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7話 とりあえず、出かけようか

「凌也」

「ん……」


 俺の名を呼ぶ声。それに引き上げられるかのようにして、俺は目を覚ました。

 まどろむ意識。背中に感じるベッドの感触。そして視界を覆う朝日。


「ああ、もう朝か……」


 呂律が回っているかどうかも怪しい状態でそう口にして、細目だがなんとか目を開ける。

 目が慣れ始めるのにそう時間はかからない。あっという間に視界の輪郭がはっきりとしだして、認識できるようになった時目の前にあったのは――


「おはよう……凌也」


 ――視界を埋め尽くす、ラルの顔だった。


「なんでだよ!」

「…………?」


 俺はつい声をあげると、ラルは無表情のまま首をかしげる。やはり、俺を押し倒したような体勢で。


 いや、ほんとなんでだ。昨日と全く同じ状況じゃないか。


「凌也、朝から、元気」

「おかげさまでな!」

「どう、いたしまして」


 褒めてねえよ、と口にするよりも早く、彼女は俺の上からどいて、ベッドから降りた。

 なぜだろうか。こいつには感情がないはずなのに、ドヤ顔してるように見える。

 俺もいまだ重い体を起こして、ベッドに腰掛けた。そして体にドッとのしかかる疲労感。おかしい、昨日ラルを背負って確かに運動はしたが、次の日に影響するほど重労働じゃなかったはずなのに。

 大きくため息を漏らせば、疲労感の原因はまたコテンと首を傾げた。


「……あのさ、いったよな? 俺昨日。もう少し起こし方考えてくれって」

「う、ん……。考えた」

「変わってねえじゃねえか」

「変わった」

「……なら、何が変わったのか教えてもらってもいいか?」


 ん、とラルは小さく頷くと、地面の一部分を指差した。昨日の朝指差したところと同じ場所だ。


「昨日……ここで呼んで、起きなかった。だから、のしかかった」

「ああ、そうだな。で、今日は?」

「最初から……のしかかった」

「おかしいだろ」


 呆れというかなんというか。どうしてそっちに思考がいくのか、全くこいつのことが読めない。一応考えてくれてはいたようだが、裏切らないポンコツさにため息をついた。

 俺の反応が不可解とでも言うように、ラルはまたコテンと首をかしげる。


「改善、した……」

「どこがだ。どっちかというと改悪だろ」

「無駄な工程、排除……実行の効率化……」

「あー……つまり、なんだ?」


 最初に声をかけても起きないからその工程は必要ない。俺が実際に起きた至近距離からの呼びかけのみを実行すればいい。

 そう、ラルは言いているのだ。


「まあ間違ってはいないが……機械的というかなんというか……」

「ラル、機械……間違ってない」

「まあ、そうなんだけど――ん?」


 ふと、彼女の白い前髪の隙間に覗く、ラルの額が気になった。そういえば、こいつ昨日電柱に頭から突っ込んだんだった。一瞬痣みたいに青くなった額が見えた気がしたのだ。

 オートマタの体には魔力を全身に循環させる血液のような液体、魔融血が流れているが、内出血は起こさない。しかし体内の異常を知らせる機能の一つとして、人工皮膚の変色がある。


「ラル、ちょっとこっちにこい」

「……ん」


 よく見てみようと手招きすれば、ラルは素直にうなずいた。

 そしてベッドに腰かけた俺のもとに近づいて――俺の膝の上に座った。


「……ん?」

「……?」


 ついラルみたいに首をかしげる。視線を下げれば、ちょうど振り向いたラルの上目遣いと視線が合う。青いガラス玉のような瞳がジッと俺を見つめていた。


「いや……なんで?」

「……?」


 今度は逆側に首をかしげる。どうやら座り心地が悪いようで、それと同時にもぞもぞとおしりを動かした。温度は感じないが、無機物とは思えない柔らかな感触。いや、まて、この時間にそれはよろしくない。


「おいラル、降りろ」

「ちがっ……た?」

「は?」

「昨日、アスカと、話してた」


 そういうやいなや、ラルは俺の右手首を持った。そしてそのまま自身の頭まで持っていく。ポスンとラルの頭に乗る俺の手のひら。自動的に、俺がラルをなでているような体勢になったところで、ようやく思い出す。


「ヨネスの話か……」

「ん……」


 だからあのとき別にやらないって言っただろ。そう言い返そうとしたが、それよりも早くラルは俺の手をクイクイと動かしてくる。まるで早くなでろとでも言わんばかりに。

 手のひらに感じる、真綿のようにフワフワした髪。目の前で小さな頭を覆う髪は、窓から差し込む光を反射してキラキラ光っていた。


「はあ……わかったよ」


 ため息をつきながら、昨日アスカに言われたことを思い出した。たしかに俺はラルに甘いのかもしれない。それがなぜかはまだわからないが。


 もう朝から疲れて、拒否することすらめんどくさい。

 ゆっくりと、手を自分で動かした。それを確認したのかラルは手を離し、されるがままに。俺の手の動きに合わせて、ラルの頭も小さく左右に揺れる。


「……やったことはないからうまくないぞ」

「だい、じょうぶ。上手……と思う」

「されたことあるのか?」

「……ない」

「ないのかよ……」


 だが振りほどくような様子はないから、不快ではないのかもしれない。もっとも、こいつがそれを認識しているかも怪しいところだが。

 とりあえず、数分。お互いに無言でいたところで先に声を出したのは、ラルだった。


「今日、どこかいくの……?」

「ああ、飯でも食いに行くかと思ってる」

「ご飯……?」


 首をかしげたところを、なんとなく、グイっともとに引き戻す。


「ほら、昨日話してただろ、これからのこと」

「うれしいを、教えてくれるって……」

「そう、それだ。まあ単純に考えて好きなことされたり好きなものもらったりするとうれしいからな。一番身近なのは好きな食べ物だ。だからそれ探るついでに飯を食べ歩こうと思う。ほら、おいしいもの食べると嬉しいだろ」

「おい、しい……?」


 逆側に首をかしげたラルを、また引き戻した。なんだこれ意外と面白いな。

 そこで一旦、ふむと考えた。おいしいとは何か。言葉にしようとして、意外と出てこない。ラルの代わりに首をかしげて考えるも、うまい言葉が出てこない。


「なんていうんだろうな……味が好みの食べ物を食べた時に感じる感情か……っていうか」


 俺はそこで言葉を切った。ついでに撫でる動き求めると、ラルがこちらを向く。


「これ、いつまでやればいいんだ?」


 結局、さっきからずっとラルをなでていた。さすがオートマタなだけあって手触りもよく不快ではないが、ラルが少女の姿をしているだけあって、小恥ずかしいのだ。

 尋ねたのは俺なのに、その問いを受けたラルも同じように首を傾ける。


「わから、ない」

「……だろうな」


 一気に体が重くなるような感覚。ポンポンと軽くその頭をたたきながら、ラルに尋ねてみる。


「で、どうだったんだ?」

「どう……って?」

「うれしかったかってことだ」

「……」


 ラルは少し考えこむように視線を下げてみせた。そしてピッタリ五秒。顔を上げた彼女はまた首を傾げた。


「わから、ない……」

「はぁ……」


 今度は「だろうな」という言葉すら出てこなかった。

 まあ、これがこいつにとってうれしいことだったとしても、いやなことだったとしても、どちらでもなかったとしても、認識できないわけだ。当たり前といえば当たり前。

 そんなことわかってるのに、俺は律義になにやってるんだかと、自分に呆れてくる。


 結局、俺が少し恥ずかしくなっただけじゃないか。


 はぁと、また一つ嘆息すれば、ラルはコテンと首を傾げた。



「ああ……人が多い……」


 額の汗を袖で拭いながら、恨めしくそう口にした。

 見渡す限りの人、人、人。そしてその少し後ろについて歩く、オートマタ、オートマタ、オートマタ。といってもどちらも見た目はほぼ同じものだから、結局変わらないのだが。

 大きな施設に敷き詰められた店の数々。そしてそこを訪れる子供にカップル、夫婦や老人。いくら何度も多すぎだと悪態をついた時、ちょうど思い出した。


「そうか今日は祝日か……ショッピングモールを選んだのは間違いだったな……」

「凌也、気分、悪い……?」


 隣を歩くラルが、そういって顔を覗き込んでくる。いつも通りの白いワンピースと、まぶしい肌。長い白髪を靡かせながら相変わらずの無表情を浮かべる彼女は、汗の一つもかいていない。このくそ暑い夏で汗をかかないというのは少し羨ましくもある。


「いや、人とオートマタが多いのが苦手なだけだ。ラルはこういうの平気なのか」

「ん……平気と、言うより……初めて」

「初めて? 人とオートマタを見るのがか?」


 まさかと思ってそう尋ねると、ラルは小さく首肯した。


「……ストランブルのときしか、起動してなかった、から……」

「……」


 ラルのその言葉を聞いて思い出す。

 ああ、そうだ、こいつはストランブルのために改造された戦闘人形だのだと。

 ラルの改造において――とくにアームの収納によって――一番失われたのは肺部分、つまりバッテリーだ。それに加え大量の銃を埋め込んだことで魔融血の循環経路がいくつか遮断されている。つまり、魔力供給が効率的に行えていない。


 普通のオートマタなら、魔導コアによく魔力生成せずとも四日は動き続けることができる。しかしラルは、もって一日。それはきっと、試合の時のみ動いてくれればいいから。戦うために動けば、魔力消費も普段の非ではないに違いない。


「……」


 隣を歩くラルを見る。

 見た目は完全に少女だ。俺だって鬼じゃない。オートマタも生きているなんてことを言うつもりもないし、道具じゃないなんてことを言う気もない。だが、道具でも大切に使うべきとは思っている。


 道具には、適切な使い方を。

 これは、整備の一環だ。

 通常の感情を植え付けるには、通常の感覚を植え付けないと。


「よし、いくか」

「……ん」


 両頬を軽くはたいて、右手でラルの手を握った。

 


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