16話 ほんの気まぐれだ
「あれは、なに……?」
次にラルが興味を示したのは、紅白の小魚が大量に泳ぐそれだった。
「ああ、それは金魚だな」
「金、魚……魚……。おい、しい……?」
「まあ魚だから食べられないこともないが……。観賞用だから味はどうなんだろうな……」
「へ、え……」
ラルは水槽に近づき、じっと見つめた。しゃがみこんで金魚すくいを楽しんでいた子供達も、一瞬ラルに視線を向けるが、すぐにまた楽しみ始める。屋台のおっさんもラルがオートマタだからか、やるかどうか尋ねることはなかった。
じっと見つめることはあったが、実際に近づいたのは初めてかもしれない。ラルの隣に立ち、おっさんのやるかという問いかけを断りながら、そんなことを考えた。
「うまそうか?」
「うまそう……? 少し、違う……」
「へえ。ならなんだ?」
「…………わから、ない」
ふむ、と。
無意識に顎に手を当てる。じゃあ何か違う感情か。金魚を見て浮かぶ感情とは、なにがあるだろうか。
欲しい、とか? いや、欲の下には、その理由となる感情があるはずだ。
隣の子供が遊び終わったのか、立ち上がってどこかへ行った。おっさんは、訝しげな目でこちらを見ている。
ふと、一つ思いついた。
「きれいか?」
「きれ、い……?」
レースのようなヒレをひらひらと動かしながら優雅に泳ぐ様は、うっかり見とれてしまいそうになる。だが、ラルの反応は芳しくなかった。おうむ返しをして、首をかしげる。
空色の無機質な瞳には、相変わらず金魚しか映っていない。
「なら、かわいいか?」
「かわ、いい……」
小さな魚がちょこちょこ泳ぎ回るのは、かわいいといえばかわいい。人間がそうさせているのだろうが、ポイから逃げ何匹ものよう金魚が同じ動きをするのもまた、面白い。
今度は疑問符がついていなかった。お、と。わずかな手応えを感じつつ、続ける。
「確かにかわいいだな」
「かわいい……う、ん……かわいい……」
それが彼女の中でしっくりきたのか、彼女はまた「かわいい……かわいい……」と繰り返す。彼女の瞳の輝きが増したのは、気のせいだろうか。
その時、ラルが不意に水槽に向かって手を伸ばした。
「おい待て待て」
「……?」
もう少しで水に手を突っ込みそうになったところで、彼女の手首を掴む。おっさんの睨みつけるような視線が痛い。
「そんな公園の池みたいに金魚が泳いでるわけじゃない。これも商品だ」
「商品……?」
「いや、商品ってより景品か。金魚すくいって言ってな。何匹金魚を掬えるかっていうゲームだな」
「助ける……?」
「いや救うじゃなくて。見ようによっては救ってるように見えるが、正直そんないいもんでもないぞ」
金魚を持ち帰って、実際に飼う人がどれだけいるだろうか。飼ってもすぐに殺してしまうのが大半だろう。
そう俺が話す間もラルは泳ぎ回る金魚から目を離さなかったが、ふと
「ラル達、みたい……」
ぽそりと、そうこぼした。
「おいラル、それってどういう――」
「おいあんたら、いい加減にしてくれねえか。やるのか、やらないのか、どっちだ」
俺の声を遮ったのは、金魚すくいのおっさんだった。いい加減にしろとばかりにこちらをにらめつけてくる。
流石に長居しすぎたか。特にやりたそうでもなかったから、そのままラルをつれてそこから去った。幸いと言うべきか、ラルはもう興味を失ったらしく、特に抵抗することもなくついてくる。
そこからは本当に気の向くままに歩き回った。
ラルの問いに答え。ラルが興味を持ったりんご飴を買ってやり。戻ってオイルアイスを買ってやり。太鼓の演奏を一緒に見たり、また戻ってオイルアイスを買ってやり。ちょうど上がった花火を眺め、さらに戻ってオイルアイスを買ってやり。
「オイルアイス食いすぎだろ……」
「……?」
流石に歩き疲れ、境内の階段に腰を下ろし、そう言った。隣に座るラルは、五つ目となるオイルアイスを舐めながら首をかしげる。
そんなに食べて腹壊さないものかと思うが、そんな様子もない。そもそもオートマタが腹を壊すなんてことになるかわからないが。
「おいしい、から……しょうがない」
「まあ、お前がいいならいいが……。にしても人増えてきたな……」
アスカに急かされ少し早めにきたとはいえ、なかなかの時間歩き回った。集団からはずれたここからでも石畳の道を埋め尽くす人の大群がよく見える。
人混みが苦手な俺としては、しばらくはここで休憩していたい。足に疲労も溜まってきたのもあるし、ラルの充電も心配だった。
ラルは通常のオートマタよりかなりバッテリーが少ない。一応来る前に少し寝かせてきたが、以前道端で魔力切れを起こしたことが頭によぎるのだ。
「食べ物の消化がどれだけ魔力使うのか、アスカに聞いておけばよかったな……」
ペロペロとアイスを舐めるラルを眺めながら、そうぼやく。
どちらにせよ、ラルが食べる速さはそれほどのものではない。少しくらいゆっくりでき――
「食べ、終わった。次、あれ」
「お前だんだん俺に対して遠慮なくなってきてるよな」
一瞬にして完食したラルは、そう言って立ち上がった。
遠慮がないのは、割と最初からか。俺もため息をつきつつ、ラルを追う。
「これ……なに……?」
次にラルが興味を持ったのは、棚におもちゃやお菓子などが並べられた屋台だった。その棚が奥にあり、通路側、つまり客側には、空気銃。
「これは射的だな。てかほんとお前中央結晶から情報消されすぎだろ……」
「ラルに言われても、知らない」
まあ、それもそうなんだが。知らないことが多すぎるんだ。
頭を抱える俺に見向きもせず、ラルは射的の屋台、もっと言えばその奥の景品に目を向けていた。
「やってみるか?」
「なに、を……?」
「射的をだ。銃を撃って、奥の景品当てて落とせば、それをゲット。そんなゲームだ」
「銃……わかっ、た。武装展か――」
「ちがうわ!」
ガチャンと音を立ててラルの左腕を、無理やり閉じる。
あっぶねぇぇええ! こいつ馬鹿じゃないのか!?
周りに人が大勢いるから大声でそう叫ぶわけにもいかず、喉まで上がってきたその言葉を無理やり飲み込んだ。
呑気にも首をかしげるラルに、思わずアイアンクロー。
「おい、ラル……言ったよな……? 許可したとき以外武器出すなって……!」
ギリギリと結構力を入れているはずが、ラルは特に痛そうな反応もしない。もしかしてこいつ、痛覚も消されてるのか。
アイアンクローをしているせいで表情は見えないが、絶対に無表情だ。特に悪びれもなく、ラルは言った。
「凌也、許可、した」
「し、て、ね、え、よ!」
「…………言った」
「グッ!」
ラルは俺の手首を両手で掴むと、いとも簡単に俺の腕を退かしてみせる。相変わらずすごい力だ。わずかな鈍い痛みに、顔をしかめる。
ラルは俺の手のひらからひょっこりと顔を出して、覗き込むようにまっすぐ視線を向けてきた。
「銃使えって……言った」
「確かに言ったは言ったが……。そういうことじゃねえよ。……あと腕離せ」
「ん……」
少し痛む。ヒラヒラと手を振りながら、ため息をついた。
「俺が言ったのは、そこにおいてあるやつのことだ」
「これ、銃じゃ、ない……」
「空気銃、な。これでコルクを撃って、当てるんだよ。やるってことでいいのか?」
「ん……」
ラルは小さくうなずいた。ラルをつれて、屋台の内側にいるオヤジの元へ。
指定された分の金を渡すと、空気銃を一丁指差した。あれを使え、ということらしい。その銃を手に取り、ラルに渡そうとした時、声をあげたのは屋台のオヤジだった。
「ちょちょちょちょっと! その子オートマタだろ!?」
「そうだが」
「まさか、その子にやらせるつもりか!?」
「問題あるか?」
『オートマタを作りたかったんじゃない、人間を作りたかった』という、オートマタ開発者の言葉通り、オートマタと人はかなり似ている部分が多い。そのおかげか、物語に出てくるような人型の機械が受ける差別のようなものは少ないと言える。珍しいことに違いはないが、オートマタと遊びに出かけることも、オートマタに遊ばせることも、差別はされない。
だが得てして反対派は存在する。こいつもまさかその一人だろうかと、そう考えているところで、オヤジは続けた。
「勘弁してくれよ。オートマタがやったら、全部落とされるだろうが」
なるほどと、つい納得した。
オートマタは結局のところ、魔動人形だ。魔導式で動いている以上、精密な動きや思考は人間に勝る。
それに加え、こいつはガン・ドール。普段から銃を使っているのだから、もしかしたらそれもありえるかも知れない。
「ラル……やれ、ない……?」
「ま、そういうことならしょうがないな。別のとこ行くか」
「なん、で……?」
ラルが小首を傾け、俺もつられて首をかしげた。
「だってやれないんだぞ。ここにいる意味無いだろう」
「凌也がやれば、いい……」
「いや俺は別にやりたいわけじゃ――」
そこでふと、思いつく。
「もしかして何か欲しいやつでもあるのか?」
「……?」
「あー……そうか、わからないか。じゃあ……何か気になるもの、あるか?」
「……あれ、気になる」
そう言ってラルが指差したのは。
「猫のぬいぐるみ……?」
「かわ、いい……」
白猫の、ソコソコの大きさがあるぬいぐるみだった。まあ、たしかにかわいいが。そういえば、ショッピングモールで興味を持ったのも、猫のカップだった。こいつはもしかしたら、猫が好きなのかも知れない。
「あれは難しいと思うぞ」
問題なのは、その大きさだった。一番上の段に座らされているそれは、落とすのが難しいと簡単に想像できる。少なくとも、一発で落ちるとも思えない。
「凌也……でき、ない……?」
「……残念ながら、俺にそういう挑発は効かないぞ」
「やらない、の……?」
「ま、多分何回もやらないといけないだろうからな。あれにそこまでの価値があるとも――」
そこで脳裏をよぎったのは、先日のアスカの言葉だった。
――何かあげるとか? 何かもらったら嬉しいでしょ?
「……そうだな」
「凌、也……?」
空気銃を手に取った俺をみて、ラルは不思議そうな顔をしていた。
オヤジからコルクをもらい、それを先端に詰める。台の上に肘を置いて、脇を締め。銃床部分を肩に当てて、銃身に頬をくっつけた。
硬目を瞑り、狙いを定める。その先にあるのは、ラルがきになると言っていたぬいぐるみだ。
「ま、たまにはいいだろ」
どうせ金はラルのマスターに要求すればいい。苦労して手に入れれば、それにラルが反応して、より嬉しく感じるかも知れないし。……正直、そうなる可能性はかなり低いだろうが。
「気まぐれ。ほんの気まぐれだ」
ぽそりとそう呟いて、俺は引き金を引いた。





