9話 ラルはやっぱり戦闘人形だ
――ガチャンッ!
初めてラルがやってきた日に聞いた、あの金属音。
休日のショッピングモールなんて場所に不釣り合いな音が響くのと同時に、ラルの左腕が割れる。
水平に別れたそれは肩のほうへとスライドし、姿を現したのは数本の金属の細い筒だった。
通常の侍従人形には存在しない、無機物。怪しく黒光りするそれはつまり――
「ガトリング……!」
その銃口の先にいるのは、女性オートマタの店員だ。商品棚の裏だからか、まだこちらには気づいていない。
しかしさっきラルが口にした『再装填術式』。あれはきっと生み出した銃弾を装填する魔導術式だ。つまり、ラルはもう撃てる状態にあるということ。一気に全身に寒気が走る。
彼女を見つめるラルの瞳が、赤く光った。
「――戦闘、開始」
「――ッ!? ま、待て!」
いつも以上に無機質な声。俺は反射的にラルの左腕をつかんでおろす。銃口が彼女から外れ、今撃っても無駄と判断したのか、弾は出なかった。
ふぅと、安どの息を漏らそうとした、その時。
「……グッ!」
押さえつけた俺の手を無視して、ラルは左手を無理やり上げる。
――力……強っ……!
なんだこれ、全体重かけてるのにこいつどれだけ力あるんだ!
「なら……!」
「……あ」
足払い。ラルはこちらにまったく意識を向けていない。それ自体は簡単だった。
ドスンとラルはうつ伏せで倒れこみ、その上にまたがる。そのまま、左手を押さえつけた。
少女を店の中で押さえつける男。はたから見たらただの変態だろうが知ったことか。ここで騒ぎを起こす方がずっとやばい。
これでとりあえずは抑えれたはず。とりあえず落ち着かせて――
そこで気づいた。ラルは地面に押さえつけられながらも、店員から一切目を離していない。
またガチャンと金属音。今度はラルの右肩。そこからハンドガンサイズの銃が飛び出して、狙うはやはりあの店員だ。
「こいつ……!」
それも同じく押さえつけ、軌道を逸らす。弾が出ないことを確認し、声を上げた。
「ラル! やめろ!」
「――ッ!」
ビクリと、俺の下でラルの小さな体が小さく震えた。
「戦闘はだめだ。今すぐ、武器をしまえ」
「で、も……」
ラルの瞳、赤い光は少し弱くなった。これが戦闘に関係しているのだろうか。
いや、それよりもなんでこいつはこういう時だけ物分かりが悪いんだ!
「いいから早くしろ! こんなの誰かに見られたら――」
「お、お客様!? どうかしまし――ヒッ!」
さすがに大きな音を出し過ぎたか。パタパタと慌てた様子で駆け込んできた店員は、ラルをみて顔を真っ青にした。かすかに体を恐怖で震わせて、息遣いは一気に荒くなる。
店員の視線がずれ、ラルの上に乗った俺と視線が合う。その瞬間、何を勘違いしたか、その顔を一層恐怖で歪ませ、掠れた声でいう。
「て、店長に……!」
「ま、待て!」
踵を返して去ろうとする彼女の腕をつかんだ。もう下のラルはおとなしくなっている。それよりも、こいつを先に行かせるわけにはいかない。万が一通報でもされれば大問題だ。
ラルはストランブルのオートマタ。しかも銃を大量に埋め込まれた体は、銃規制の強いこの国では違法の塊だ。
しかし彼女は、俺の意思に反して強く暴れだす。
「は、離してっ! 店長に伝えないと……!」
ほとんど半狂乱だ。こちらの話を聞く気なんて少しも見えない。
ああもうなんでこうめんどくさいことに!
隠すことなく感情のままに、大きく舌打ちをする。
今最もさせてはいけないのは、ラルのことを他人に話させることだ。俺はマスターじゃないから、こいつの口を強制的に止めることはできない。だからなんとか説得できればいいが、この調子じゃ絶対に無理だ。
「……しょうがない。使うか」
一つそう呟いて、彼女の腕を掴む左手を強く引いた。通常オートマタには人並みの力しかない。彼女は「きゃっ!」と小さな悲鳴をあげ、こちらに倒れこむ。
一応床に激突しないよう抱え込んだ。
「……悪く思うなよ」
トン、と。右手の人差し指と中指を揃え、彼女の額に当てる。
「意識凍結術式」
冷えていくような感覚。それが肩辺りから腕を、ぞわぞわと登ってくる。その感覚に従うように指に浮かぶ幾何学模様。それが額にあたる指先に収束し――紫光を放つ。
バチッとはじけるような音。その瞬間恐怖に歪んだ彼女から表情が、消えた。
「――っっはぁあ……!!」
全身にのしかかる疲労感。俺は思わず大きく息を吐き出して、うなだれる。
「ハッ……ハッ……ハッ……」
「凌、也……?」
「……あ? ああ、お前も、落ち着いてくれたか……ッ……」
うつ伏せのままこちらの様子を窺うラルの瞳は、空色に戻っていた。いつの間にか左腕のガトリングも右肩の銃も収納されていた。
じゃあもう必要ないかとラルの上からどこうとして、ガクンと体勢を崩す。
ああくそ……これやった後はいつもそうだ。体がうまく動かない。
そっと立ち上がったラルは、首をかしげて問いかけてくる。
「凌也、だいじょう、ぶ……?」
「ハッ……っ……だれの、せいだと……! じゃない、そんなことより……」
ラルを人睨み。そして店員のオートマタに視線を移した。
全くの無表情。それだけなら隣のガン・ドールと同じだが、ピクリとも動かず直立している姿は本物の人形のようだ。
そっと頬に触れる。人と区別がつかない肌触り、そしてオートマタ特有の冷たさ。トントンと軽くたたいても、彼女は少しも反応を見せない。
「おい」
「……はい」
ツギハギのような抑揚のない声が、店員の口から洩れた。そこに先ほどのような感情は感じられない。
「現在時刻より過去一〇分の記憶消去、できるか」
「……可能です。実行します」
「よし」
膝に手をついて、重い体に鞭打って立ちあがる。倦怠感を吐き出すように大きく息を吐くと、店の外に向かって歩き出す。特に右半身がうまく動かない。右足を引きずるような歩き方だ。ラルは何も言わずについてきた。
相変わらず反応のない店員の隣を通って、人ごみの中へ。この騒がしさが幸いしたのか、特に店の外で騒ぎになっていることはなかった。
逃げるように速足で進む。その店が小さくなった辺りで、ラルが声をかけてきた。
「なにした、の……?」
「大したことはしていない。あいつの頭に、魔力を流し込んだけだ」
ラルが向かいから歩いてきた通行人にぶつかった。ため息を一つ。
オートマタは、魔力の溶け込んだ魔融血で動いている。魔力というのは極めて繊細だ。魔融血という発明が奇跡ともてはやされるくらいには。
思考をつかさどる機器がある頭、そこを通る魔融血の流れのバランスを崩す。
「思考装置は異常を検知して一時的に動作を停止。そうすればあとはこっちのものだ。何も考えられないのだから、感情によるストッパーもくそもない。だから――」
「外部からの、記憶消去要請……簡単に、引き受けた……」
俺の言葉を遮ったラルに、つい感心する。事実その通りだから。しかしふと、ラルは「でも」と口にする。
反論、だろうか。オートマタにしては、というよりラルにしては珍しい。歩きながらつい彼女に目を向けた。
「おか、しい」
「おかしい?」
「魔力は、魔導コアから生まれる、もの。生物の体内に……存在、しない」
ラルの視線が俺を捉えた。空色の無機質な瞳が、こちらを覗き込んでくる。
「凌也は……オート、マタ……?」
「…………」
少しずつスピードを落とし、そして立ち止まった。もうあの店からも距離が開いている。フリーズも一時的なもので、二分もすれば元に戻るはずだ。
だからこそ俺は足を止め、ラルに向き直る。ラルも俺に合わせて立ち止まった。
ハッと、吐き出すように乾いた笑みをこぼしつつ、問いかける。
「俺が、オートマタに見えるか……? さっきのは、アスカが作ったガジェットでやったものだ。いくら魔力が繊細といっても、放出するくらいなら簡単な方だからな」
さっきのあれは、魔力をエネルギーとしてそのまま使う、放出系だ。ラルの体に組み込まれている生成系とくらべ、魔力をどうこうしない分かなり簡単に作れる。
「で、も……」
「オートマタのお前が一番わかるだろ? 俺が人間かどうか。どうだ、俺は、オートマタか?」
両腕を広げて、見せびらかすように。ラルはジッと俺を少しの間見つめ、静かに首を振った。
「違うと、思う……」
「ならいいだろ。俺は人間だ。それよりお前だ、お前」
一歩、ラルに近づき、頭をわしづかみにする。そして、グイっと顔を近づけた。
「……な、に」
「なにじゃねえよ。お前、さっきなにした?」
「武装展開。オートマタ、殺して、お金もらおう、とした」
コテンと首をかしげながら、あたりまえのようにラルはそう言い返してくる。まるで何もおかしなことはないとでもいうかのように。
微妙な認識のすれ違い。確かな苛立ちを感じながら、でもと思い直す。
そうだ、こいつは感情を認識できない。そのうえこいつの話を信じるならストランブルの試合以外で起動はしておらず、かつ体と同じく頭もいじくられている。
知らなかった。知っているはずもなかった。だから怒るのもまた違う気がする。でもなんとなく、俺の受けた心労を考えるとそのまま飲み込みたくはなくて。
「はぁあああ……」
大きくため息を吐き出した。するとラルはまた首を傾けて顔を覗き込んでくる。
「大、丈夫……?」
「……お前、本当に変なやつだな……」
「そ、う……?」
「とにかく、俺が許可したとき以外は武器を出すな……」
「ん……わかっ、た」
右半身の倦怠感はもう消えた。しかし俺にのしかかるのはまた別の疲労感だ。そのときふと、クゥと腹が鳴った。オートマタの腹が鳴ることはない。ということは、俺。
古ぼけた腕時計を見てみれば、ちょうど昼時。疲労感も相まって、やけに空腹に感じる。
よし、と一つ零して、また歩き出した。ラルもそれに続く。
「帰る、の……?」
「いや、飯食いに行く」
もともとラルにいろいろ食べさせるために来たんだ。ついでに俺が何か食べても罰は当たらないだろう。どうせラル関係の金は依頼主が払ってくれる契約だ。
「凌也……ラルを、変なやつって」
「間違ってないだろ?」
彼女はまた首をかしげる。
「ラル、は……普通と、か、変と、か。よくわかんない、けど……」
サラリと白い髪が揺れる。先ほどとは違う、空色の瞳。どこか笑っているようにも見えた。きっときのせいなんだろうが。
「凌也も十分……変だと、思う……たぶ、ん……」
つい軽く目を見開いた。虚をつかれたような、そんな感覚。
「……ハッ」
まさか、こいつに変と言われるなんて。思わず笑ってしまう。
ま、否定もそんなにできない。俺自身、自分が普通なんて思っていない。
「間違ってはないな」
だから俺は前を向いて、そう零した。