03.王宮の夜。
***前回のあらすじ***
カーフェルトの城へと招かれたアンデルベリー一座は、初めて入る王宮に圧倒される。野蛮な国だと言われていたカーフェルトの城に仕える者達は意外にも皆友好的だった。緊張の面持ちでリクを待つ3人の待つ部屋へと急ぎ足でやってきたリクと数年ぶりの再会を果たした一座は、当時の面影を強く残したリクに安堵するのだった。
フェリーシャは人懐っこい笑みを浮かべ、リクに手を引かれてアンデルベリーの前まで来ると、優雅にカーテシーをしてみせた。
「ようこそおいで下さいました。わたくし、カーフェルト王妃、フェリーシャと申します。どうぞ、フェリとお呼び下さいませ」
「あ、は、その、ご丁寧にどうも。私は一座の座長をしております、アンデルベリーと申しますです、はい」
フェリーシャの振る舞いに途端に緊張が戻ってしまったアンデルベリーがぎこちなく挨拶を返す。慌てて気を付けの姿勢を取ったヴィエラもガチガチに緊張をしていた。一人妙に慣れている風のリュートだけが、口元に微笑を浮かべ、胸元に手を当てて優雅に挨拶を返している。
「フェリ、今日は堅苦しいのは無しにしよう? アンデルベリーさん、緊張しまくっているし」
リクがくすくすと笑って言うと、フェリも花が綻ぶように笑う。2人の笑顔を見てアンデルベリー達もほっと肩の力を抜いて笑みを浮かべた。
***
フェリがやってくると、リュートは2人の出会いから今に至るまでの詳細を詳しく聞きたがった。2人の物語は既にお伽噺として語られてはいるが、より詳細な話を聞いて歌に纏めるらしい。リクもフェリもかなり照れはしたけれど、リュートに問われるままに今までの事を詳しく話して聞かせる。
「あれは驚いたよね」
リクが楽しそうに笑うと、直ぐに頬を赤らめ、フェリーシャもうん、と頷いた。
「会えない間、僕もフェリもお互いに相手には届かないって思いながら、手紙を書いていたんですよ」
「手紙?」
「リクに逢えない間、やっぱり寂しくて。嬉しい事や辛いことがあると手紙を認めていたんです。そうしたら、リクも同じように私に手紙を書いていて」
「で、出だしが二人とも一緒だった」
フェリーシャが、かぁっとっ頬を染める。ヴィエラが興味芯々になんて?と尋ねる。
「大好きなフェリへ。お元気ですか、って」
「ああ、で、フェリ嬢が大好きなリクへって書いていた、と」
少しからかう様な声音でヴィエラが問えば、フェリーシャは真っ赤になった頬を押さえ、こくんと頷いた。初々しい二人の様子に一座の3人から笑いが漏れ、和やかなムードに包まれた。
***
「ああ、そうだ。あの、今夜、城の皆で夜会をしたいなって思っていて。皆さんにそこで音楽を披露して欲しいんですけどお願い出来ませんか?」
一通り話を終えて一息ついたタイミングで、リクが思い出したようにそう切り出す。
「夜会?」
意味が分からずアンデルベリーは首を傾げる。カーフェルトは大国だ。当然宮廷楽師も居るだろう。アンデルベリーの一座も楽師ではあるが、所詮平民の小さな楽師の一座に過ぎず、夜会に出れる身分でも無い。
「僕はアンデルベリーさん達の楽の音はとても好きだし、フェリにも当然聞かせたかったし、それに──」
リクは言葉を一度切ると、照れ臭そうに、恥ずかしそうに笑った。
「城の皆にお礼もしたくて」
「お礼?」
「皆城に仕えてくれているけれど、僕は彼らにお礼をする機会って中々無いから。貴族階級の人たちは普段の夜会に出席したりはあるんですけどね。仕事だからと言えばそれまでなんですけど、僕は下働きの人たちにも感謝の気持ちは伝えたいんです」
リクは城に来てからの事を皆に話した。リクが城に来て暫くの間、城に仕える者は元より、貴族の間にも極秘にされた。最初の1年、下男として厨房や城の中の掃除など、末端に仕える者として働いていたという。次期王にそれは良いのかとアンデルベリー達が顔を見合わせると、リクが苦笑を浮かべた。
「僕からお願いをしたんです。僕は長い事養い親と二人きりの生活をしていたし、いきなり傅かれてもどうして良いか判らなかったし。貴族の事も城の事も何1つ判らなかったからいきなり王の仕事と言われても困るって。そうしたら、宰相がこの国の事をご自身の眼で確かめてみては如何かって提案をしてくれて。アンデルベリーさん達を探してくれたコンラッドが僕の護衛としてずっと付き合ってくれていました。城で下男として働くことで、この城がどんな処か知ることが出来ますし、買い出しとかで市街に行く事も出来ますし、末端からだから見えるものっていうのがあるんですよね。良からぬ事を考える人たちから見ると末端の者は道端の石ころ同様で気にも留めませんから。下働きの苦労なんかも、そこで知りました。だから、城に仕える末端の者も含めて、皆に楽しんで貰いたいなって思って」
リクの言葉にフェリーシャも照れ臭そうに笑う。
「夜会では、私もお菓子を作って振る舞いたいと思っているんです。ずっと付いて来てくれた侍女が居て、彼女にお菓子の作り方を教わっていて。大したおもてなしは出来ないんだけれど……」
二人は顔を見合せ、悪戯を企む子供の様にふふふ、っと笑う。
「あんまり堅苦しいのだと、皆も色々考えちゃうと思うんですよね。服をどうしようかーとか。だから、そういう形式ばったこと抜きにして、純粋に楽しんで貰える夜会を開きたいんです。城の皆へのお礼を兼ねて。それに、皆に、アンデルベリーさん達の楽の音を聞かせてあげたかったんです。僕が皆さんの楽の音、大好きだから」
少年は純朴なあの頃のまま、王となっていた。そうして彼が愛した姫もまた、貴族の娘だったとは思えない程偉ぶった所が無く、平民であるアンデルベリー達に対しても実に好意的で隔たりは一切感じない。
恐らく彼らが選んだ道は、普通の王として生きるよりも険しい道だろう。きっと平坦な道ではないだろうが、それでも、視線を交わし幸せそうに微笑みあう二人を見ていると、きっと後世に残る良い王と王妃になるに違いない、そう思う事が出来た。
***
城の大広間には、城中の者大半が集まっていた。城を全て開けるわけには流石に行かず、半数ほどが交代で城の警護などに当たっている。立食の形式で料理が振る舞われ、街の中で興行を行っている大道芸人達が招かれ、豪奢な城の中とは思えないほど陽気な音楽が鳴り響く。最初の内こそ緊張した面持ちだった城の末端の者達も、直ぐに楽し気に笑いあい、音楽に合わせ踊ったり、普段は口に出来ない食事に舌鼓を打った。
リクもフェリも玉座に大人しく座っているでもなく、自ら城に仕える者達へと声を掛け、普段の仕事を労っている。城の者達もまた、この王と王妃を慕っているのが伺えた。
「最初は大丈夫かと思ったけど、リクは良い王様になりそうだな」
「うん、フェリも良い子ねぇ。リクが本当に幸せそうで良かったわ。凄くお似合い」
「貴族と言うのは一筋縄ではいかないだろうし、リク達を裏で操ろうとする者も出て来ると思うから、大変だとは思うけれど、願わくばあのままの2人で居て欲しいね」
「アンデルベリーさーん、リュートさん、ヴィエラさん! そろそろお願い出来ますか?」
国王自ら駆けて来る。子供の頃とちっとも変わらない。そんな国王に城の使用人達も表情が綻んでいる。
「行くか」
「ああ」
美しいヴィエラの歌声に皆聞き惚れ、リュートの語る物語に一喜一憂し、アンデルベリーの陽気な笛の音に皆手を取りあい踊った。
城の一夜は、賑やかに更けていった。
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