17話『喜』
ラルのために、彼女が気になるといったぬいぐるみを射的で取る。
それは一般的に見ても、かなりおかしな行為だ。ましてや俺だぞ。アスカがこの場にいたら、きっと腹抑えて笑い転げているだろう。
らしくないとは十分自覚している。これはただの気まぐれなのだ。
気まぐれ、だったのだが。
「もう一回!」
半ばやけくそのようにそう言って、小銭を射的のおっさんに渡した。何がそんなに嬉しいのか、おっさんは最初の怪訝な表情から一変、ニコニコと喜びを顔にみなぎらせ、俺に追加のコルクを渡してくる。
「凌、也……また、やるの……?」
「ああ、悪いか、悪かったな。これ思った以上に難しいんだよ」
半ばやけくそ気味にそう吐き捨てる。
今まで射的なんてやったこともなく、知識として知っているだけだったが、ここまで難しいとは思わなかった。そもそも弾がまっすぐいかないのがおかしいんだ。
うまくいかないもどかしさに舌打ちを一つ。狙いを定め、撃つ。運良くまっすぐ飛び、お目当ての景品の右上にあたるが、少し動いただけ。落ちる気配はもちろんなし。
「なんか釘でも入ってるんじゃないのか?」
「おいおい言いがかりはやめてくれよ。そんなことしねえよ」
ほら見ろと、おっさんはそのぬいぐるみを持ち上げるが、もちろん釘なんてものはない。
「大きさが大きさだからね。みんなもなかなか狙わないよ」
「だろうな……」
「むずか、しい……?」
「難しいというか……まあ、そうだな……難しいよ」
難しい、なんていうと、まるで俺に技量がないみたいであまり言いたくはないが。あるとも言えないが、これはもうそれ以前の問題だろうに。
一旦落ち着こう。台に空気銃を置いて、一つ息を吐く。
「もう、やめる……?」
「いや、一回休憩しようかと思ってな」
「難しい、なら……やめても、いい……」
そう言いながら、ラルは下から覗き込んでくる。髪を結っているからか、いつもよりも彼女の顔がよく見える。心配しているかのような口ぶりだが、表情に変化は一切なし。
もしかして、気遣われてるのか。気遣うなんてことがこいつにできるかわからないが、ついそう感じてしまって。一つ、ため息をつく。
「……やるよ。取るって言ったしな」
「……ん、わかっ、た……」
仕切り直して、再開した。しかしまあ、取れない。
「……もう一回」
「粘るねえ、にいちゃんも」
さすがのおっさんも苦笑い。さすがに2桁入ってないが、もう直ぐ突入しそうな勢いだった。
もうほぼムキになってるだけだ。俺、こんな風になるのか。パチンコとかギャンブルは一生やっちゃダメだな。破産する。
現実逃避気味にそんなことを考えつつ、また追加のコルクを受け取った。
動いてはいるのだ。少しずつズレてはいるが、あるところまで行ってから動かなくなった。
こりゃ無理か……? そんなことが頭をよぎり出したそのとき、クイとラルが裾を引く。
「どうした、ラル」
「てつ、だう……?」
「いっとくが、あれは使えないぞ。バレるわけにはいかないからな。それでもできることがあるなら、是非とも手伝ってほしいもんだ」
口にしてから、少しの自己嫌悪。取れないからって八つ当たりみたいに嫌味ったらしくするなんて、ガキじゃあるまいし。
しかし、当たり前だがラルに気にした様子はない。いつも通りの無表情で、「ん……」と頷いた。
「貸し、て……?」
「コルクか? まあ、いいけど」
「ん……あり、がと」
ラルはコルクを受け取ると、じっと見つめた。すると、ほのかに瞳が赤く光る。かと思えば、「は、い……」とあっさり返してきた。
「……なにしたんだ?」
「なんでも、ない。凌也はそのまま、撃って……?」
「はあ……」
結局何もしないのか……? 釈然としないまま狙いを再び定める。視界の隅でラルが俺の横から一歩下がるのが見えた。
首を傾げつつも、まあいいかと、引き金を引く。
パシュッと、右後ろ、ラルがいるところから乾いた音がした。
俺の撃ったコルクは当たった。が、今まで以上に大きく傾いて、ぬいぐるみが落ちる。
「「は!?」」
俺もおっさんも声をあげた。今までは少しズレる程度だったのが、そのままひっくり返ったのだ。おっさんは落ちたぬいぐるみを拾うと、まじまじと見つめる。しかし何もなかったらしい。目を大きく見開いたまま、こちらに詰め寄った。
「おい! あんたなにした!」
「い、いや、俺もわからん」
「はあ!? ちょっと貸してくれ!」
おっさんは俺から空気銃をひったくると調べだす。当たり前だが、俺はなにもしていないからなにも出てこない。
何かを投げた可能性もゼロだ。コルクが当たり、落ちる瞬間は俺もおっさんも目撃している。
おっさんは困惑した目つきでこちらを見てくるが、わからないのは俺も同じだ。首を振ると、おっさんはため息をもらした。
「……まあいいや。訳は分からねえがちゃんと落としたんだから、やるよ」
「あ、ありがとう……」
いまいち釈然としない。頑張ったのだから達成感があるかといえば、そんなこともない。
しかしもらえるなら、貰っておこう。微妙な気持ちになりながらも受け取り、射的を去る。
ぬいぐるみを持ったまま少し歩き、隣を歩く問題児に問いかけた。
「……ラル、お前なにをした」
どう考えてもこいつが原因だ。そもそも何かするような口ぶりだったし、撃つ直前にも怪しい行動をしていた。
ラルは当たり前のように首をかしげる。
「手伝うって、いった」
「具体的に、なにをしたんだってことだ。絶対なんか撃っただろ」
それ以外に考えられない。
呆れで力が抜けた視線を向けると、あっけからんと頷く。
さらに体の力が抜けるようだった。
「はあ……やっぱりか……で、なにを撃ったんだ……」
「コル、ク」
「は? 嘘つけ。見えなかったぞ」
「ちっちゃく、したから」
ラルは右手を見せてくる。「見て、て」と口にして小指薬指中指は折り曲げて人差し指は伸ばし、俗に言う銃の形した。すると人差し指の先に小さな穴が開く。
「コルクの成分、分析……して、生成……した」
「んなバカな……」
「ラルの魔導術具……生成系。だから、成分わかって、弾の形、なら……作れる」
思わず、唖然とした。生成系はもともと無から有を作り出す、化け物みたいな代物だが、そんなこともできるのか。
「小さくすると、殺傷能力、ないけど……」
「これを落とすくらいはできる、ってことか……」
ぬいぐるみの頭を掴んで、ぷらぷら揺らす。ラルの視線もそれにつられて揺れながら、「そ、う……」と頷いた。
ていうか、それって結局――
「ズルじゃねえか……」
「ズルじゃ、ない。コルクを、銃で撃って、落とす。ちゃんと守っ、た」
「最近のオートマタは屁理屈も言えるのか」
悔しさもあって少し嫌味ったらしく。しかしラルは首をかしげるだけだ。
これじゃただ虚しいだけだな、と。ため息を一つ小さくこぼした。
「ほら、やるよ」
猫のぬいぐるみを、ラルに渡す。ラルはしっかりと両手で受け取ると、まじまじと眺め、また俺を見上げて首をひねった。
「いい、の……?」
「いいもなにも、お前にあげるつもりだったしな。それに、結局とったのとお前だし」
あれがズルかどうかは置いといて。とったのはラルなんだから、これはラルのものだ。
にしても、慣れないことはするもんじゃないな。もう絶対射的はやらない。
一人そう決心する傍ら、ラルのようすがおかしいことに気が付いた。
「…………」
「ラル?」
ぬいぐるみを両手で持ったまままっすぐ前に伸ばし。それと向き合うようにして、じっと見つめている。かと思えば空色の瞳は俺の方を向き、そしてぬいぐるみと俺の間を行ったり来たり。
「どうした?」
「……わから、ない」
いつものように小首を傾ける。そんなにこのぬいぐるみに対して感じることがあるだろうか。ラルは再びジッとぬいぐるみを見つめたかと思うと、今度は抱きしめた。ぐにゃりとぬいぐるみの体が歪む。そしてデフォルメ化されて普通の猫よりも大きな頭に顔をうずめた。
「……わから、ない」
すこし籠ったような声。
するとラルは顔を少し上げた。猫の頭の向こうから覗き込むようにしてこちらを見つめる。
「凌也……これ、なに……?」
「まじか……」
ちらりと覗く、その整ったラルの顔は、かすかにだが赤く染まっていた。
今までラルは表情はもちろん、顔色すら変わることはなかった。人工皮膚の変色も、感情とリンクしていることが多い。感情を認識できないラルの顔色が変わるはずがないのだ。
「ラルは……なにかわからないのか?」
「ん……わから、ない……」
ラルはまた顔をうずめた。はずかしい……はもちろん違うだろう。恥ずかしがる要素がない。となると、考えられるのは一つしかなかった。
『何かあげるとか? 何かもらったら嬉しいでしょ?』
アスカの言葉を思い出す。時々変に鋭くなることがあるあいつだが、今回もそれだったらしい。
「きっと、お前はうれしいんだろうよ」
喜怒哀楽でいえば、『喜』。ぬいぐるみをとってやったくらいでそう感じるとは単純なやつだ。だが、今までそんなことをされたことがないだろうことを考えると、別に不思議でもない。
俺の言葉を受けたラルは、キョトンとしたような顔をした。
「うれ、しい……?」
「ん」
そう何度も言われるとなんだか照れ臭くて、ぶっきらぼうに返す。ラルは「そっ、か……」と小さく呟くと、再びぬいぐるみに顔をうずめる。
今回は、いつものように繰り返しはしなかった。その代わり、上目づかいでこちらを見つめると。
「うれ、しい、って……あたた、かい……」
「――ッ」
目を細めて、そういった。
間違いない。今度こそ見間違いじゃない。今、確実に笑った。
初めて目の当たりにした、ラルの無感情じゃない表情。なんだかものすごく貴重なものを見たような気がして、生唾を飲み込んだ。
「凌也……あり、がと……」
「……別に、正直俺がとったわけじゃない。落としたのはお前だ」
「それ、でも。あり、がと……」
お礼を言われるのは照れ臭い。しかも考えてみると、ラルにいろいろしたがありがとうと言われるのは初めてなのだ。
つい顔を逸らすと、それを追うようにしてラルが覗き込んでくる。
「凌也……うれ、しい……?」
「……照れ臭いだけだ」
「それは、わからない」
「わからなくていい」
わかられても俺が困る。
ふと思いつく。
「そうだな……ラル、これから感情を何か感じたら、口に出したらどうだ」
「口、に……?」
「ああ。おまえ、なんだかんだいってもまだ学んで時間は全然経ってないだろ。そのほうが定着しやすいかもしれない」
「なる、ほど……」
感情の間隔を覚えれば、その強弱、またその反対の感情は感じることができるはずだ。今回のなら、『ちょっとうれしい』とか、逆に『うれしくない』とか。毎度毎度その感情一つのはずがないから、感覚も少しづつ違ってくる。繰り返し口にした方が、ラルも理解しやすいだろう。
簡単にそれを付け加えると、ラルは少し視線を下げた。考えるような仕草。すると顔を上げ、またほのかに笑みを浮かべながら、口にする。
「凌也が、がんばって、がんばって、ぬいぐるみ……とってくれた。うれ、しい……」
「お前は……!」
無意識なんだろうが。なんでそうも俺の傷に塩を塗るような真似をしてくるんだ。
睨みつけるが、動じた様子もなく首をかしげる。
「こんな、感じ……?」
「そうだけど、そうだけど……! 何度も言うな……!」
「……? わかっ、た」
だんだんと感情を手に入れても、ラルは相変わらずラルだった。それに、俺だって別に感謝をされるのが嫌いなわけじゃないのだ。ただ慣れていないだけで。
そう考えると、ラルにいろいろ教えるのも、悪くないと思えてくる。
「はっ」
吐き出すように笑みをこぼす。アスカは俺をらしくないなんて言っていたが、確かにその通りかもしれない。
ラルをじっと見ると、ラルは見つめ返し、やはり小首をかしげる。
「な、に……?」
「ん、いや、なんでもない」
なんだかんだ、ショッピングモールに出かけたのも、今回の夏祭りも、どこか楽しくはあった気がする。今までだったら絶対にいかなかった場所だ。その点は、ラルのおかげともいえる。
「なあ、ラル」
「……?」
だから今くらいは、口にしてもいいんじゃないだろうか。
久しく口にしていない言葉だが、言ったもいいんじゃないだろうか。
そう思い、口を開けたその時。
「――お前、ガン・ドールか?」
すれ違う人の中、そう声をかけられる。そこに立っていたのは見覚えのあるあのチンピラと、ローブに身を包むオートマタだった。





