8話 ラルは割と自分勝手
休日の昼間の、複合商業施設。溢れかえるような人とオートマタの中、ラルと歩きながら考える。
ラルは、オートマタである。
オートマタは、中枢結晶に刻まれた魔導式に従って動く、魔動人形だ。
いかに人間のようといっても、結局は魔導式に従って動く。だから、それぞれのオートマタには、決まった仕草や癖があることが多い。
まだ知り合ってそれほど時間がたったわけじゃないが、こいつのことが少しわかった気がする。
こいつはおそらく、言われないと何かをしない。いや、行動はするが、自分で考え行動することがないのだ。
朝の起こし方もそう。俺がもう少し考えろといったからいいものの、もし何も言わなかったら俺の反応を見て、考え、改善することはおそらくなかった。
「お前、ほんとめんどくさいなあ……」
「……?」
ラルは俺の視線に気がついてか、首を傾げてみせる。
疑問を持ったら、首をかしげる。これもまたラルの特徴的な癖だ。
ああもう、めんどくさい。
頭をぐしゃぐしゃとかきむしった。
「ラル、今マスターからなんの命令を受けてる」
「特に、受けてない……強いて言う、なら、凌也に、治してもらう、こと。それを、手伝う。協、力……」
「なるほどな。つまり、実質俺がマスターみたいなものか」
「凌也、マスターじゃ、ない……」
「実質、な」
納得したのか、ラルはまた前に向き直った。
つまり基本俺の頼みをほとんど聞いてくれる、ということになる。相変わらずの無表情で隣を歩くこいつは今、感情を認識できない。ストッパーとしてのそれが機能していないのだから、きっと大抵の命令を聞かせることはできる。
まあ、かといって聞いて欲しい命令もない。
そこで一つ、思いついた。
「そうだな……一ついいか?」
「命、令……?」
「ま、似たようなものだ」
そこで俺は足を止めた。ラルも首を傾げつつ止まる。俺たちの横を、迷惑そうな顔をしながら人々が通り過ぎていった。
俺は気にすることなく、ラルと視線を合わせる。彼女の細い肩に手を置き、言った。
「これから俺と一緒に行動することが増えるが――我慢をするな」
「我慢……?」
また首を傾げ、彼女の白髪がサラリと流れた。
「そう、我慢だ。いや、少し違うか……。とにかく、ありのままのお前を見せろ」
「ありの、まま……。昨日、みたいな……?」
「ちがう、全然ちがう。頼むからワンピースから手を離せ」
ラルが身にまとうキャミソールワンピース、その肩紐にかけた手を、「そ、う……?」と口にしながら離す。
ほんと頼む。体の凹凸はあってもそういう部分がないオートマタだが、それでも公共の場で裸にさせたらマスターに責任がいくんだ。マスターは俺じゃないが、それでもよくない。
悪い意味でいつも通りなラルに呆れつつ、かがんでいた腰を上げた。
「簡単に言えば、思うがままに行動してくれってことだ」
「思うが、まま……」
ラルはそのまま繰り返し、少し視線を下げる。
俺がやるのは、感情を生み出すことじゃない。元々ある感情を、認識させる。つまりラルが何かの感情を抱いたら、俺が「それはこれこれの感情だ」と教えてやるということだ。そのために、ラルの反応から何を感じているのか推測する必要がある。
「いいか?」と念を押せば、ラルは小さくうなずいた。それを確認して、また歩き出す。
「まあ、正直お前がそんなに我慢してるようには見えないけどな」
「我慢……わから、ない……」
「オートマタは行動が感情にリンク付けされてるものもある。つまり感情を認識しないと、起きない行動だ。もちろん例外もあるし、その例外をついて教えようとしてるんだ。変に我慢されて、その例外すら見れなかったら手の打ちようがない」
正直、やりたくない。感情のややこしさが嫌なのに、何がうれしくて感情を教えないといけないんだ。まだましなのは、ラルがオートマタということか。人間の感情を模した擬似魂生成結晶だが、所詮はまがい物。人間ほど複雑じゃない。
「だからせめて、手間かけさせるなよ?」
前を見て歩きながらそう口にする。
俺はてっきりラルが「うん」なり「わかった」なり口にするかと思ったが、どういうわけか、何も返ってこなかった。
「ラル?」
つい不審に思って、隣に視線を向ける。ラルは家を出てから俺の隣を歩いていたはずだ。
しかし、そこにラルの姿はなかった。
「手間かけさせるなって言ったばかりだろ……」
げんなりと肩を落としながらあたりを見渡す。相変わらず人が多い。そしてその少し後ろを、荷物を抱えて付き従うオートマタも。
「……いた」
人ごみの中にちらりと見えた、白い髪。人ならざるオートマタだが、髪の色は黒や茶、金など、つまり人間の髪の色に近いものが多い。つまりラルの髪の色は珍しいのだ。
それが見えたのは、ちょうど俺が歩いていたところ。一つため息をついて、そのユラユラ揺れる白髪に近づいた。
「おい」
「……凌也」
ピョコンとたった白いアホ毛を揺らしながら振り返るラル。さっき止まったところからほんの数メートルのところで、彼女は足を止めていた。
「ついてこいって、いったよな?」
「う、ん……」
「なんかあったか?」
「なんでも、ない……」
フルフルとラルは首を振る。
本当か……? と訝し気な視線を向けても、彼女はいつもと変わらない。
まあ、オートマタは人に嘘をつけない。何もないなら、何もないのだろう。
「頼むからはぐれないでくれよ。人も多いから、探すのも一苦労だ」
「わかった」
「お前本当にそればっかだな……」
呆れつつも、また歩き出す。
「ただでさえストランブルのオートマタなんて面倒なもの押し付けられたんだ。頼むから大人しく――ってまたいねえし!」
ため息をつきながら隣を見ると、そこには――誰もいなかった。
声を上げて、またあたりを見回す。
あいつ全然わかってないじゃないか。逸れるなっていったのほんの数秒前だぞ。そんな短時間で逸れるなんて、もはや才能の域だろ。
白髪を探して歩き回り、一つ舌打ち。本当に幸いにも、またすぐに見つけることができた。
「あんなところに……」
無駄な疲労感に肩を落としながら、そちらに向かう。
ラルがいたのは、ショッピングモールに立ち並ぶ店のうちの一つだ。しかもその割と奥の方。商品棚からチラリと白髪が見えたのだ。
「お前ほんといい加減にしろよ……」
「……凌也」
ほんと数分前と全く同じ反応。罪悪感というか、申し訳ないって感情くらい残して欲しかった。
我慢するなっていった途端これだ。
……ん? 我慢?
もしかして、と一つの可能性が頭をよぎる。
ラルはちょうど、商品棚の一つの商品に視線を向けていた。この店は雑貨屋だ。それと、割と女性向けと、かわいい雑貨が多い。ラルが見ていたのはその一つ、黒猫をモチーフにしたカップだった。
なぜ、それをそんなに見ているのか。今思えば、最初逸れた時視線を向けていたのもこの店だ。
「なあ、ラル」
「な、に……?」
反応はするが、そのカップから目を離す様子はない。
「もしかして、気になるのか?」
「気に……なる……?」
やはりというべきか、ラルは首を傾げながら聞き返してくる。「ああ」と俺も頷いた。
「『興味がある』ってことだ。多分、感情。なんていうんだろうな……意識が吸い寄せられるというか、そんな感じだ」
ラルは俺の話を聞いても、何も返してこなかった。黙ったまま、カップに視線を戻す。そして、小さく頷いた。
「う、ん……気になる。ラル、これ気に、なる」
なるほど、こんな感じなのか。何度も「気になる……気になる……」と繰り返すラルを眺めつつ、納得した。
多分、これで成功なのだ。今ラルは、『興味がある、気になる』という感情を学んだ。
……なんだろう。釈然としないというか、実感がない。これでいいんだろうか。
興味を理解したからか、ラルは実際にそのカップを手に取った。そして回転させ全方向からまじまじと観察している。
「ま、とりあえずはやってみるしかないか」
「なに、が……?」
「いや、なんでもない。ラル、気に入ったのならそれ買うか?」
十分食器なら家にあるし、余分なものを買うのは正直好きじゃない。が、結局金を出すのはラルのマスターだ。使った分連絡すれば、同じ額くれると聞いている。なら、別に買っても構わない。
しかしラルはコテンと首をかしげる。
「買、う……?」
「お前まさかとは思うが、買うってこと知らないわけじゃないよな」
「……?」
まじか……。その辺りの本当に一般的な知識は、最初から入ってるはずだ。なんでそんなことまで。
そこで、ラルのぐちゃぐちゃな中枢結晶の中身を思い出した。いじる過程で、もしかしたら消えてしまったのかもしれない。
どれだけ常識ないんだ……。一つ、ため息をついた。
「買うってのは、簡単に言えば金と商品を交換することだ……」
「お金……」
「おい、まさか金まで知らないとは言わないよな」
ラルは俺の問いに答えることなく、歩きだした。
今俺とラルがいるのは店の奥、ちょうど商品棚に隠れて表からは見えない場所だ。ラルは足をすぐ止めた。俺もそこに行けば、表からは見えないが、ちょうど出口付近にあるレジと側に立つ女性の店員は見える。
「お金、は……知ってる」
ラルはその店員をじっと見つめながら、そういった。こちらは見ているだけだしレジから少し離れていることもあって、向こうはラルに気がついていない。
まあ、そうだな。あそこで金を払う。よかった、それくらいはわかってるのかと、少し安心したとき、気がついた。
あの店員、オートマタか。
なんとなく、嫌な予感がする。
金の話。ストランブルにしか起動されてこなかった、ガン・ドールのラル。そして、その視線の先にいるのは――オートマタ。
「お金、知ってる。オートマタを殺すと……もらえる、やつ。――再装填術式、展開」
「は!?」
聞いたことのある魔導術式の起動宣言。いつ聞いたのかと頭を巡らせれば、ラルがガン・ドールと判明した、あの瞬間だ。
ラルの空色の瞳に、赤い光が灯る。
俺が止める間もなく、彼女は言った。
「――武装展開」