アルゼールだよ。宜しく、未来の花嫁さん」
未来のお嫁さん。そう口にすると、私の胸はどきどきと高鳴った。この愛らしい姫が、僕の未来のお嫁さんなのだと、言葉にすると実感が沸いた。照れ臭くもあり、嬉しくもあった。
彼女が小さく微笑んで、鈴を転がすような可愛らしい声で挨拶を返してくれる。
「はい、セルジオ殿下。フェリーシャ=エンドールと申します。どうぞ、フェリと──」
──が。彼女はそこまで言った途端、その瞳が潤み、ぽろ、と涙をこぼしたのだ。私は困惑をした。彼女があまりにも悲しそうに涙を流すから、私はどうしていいか判らなくなった。私と結婚するのがそんなにも嫌だったのだろうか。私まで悲しくなった。エンドール伯が窘めても、私が宥めても、彼女の涙は中々止まらなかった。女官がお疲れなのでしょうと、彼女を連れ出して、結局殆ど彼女とは話せずに終わってしまった。折角用意したお茶もお菓子も食べないままで。
「フェリは僕と結婚をするのが泣く程嫌だったのかな……」
私は乳母にそう漏らした。私はとても楽しみだったのに。彼女は違っていたのだろうか。私は悲しくなってしまった。
「いいえ、殿下。フェリーシャ様はエンドールから王都へといらっしゃったばかりでしょう? きっとエンドールを離れたのが辛かったので御座いましょう。 フェリーシャ様は後宮にお入りになられれば、もうお父様のエンドール伯にもご兄弟やお母様にもお会いになれないのですから。 幼いフェリーシャ様が悲しまれても無理は御座いませんわ? 寂しい想いをなさいません様に、殿下が慰めて差し上げてはいかがでしょう?」
乳母の言葉に、そうかと思った。私も城を離れ、乳母や父上や母上や弟たちと引き離されれば、きっと寂しくて会いたくて泣いてしまったかもしれない。私はフェリを大事にしようと、心に誓った。
***
フェリはとても努力家だった。厳しいダンスのレッスンも、我が国の貴族の名を全て覚えることも、各地の名産から税収率も、異国の言葉や各国と我が国の関係も、少し休めばいいのにと心配になるほどに熱心に学んで居た。
「フェリ、根を詰めすぎじゃない?」
「ありがとうございます、セルジオ殿下。でも、私は殿下の妃となるのですから。まだまだ足りないくらいです」
そう言ったフェリの顔は何かを思い詰めている様で、私は何故フェリがそこまで必死になるのか分からなかった。後宮に居る他の令嬢は、皆自由にお茶会を催したり、商人を呼んで着飾ったりしているのに、フェリはそういう事は必要最小限しかしない。幼い少女らしからぬひた向きさ。
それでも、少しずつだが、彼女の表情も和らいでいったように思える。私が会いに行くと、ふわりと自然な笑みが浮かぶようになって、私はそれが嬉しかった。私達は良い夫婦になれると、そう思っていた。
けれど、他のご令嬢は私が微笑み、声を掛けるとそれは嬉しそうに頬を赤らめ、目を輝かせるのに、フェリだけは、私を見ても頬を赤らめたりはしない。舞い上がる様子など1度も見せた事が無い。花を送れば、逢いに行けば、ふわりと嬉しそうに微笑みはしてくれるがそれだけだ。フェリの心は、私には無いのだろう。私とフェリは親の決めた婚約者だ。仕方がないのかもしれないが、私は少し寂しかった。
***
「あなたが王子様? へぇ、やっぱ王子様って綺麗なのねぇ!」
それは、フェリに逢う為に後宮向かっていた時だった。声を掛けて来たのは顔も覚えて居ないほどの末端の子爵。名乗られて初めて彼が子爵だと気づいた有様だ。
正直物凄く驚いた。王族に対してこんな口を利くご令嬢は見たことが無かった。私に向かってカーテシーをするでもなく、いきなり顔を寄せてにかっと笑う。彼女の隣に居た子爵が慌てて諫める。子爵に腕を引かれ、彼女は判りやすく口を尖らせた。
「これ! アメリア!! 殿下、申し訳ございません。この娘は先日養子に迎えたばかりでして……。 元は平民の娘ですので、礼儀作法が全くなっておらず……」
「ああ、良い」
酷く恐縮して青ざめる子爵に対し、私は彼女をとても面白いと思っていた。誰もが王族に対しての敬意を払うのに、令嬢は誰もが上品に口元を隠して小さく笑うのに、彼女は白い歯を覗かせ、大らかに笑う。私の前でも臆することなく親し気に話しかけて来る。私は思わず笑ってしまった。
「王子様判ってんじゃん! お父様、私貴族のそういうの嫌いなんだよね。やれああしなさいこうしなさいって面倒だったら。王子様だってさぁ、そんなに傅かれてばっかじゃ寂しいんじゃないの? どいつもこいつもお上品ぶってさ。私そういうの嫌なのよ。ねぇ! 王子様、お庭案内してよ!」
アメリアと呼ばれた少女は反省するでもなく、ケロッとそんなことを言い放ち、私の腕を取った。母上とフェリ以外の女性に腕をとられたのは初めてだ。子爵が悲鳴を上げてアメリアを下がらせようとしたが、私はそれを止めた。私が彼女を好ましく思ったからだ。綺麗に着飾り私の気を引きたがる令嬢にも、静かに微笑んで生真面目に王妃となるべく黙々と机に向かってばかりのフェリとも違う。物怖じもせず、堂々と自分の意見をはっきりと口にする彼女のその性格や意思の強さに、私はひきこまれていった。
ご閲覧・ブクマ・評価 有難うございます!まずは王子視点から。
頂いたリクエストは順次執筆致します。リクエスト頂きましたらお時間頂きますが、書かせて頂きますー。