22話 ラルの友達
「ラルに友達ねえ……」
リビングのソファに体を預け、一人そうぼやいた。
「想像できないな……」
友達が絶対にできない、というわけではないのだろう。ヨネスはどうかわからないが、少なくともアスカはラルのことをかなり気に入っている。あいつも結構な変わり者だが。
だからこそ、そのラルの新しい友達とやらがどんなやつか、少しは興味がある。
友達ということは、よくラルと行動していたということ。するであろうということ。
変なやつと付き合われては、ラルの感情にどんな影響があるかわからない。
チラと時計に目を向けると、十一時四五分。十二時に連れてくるといって出ていったから、もうそろそろのはず。
俺がその友達とやらを見極め、基準に合わないようなら関係を切って――
「お父さんかよ俺は……」
娘にビビってる父親もなかなか惨めなもんだなと、自虐気味に笑みをこぼした。
だがどちらにしろ、預かっているのだから会って判断する必要はある。あのラルの友達になるやつのことも、少しは興味があった。
楽しみにしつつ、一五分が経つ。
「…………」
さらに十五分。
「…………」
もう十五分。
「…………」
またもや十五分。
「遅い!!」
十二時に連れてくるといいつつ、もうすぐ十三時になろうとしていた。だというのに、一向に姿を見せない。
少しなら遅れてとしょうがないが、これは流石に遅れすぎだ。
「ああクソ。あいつの番号聞いときゃよかった」
立ち上がって頭を乱暴にかきむしる。そして簡単な支度を済ませた。
オートマタには標準で通信機能が付いている。それぞれの機体に固有の番号が割り振られ、通常の通話と同じ要領で端末からアクセスすると、遠隔で会話ができる。
だが俺はラルの番号を知らなかった。
「あとでいい、あとでいいって、あまりめんどくさがって後回しにするもんじゃないな」
ため息をつきつつ、靴を履く。来ないなら、探しに行くしかない。あいつの行動範囲はそこまで広くないから何時間もかかることはないだろう。
勢いよく玄関の扉を開けると。
「あら」
そこにいたのは、知らない少女だった。
高校生くらいだろうか。つり目がちだが若干の幼さを残す顔をきょとんとさせていた。彼女の赤い瞳と視線がパチリと合う。
「……」
「……」
互いに無言。
いや、だれだこいつ。俺の家の玄関前に立っていたということは、俺に用があるということなんだろうが。
家から飛び出そうとしているような姿勢のまま、固まる。
「なに、してる、の……?」
するとその少女の背後から、ラルがひょっこりと顔を出した。相変わらずの無表情。一時間近く遅れているはずだが、気にした素振りはなし。
彼女の顔を見て、ぴきりと顔が引きつった。軽く手招きすれば、素直に近づいてくる。俺はラルの顔を少しの遠慮もなく、アイアンクローした。
「遅すぎるだろ……!」
「きし、む……きし、む……」
「なんでこんな遅くなった……?」
「道、迷った」
「お前この付近の地図頭にあるよな!?」
するとラルは、「えっと」と続ける。
「いつもの、道……工事、して、た」
「回り道しろよ! 対応力ゼロか!」
いや、こいつらしいといえばこいつらしいが。しかし彼女は、「言われて、ない」なんてのたまう。そうだ、こいつはこういうやつだった。
本当にこいつどうしてやろうかと、彼女を軽くにらみながら頭を動かしていると、「あははは」と見知らぬ少女が笑い出した。突然のことに目を丸くすると、「ごめんなさい」と。
「いえ、本当に話に聞いた通りの人だと思って」
「話にって……ってことはお前、ラルが言っていた友達か?」
「ええ、そうよ」
なるほど、こいつがか。俺は改めて彼女の顔を見る。
背丈は俺より少し低いくらい。絹のような金髪をツインテールでまとめ、ブレザーの制服のようなものを身にまとっている。
「モミジよ」
「モミジ、ね。俺は――」
「凌也。知ってるわ」
少し驚けば、彼女は満足げに笑って見せた。ラルにでも聞いたのだろうか。
俺のことを聞いているなら話は早い。とりあえず「よろしく」と声をかけると、彼女は握手でもするかのように手を出そうとして、寸前でひっこめる。
それを見て俺は、なるほどと。
「オートマタか」
「あら、よくわかったわね」
彼女は「シリアルナンバーは隠してるのに」と少しの悪びれもなく言った。
モミジの言う通り、彼女の首にはオートマタには必ずあるシリアルナンバーが彫られていない。おそらく化粧品か何かで消したのだろうが、オートマタと人間の識別方法がそれだけのはずがない。
「オートマタは初対面の人間と自己紹介すると、必ず自己紹介しようとするんだ」
それは彼らの記憶領域にその人物を登録するためだ。触れることによって人物を魔力解析、その情報と名前などを一緒に登録する。実際するかしないかはオートマタの判断によるが、しようとはする。
そうやって軽く説明してやると、彼女はおもしろそうにニヤリと笑った。
「そんなことからわかるものなのね。さすが機巧技師ってところかしら」
「ラルと友達になるだけあってお前もなかなか変なやつだな」
冷静な態度、不思議なやつだが――少し警戒の必要あり。
それが俺がモミジに下した評価だった。
まず初対面の俺を試した。そもそもこの知識はオートマタの持つはずのないものだ。
オートマタについての決まりのうち一つに、『オートマタにオートマタ工学を教えてはならない』というものがある。これはもし反乱がおきた時、オートマタのみで修理などをできなくするためのものだ。
「あら、失礼するわね」なんてクスクス笑うその姿も、なんとなく嘘くさい。
もしかして考え過ぎだろうか。とりあえず思考を横に置いてモミジを家に招き入れると,
彼女は素直についてきた。ラルのその後に続いて入ってくる。
「ん? 何もってるんだ?」
ラルが両手で持つ何かの袋を指してそう言った。玄関前で話しているときはちょうど彼女で隠れていたのか気づかなかった。何やらいろいろ入っているようだ。「料、理の……材料……」とラルは答えた。
「ずいぶん買ったんだな。そんなにたくさん作るのか?」
「ううん……これは、予備。モミ、ジ? が、買っておけっ、て……」
「ええ、モミジでいいわ」
不思議なやりとりだった。ラルはモミジの名前を知らなかったのだろうか。また俺からすればそんなことはどうでもいい。特に言及はしないでおこう。
その大きな袋をキッチンに置きに行ったラルの背中を眺めつつ、モミジに尋ねた。
「料理はモミジが教えるってことでいいのか?」
「ええ。わたしも侍従人形だし、教えるくらいはできると思うわ」
「そりゃよかった。じゃあいつから始め――」
その時、くぅと俺の腹が情けない音を鳴らした。
途端、モミジの視線がこちらに向く。俺はつい、逃げるように顔をそらした。
「……悪いか。もう一三時だ。いい時間だし、しょうがないだろ」
「ふふふ。別に悪いとは言ってないじゃない」
「凌也……お腹、空いた……?」
いつの間にか帰ってきていたラルが、首を傾げている。いや、不思議そうにしてるけど、基本お前のせいだからな? お前が一時間もウロウロしてたからだからな?
責めるような視線をラルに向けると、ラルは「わかっ、た」と。何がわかったのかは知らないが、小さく頷いて。
「じゃ、あ……凌也。出てっ、て……?」
ラルは当たり前のようにそう言った。
「いやいや、だからおかしいだろ……」
するとラルは、「なん、で……?」と首をかしげる。
「まず一つ、ここは俺の家だ。そして二つ。俺、ハラヘッタって言ったよな? お前、飯作るって言ったよな? それで追い出すなんてお前どんだけ鬼畜なんだよ」
しかしラルは首を傾げたまま。だめだこいつ、話が噛み合ってない。
それに、と。腰に手をやって肩をすくめ、続ける。
「俺が見てないと、なにするかわからん」
「へえ。というと?」
「色々ぶっ壊されてもたまらんからな」
「……そんな、こと……しない」
どの口が言ってるのか。至極真っ当な顔をして、ラルは言い切った。それを見てやはり俺は、呆れてため息を漏らす。
そんな俺たちに、モミジはくすくすと笑っていた。
「お父さんみたいね」
「やめろ。ちょっと前にも自分で思ったことだから」
「あら、じゃあお父さんね」
「『みたい』を外すな。こんな……手のかかる娘はごめんだ」
「お父さんの割には、ラルの気持ちあまりわかってないみたいだけど」
「あ?」
思ったよりも低い声が出たのが、自分でも少し意外だった。
気持ち。すなわち、感情。それを教えてるのが俺だぞと、口にしようとして寸前で飲み込んだ。
実際ラルのことがわからないことがあるのは確かだ。知り合ってどれくらいか知らないモミジにそれがわかるのかは定かではない。が、つい「なるほど」と呟く。
「いやでもなあ……」
「まだ何かあるのかしら?」
一番の心配は、やはり前回みたいにならないかだ。さらにいえば、武装展開をしないかどうか。
モミジはもちろんストランブルに関わっていないだろう。だからバレるのはまずい。
いや、武装展開するなと命令しておけばなんとかなるか……? よほどの感情が生まれない限りは命令を無視できないし、そんな感情が発生するようなことが起こる可能性はかなり低い。
しかし、何かモヤモヤする。
するとモミジは、「しょうがないわね」と呆れたように口にした。
「じゃあ、理由をあげましょう」
「理由?」
「あなたみたいな人は、理由があると行動できるでしょう?」
「ふむ」
つい素直に感心してしまった。ラルがやたらと俺のことを話しているのか、それともこいつの観察眼がすごいのか。確かに理由があれば納得できる。
「ラルがなに作るか、気になるでしょ?」
「まあ、そりゃな。あのラルが料理したいっていうんだから」
「なら簡単じゃない」
モミジは人差し指をピンと立て。
「サプライズみたいにした方が楽しいし、面白い。それで十分でしょ?」
楽しいことこそが一番よ、なんて。
そんな快楽主義者みたいなことを、当たり前な顔をしていう彼女につい。
「お前も変なやつだな」
「それはお互い様でしょ?」
やっぱりラルと友達になるだけあるなと、変に納得してしまった。





