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5話 ラルはやはりとんでもなかった

「ねえ、凌也……ラルちゃんって、何者……?」

「何者……? あいつは――」


 ガン・ドールと、馬鹿正直に答えそうになった寸前で、その言葉を飲み込む。

 ストランブルは言うまでもなく違法だ。それに加えて、四位となれば裏に何がいるかわからない。

 おいそれと言うべきではないだろう。


「まあ、何者なんて大げさなやつじゃない」

「まーた裏の仕事?」


 モニターを凝視していた彼女は、呆れたようなため息を漏らした。

 俺のことをよく知る彼女だからこその反応だ。でも仕事を選ばないのは彼女もおなじで、「お互い様だろ」返す。


「で、何か異常でもあったか?」

「異常? むしろ異常しかないよ! ねえ凌也、あの、誰だっけ……オートマタの父って言われてた人」

「……お前それを俺に聞くのか。……城嶋(きじま) 祥一朗(しょういちろう)な」


 侍従人形市場をほぼ独占する大組織、城嶋商会。その創設者であり元代表、かつ擬似魂生成水晶を作り出した天才だ。

 もはや知らない人間なんていないあいつを知らないとは、なんて訝しむような視線を向ける。すると彼女は気にした様子もなく「そうそうその人その人!」と笑ってみせた。


「その人が言ってたでしょ? 『わたしはオートマタを作りたかったんじゃない。人を作りたかったんだ』って」

「まあ、有名な言葉だな」

「オートマタの体ってね、その言葉通り、人間なんだよ」


 器官の役割は人間と違っても、臓器配置や形はほぼ同じ。魔導コアが作り出した魔力が溶け込んだ魔融血と呼ばれる液体も全身に流れている。

 息を荒くさせながら彼女はそう一息にまくし立て、「でも!」と声を上げる。


「見てよラルちゃんの! もうぐっちゃぐちゃなの!」


 アスカはビシィ!とモニターを指差した。その先にあるのは、ラルの内部画像。


 普通のオートマタの内部画像は、人間の人体模型のようなものになるはずだ。だがラルのそれは……まったくそんな気配を感じさせない。


「ひどいな……」


 思わずそうこぼした。「でしょ!? でしょ!?」とアスカはなぜか楽しそうにはしゃぐ。


 心臓――魔導コアと魔融血を循環させるポンプ――など、正常な位置にあるものもいくつかはある。しかしそれ以外は、正直カオスでしかない。位置が変わっているだけならまだマシで、もはやなくなっているものまであった。


「なんでこうなったのかもわかんないし、そもそもなんでこれで動いてんの!? って感じ!」

「アスカ、よだれ」

「おっと」


 口元を腕で拭う彼女を横目に、俺は顎に手を当てる。

 

 彼女の体の中がめちゃくちゃなのは、確実に改造のせいだ。彼女の体の中には大量の銃が埋め込まれている。その過程で体の中の器官をいじくってしまったのだろう。


「お前、同じことできると思うか?」

「え? 絶対無理。これやった人は相当な腕してるね。それか豪運か。いやー会ってみたいね!」


 へえと、素直に驚いた。彼女もこの若さでプロの腕を持つ、いわゆる天才だ。そして他人に興味を持ちにくい彼女が興味を示すとは。

 ひそかに感心していると、彼女は「それに!」と続けた。


「驚かないでね……? なんと! ラルちゃんの中に、魔導術具がたくさんあるの!」

「なに……?」


 つい聞き返す。

 魔導術具というのは、簡単に言えば一言で言えば奇跡を起こす機械だ。

 魔力を直接消費し、魔導術式と呼ばれる現象を引き起こす。繊細な魔力を直接使うことや、膨大かつ複雑な魔導式、さらに運も絡んでくることもあって、作れる機巧技師はかなり少ない。


「しかも生成系(クリエイター)だよ!? 多分作った人は頭おかしいね!」

「そこまでいうか……」

「言うよ! 生成系の魔導術具って超高いからね!? 何個か買うと、家一軒建つよ! そ、それをこんなに……ぐへへへへ」

「アスカ、よだれ」

「おっと」


 ふと、ラルが言っていたことを思い出す。


 ――再装填術式(リローディア)、展開。


「あれか……」


 生成系とは、魔力を編み込んで何かを作り出す術具だ。魔力をそのまま放出する放出系(リリーサー)、何かの効果を付与する強化系(ブースター)にくらべ、断トツで作るのが難しい。


 つまり再装填術式とは、銃弾を作り出し、埋め込まれた銃に装填する術式。それが銃の数だけあるとなると、確かに頭おかしい。


 アスカは楽しそうに笑いながら、「そうだ!」と手を打ち、問いかけてくる。


「ねえ、解体(ばら)していい?」

「ダメに決まってるだろ! ってか、かわいいって言ってたのに解体すんのかよ」

「かわいいから体の中まで見たいんじゃん! なんでわかんないかなー!」

「わかってたまるか」


 なんでよーと彼女は抗議しつつ、続ける。


「っていうか、依頼ってこの子の修理でしょ? ならいいじゃん」

「違うぞ」

「え?」

「『感情を与えろ』だとさ」


 アスカも「んー?」といぶかしげに首をかしげた。

 まあ、気持ちもわかる。こんなことわざわざ俺たちに頼む仕事じゃない。


「なんだ、じゃあそっちのほうが大事じゃん。凌也のほうはどうなの?」

「中枢結晶は、まあ、予想通りだな」


 魔導コアが心臓だとしたら、魔導式が刻まれ記憶が記される中枢結晶は脳だ。

 その中枢結晶の解析をしてみたが、アスカところと同じく、ひどいありさまだった。ちゃんと整理されているはずが、アスカの部屋みたいに散らかっている。それどころか、違法に刻んだものだろう、ぱっと見意味が分からない文字の羅列まである。


「……やっぱり消されてるか」


 気になって調べてみたのは、侍従人形にはデフォルトで入れられている、家事全般に関する魔導式だった。ここにそれ関係の知識やスキルなどが入っているはずだが、その魔導式自体が見当たらない。

 あいつが侍従人形としてやけにポンコツなのは十中八九これが原因だろう。


「あとは……」


 俺が視線を向けたのは、2つのパラメータだ。一つ目は、擬似魂生成水晶の生み出した感情の波形。こちらは少しの動きこそあれ、一定の形を保っている。

 そしてもう一つが、感情変換器が変換した感情の波形。こちらは予想通り、全ての値がほぼゼロを示している。

 

 一つため息を漏らすと、アスカも興味を持ったのか尋ねてくる。


「んーこれ、どういう状態?」

「簡単に言うと、『なにか感じるけど、それがなにかわからない。だからとりあえず何の反応もしないでおこう』って感じだな」

「一応感じてはいるんだ」

「ああ。このパラメータだと……緊張、不安、あとは……ってなんだこれ。羞恥がやたら高いな」


 自分の情報を見られているからだろうか。少し不自然ではあるが、まあいいかと後回し。

 しかし、これだけちゃんと感情が生み出されているはずなのに、本人は認識できないのだ。

 モニター端に視線を向けた。そこにある小さな画面はオートマタがつないである部屋につながっていて、今回だとラルが映っている。その顔には相変わらず表情がない。

 視線を戻せば、アスカがあきれ顔でこちらを見ていた。


「なんだ」

「いやー凌也もめんどくさそうな依頼受けたなーって。ストランブルでさらに、感情を与えろ、ねー。なーんかまだありそー」

「…………」


 俺には黙ることしかできなかった。相変わらず変なところで察しがいいやつだ。昔からそうだ。隠していても、動物的な直感なのか、ピタリと言い当てることが度々あった。


 だがアスカも俺と同類の人間だ。言えないことがあることも理解している。

 彼女は、呆れたような顔をした。


「まあ深くは聞かないけどさー。りょうやー、見境なく以来受けるのやめたら?」

「それはお前も大概だろ。それに安心しろ。お前にも手伝わせるからな」


 なんでー! と不服そうなアスカを放って、俺

は作業を再開した。




「とりあえず、お疲れ」

「……ん」


 分析もひと段落。元のリビングに戻った俺は、まずそう声をかけた。


「ラルちゃんどう? なんか変なとこない?」


 俺とラルが座る椅子の正面に腰かけたアスカは、そう尋ねた。いまだ興奮冷めやらないのか、明らかに最初と目つきが違う。

 ラルは自分の体を一回り確認すると、小さく首を振る。


「解析中、何かあったか?」


 別に体の中をのぞいただけで、何かをいじったわけじゃない。おかしな事が起こる可能性は限りなく低いが、一応尋ねる。しかし意外なことにラルはすぐ首を振りはしなかった。どことなく、少し考えたそぶりを見せ、一言。


「ヨネス、が……」

「――ん? わたしですか?」


 ちょうどその時キッチンのある方向から帰ってきたヨネスがそう返した。夜食を持ってきたらしい、その手には二つの皿が。そこに乗っていたのはおにぎりがいくつか。俺と飛鳥の前に皿を置いて、彼は首をかしげる。


「ん……ヨネス、が……裸の、ラルを、ずっと見てた……」

「へぇ……」

「ヨネスのえっちー」

「ご、誤解ですマスター! 凌也さん!」


 そうかそうか、やけに羞恥のパラメータが高いなと思ったら、こいつに見られてたからか。

 へーと、俺とアスカがニヨニヨ彼を眺めていると、少し顔を赤くしながら、んん! と咳払いをこぼした。


「そんなことより、依頼の話をしましょう」

「別にいいが、結局後回しにしてるだけだぞ」


 何をとは言わないが。ニヤニヤと楽しそうなアスカの視線を受けるヨネスはうぐっと詰まった声をこぼした。


「まあヨネスがエッチな話はあとでするとしてー、なんだっけ? 感情を教えるんだっけ?」

「ん、そんな感じだな」

「何か計画とかあるんです?」

「……」


 返答に詰まる。顔を逸らしたが、その先にいるのはラルだ。きれいなガラス玉のような瞳に映るのがどこか気まずくて。結局視線を戻した。


「で、あるの?」

「……ない」

「へーめずらしいねー。人嫌いペニーピッカーと呼ばれる凌也が」

「別にその呼び名全く関係ないからな。ってか知ってたのかよ」

「まあねー。やさしいからいわないでおいてあげたんだ」


 なら最後までそのやさしさ、保ってほしかったけどな。

 ジト目を向けても彼女は楽しそうに笑うだけだ。


 ため息を一つ吐きながら、ヨネスの持ってきたおにぎり一つに口をつける。

 パリっとした海苔の触感。具は入ってなかったが、塩加減がなんとも絶妙だった。


「ヨネスの作る料理って大抵うまいけど、おにぎりもうまいな」

「ありがとうございます」

「でしょー。あたしの自慢のオートマタだからね!」

「ラルもこれくらいできればいいんだけどなあ……」


 なんで同じ侍従人形でこうも違うのか。

 まあ、家事関連の魔導式の有無が原因ってのは判明したけど。

 ラルのほうを向けば、また目が合う。なんだこいつ、まさかずっと俺のほうを見てるのか?

 

 しかし、彼女の視線は俺ではなく、おにぎりに注がれていた。


「……気になるのか?」

「……?」


 つい尋ねれば、彼女はコテンと首をかしげる。

 わからない、とでも言っているのだろうか。でもどう見ても興味があるようにしか見えない。


 試しに上におにぎりを持つ手を、上に上げてみた。


「……!」


 すると彼女の視線も上に向く。今度は横へ。すると視線も横へ。


 ……完全にそうだな。


「あんたらなにやってるの……?」

「いや、何でもない。ところでアスカ。オートマタって食事できたか?」

「できたはずだよ。エネルギーにはならないけど、ちゃんと分解されるし、味覚器官もある。そうしないと味見できないからねー」

「ふむ……食べるか?」


 食べれるなら、とおにぎりを一つ、ラルに渡してみる。彼女はどこか恐る恐るそれを受け取ると、まじまじと観察しだした。


 そして、一口。

 

 もぐもぐ口を動かす彼女に、やはり感情の色はない。


「どうだ? うまいか?」

「うま、い……? わかんない……」


 やはりラルはコテンと首を傾げた。

 その正面で、アスカはへーと感嘆をこぼしていた。


「『おいしい』も感情なんだね」

「みたい、だな……」

「となると、好きな食べ物もないのかなー」

「好きって感情がわからないからな。……ちなみにヨネスは何が好きなんだ?」

「わたしですか」


 ヨネスは「そうですね」と前置きをして、つづける。


「チョコレートとか、甘いものが好きですね」

「ぶふっ!」


 噴き出したのはもちろんアスカだ。

 今度は何だと、呆れた視線を彼女に向ける。こいつの笑い上戸加減も大概だが、今のどこに笑える要素があったのか。そもそもお前マスターだし知ってるだろ。

 俯き、片手で腹を抑え。もう片手で、ヨネスを指さす。丸まった背中は笑いをこらえているのか、細かく震えていた。


 そしてやはり震えた声で、言う。


「ちょ、超……可愛くない……!?」

「もう俺にはお前のツボがわからんわ」


 ひたすら楽しそうに笑う彼女に呆れつつ、体から力を抜いてソファにもたれかかる。


 「全然話が進まない……」というヨネスのつぶやきだけが印象的だった。



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