3話 わがままお嬢様と振り回される執事(みたいなやつら)
「はぁ……はぁ……で、その子はなに?」
ようやく話が始まったのは、俺たちが部屋に入ってきっかり五分たったころだった。ソファの上で胡坐をかいた彼女は、息絶え絶えで瞳には涙を浮かべている。そしてその斜め後ろでさっきの女装男が、いつも通り執事服に身を包んでいた。
俺たちが来てからバタバタと逃げるように奥へと駆けこんだ彼。数分としないうちに帰ってきた時には、もうその格好だった。
「見苦しいものをお見せして、申し訳ありません」
彼はそう言って頭を下げる。キリッとした顔つきに、黒いミディアムヘアーで清潔感がある。いかにも仕事ができそうで真面目な雰囲気なのにあんな女装をさせてしまうとは。マスター権限恐るべしである。
俺とラルは彼女に向かい合った長椅子に腰掛けていた。ラルの視線は、二人の間を行ったり来たりと忙しない。
「この人、が……仕事仲間……」
「ああ。この女の方が、前染 アスカ。で、さっき女装してたのが、アスカのオートマタ、ヨネスだ」
「ブフォオッ!」
「もう勘弁してください……」
さっきの光景を思い出したのかアスカは吹き出し、ヨネスは顔は赤くして俯いた。
気の毒に、なんてヨネスが来た当初は思っていたが、もうそんなことを思うには似たような光景を多く見すぎている。言ってしまえば、アスカがヨネスをからかって楽しんでいるのはいつもの光景なのだ。
じゃあ初めてこいつらをみたラルはどう思ったのだろうか。なんて考えながら目を向けてみれば、どことなく考え込むような様子で。
「あすか……ヨネス……」
インプットでもするかのように、何度も何度も繰り返し呟いていた。
「あずか……ヨネハ……あずき……ヨハネ」
「だれだよ」
もはや人ですらないじゃないか。
コトリと、俺とアスカの座る間の机にお茶が置かれた。いつの間に、と思いつつ顔を見れば、持ってきたヨネスはラルを見て顔を顰めている。
「で、凌也さん。結局こいつはなんなんですか」
「依頼だ」
「へー。依頼人……じゃないね。オートマタか。しかも、ストランブルの、改造されたオートマタ」
へえと、つい感嘆を漏らした。首の識別番号などからオートマタと人間を区別するのは簡単だ。だがストランブルとそれ以外は違う。
大半の改造されたオートマタは、ドリルが腕にくっついていたり、足が通常の倍もあったり、とにかく見ればわかるが、ラルは珍しく外から見てもわからない改造の仕方だ。改造されていないオートマタはもちろん、こういうタイプはストランブルかどうか見分けるのが難しい。
「よくわかったな」
「まあねー。伊達にこの仕事やってないって」
「見てわかるものなのか?」
「結構ね。動きが少しぎこちないからわかりやすいほうかな」
つい隣のラルに視線を向ければ、彼女と目があった。コテンといつものように首をかしげる彼女を、注意深く観察してみる。するとラルもまじまじと見つめ返してきた。
「……わからないな」
「ラル、も」
「そりゃ俺は……オートマタじゃないからなあ」
ラルはいつもの無表情のまま、「そっ、か」と視線を戻す。相変わらず感情が読めないやつだ。また前に向きなおると、ソファに座っていたはずの彼女は、気がつけばラルの目の前まで移動していた。
「ラルちゃん、だっけ」
顔と顔がくっつきそうなほどの至近距離。しかしラルは動じない。品定めでもしているかのような眺め方のアスカを、待つ。少しすると、「ふーん」と小さな笑みを浮かべながらラルから離れた。
「いいよ。協力してあげる」
「してあげるって……。互いに受けた依頼は協力する、そういう約束だろ」
「かわいくないオートマタと関わりたくなーい」
「ラルはお眼鏡にかなったか?」
「もっちろん! かわいいね、ラルちゃんは!」
「頭……揺れる……」
ひしっ! とラルに抱きつき、頭を撫でくりまわす。彼女らしく相手のことをなにも考えていないから、ラルの頭はグワングワン揺れていた。こうなったアスカは止まらない。俺も、そして普段このかわいがりを受けているヨネスも、苦笑いで見守るだけだった。
だが、ずっとこれでは話が進まない。しょうがない、助け舟を出すとしようか。
「さっきのメイド姿のヨネスも可愛かったな」
「凌也さん……勘弁してください」
「だよね! 可愛かったよね!」
「ほらきたじゃないですかあ!」
狙い通りアスカはラルをポイッと放り捨てるかのようにターゲットチェンジ。
まあ、ヨネスもオートマタ。普段は二〇くらいの好青年で、容姿も整っている。あの女装もそれなりに絵にはなっていた。
でもあの服を着たのは自分からな訳で。ひたすら嫌な顔をするヨネスに、呆れたように息を吐く。
「お前も逆らえばいいのに」
「私たちオートマタは、マスターの命令には逆らえません」
「違うでしょー。ねー、りょーや?」
「基本は逆らえないが、絶対じゃないな。オートマタの行動基準は、基本感情にゆだねられている」
例えば、殺しや暴力、盗みなどの犯罪行為。やってはいけないことを定義づけるのは難しい。そこで目をつけられたのが、『感情』だ。
命じられた指示にどんな感情を抱くか。不快感や罪悪感、嫌悪感などが一定値を超えるか最も強い感情になれば、オートマタは従わなくなる。感情が一種の安全装置になっているのだ。
アスカは「つーまーりー」と、ヨネスにニヤニヤ笑いながら言った。
「あんたはそこまで嫌がってないってこと!」
「そ、そんなことありませんよ! どれだけ恥ずかしかったか!」
「えー? ならなんで拒否しないのかなー?」
そして始まるもはや見慣れた会話。ギャーギャーと騒がしく言い合いをするが、二人とも、特にアスカは心底楽しそうにしていた。
いつも二人はこんな調子だ。
「……仲、いい」
「……ま、そうだな」
ぽつりとラルが呟いて、少し遅れて返した。
不意を突かれたのだ。一人置いてきぼりにされて会話が終わるのを待つのが常だったから、話しかけられるとは思っていなかった。ンンッ! と一つ喉を鳴らす。
「な? 言った通りのイメージだろ?」
「ん……わがままお嬢、様と……振り回される執、事。なっと、く……」
「お嬢様って感じはしないけどな」
アスカはお嬢様というには少し、がさつ過ぎだ。実際こいつの家は金持ちだから、嘘というわけでもないが。
「からかって、それを怒って。でもなんだかんだ、あいつらお互いのこと大好きだからなあ」
「ん……本当に、仲、いい……」
「……」
やけにしみじみと繰り返すラルを見ても、やはり表情の変化は見られなかった。
うらやましい、なんて思ってるのか。こいつはストランブルのオートマタ。同属と殺し合いを強要される、哀れな戦闘人形。そんなこいつがマスターと和気あいあいとしている景色を全く想像できなかった。もしかしてこいつは—―
「—―なんて、そんなわけないか」
「……なにか、言った……?」
「なんでもない」
こいつは今自分の感情を認識できない。だから羨ましい、なんて思わないはずだ。
今だって首を傾げ俺に尋ねているが疑問を抱いたわけじゃない。『音声を認識できなかったため、もう一度お願いします』と、そう言っているだけ。
ラルに向けた視線をヨネス達に戻す。相変わらず元気に言い合いをする彼は、ラルとは比べ物にならないほどに感情豊かだ。同じオートマタ。人間のようにそれぞれ性格があるとはいえ、ここまでちがうものか。
小さく、首を振る。
もうこんなことを考えるのはやめよう。無駄に感情移入してしまうだけだ。
ラルは、依頼の品。それ以上でもそれ以下でもない。俺は、忠実に依頼をこなすだけだ。
ラルから離れるようにして、一歩前へ。
だからまず、そのために——
「――お前らいい加減そのやり取りをやめろ!」
アスカとヨネスは二人そろってピン!と体を伸ばし、「はい!」と答えた。
皆元の位置にもどり、ようやく本題だ。じゃあ――と切り出そうとした時、アスカが先に割って入った。
「で、依頼のオートマタ連れてきたってことは、いつものでいいの?」
「ああ」
「いつ、もの……?」
コテンと首をかしげるラルに、「そう、いつもの」アスカが楽しそうに笑いかける。そこにヨネスが追いかけるように補足した。
「簡単に言えば、健康診断です」
「健康、診断……ラルに異常、ない。自己診断魔導式も、正常に動いてる、はず……」
「そういうことじゃない」
「異常を探すってよりは、現状把握って感じだねー」
「ていうかお前、異常がないとかよく言えるな」
全身に銃を埋め込まれたお前は、異常しかないだろうに。それくらいは感情を認識できなくてもわかるはずだが。それでも異常がないと言ったのは、思い込みか強がりか。
ラルを見てもどちらなのかわかるわけもなく。どっちでもいいかと考えるのをやめ正面に向き直ると、気持ち悪いくらいにいい笑顔のアスカと目があった。
「……お前、すごい顔してるぞ」
「楽しみなんだからしょうがないでしょ! さあやろうすぐやろう今やろう!」
「すごい、気迫……」
「こいつ機械とかオートマタ好きだからなあ……」
しかも、なかなかに引くレベルで。あのアスカをよく知るヨネスでさえ呆れた目で主人を見ているのだ。
俺とアスカは、俺が魔導式などオートマタの中身、アスカが内部構造などオートマタ本体、というように分担している。
オートマタが好きで、知識が豊富というのは俺からすればありがたい。しかし傍から見てどう思うかは、また別問題。
よだれが垂れてもおかしくないようなニヤケ面は、俺と同じく二〇代前半の女性が浮かべてはいけないような表情だ。
「じゃあ、もうやるか」
「よし! じゃあ早速――」
待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がったアスカは、両手をワキワキさせたがら。
「――ラルちゃん、裸になって?」
そう、やはりいい笑顔でそういった。
さながら少女に迫るエロオヤジ。
卑猥な視線に卑猥な言葉をかけられたラルは、いつも通り鉄仮面を貼り付け。
「…………?」
無垢な少女のように首を傾げた。