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13話 路地裏という、それらしい場所で

「あれはフラグだったか……」


 つい数分前のことを思い出しながら、俺は頭を掻きむしった。楽観的、ともいえるかもしれない。アスカから警告を受けていながら、自分には関係ないだろうと高をくくっていたのだから。

 ため息を一つ。試しに、目をつむってみる。目を開けたらそこは自宅でした、なんてことないだろうか、なんてことを考えて。

 そして、そっと目を開けた。しかし現実逃避をしようとも、事態は変わらない。

 仕事場からの帰り道。なんとなく近道をしようと通りかかった、細く薄暗い路地裏。そして。


「おい兄ちゃん。聞いてんのか?」


 睨みつけてくる、あからさまに危ない男。


「……はぁ」


 変わらないか、とまた一つため息。その男は不機嫌そうに眉間のしわをさらに深くする。

 態度はあからさまな不良のようなもの。かと思えば、その容姿すらいかにもだ。

 ギラギラの金髪をオールバックで固め、両手をポケットに突っ込んで身にまとうのは夏だというのに長袖のアロハシャツ。暑くないのかと思えば、大きく開けられた首元にタトゥーがちらりと目に入る。なるほど、入れ墨を隠しているのか。


「だから知らないって言ってるだろ」

「嘘つくんじゃねえ。白髪の女オートマタだ。最初に聞いた時、あんた反応しただろ」


 ああもうめんどくさい、と。心の中で舌打ちをした。

 路地裏に入って少しして。前方から歩いてきたこいつに、白髪のオートマタについて聞かれたのだ。俺にとって白髪オートマタといえば、ラル。ついそこで反応してしまった。そこでこいつは探してるやつのことを俺が知っていると思ってしまったのだろう。


 正直、こんな奴に探されてるのだからラルのことのような気しかしないが、面倒ごとは回避したい。もう一度首を振る。


「白髪は珍しいから反応しただけだ。いないわけじゃない」


 オートマタの容姿は購入時に購入者によって設定される。身長体格肌の色など身体的なものから、初期の性格まで。つまり人間として珍しい髪色だろうが、設定できる以上オートマタのなかでは珍しいを上回ることはない。


 しかしこの、チンピラ。なかなか逃がしてくれない。

 お前知ってんだろの一点張りなのだ。


 正直、逃げ出してしまいたい。人の多い通りにでればよほどのことはできないだろう。そこまで行けるかはわからないが、いざとなれば意識凍結術式(フリーズ)でも使えばいい。


 意識凍結術式は、指先から魔力を放つ最も単純な魔導術具、放出系リリーサーだ。魔力はつまり、エネルギー。魔力で動くオートマタでなくても、エネルギーをそのままぶつけられれば、気を失ってしまう。


 しかし、問題があった。チンピラの奥、少し後ろに視線を向ける。そこにいるのは、ローブを被った何者かだ。


「…………」


 フードを深くかぶっているせいで容姿は見えない。しかし首にちらりと数字の羅列が見える。ということは、オートマタ。それだけならまだいいが、気になるのはローブについたシミだ。

 鮮やかな赤色。ケチャップをぶちまけたわけでもないだろう。一番考えられるとしたら――魔融血。


 魔融血は、魔力が溶け込んだ、オートマタの全身に流れている液体だ。オートマタが破損すれば見ることができるが、そんなことそうそうない。


『ここ最近、このあたりでストランブルの試合がたくさん起こってる』


 アスカが言っていたことを思い出す。

 ジッと、そのオートマタに視線を向けた。ローブに覆われた外見からは改造の有無どころか、性別すらわからない。

 だが、こいつがストランブルのオートマタということは確かだった。


 ああ、めんどくさい。


 一向に進展しない問答。どうやらこのチンピラは、見た目通り我慢強くはないらしい。もう我慢ならないとばかりに、その強面を一層歪めた。大きく声を張り、俺の胸倉をつかむ。そしてそのまま壁に押し付けてくる。


「いい加減に吐け!」

「グッ!」


 ドンと体を打つ鈍い衝撃。一つうめき声が漏れる。

 彼は今度は顔を近づけ、諭すように、しかし確かな敵意を持って語りかけてくる。


「なあ、兄ちゃん。俺は別に難しいことは言ってねえよなあ? あんたの知ってることを教えてくれっていってんだよ。こっちも金積まれて探してはいるんだけどよ、まったくみつからない。何でもいいから手掛かりが欲しいんだわ」


 わかるよな? と。胸倉をつかむ手がさらに引き上げられた。

 おそらく、焦りと、怒り。


 半面俺は冷めた目でチンピラを見ていた。


 ああ、めんどくさい。


 なんで俺がこんな目に合うんだ。

 そもそも、面倒ごとは回避したいとか思っていたが、どう考えても今この状況こそが面倒ごとだ。なら、隠しておく必要なんてあるのだろうか。


「……ああ、そうだな」


 少し視線を下げて、そう口にした。わずかに喜色がにじんだ息が、目の前の男から洩れるのを感じる。


 たとえ教えて面倒ごとになっても、ラルは強い。なんていったってストランブルランク四位のガン・ドールだ。大抵の敵には負けないだろう。


 そう言い訳のように、そして自分に言い聞かせるように、考えた。


「わかった、話すよ」


 一度理由や言い訳が完成してしまうと、後は早い。予想以上に肯定が口から出たことに驚く。


 話すといっても、さすがに俺が修理を依頼された機巧技師ということまでは言わない。言葉を選びつつ、自分への影響は最小限に。

 俺に向けられた視線を覗き返しながら、口にする。


「俺が知ってる白髪のオートマタは――」

「呼ん、だ……?」

「うぉあ!?」

「な!?」


 突然飛び込んできたのは、俺のものでもチンピラのものでもない声だった。聞き覚えのある声で、しかも最近よく耳にする話し方。それがしかも、真横から。


 突然現れた第三者に、俺もチンピラもつい声を上げた。彼も俺の胸倉から手を放し、ちょっとした解放感に、緊張がゆるんだような気もする。


 そして幽霊を見るかのような視線をそいつに向け、恐る恐る問いかけた。


「ラル…………?」

「……? う、ん」


 そこにいたのは、間違いなくラルだった。なぜかびしょびしょで、藻のようなものが体に張り付いているが、どう見ても俺が散歩に送り出したラル本人だった。


「なんでここに……ってか、いつからいた……?」

「たまたま、見つけた、から……つい今、来た」

「気づかなかった……てかなんでそんな濡れてるんだ」

「公園に、いった。池にいた魚気になった、から……飛び込んだ」

「バカか」


 なんで飛び込んじゃうんだよ。相変わらずわけわからん、なんで呆れながら、髪についた藻を取ってやる。


「白髪のオートマタ……」


 確かめるようにチンピラがそう言った。


 彼は一歩前へ。俺がラルと話しているのを見たのだから、ラルのことを知らないという嘘はもうつけない。「やっぱ知り合いじゃねえか!」みたいな怒号が飛んでくるかと身構えれば。


「あんた、名前は」


 チンピラは思った以上に落ち着いていた。

 なんとなく、意外だ。ついあっけにとられ、彼をまじまじと見てしまう。しかし彼の目はラルにまっすぐだ。そんな俺の視線に気づく様子もない。


「……?」


 視線を向けられたラルは、自分のことを指差して、首を傾げた。


「ああ、そうだ。あんただ」

「名前、は……ラ――むぐう」


 素直に言いそうになったラルの口を、すんでのところで手で塞いだ。

 言わせてたまるか。こいつが探してるのは、ほぼ間違いなくガン・ドールであるラルだ。言ったら絶対面倒なことになる。

 しかし彼は眉間にしわを寄せ、その表情を厳しいものに変えた。俺の今の行動こそが、肯定と同義なのだろう。


「もしかして、お前がガン・ドールか」


 彼はまた一歩前へ。俺は反射的に一歩後ずさった。反してラルは全く動じない。背の高い彼を、いつもの鉄仮面を顔に張り付けて見上げていた。

 背中に嫌な汗をかきながら二人を見つめた。一応、ラル自身の正体について誰にも話すなとは散歩を認めた時点で命令してある。


「……? だ、れ……?」


 コテンとラルは首を傾げた。とりあえずうなずかなかったことに胸をなでおろす。


「ガン・ドールを探してるんだと」


 なるべく普段通りに。すると、ラルは「ガン、ドール……?」と呟いた。


「興味、ある……?」

「興味?」

「ラルは、興味、ある。ラルに興味があるのか、興味、ある」


 おかしな言い回しに、俺も男も首をひねった。昨日からラルは、興味があるとか気になるとか、おいしいとかやけに使いたがるのだ。


「興味はねえよ。ただ、ガンドールを探せ、なんならぶっ壊せって、金もらってるんでな」

「……やっぱりそんな話なのか」


 男に聞こえないように、小さく呟いた。

 ストランブルは金と強さがモノを言う世界だ。ランキング上位のオートマタを闇討ちする、というのは珍しくもない。だがラルほどになれば、それも難しくなる。マスターと離れていることをどこかから嗅ぎつけたか。


 ストランブルランク四位と関わることになるんだ。こういう状況に遭遇することもあるかもしれない、なんて依頼を受けた時は思ったが、早すぎだ。


 一つ舌打ち。


 当のラルはといえば、また首を傾げていた。男が今にでも襲いかかってきそうな雰囲気なのに、随分とマイペース。ラルらしいといえばラルらしいが。


「じゃ、あ……興味、ある……?」

「すげえあるな」

「……つま、り」


 ラルは不意に首をかしげるのをやめた。


 ……なんだ、すごく嫌な予感がする。


 なんとなく感じる、このラルとんでもないこと言うんじゃ、なんて予感。しかし何か言うよりも早く、ラルは口にする。



「ロリ……コン……?」



 空気が固まったような気がした。いや、固まったのは男の表情か。

 よりによってロリコンって。別に今の興味があるは、たぶんストランブルランク四位に興味があるってことだろうに。


 チンピラは、呆然とした表情から、みるみる内に顔を赤く染めていった。


「おい……! 誰がロリコンだって……!?」

「……? 小さい、子に興味持つ……ロリコン」

「クッ……クククッ……」

「おめえも笑ってんじゃねえ!」


 俺もついこらえきれず笑うと、チンピラから怒号が飛んでくる。

 いや笑うだろ。なるほど、ラルの突拍子もない発言は、側から見るとこんな感じなのか。たしかに見てるぶんにはおもしろいかもしれない。


「おい、訂正しろや!」

「そっちの子、は……だれ……?」

「こいつ……!」


 もうチンピラから興味をなくしたのか、ラルは男の背後にいるオートマタを覗き込んだ。


「ふざけてんじゃねえぞ!」


 我慢ならないといった調子で彼はそう吠えた。


意識凍結術式(フリーズ)

「……あ?」


 魔導術式の起動宣言を口にすれば、右腕から体温が消えるような感覚が襲いかかってくる。

 そのまま人差し指と中指を揃え、チンピラに向かって突き出す。


「――ッッ!」


 それを彼は少し驚いた顔をしながらも片手でガード。まあ、こいつ自身も喧嘩慣れしてるだろうし、不思議じゃない。

 それに、触れさえすれば俺はそれでいいのだ。


「展開」


 瞬間、バチィッ! とはじけるような音が鳴る。彼の体がぐらりと傾いた。


「な、にを……!」

「……意識は失わないか」


 やっぱり頭に直接当てないとダメか。


 魔力はあらゆるエネルギーよりもずっと強力だが、だからこそ意識凍結術式で放出できる強さにも限界がある。言ってしまえば、スタンガンのようなもの。

 もともとこいつの体が頑丈、というのもあるのだろう。


 ああ、めんどくさい。


 膝をつき俺を睨みつけるやつの額に、また指を押し付けた。


「意識凍結術式」

「ガッ……!」


 またあの音。そして今度こそチンピラは沈んだ。

 俯いて、大きく息を吐き出す。クイっと服を引かれる感覚。そちらに目を向ければ、ラルが下から覗き込んでくる。

 

「だいじょう、ぶ……?」

「……なにがだ?」

「昨日それ、使った時、すごく辛そうだった、から」

「……ああ、大丈夫だ。ほら、今のうちに行くぞ」


 ラルの手を引き、気絶した男に背を向けて歩き出す。

 大丈夫かと言われれば大丈夫だが、かなりの倦怠感は感じていた。相変わらず右腕は冷たいし、足も重い。

 ラルはそれ以上言及してこなかった。今のこいつなら、興味あるとか言って追求してきそうだが。


 歩きながら、こっそり背後に視線を向ける。

 人が滅多に通らなさそうな、建物に囲まれて薄暗く、細い道。その真ん中で倒れ触れるチンピラ。そしてその傍で相変わらず佇む、オートマタ。

 ストランブル関係のオートマタなのは確定だろうが、結局あいつは最後まで何もしてこなかった。今だって、相変わらずフードで顔は見えないが、チンピラに目を向けることなく、じっとこちらを見つめている。


「りょう、や……?」

「あ、ああ……」


 気がつけば俺は足を止めていたらしい。さっきとは逆に俺の前に行ったラルが手を引いてくる。それに従うように歩き出して、また背後を見た。

 相変わらず、じっとこちらを見ているだけだ。


「気味悪いな……」


 曲がり角を曲がってその姿が見えなくなるまで、あのオートマタは結局少しも動こうとしなかった。


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