15話 ラル初めての祭り
今の季節を一言で言うなら、真夏が一番適切だ。日中は外に出るのも億劫になるくらいの暑さだが、夜になれば少しは和らいでくれる。
しかし、それは普段の話だ。
「暑い……」
「だいじょう、ぶ……?」
先日のショッピングモールよりも騒がしく、そして人口密度も高い、そんな空間。夏祭りというのは、ここまで苦行だっただろうか。道沿いに並ぶ屋台や、楽しそうに笑う浴衣の人々を恨めしげに見つめながら、そう考えた。
なんてことはない、よくある夏祭りだ。神社の境内で開かれる、もはや誰も起源を知らないような、そんな祭り。独特の空気感からなのか、普段よりも五度くらい気温が上がっているような気すらしてくる。
「人が多い……」
「凌也、いつもそれ、いってる……」
カツカツと下駄を石畳に鳴らしながら、ラルはそう口にした。
「ラルの方はもう慣れたか?」
「ん……だい、じょうぶ……」
ラルはそこで一回転してみせる。浴衣の袖、普通の服と違い垂れた部分がひらりと舞った。
その浴衣はアスカが持ってきた――厳密にはヨネスがだが――ものだ。薄桃色を基調として赤い花がいくつも咲き乱れるそれをまとったラルは、オートマタなだけあって絵になっている。着付けもアスカがやったから完璧だ。
家を出たときは、来たことのない服だったり履き慣れない下駄だったりでいの一番に転んでみせたが。どうやらもう大丈夫らしい。
髪もいつもと違う。なにも手を加えず流すままだった白髪も、アスカの手によって綺麗に結われていた。ラル自身は少し違和感があるらしいが、見た目ではいつもよりスッキリして、印象がまるで変わってくる。いつもは髪で隠れている、白いうなじが眩しかった。
ラルはキョロキョロと忙しない。こんなに人がいるんだから、前見てないと危ないだろうに。
と、ちょうどその時、ラルの正面から人が歩いてきた。俺はラルの肩を引き寄せる。ラルの細い肩が、ピクリと小さく跳ねる。
「……! 発情、した……?」
「んなわけあるか。こんな場所で発情とかクレイジーすぎるだろ。人とぶつかりそうだったんだよ」
「あ……」
本気で気づいてなかったらしい。呆れてしまい、一つため息。
人間は何かに夢中になってそれ以外に意識が向かなくなることがある。だがオートマタは、それが起こりにくい。起こるとしても、相当強い感情を抱いた時だけだ。
「そんなに気になるか?」
「ん……いろんな店、ある。気になる……!」
かすかにだが弾んだ声でラルはそういった。
たしかに気持ちは分からなくはない。祭りなんてそうそうあるわけじゃないし、それなら祭り特有のものは見慣れていないものになる。
大量にぶら下がった提灯には、つい視線が吸い寄せられてしまう。少し鼻から息を吸えば、少し肉が焦げたような匂いが飛び込んできた。お好み焼きだろうか、焼きそばだろうか、それともホットドックだろうか。
かと思えば、砂糖が溶けたような甘い香りが。
また少し歩けば、その甘い香りに混じってオイルのような匂いが――
「あの人たちがやってるの喫茶店だろうが……」
立ち並ぶ屋台の中、見知った顔を見つけ、げんなりと肩を落とした。あの筋骨隆々とした店長と、そのオートマタ。間違いない、ラルと出かけた時に行った、ヤクザ喫茶でおなじみなあの店のやつらだった。
「凌、也……? なにかあっ、た……?」
「いや、あれ……」
指差した先で、二人は焼きそばを売っていた。料理をしているのはオートマタで、金の受け渡しなどをしているのが店長。正直逆だろうとも思うが、さすが侍従人形。無駄のないテキパキとした動きを見ていると、この配役が妥当と思えてくる。
その二人へ視線を向けたラルは、「あ」と小さく漏らした。
「……! オイル、クリームの人……!」
「おい待てこら」
彼らを目に入れるとすぐ歩きだしたラルの頭を掴んで止める。
「どこに行くつもりだ?」
「オイルクリーム、買いに、行く」
「はあ……買うのはいいから、勝手にどっかに行くな……。それを約束するなら買ってや――」
「約束、する。はやく、行こ」
俺の言葉を遮るようにして彼女はそうまくし立てた。そして珍しく俺の手を引いて歩き出す。
これは、いい兆候なのだろうか。
彼女の歩みに合わせて揺れるアホ毛を眺めつつ、そんなことを考えた。
今までひたすら受け身で、言われたことだけをするラル。もちろん率先して先を歩くこともなく、後ろに使える。そんなラルが俺を引いている。つまり、感情が前に出ている。
機巧師としてそれなりに依頼をこなしてきたが、今回のようなものは初めてだったりする。だからこれが正解なのかはわからないが、とりあえずこのままいくしかないだろう。
ヤクザ喫茶の屋台までは、そう時間もかからなかった。
俺達の姿を見つけると、片方は気持ち悪いくらいにいい笑顔を浮かべ、もう片方は軽く頭を下げた。
「おお! 着てくれたのか!」
「ん……来、た」
「よう、大変そうだな」
「恐縮です」
ラルに続いて声をかけた。ただし、オートマタだけに。彼女は器用に手を止めずに頭を下げた。なんとなく、あの筋肉だるまで脳筋っぽい店長は苦手なのだ。その代わり、ラルはなんだか馬が合っているようだが。初めて会った時より距離が近い。ここ数日自由にさせているし、もしかしたらあの喫茶店に行っているのかもしれない。
ラルと店長で何か話しているのを横目に、店員オートマタに話しかけた。
「こんなこともやってるんだな」
「はい、店長がいい宣伝になるだろうと」
「ま、喫茶店よりかはこっちのが似合ってるか」
「これなら店長の強面も、ある程度は許されますから」
「お前もなかなか毒舌だよな……」
彼女は「なんのことでしょう」とすっとぼけた。
違う違う、そんなことより聞きたいことがあるんだ。
すこし彼女に顔を寄せながら手招き。何を意味するのかすぐに分かったようで、彼女も顔を寄せてくる。もちろん、手は止めないまま。
「……例のアイス、あるのか……?」
「もちろんです。夏祭りなんだからアイスたくさん売れるに決まってる! などと意味の分からないことを言ってまして」
「確かに売れるかもしれないな、あれじゃなければ。で、実際どうなんだ? 売れてるのか?」
「まったく」
頭を離しながら、「だろうな」と肩をすくめる。祭りだろうが売れることはないと思うが、あの店長の粘り強さも大したものだ。
視線を戻せば、ラルが店長から例のアイスをもらっているところだった。俺は店長に金を渡す。喜色満面といったところで、正直気持ち悪い。
店長のラルに対するうっとおしいほどの感謝の言葉を背に受けながら、俺たちは彼らと別れた。
隣を歩くラルは、依然と違い食べるスピードは遅い。カップに入っていた以前と違い、祭りだからだろうか、今回はコーンに乗っていた。
ラルはそれを、小さな舌でペロペロ舐めている。
「……うまいか?」
「ん……おい、しい」
「そりゃよかった」
「凌也も、食べ、る……?」
ラルはアイスをこちらに突き出した。うっすらとだが感じるオイルの香り。つい顔を顰める。
「……いや、いい」
「そ、っか……」
特に傷ついた様子もなく、ラルは食べることを再開する。
さすがに食べたくない。いってしまえば食わず嫌いだが、あれは正直食べなくてもわかる類のものだ。
ラルがそれを食べ終わるまで大した時間はかからなかった。コーンまですべて胃に収めると、次の興味は他の屋台へと移っていく。
「凌也、あの、かき氷って、なに……? おい、しい……?」
「氷を削ってたやつだ。それにイチゴとかメロンとかシロップをかけて食べる。まあまあうまい」
「なる、ほど……オイル味は、ないの……?」
「あってたまるか」
「な、ら……水にいっぱい風船浮かんでる、あれは……? おい、しい……?」
「お前にはあれが食い物に見えるのか。あれはヨーヨー釣りだ。ヨーヨーっていう水風船をいくつ釣れるかってゲームだな」
「なる、ほど……」
ラルはヨーヨー釣りをじっと見つめていた。そこでは数人の子供がしゃがみ込み、楽しそうに釣れたただの切れただのはしゃいでいる。
「やってみるか?」
「……いい」
よくわからないやつだな。
すぐに視線を外して歩き出したラルの背中を眺めながら、そう思った。こいつがなにに興味を持つのか、なにがすきなのかまだよく知らないからだろうが。
それにしても、ものを知らなさすぎじゃないだろうか。侍従人形はそのまま日常に溶け込めるように、ある程度の知識は最初から中枢結晶に書き込まれている。こいつがそれをいじられていると知っているが、それにしたって知らなさすぎだ。
「凌、也」
「はいはい、今度は何だ……」
再びラルに声を掛けられ、俺は思考を打ち切った。





