表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/22

4話 アスカと凌也

 すこし、オートマタとラルの話をしよう。


 まず、一つ。

 オートマタは言わずもがな、人によってつくられた、魔力によって動く唯一の魔導具だ。その目的は、主に人を助けること。だからオートマタに何かを頼むと、大抵の場合聞いてくれることになる。それがたとえマスターからでなくても、マスターの害にならない限りは。


 そして、もう一つ。

 ラルははっきり言うと、ポンコツだ。侍従人形のくせして最たる特徴である感情を感じられず、家事もできない。それに加え、常識に欠けている。常識なんて言葉あまり好きではないが、それでも使わざるを得ないくらいに、常識に欠けている。


 そんな彼女が「服を脱いで」と命じられれば。


 考えるまでもなく、答えは決まっていた。


「……ん」


 ラルはいつものように小さくうなずき、白のワンピースに手をかけた。そして当たり前のように脱ぎだした。


「おまっ……!」


 しかもこういうときだけ動きが速い。目を閉じるか、顔を逸らすか。そのほんの一瞬の、くだらない思考をする間に、彼女は下着まで脱ぎ終わっていた。


 つまるとこと、裸である。


 一言で言ってしまえば——きれいだった。


 オートマタなだけあって、バランスがいい。小さな体に似合った胸でスタイルがいいとはお世辞にも言えないが、それすらも気にならない。胸や下腹部、人間の女性にあるべきものは存在せず、そこにあるのは桃色の肌。


 正直に言おう。見とれていた。

 こんな性格だからかそういう物を目にする機会が少なかったこともあるが、とにかくきれいだったのだ。整いすぎた作り物のようなと、オートマタ容姿が揶揄されることがある。安っぽい言い方になるが、芸術品のような美しさとはこのことを言うのか。


 なんて考えた俺に襲い掛かったのは——


「なにラルちゃんの裸見てんの!」


 —―アスカの繰り出す、唐突な目つぶしだった。


「いってぇぇぇええ!」


 突如として暗転した視界。両目を襲う熱と痛みに両目を抑えながら、つい声を上げた。


「女の子の裸を見るなんて、万死に値する。それが可愛い子のならなおさらね。億死でも軽いね」

「じゃあ脱がせるな!」

「何言ってるの。解析するために裸にならないといけないのは知ってるでしょ? それにヨネスはちゃんと目つぶってるんだから」

「すみません、凌也さん……」


 どことなく申し訳なさそうな声に、心の中で裏切り者、と返した。


「脱ぐ必要があるなら俺の前で脱がせるな! あとラルも脱ぐの少し待て!」

「……だって、脱げって」


 その声が少し不満気に聞こえたのは気のせいだろうか。

 まあラルはしょうがないとして。問題はアスカだ。たしかに見てしまったのは事実だが、目つぶしまで普通するだろうか。

 身にのしかかる理不尽さに耐え、痛い痛いとうなっていると、肩辺りに何かが触れた。

 石のような冷たさ。ラルかと、直感的に予想した。オートマタに体温は存在しない。


「凌也……だい、じょー、ぶ……?」


 聞こえてきたのは、やはりいつもの無機質な声だった。

 お前のせいだ、と言いそうになるのを何とか飲み込む。


「あ、ああ……なんとか——」


 涙は出てきているが、痛みは引いてきた。目をこすりながら目を開ける。ぼやけた視界に映りこんできたのは、下から覗き込む無表情のラルと——露になった肢体。


「ちょ、お前まだ服着て——」

「だから見るなって言ってるでしょ!」

「これは不可りょ――いってぇぇぇええ!」


 また視界が暗転。うずくまれば、二人分の足音が遠ざかっていくのが聞こえた。アスカがラルを連れてっていったのだろう。


「……すみません、うちのマスターが」

「いや、もういい……いつものことだ」


 俺とヨネス、二人でハハハと乾いた笑い声だけが響いていた。



「遅かったね」


 目の痛みも収まりいつもの部屋に入ると、アスカがそう声をかけてきた。

 オートマタの解析を行うこの部屋は物にあふれている。壁一面を覆う大きなモニターやそれを操作するいくつかのコンソール。もはや何が入っているかも忘れた木箱の数々。

 部屋の中央の机の前、その椅子に腰かけてアスカは笑っていた。俺は一つため息を漏らしつつ、彼女のもとに近づく。


「誰のせいだと。ほら」


 ついでに持ってきた二つのコーヒーの片方を渡せば、「ありがと」なんて意外と素直にアスカは言った。


「準備はできたか?」

「ラルちゃんはつないできたよ。ヨネスもそこにいる」


 そういって見せてきたのは、モニターの一つだ。そこに映っていたのは全身をコードにつながれたラルと、それを見守るヨネスだった。


「準備どころか、待ちきれなかったから先に始めたよ」

「だから誰のせいだと……」


 アスカはこちらを見もせず、正面の大きなモニターを指さした。

 こいつ……。

 でもこいつのこんな性格はもうあきらめているわけで。何度目かわからないため息を漏らし、俺も視線を向けた。画面にはこれといって何か表示されているというわけじゃない。唯一映っているのは、進行度を示すバー。じりじりと進むそれは、まだ半分にも到達していない。


「まだかかりそうか」

「んーあと、一〇分ってところかなー。早く見たいのに!」


 バン! と机をたたく彼女を横目に、俺も椅子に腰かけた。


「また過剰に電力使いすぎだって警告来るかもな」

「そんなの、オートマタ解析できることに比べれば些細なものでしょー。国だって、もっと優秀な、魔電変換器作ればいいのに」


 言うまでもなくもっとも作り出すのが簡単で強いエネルギーは魔力だ。だが魔力は繊細過ぎた。

 だからもっと扱いやすい電気に変換するのが、魔電変換器。だが今使われているそれは、かなり効率が悪かった。


「あーあ、照明とかこの液晶だって、電気じゃなくて魔力で動かせればいいのに」

「無茶言うな。発電所にある巨大な魔導コアからここまで来るまでに、魔力は全部パーだ。


 

 あとは待つだけだ。俺も一息ついて、コーヒーに口をつける。



 それから、しばらく。

 アスカが話しかけてきたのは、突然のことだった。


「今回の凌也はなんかちがうね」

「ちがう……?」


 コンソールから目を離しアスカに問いかければ、彼女はカップを傾けつつ「そう、ちがう」と返した。


「いつもならもっと冷たい。オートマタってより、ほんとに道具に接してるみたいだよ」

「オートマタは人間が作り出した道具だろ」


 顔はそのままで飛鳥の視線だけがこちらに向く。進行度を示すバーが、また少し進んだ。


「ま、オートマタが道具か、それ以上の何かなのか、それとも生きてるものなのか、なんてずっと続いてる話だから置いといてー。でも少なくともあたしが知ってる凌也は、道具にあそこまで話しかけたりしないよ」

「……そんなに、違ったか?」

「ちがうちがう、全然ちがう。ヨネス以外のオートマタとちゃんと話す凌也、久々に見たよ。機巧技師なんだからちゃんと話せーとは言ってきたけど、いざちゃんと話してるのを見るとびっくりするもんだねー」


 嬉しそうにアスカはカラカラ笑った。


 ふとカップを見つめ、考える。

 たしかに考えてみれば、俺はラルとよく話している気がする。代理人の黒服が最低限の説明しかしてくれなかったこともあるが、それにしたってよく話している。

 でもそれがなぜかは、考えても浮かんでこなかった。

 一つ、ため息。コーヒーが揺れ、水面に映った自分の顔が歪んだ。


「なんでか、わかるか?」

「んー、なんとなく? でも教えてあげないよ」

「……そうか。アスカは俺のこと、ほんとよく分かってるな」

「そりゃ、ね。何年の付き合いだと思ってるの? あたしは凌也の『お姉ちゃん』だからねー」

「血は繋がってないけどな」


 そうか、前染家に引き取られたときから、もう一〇年近く経ってるのか。

 生まれた時に母親は死んで。その一〇年後、色々あって父親に捨てられて。引き取られた先の前染家、そしてそこの一人娘が、一歳年上の自称『お姉ちゃん』だった。


「なんでラルちゃんは違うかなんて、これから考えれば? 長い付き合いになるんでしょ?」

「……ああ、少なくとも、一年は一緒にいることになる」

「うわ、そんなに長いんだ。まー、あたしはラルちゃんをそれだけ可愛がれるってことだこらいいけどねー」


 そう言いつつ彼女はコップを口にした。しかしどうやらからだったらしい。持ち上げて少し傾け、カップの中を覗き込む。

 いつも通りのアスカだった。いつも通りマイペースで可愛い物好き、魔導具好きな飛鳥だった。

 すこし楽になった気がする。なんだか、気を遣わせたような気すらしてくる。


「……わざとか?」

「んー? なんのことかな? あれだよ、とにかくあたしは、凌也が楽しそうで――」


 彼女がニヒヒとこちらに笑いかけ、何かを口にしようとした、その時。


 ピコン。


 その声を遮るようになったのは、解析完了を知らせる空虚な電子音だった。


「――きたあ!!」


 その瞬間、彼女は手にしていたカップから手をそのまま離し、一際大きな水晶板に身を乗り出すようにして画面を凝視する。


 「あっぶね!」


 彼女が手を離したのは空中。重力に従って落下するコップを、地面ギリギリでキャッチした。


「おい、危ないだろ!」

「いいから黙って、シャラップどうぞ。ウフフフフフ……ほぉら、ラルちゃーん。わたしに全部見せてえ……」

「ダメだこいつ」


 彼女はキラキラ表情を輝かせ、こちらを見ることすらしない。

 さっきまでの真剣な感じ。その直後に、涎を垂らさん勢いでにやけまくるこの飛鳥。

 あまりの落差(ギャップ)に力が抜けるのを感じながらコップを隣に置く。そしてようやく俺も液晶板に目を向けた。


「はぁ……やっぱり頭痛くなりそうだな……」


 高さだけなら俺の身長くらい。横も両手を広げても届かないほどの巨大な液晶。

 そこに映されたのは目も眩むような大量の情報だ。

 数えきれないほどの魔導式。変化の止まらない数多のパラメータ。体を透かしたようなラルの全身画像に、関連づけられた状態情報。


—―これが、ラルのすべて。ラルを構成する、すべての情報。


 そう思うといつも戦慄してしまう。

 

「よし」


 さて、仕事だ。

 アスカも興奮ばっかしてないで、ちゃんと解析しろよ――と、そう声をかけようと彼女を見ると。


「は……ははは……なにこれ……すご……」


 目を飛び出るかというくらいに見開き。ニヤリと歪む口。小さく震える唇。

 いつも以上にやばい顔をして、彼女はそうつぶやいた。


もし気に入っていただけたら、評価お願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ