14話 着付けはアスカがやるらしい
「今日の祭り、行くの……?」
家でソファに座り本を読んでいたところに、ラルはそう問いかけてきた。俺はつい、ラルに視線を向けたまま、目を見開いてしまう。
アスカのところでその話をしたのは、つい三日前のことだ。おかしい、ラルには言ってないはずなのに。
「あー……」
唸りつつラルから目をそらす。正直、決めかねている。ラルに色々させて反応を見るのが、感情を教えるために俺が取れる主なやり方だ。そのことを考えれば、祭りに行くのは間違いなくラルの為になる。なるのだが、俺が行きたいかというと、それはまた別問題だった。
「行かない、の……?」
視界の外からそう問いかけてくる声はどことなく悲しげだ。そんなはずがないとわかっていても、一度そう思ってしまえばそうとしか思えない。
「……人が多いところはあまり好きじゃないんだ」
「行かない、の……?」
「……それに、オートマタを連れて祭りに出かけるなんて、奇異な目線を向けられるに決まってる」
「行かない、の……?」
「……この前も変なやつに絡まれただろ。またあいつと会う可能性もあるし、同じようなやつがいるとも限らない」
「行かない、の……?」
「無限ループやめろ!」
視線を戻せば、ラルはいつものように首を傾げていた。そしてやはり、無表情。
ま、そうだよな。まだ、悲しいとかは知らないはずだし。
一つため息。そして開いた本に視線を戻す。
「行かない、の……?」
しかしラルは逃がしてくれない。俺の前に移動して、下から覗き込んでくる。本の向こう側から向けられた視線が痛い。
「…………はぁ。お前は、行きたいのか?」
「行きたい、はわからない……でも、興味、ある……!」
ラルの声が少し弾んだ。そこまで興味がある、ということか。グッと胸の前で両手を握っちゃって。やめろやめろ、断りにくいじゃないか。
肩を落としながら、パタンと本を閉じ机に置く。
「はぁ……わかったよ……」
「ん。浴衣……着てく……?」
「はあ? 浴衣? 別にいいだろ」
「でも、祭り……浴衣、着るもの」
「まあ確かに着てるやつもいるが……」
でもあくまで、そういうやつがいるってだけだ。もちろん着てないやつもいる。それにこの話は人間に限った話。オートマタに着せるというのは、着せ替え人形に近い認識だ。そんなやつは、どっちかというとマイナーだったりする。
「ていうか、なんで買うことは知らないでこれは知ってるんだ。知識偏りすぎだろ」
「ラルに、言われても……知らない」
「まあ、そうか……で、浴衣だったな」
「う、ん」
「別にいいだろ。そもそも男女の浴衣も持ってない」
すると、ラルは首をかしげた。いや、かしげたいのはこっちだ。俺が持っているとでも思ったのか。
生まれた時に母親は死んだ。父親は、忙しいのか家にほとんどいなかった。そんな状況で夏祭りに行くわけがなかった。アスカの家に引き取られてからは彼女に無理やり連れて行かされたが、自分から行くことはついぞなかった。
そんな俺が浴衣、しかも女物なんて、持ってるわけがないだろうに。
ラルは、「でも」と口にする。
「アスカが」
「アスカ? ああ、なるほど、祭りのこともあいつから聞いたのか」
「ん」
「別にいいだろ。ないんだから着てくなんて無 ――」
その時、バァアン! と大きな音を立てながら、玄関の扉が開いた。
「そんなことでどうするの凌也!!!」
「アスカ……」
そこにいたのはアスカだ。
もうほんとお前なんなんだ……。ツッコミどころが多くて、うつむきながら手で顔を覆う。
アスカはそんな俺を無視して、そのまま家に入ってくる。
「凌也……せっかくかわいいラルちゃんを観れる機会なのに、それを逃すなんて……!」
「アスカ……おは、よ……」
「おはよ! ラルちゃん。――凌也は可愛いラルちゃんを観たいと思わないの!?」
ラルに向けて満面の笑みを向けたかと思えば、今度は俺の方に超真面目な顔をしながら一喝。
顔を上げると、俺の正面で腰に手をやり仁王立ちして、ジッと俺を見下ろすアスカがいた。
俺が自分の方を向いたと知るやいなや、腰を曲げてグイッと顔を近づけてくる。
ほのかに上気した頬。汗で彼女の赤髪がそれに張り付き、透けるまで行かずとも、豊満な体に張り付いたシャツはかなり目線に困る。
逃げるように体をそらせば、彼女は追いかけてくる。
「わかった、わかったから。もう少し離れてくれ」
「離れて……? ……へー」
彼女はいう通りに距離を取ってくれた。ただし、その顔にムカつくニヤケ面を貼り付けて。
「……なんだ、その顔は」
「いーやー? 凌也もあたしで欲情するんだーってね」
「言い方。……それに、欲情なんかしてない。汗臭いから離れて欲しかっただけだ」
「言い方ぁあ!」
彼女は子供のように地団駄を踏んだ。
なんと言おうと俺は欲情なんかしてない。だからラル、こっちみて「凌也……ああいうのが、好き……」とか言うな。
するとアスカは悔しそうに俺をにらみながら、話し出した。気にしているのか、一歩離れて。
「くぅ……走ってきたからしょうがないじゃん!」
「走ってきたって……だからか」
そりゃこの暑い日に走れば汗もかく。
「第一なんで走ってきたんだよ。いつものお前だったら、ヨネスと一緒に来るだろうに」
「盗聴器からラルちゃんに浴衣着せないみたいな話聞こえてきたら、そりゃ走るよー」
「盗聴器!?」
つい声を荒げる。
盗聴器が仕掛けられてるなんて初耳だぞ。自然と辺りを探るように見回した俺を、アスカはなぜかキョトンとした顔で見ていた。
「あれ? 言ってなかった?」
「言ってねえよ! いや、それよりなんで仕掛けた!?」
「んー……気まぐれ?」
「おい」
らしいといえば、らしい。だが気まぐれでプライバシーを侵される俺の身にもなってほしい。そもそも俺の私生活なんて覗いてもおもしろいことなんて何もないだろうに。
アスカは全く悪く思っていないように見える。かと思えば、ラルは小首を傾けていた。
「どうした、ラル」
「凌也、気づいて、なかった……?」
「お前知ってたのか……?」
ラルは小さくその首を縦に振った。
「まじか……ちなみにどこにある?」
そう尋ねると、ラルは「あそこと、あそこと……」と順番に指さしていく。それはカーテンのフックの裏だったり、タンスの方だったり、照明の後ろだったり。あんなところに、なんて動揺する間もなく、ラルは次々と指し示していく。何か察知する機能でも追加されたのだろうか……じゃなくて。
「いや待て。いくつあるんだ」
「……けっこう、ある」
「もっと早く言えよ」
いや、ラルにそれを期待するのは無駄なのか。きっと「この家に盗聴器仕掛けられてるか?」なんてことを聞けば答えてくれただろうが、絶対そんなことにはならない。
「ま、凌也の盗聴器は置いといてー」
「置くな。撤去しろ」
「置いといてー、ラルちゃんはあたしが可愛くしてあげるからね!」
アスカはラルに向かって、グッ! とサムズアップ。しかしラルがなんの反応もしないと、その視線をこちらに向けてきた。
「してあげるからね!」
「ラルに反応してもらえなかったからって俺に言い直すな。……まあ、してくれるなら、ありがたいが」
そう言うと、アスカは得意げに笑ってみせる。
別に着飾ってほしくないわけじゃない。なにもしてないよりは綺麗な方がいいに決まっている。
「じゃあヨネスが来たら始めるね!」
「ん……わかっ、た……」
「不安だ……」
なにが不安って、アスカの顔である。いっそのこと清々しいくらいのニヤケ面は、おおよそ年頃の少女が浮かべていいものじゃない。
「アスカ、よだれ」
「メイクしてー、浴衣着せてー。あーどーゆうふうに髪結ぼっかなー!」
「無視か……」
大きくつり上がった口からは唾液が溢れていた。いっても無視とは、それほどにトリップしているということか。
アスカに任せていれば、きっと間違いなく可愛くはなるんだろうが。
「うへへへへ……」
「ほんと大丈夫か……?」
「…………?」
ラルは小首をかしげながら、ニヤニヤと笑うアスカとどんよりした俺の間を、興味深そうに視線を彷徨わせていた。





