19話 ガン・ドール
ラルの一言に反応するかのようぬに、メルディは駆け出した。
もはや片方だけになったドリルをとどろかせ、反対の肩からは魔融血を流しながら、ラルに肉薄する。
そして、横薙ぎ。
ラルは大きく上に跳んで躱す。メルディは横薙ぎの勢いのまま、ラルに向かってドリルを突き出した。
「ラル!」
つい彼女の名を呼ぶ。空中だから、その場でかわすのは困難だ。しかし、ラルに慌てるような様子はない。
グイっと右肩辺りの浴衣が複数個所持ちあがる。そして次の瞬間、いくつも重なる発砲音。浴衣は破れ、ラルの体は大きくぐらつき、メルディのドリルは宙を切った。
「銃の反動で……!?」
ラルは着地し、足払い。倒れこんだメルディに、容赦なく右腕から飛び出た刀を振り下ろした。
メルディは転がるようにして間一髪それを避ける。そのままゴロゴロと素早く距離を取ろうとして――しかし、ラルはそれを許さない。その進行方向に、ガンッ!と突き立てられたアーム。その先についた銃口はメルディに向いている。
パン! パン! と、乾いた音が響いた。
「あぁぁあ!!!」
初めてメルディの口から、悲鳴が上がる。なにか重要な機関に当たったのか、蓄積された痛みが許容量を超えたのか。どちらにせよ、メルディはラルと違い痛覚を消せてはいないらしい。
メルディは逃げるように距離をとる。ラルは追わない。その代わり、アームの銃、ラルの体から飛び出した銃口、左腕のガトリング、すべてをメルディに向けた。
「…………」
ラルは何も言わない。しかし、じっとメルディを見つめる。
まるで、今からお前を殺すとでも宣言するかのように。
メルディの顔が悲痛に歪む。もしかしたら感情を消されているのではなく、自分で押し殺していたのかもしれない。
「メルディイイ!」
突然、チンピラが大きく叫んだ。目は血走り、息遣いも荒い。異常なほどに興奮している。
「負けるんじゃねえぞおぉお!? 負けたらどうなるかわかってんだろうな!? 俺も!! お前も!!」
「っ!!!」
びくりとメルディの肩が大きくはねる。
「りょ……かい、しました……マス、ター……」
苦しそうな表情を浮かべながら、メルディは腰を落とした。片膝をつき、陸上のクラウチングスタートのような体勢。ガチャン! とメルディの足元で音が鳴る。彼女のかかとが変形。そこから飛び出していたのは――
「モーター……?」
「メルディは元々機動力を生かした突進が武器なんだよ!! やれ! メルディ!」
「はい……マスター」
瞬間、地面がえぐれ、メルディの姿が消えた。
いや、何とかその姿を見ることはできる。右、左、上と高速で移動しているのだ。
俺たちを翻弄するかの如く、空間を自由に移動する。ラルもその姿を追えてはいないようだった。きょろきょろと見回したかと思えば、あきらめたかのように俯く。
チンピラの勝利を確信したような、気味の悪い笑みが聞こえる。
そして――見えた。ラルの背後、木の幹に足をつき、今にも跳びかからんとするメルディが。
「ラル! 後ろだ!」
しかしラルは反応しない。うつむいたままだ。
すぐにメルディは跳躍。
その時、ラルは口にした。
「弾丸変質術式――散弾」
首裏に魔法陣が展開。そして、首筋から一つの銃口が飛び出る。
メルディがラルの背後から肉薄する。そのドリルがラルを貫かんとした直前、首の銃が発砲。
「ガッ……ハッ……!」
メルディの体全体に大量の銃弾が一気に降り注ぐ。
今までラルが放ってきた銃弾はすべて一つの銃弾を連続して発射する自動射撃だ。だが今ラルが放ったのは、多数の銃弾を散開発射する、散弾銃のような銃弾。射程距離こそ前者に劣るが、散開発射のため近距離において絶大な威力を有する。
それをゼロ距離で受けたメルディの体はぐらついた。全身から噴き出る魔融血。血の匂いにも油の匂いにも似た嫌なにおいが充満する。
「――シッ!」
そこに、ラルは片足を軸にコマのように回転。振り向きつつ回し蹴り。アキレス腱辺りには、銃が。当たった瞬間、ラルはつぶやく。
「――加速」
パアンッ! と乾いた音とともに、アキレス腱の銃が発砲。反動により加速された回し蹴りいに、メルディは思いっきり吹き飛んだ。背中を木にぶつけ、「かはっ」と痛々しく顔を歪ませる。
それをラルは無感情に眺め、ガトリングを膝つくメルディに向け、一言。
「銃弾変質術式――焼夷」
ガトリング部に魔法陣が展開した。
魔法陣の奥で、ラルの紅の瞳が光る。
魔融血は特徴から『血』と呼ばれているが、実際は一種のオイルだ。つまりは、高い可燃性を持つ。さらに魔力が溶け込んでいるため、高いエネルギーを含んでもいる。
「ヒッ……!」
何がこれから自分に起こるかきっと想像がついたのだろう。メルディはひどく醜く顔を歪ませた。
しかしラルに容赦はない。ガトリング部が一瞬光り、大量の弾が発射。焼夷弾という名前からして、そのたまには燃焼性があるのだろう。それがメルディに、そして彼女の魔融血ににふれ――
そして――爆発。
「ぎゃあぁぁああぁぁぁあ!!!!」
熱、風、火薬にオイルの匂い。それに混じってメルディの甲高い悲鳴が夜の空に響く。橙色の炎と黒煙がメルディを包み込む。
「…………」
俺は一人、生唾を飲み込んだ。
ラルがガン・ドールであると知っていた。
ガン・ドールがストランブルランク第四位であると聞いていた。
ストランブルランク第四位は強いと認識していた。
だが戦っているのを見るのはこれが初めてだ。
メルディの改造の度合いからして、彼女も弱いわけじゃないのだろう。だがラルに対して取り付く島もない。
ここまで差があるのか。ここまでラルは強いのか。ここまでラルは――非情になれたのか。
俺の視線を受ける彼女の小さな背中からは、彼女の感情を感じ取ることができない。だが、先ほどまで俺に見せていた彼女はそこにいないのだろう。
すこしして、黒煙からメルディが姿を現した。いや、メルディかどうかもわからない。人工皮膚は焼けただれ、露になった内部構造。そして頭の片隅も吹き飛んでいた。その隙間から見える、緑色にほのかな光を放つ結晶。あれがオートマタの頭脳、中枢結晶だ。
爆発で消えたのか、両腕にドリルはもうない。片足は吹き飛び、残った片足で体を引きづりながら、前へ前へと歩いていた。
あれはもうメルディではない。べつのなにかだ。
「メルディィイイイイ!!」
チンピラの怒号が響く。
「いったい何だその様は!! お前にいくらかかってると思ってやがる!! ふざけるな!!! 何が何でも勝て!! いいなメルディ!!!!」
無茶だ。どう見てもメルディは戦えるような状態じゃない。しかしチンピラにはそんなことどうでもいいのだろう。ひたすら狂ったように勝て勝てと繰り返す。
俺も呆れるようにため息をついた。ラルはといえば、相変わらず無感情に、メルディを見つめる。
彼女のアームの一本が動いた。その銃口が向く先は、露になった中枢結晶。
メルディは必死に歩を進める。いくら無茶でも、オートマタにとってマスターは絶対。感情次第では命令の拒否もできるが、ストランブルに参加している時点で死ぬことへの恐怖、オートマタと戦う拒否感や嫌悪感を超越した感情で命じられているのだろう。もはやメルディには戦うことしかできないのだ。
「りょ……かい、しま……しましま……した。マス……マ……マスタタタタ――――あ」
パキン、と。
ラルが打った一発の銃弾は、中枢結晶を的確に打ち抜いた。
中枢結晶は人間にとっての脳と等しい。それを破壊されたメルディは、糸の切れた人形のように倒れ伏せた。
「おわった……のか?」
恐る恐る、そう口にする。いや、終わったのだろう、メルディは死んだのだから。だが初めて見たストランブルはなんとも現実味がないのだ。
ラルは、こちらに背を向けてたたずんだまま。メルディは倒れ、チンピラは何も口にしない。
「……ふざけるなよ」
だがその時、チンピラがぼそりとつぶやいた。
「ふざけるなよガン・ドール!!!」
「グッ!」
怒りからか、俺の右腕をつかむ腕に力がこもる。そして、憎々し気にラルを睨みつけ、額に青筋を浮かべながらナイフを振り上げる。切っ先が指すのは、もちろん俺。
ラルはこちらを向こうともしない。だが銃口の一つが、代わりにこちらに向いた。パンッ! と乾いた音が鳴る。
「グッ」
その銃弾はまっすぐ男の握るナイフを打ち抜いた。撃たれた衝撃、そして武器を、メルディを失ったショックからか彼の俺の腕を握る手から力が抜ける。
――今!
スルリと腕を引き抜き、チンピラの顔面をアイアンクローのようにつかんだ。
「意識凍結術式、展開」
右腕全体が冷えるかのような感覚と、バチッ! と何かがはじけたような音。前回と違いしっかりと頭に入り、チンピラは一発で崩れた。
「ふぅ……」
右肩をほぐすように回すと、コキコキと骨が鳴る。
なんにせよ、どうなることかと思ったが、なんとかなった……のだろうか。
地面に倒れたチンピラを見下ろしながら考える。
こいつはとりあえず放っておこう。身元がばれているわけじゃない。それよりも、暴れすぎた。いつだれかが来てもおかしくない。通報されているかもしれない。さっさとここから去る必要がある。
「おいラル、行くぞ――ラル……?」
呼びかけても反応がないラルに近づいた。ラルは相変わらず死んだメルディの方を向いている。
とその時、ラルはまたガトリングをメルディに向けた。
「おいラル、一体何を――」
俺の言葉を遮るように銃声が響き渡る。ラルがメルディの死体に向かって撃っているのだ。
「おいラル! 何してんだ!!」
ラルの細い肩を揺さぶるが、反応を示さない。
間違いなく戦闘は終わったはずだ。なにせ、相手のメルディが死んでいるのだから。だがラルはやめようとしない。
なんなんだいったい!!
大きく舌打ちをしながら、ラルに呼び掛ける。
「ストランブルは終わった! それ以上する必要はないだろ!」
「ちが、う」
やっとラルが反応した。メルディを打ちながら、顔だけはこちらに向ける。戦闘時特有の赤い瞳。つい気持ちが後ずさる。
「ストランブル、終わってない。終わらない。終わらせられない」
「何言って……まさかお前、終わりって言われてないから終われないとかじゃないだろうな!」
ストランブルの試合は、相手が参ったというか相手が死ねば終了宣言がなされる。だがこの場には、相手が死のうが終了宣言をするやつがいない。当たり前だ。これはストランブルではないのだから。だがストランブルの時しか起動されていなかったラルにはわからないのだろう。
「お前は本当に融通聞かないやつだな! 意識凍結術式、展開!」
「――あ」
ラルの頭に手を当てて魔道術式を展開する。はじけるような音とともに倒れこむラルの体を、俺が抱きかかえた。
もともと体が小さいからか、そこまで重くはない。だが魔道術式を使った後特有の倦怠感からか、十分つらい。
重い足を引きずりながらラルを背負って歩き出す。
遠くに聞こえるサイレン。やはり誰かが通報したらしい。必死に足を動かした。
「ああもう、ほんとロクなことにならないな……!」
こいつは貧乏神かと吐き捨てながら、必死こいて家まで帰った。





