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18話 静かなる激情

「人違いだ。じゃあな」


 面倒ごとは避けるに限る。それだけ吐き捨てて、例のチンピラに背を向けて早足で歩き出そうとして。


「人、違い……? 違、う。この前、の……人」


 ラルに袖を掴まれた。


「お前はほんと空気を読んでくれ……」

「空、気……? 窒素78.08%、酸素20.95%、アルゴンが――」

「もういい。定番のネタはもういいから……」

「そうだぜ、にいちゃん。顔知ってる相手に人違いは失礼じゃねえか?」


 ニヒルな笑みを浮かべながら、彼もそういった。口の中で、チッと舌打ちを一つ鳴らす。


 ……こいつ一人か? この前の気味悪いオートマタは?


 彼の近くで視線を彷徨わせれば――いた。やつのすぐ後ろで、付き従うように立っている。相変わらずローブと深いフードのせいで、顔は見えない。もちろんこんな夏祭りでは異色を放つ格好だ。立ち止まって話す俺たちの横を通り過ぎる人々も、チラチラとこちらを見ていた。


 そもそも、ガラが悪いというだけで、人と違うというだけで、一定量の視線は集めてしまうものだ。そんなやつが俺たちに話しかけてくる。それはあまり、よろしくない。


 一歩後ずさる。するとやつは一歩前に進む。彼我の距離は変わらない。


「……で、何の用だ? また気失いたいのか?」

「ハッ! あの時は世話になったな。だけどこちとら結構な金もらってるんでな。簡単に諦めるわけにもいかんのだわ」

「こんなところで騒ぎでも起こすつもりか? 今はやめた方がいいと思うけどな」

「そりゃお互い様だろ。あのわけのわからん技も、見られるわけにはいかねえんだろ?」


 擦り傷を撫でられたように、顔をしかめた。

 彼のいうことも正しい。あれは――魔術具は、本来かなり高額なもの。どこに危ないやつがいるかもわからないのに、おいそれと使いたくはない。


 彼は「だからよ」と、獰猛な顔に気持ち悪い笑みを浮かべ。


「場所、変えねえか?」


 どこかからナイフを取り出し俺に向け、そういった。


「っ……」

「凌、也……?」


 また一歩後ずさる俺の顔を、ラルは覗き込んでくる。

 本来俺は、ただの機巧技師だ。技術者だ。見境なく仕事を受けるせいで裏の世界に片足突っ込んではいるが、いわゆる修羅場の経験はない。

 つまるところ、俺は恐怖にすくんでいるのだ。


 本当に小さく出しているだけで、周囲からは見えづらく、あたりの人々から気づかれる様子もない。

 彼は念を押すように、「な?」と、少しナイフを動かした。提灯の光が刃に反射する。生唾を飲み込んだ。


「わかっ……た」


 背中に伝う嫌な汗を感じつつも、俺はなんとかそう絞り出した。




「ま、このあたりでいいだろ」


 チンピラの言われるがままに歩き、たどり着いたのは、にぎやかな通りから少し離れた小さな林だった。

 この祭りがおこなわれている神社は思ったより大きい。石畳の通路や屋台から少し歩けば、人がそうは入らない木々が乱立している空間が広がっている。といってもそれほど広くもないが、外から見えないし人も訪れないことに違いはない。


 連れて行っている間、彼はずっと俺の背中にナイフを突き立てたままだった。しかも右腕をつかみ背後に回されている。この前の意識凍結術式を警戒しているのか。

 俺は武道の心得もないし、刃物を持った相手に素手で挑める無謀さも持ち合わせていない。こっちからすれば少しも気分が休まるはずもない。ただ数分歩いただけだというのに、マラソンを走ったかのような疲労感。


「……目的は」


 背後に意識を向けたまま、そう口にした。


「あの時も行ったと思うけどな。俺が依頼されてるのはガンドールの破壊だ。ま、どうせこのまま襲っても抵抗されるだろ? だからお前を人質に取ったんだよ」

「人質……?」


 なんとなくしっくりこなくて、小さく聞き返した。


「ああ、オートマタはマスターが第一だ。ガンドールはストランブルランク第四位。普通にぶっ壊そうとしても、ただではすまないだろうしよ。マスターのお前を殺されたくなければ、とかおとなしくなるだろ」


 なんとなく、この違和感に納得した。

 たしかにその理屈で言うなら、マスターを人質にとるのは大正解だ。そうなればガンドールといえど、何もできずに壊されるしかない。だが前提が間違っている。


「ちが、う」


 ラルがぽつりとつぶやいた。


「凌、也……マスターじゃ、ない……」

「はぁ!? じゃあお前ガンドールのなんだよ!」

「俺はただの機巧技師だ……」

「何、だよ……! それ……!」


 チンピラは我慢ならないとばかりに声を荒げた。

 まあ、オートマタと一緒にいるやつをマスターと思うのはあたりまえか。俺だってそう思う。


「ま、そういうことだ。どうするんだ? いくら俺を人質にしたって、何なら傷つけたってこいつは動揺もしないぞ」

「クッ……!」

「それとも、このままこいつに挑むか?」


 正直ほとんど強がりだった。だが今こいつにとって俺の価値はゼロだ。すこしづつ学んできたとはいえ、ラルは感情を認識できない。実際に俺を人質にされても特に問題はないだろう。なんとか感情が揺らいで隙でもできないか……なんて、そう思っていたのだが。


 不意にラルが口にする。


「マス、ターじゃない。じゃない、けど……」

「あ……?」

「傷つけ、られるのは……その……少、し……うれしく……ない……」

「「は……?」」


 俺もチンピラも揃って間抜けな声を漏らしたが、きっとその意味は全然違う。

 チンピラはおそらく、単純に虚を突かれて。対して俺はというと、言っている意味が分からなかった。


 いや、うれしくないといったのは別におかしくないのだ。ほんのついさっきだが、ラルは『うれしい』という感情を得た。ならその強弱や逆、つまり『うれしくない』という感情を認識するのも十分あり得ること。


 ただ、それを俺に対して抱くのが不思議でたまらなかったのだ。


 つい目をいっぱいに見開いて、ぬいぐるみを抱きしめるラルを見る。


「……?」


 そんな俺を見ると、ラルはいつものように首を傾ける。


 傾げたいのはこっちの方だ。お前にとって俺は、出会って数日の単なる機巧技師の一人だろうが。わからない、わからない。心がひどくぐらつく。


「……いや、まだだ」


 そんな俺を、チンピラの余裕のなさそうな声が現実へと引き戻した。


「ならストランブルを申し込めばいいだけだ!」

「ストランブルって、マスターの承認なしに受けれるのか?」

「無、理……」


 ストランブルは端末の指定された違法なアプリから申し込みができる。

 それをストランブルを管理する協会――もちろん非合法な組織――が受理。賭けることができる試合として認められ、戦闘。それが終わればもろもろの手続きが行われる。その申請や終了後の手続きを行うのは、戦ったオートマタのマスターになる。だがこの場にラルのマスターはいない。


 たしかに野戦よりかはストランブルのほうがいくつかの制限があるかもしれない。しかしそのストランブルすらできないとなると、一気にチンピラの顔色は悪くなった。


「ダメだ、ダメだ……失敗だけはだめだ……」

「おい、どうした……?」


 つい声をかけてしまうくらいには、彼の様子はおかしい。

 顔を真っ青にして、汗も尋常じゃない。ブツブツと何かをつぶやいて、どう見ても普通じゃなかった。


 そして、ギリと強く歯ぎしり。大きく叫んだ。


「メルディ!! やれ!!!」

「了解しました、マスター」


 その瞬間、背後で今までずっと黙っていたオートマタが動き出す。メルディと呼ばれたそのオートマタはローブをほおり投げると、ラルに向かって駆けだした。


 一言で言えば、異様。人を模して造られたオートマタだが、メルディは人とは言えない容姿をしていた。

 ボロボロに破れた布切れで身を包み、ほぼ裸同然。ぼさぼさな青髪をなびかせながら、ギュイインと嫌な音を響かせる、両腕の工具のドリルを巨大化させたようなもの。

 メルディは、両腕が失われその代わりにドリルをくっつけられた、改造オートマタだった。


 感情がラル動揺消されているのだろう。すこしのためらいもなくラルに接近。けたたましい音をとどろかせながらドリルを突き出した。

 しかしラルに避ける気配はない。


「――ッ!! ラル! 回避しろ!」

「……!」


 慌ててそう叫ぶと、ラルはすんでのところで横に飛んで回避した。つい、安どの息を漏らす。

 ラルは感情を認識できない。だからきっと、死ぬことへの恐怖感や危機感も認識できないのだ。それらを感じないなら、攻撃を避ける意味がない。だがこちらからしたらそれでは困る。ラルが死んで困るのは、俺の方だ。


 一度命じれば、さすがラル。結構な余裕をもってメルディの攻撃をかわしていた。

 攻撃の余波でドリルが周囲の木々に当たると痛々しくえぐれた。あれに当たればどうなるか想像もしたくない。


「……さて、これからどうするか」


 チンピラは俺にナイフを突き立てたまま。「死ね……死ね……死ね……」としきりに呟いて様子もおかしい。変に刺激すれば本当に刺される可能性もある。右腕も相変わらずつかまれている。


 ラルも俺が許可するまで戦うなと言っているからか武器を出す様子はない。

 だがどうにかしてメルディを倒さないといけない。


 状況が動かないまま少し、突然声を上げたのはチンピラの男だった。


「おいメルディ!! さっさと殺せ!!」

「グッ!」


 焦りからか怒りからか、俺の腕をつかむ手に力がこもった。肩に響く鈍い痛みに、うめき声を漏らす。その瞬間、こちらに視線を向けたラルの動きが鈍った。


「凌、也……!」

「ラル! よそ見するな!」

「――ッ!」


 その隙を逃さず、ラルに迫るドリル。俺が叫ぶとラルは躱したが、ドリルの先端がずっと抱きかかえていた猫のぬいぐるみに引っかかった。


 ドリルは回転している。ぬいぐるみはそれに巻き込まれるも、ラルも離そうとしない。結果、ぬいぐるみは無残にも引きちぎれた。






「――あ」






 小さく響く、ラルのつぶやき。騒がしかったこの空間も、静寂を手に入れる。


 初めて、ラルが躱す以外の動きを見せた。それを警戒してか、メルディも距離をとる。


「ぬい、ぐるみ……」


 ラルは蚊の鳴くような声でそう言った。

 体だけになったぬいぐるみを大事そうに抱きかかえながら、こっちに飛んできた頭の部分を拾いに、足を動かす。


 一歩歩けば、綿が落ちる。もう一歩歩けば、腕が落ちる。


 そしてぬいぐるみの頭を拾い、空を見上げた。


「凌、也……わから、ない……」

「ラル……?」


 首をかしげて零れた、聞きなれた言葉。しかしどこかいつもとは違う気がして、つい彼女の名を口にした。目も前でたたずみ見上げる彼女が、やけに遠くに感じる。


「凌、也……ぬいぐるみ、ダメに、なった……わから、ない……わから、ない……」

「おい、ラル、どうした……?」

「わから、ない……」


 コテン、コテン、と。壊れた人形みたいにわからない分からないと繰り返しながら、右へ左へと首を傾ける。

 おかしい。どうみても、いつものあいつじゃない。


「おい、ラル、なにが――」

「メルディ! 何ぼさっとしてやがる! さっさとぶっ殺せ!」


 俺の声を遮って、チンピラが叫ぶ。

 

 奥に立つメルディはこちらに背を向けたラルに向かって駆けだした。またブルルとドリルが鳴り、切っ先がラルに触れようとした、その時。


 ラルが振り返る。その直前、彼女の瞳が赤く煌めいた――気がした。


――ガン!


 重い、金属音。

 俺もラルをじっと見ていた。見ていたはずなのに、気が付かなかった。彼女の位置が、変わっている。メルディがこちらに、ラルが奥に。ラルの右手から飛び出す――刀。メルディは膝をつく。その左腕は消えていた。


 さっきの音は、ラルが貫かれた音じゃない。ラルに切り落とされたドリルの腕が飛び、地面に落ちた音だ。


「なんだと……!」


 忌々し気にチンピラはそう言った。

 今の一瞬の間に刀を出し、メルディの左腕を切り落としたのだ。


「凌也……わから、ない……」


 奥で俺たちに背を向けたままそうラルはつぶやいた。


「凌也が、とってくれた……ぬいぐるみ……。うれし、かった……ぬいぐるみ……」


 首のとれたぬいぐるみを抱えながら、彼女はまた呟いた。


「うれしかった、やつ……うれしか、った……のに……!」

「ラル……」


 彼女の名を口にするその声にこもった感情はなんだろうか。俺にもわからなかった。


再装填術式(リローディア)、展開。――武装展開(リ・アームド)

「――ッ!」


 ラルの武装展開の術式宣言。その瞬間、浴衣を突き破って四本のアームが飛び出した。ガチャン! と展開音が響く。


 俺はラルに俺が許可しない限り武装展開するなと命令していた。それはラルのマスターの『機巧技師の命令に従え』という命令あってこそだ。マスターの直接的な命令じゃないから、大きな強制力はない。だが、それなりのものはある。

 だがラルは、それに背いた。それはつまり――それほどの、強い感情があるということ。


「わから、ない……わから、ない……。凌也、これ、なに……?」

「それは……」


 こちらに背を向けたまま首をかしげる彼女に俺は何も返せなかった。

 口ごもる俺に見切りをつけたのか、「そ、っか」といって。


 振り返る。


「「――ッ!!!」」


 俺もチンピラも、体を震わせた。

 その気迫に、その――恐怖に。


 ラルは俯いて顔はよく見えない。だが本能が告げてくる。あれは、危険なものだ。


「わからない……でも、うれしく、ない……すごく、うれしく……ない」


 ガチャリ、ガチャリと、ラルの体で何かがうごめいた。ユラリと、まるで幽霊のように彼女の体が揺らめく。体勢を低く、両腕をだらんと垂らして。


「うれしく、ない……うれしく、ない……から――」


 空気が揺れた。彼女の背後に、そのアームに、ガトリングに展開されるいくつもの魔法陣。


 魔法陣は魔導術具や魔導具を動かすための魔道式の集合体だ。それを展開したということは、それほどに大きなことをしようとしているということ。


 背筋に冷や汗が伝った。

 思えば俺は彼女が戦うところを見たことがない。つまり、これが初めて。


 実感する。

 これが――ガン・ドール。

 これが――ストランブルランク、第4位。


 ラルが少し顔を上げる。前髪の隙間から、血のような光を灯す瞳が覗き見る。


「うれしく、ない……から――」


 ガチャリと、全銃口をメルディに向け――告げる。


戦闘(ぶっこ)開始(わす)


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