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12話 一応気をつけてね

「話……?」


 俺はつい怪訝な視線を、店員に向けた。

 そんな店長と話をすることなんて思いつかない。問題を起こしたわけでもないし……いや、まて。


「もしかして、このゲテモノか……?」

「はい、そのゲテモノです」

「言っちゃうんだな、ゲテモノって、店員のお前が」


 「はて、何のことでしょう」と彼女はしらを切ってみせる。

 ていうかこれ、店長が考えたのか……。


「こちら、ほとんど売れないものでして」

「だろうな」

「一つならともかく、複数頼まれるなんて滅多にないことなんです」

「だから嬉しくなったと」

「はい、ぜひお礼参りがしたいそうです」

「言い方」


 まあ、わからなくはない。俺が同じ立場でもきっと同じように感激するだろう。

 だが、あまり気が進まなかった。なかなか返事をしない俺を見てから、彼女は「もしかして」と尋ねてくる。


「お急ぎでしたか?」

「いや、なんというか……めんどくさい」

「なるほど。しかし私も店長から、『足潰してでも残しとけ』と言われていますので……」

「さっきから物騒だな……」

「『もし帰ったらカチコミするぞって伝えとけ』、とも」

「ヤクザかよ!」


 それを聞くと余計に会いたくなくなる。


「もうなんでもいいので、四の五の言わずに会ってください」

「それは店長の言葉か?」

「いえ、私の本心です」

「おい」


 もしかしてこいつも大概変なやつなんじゃないだろうか。めんどくさいとはまた本末転倒な。


「ラル、どうする?」


 ジッと俺と店員のやり取りを見ていたラルに問いかける。

 あのアイスを食べていたのはラルだ。できることなら帰るといってほしいが。


「会っても、いい」

「だよな……」

「ありがとうございます」


 ほっとしたような顔をして、店員は頭を下げた。そして店の奥に向かって、叫ぶ。


「店長ー! 大丈夫だそ――」


 その瞬間、店の奥から何かが飛び出した。

 人だろうが、大きい。熊のようなそいつは一直線にラルの元へと人とは思えない速さで距離を詰める。


 近くまで来てようやく店長の姿がはっきり見える。一言で言えば、肉だるま。デブとかというわけではなく、筋肉だるまだ。体が大きいだけでなく、シャツもエプロンもパツパツになるくらいには筋肉がすごい。そしてスキンヘッド。さらに、野太い声に、顔に刻まれた傷跡。


 どう見てもあっちの人である。


 あっという間に俺たちのもとに来た彼は。


「あんたかぁぁああ!」

「わ……」


 ラルを思い切り抱きしめた。




「いやー、それはまたおもし……大変だったねー」


 昨日の話を聞いたアスカは、瞳に涙をためながらそう言った。薄汚れた仕事場のソファに、だらしなく座る彼女の格好は、同じくだらしない。


 昨日のことを一応話しておこうと訪れ。そして語ってみれば返ってきたのは大爆笑。力が抜けるようなため息を零す。


「言いなおさなくていいし、そもそも笑いすぎだ」

「えー? だって面白いじゃん」

「マスターは笑いのツボが浅すぎるんですよ……」


 コーヒーが二つ乗ったプレートを持ってきたのはヨネスだ。手慣れた手つきで二つのカップをアスカとその正面に座る俺の前に置く。


「で、そのあとは? まあ、大体予想はつくけどさ。あそこヤクザ喫茶って有名だから」

「ヤクザって……。まあ、その予想通りだな。泣きじゃくった強面がラルに抱き着いて、ありがとう、ありがとうって連呼。周りからの視線が痛いったらありゃしない」


 あの筋肉だるまを止める気にもならないし、肝心のラルも全く抵抗しないし。あのボブカットの店員――店長がマスターのオートマタらしい――も、呆れた目で見るばかり。結局店長が落ち着くまで何もできなかった。


 うわー想像できる―、なんて笑いながらアスカはカップに口をつける。

 俺も長く話して喉が渇いた。一口喉を鳴らす。


「ん、うまいな」

「ありがとうございます」

「でしょー。豆挽きからやってるんだよー。っていうか、実際どうなんだろうね、そのオイルアイスは」

「食べたことないのか」

「ないねー。食べさせたことはあるけど」

「……大変だったな、ヨネス」

「何も言ってませんよね!?」


 他に誰がいるんだ。口には出さずに彼に視線を向ければ、「……まあ、私ですけど」とつぶやいた。


「どうだったんだ? オートマタはおいしく感じるとかあるのか?」

「凌也さん……オートマタの味覚器官は料理の味見用ですよ。味を感じる感覚は人とそう変わりません。もちろん、くそまずかったです」


 そんなにかと、俺はついため息をついた。たしかに同じことをあの店員に聞いた時も同じ答えだった。『くそまずい』と。正直、店員がそれを言うのかとは思ったが。

 その時のことを思い出したのだろうか、ヨネスの表情は苦い。そのままアスカに訴えるような視線を向けるが、アスカは「ま、なんにせよ」と受け流した。


「なんとなくわかったんでしょ? 感情の教え方」

「まあな」


 もちろん知識としてはどうすればいいか知っていた。だが実際にやってみるとでは全然実感として違う。

 今回教えることができたのは、『興味』と『おいしい』。感覚を覚えたのだから、後は強弱だけ。それはすでにラルはわかっているはずだ。だからこれからは、特別おいしいと思和なくても、少しおいしい、まあまあおいしいみたいな感情も感じることができるはずだ。


「でもこれをある程度感情を手に入れるまでと思うと、なかなかきついな……」


 感情というのは捉え方がたくさんある。分け方だって明確なものがあるわけじゃない。それを一つ一つとなると、骨が折れる。


「ま、それはしょうがないねー。地道にやってかないと。――それはそうと、凌也」


 急にアスカは表情を不機嫌そうに歪めた。立ち上がり、グイっと顔を近づけてくる。


「当のラルちゃんの姿が見えないんだけど?」


 ここには、俺一人で来ていた。ラルは隣にいない。


「なんだ、不満そうだな」

「不満に決まってるでしょ! ラルちゃんに会うの楽しみにしてたのに!」

「そりゃ悪かったな。あいつは今散歩に行かせてる」

「散歩ぉお!?」


 アスカは大きく目を見開かせた。

 まあ、そりゃ驚くか。

 ラルがストランブルのオートマタであるということは、アスカはわかっている。さらに感情がないということも。そんなやつを一人にさせて大丈夫なのかというのは、あたりまえの疑問だ。


「なんで……? ってか、それ、大丈夫なの……?」

「いろいろなものに触れさせた方がいいだろ。それに、一応変なことはするなって言ってあるから大丈夫だ」


 ラルは確かに常識もないし危険だが、命令には忠実だ。言わなければ何をするかわからないが、するなといえばほぼ絶対にしない。そもそもラルは武装展開しなければただの少女なのだ。それをするなと昨日命じたのだから、おそらく問題ないはず。

 しかしなぜかアスカは納得がいかないような顔でこちらを見ている。


「なんだ」

「んーいや、ほんとにそれだけかなって思ってさー」

「……」


 ほんと、相変わらずアスカは鋭い。正直、もっと個人的な理由もあるが、それについてはあまり考えたくなかった。


「別にいいだろ、なんでも。そんなことより、次の話だ」

「次?」

「もともと、『喜』を教えるって話だっただろ」


 最初に話し合った時、俺たちは喜怒哀楽をもとに、そこから派生させるようにして多くの感情を教えようということになっていた。そして、最初に手を付けることになったのが、『喜』。

 しかしアスカは呑気にも、「そうだっけ?」と首をかしげて見せる。


「お前が言い出したんだぞ……」

「別にそれ関係ないでしょー。で? どうするとか浮かんでるの?」

「まったく浮かんでない」


 俺ははっきりとそう言い放った。途端に呆れたような顔をする、アスカ。そしてヨネスまでも苦笑いを浮かべていた。


「潔いねー」

「実際浮かんでないんだからしょうがないだろ。結局『喜』ってことは、ラルを喜ばせないといけないってことだ。昨日一晩、ラルが何をすれば喜ぶのか考えたんだが――」

「あの凌也が……! 誰かを喜ばせようと一生懸命に……!」

「アスカ、うるさい。とにかく、全く浮かばなかった」


 というより、わからなかったといったほうが正しい。正直あたりまえといえば当たり前だ。俺とラルは出会ってから高々五日程度しか経っていない。そんな短期間で感情のないやつの好みを把握することは難しいとはわかっている。だが。


「なにか、とっかかりがほしい」


 昨日いろいろラルに食わせていた時もそうだった。とにかく手掛かりがないから、手当たり次第になってしまうのだ。今回は運よくすぐ見つけられたが、喜ばせるとなると選べる選択肢が『おいしい』よりはるかに多い。


「とっかかりねー」


 アスカは珍しくまじめに思案顔。ここまで親身に相談に乗ってくれるのも珍しい。人知れず感心しつつ、俺も顎に手をやった。


「なにかあげるとか? なにかもらったうれしいでしょ?」

「あいつがなにもらってうれしいとかわからんだろ」

「何もらってもうれしくない?」

「じゃあ俺がお前にオイルアイスあげたら?」

「顔面に投げつけるね」

「おい」


 言っていることと全くちがう。

 アスカはダランとソファにもたれかかって、天井を見上げた。正直、やる気のかけらもみられない。


「もう、いろいろさせるしかないんじゃない?」

「お前、途端に適当になったな……」

「カワイ子ちゃんがいないとやる気が出ませーん」

「拗ねるなよ……ヨネスじゃ不満か?」

「たまには新しい刺激が欲しいんですぅー」

「こいつ……」


 ちゃんと仕事しろと言いそうになったのを、コーヒーと一緒に飲み込んだ。独特な香りや苦みが口の中一杯に広がった。そして大きく息を吐く。それらの気配はまだ消えないままだ。

 どうせ、文句を言ったって「あたしが受けた依頼じゃないしー」とか言うに決まっている。

 それに、なんだかんだ言いながらこいつもいろいろ考えていると知っている。こうしてだらけているように見えても、頭は動いているはずなのだ。


「で、なにか案はないか?」


 俺はそれを確信して、そう尋ねた。

 アスカはグンッ! と勢いよく起き上がる。乱れた赤髪をそのままに、ふうと一つため息。そしてやけにまじめな顔をしたまま、告げる。


「まったく」

「ねえのかよ!」

「しょうがないじゃんかー! あたしただの機巧技師だからそんな感情とか難しいこと知らないし!」

「それは俺もだ!」

「じゃあお互い様じゃん! ――あ、そうだ」


 ふと彼女はなにか思い出したようにそう口にした。


「なんだ、何か思いついたのか?」

「案ってわけじゃないけどねー。どっちかっていうと、提案? 教えてほしい?」


 むふーと彼女は得意げな顔をして、指をピンと立てた。そして確信する。ああ、これはめんどくさいやつだ。

 まあ何も思いついていない俺よりはすごいことに変わりはないが、なんとなく面白くない。苦い表情を隠すことなく貼り付けうなずくと、アスカは得意げに笑う。


「えーどうしよっかなー」

「うるさい。めんどくさい。はやく、教えろ」

「もー凌也はあいかわらずつまんないなー」


 うるさい。いちいち付き合ってられるか。

 そういう意味を視線にこめて向けると、不満気に唇を尖らせる。だが彼女にとってはどうでもいいのだろう。すぐにケロリとして、素直に語りだした。


「ほら、あれ、もうそろそろじゃない?」

「あれ……?」

「ほら、この街のおっきなお寺でやるさ。たしかもうそろそろだったよね、ヨネス」

「はい。三日後くらいだったかと」


 そこまできて、俺も思い出した。

 まだまだ暑いこの季節に街が行う行事。

 様々な人が集まるあそこは、ラルにとっていい経験になるだろう。俺にとっては最悪もいいところだが。


 つまるところ。


「……夏祭りか」

「そ! あと凌也、露骨に嫌そうな顔しない」

「……お前が代わりについていくってのは」

「無理だよー。あたしはあたしで仕事あるしー」


 初耳だった。俺が俺で勝手に依頼を受けるように、アスカもアスカで依頼を受けている。そのことに関してお互い文句はないが、今回は少し苦言を言いたくなる気分だった。


 なら俺一人かと、肩を落とす。


「はあ……わかったよ、仕事だし、他に思いつかない。ラルを連れていく」

「そうしてそうしてー。あ、ラルちゃんの写真よろしくね」


 抜け目のない奴だ。なら変われと視線を向ければ、「あ、そうそう」と彼女は口にする。


「ちょっと小耳にはさんだんだけど」

「なんだ?」

「ここ最近、物騒だから気を付けてね」

「物騒?」


 少し前のめりに。特にそういう情報は入ってきていない。ということは、裏の話か。アスカは俺と違って、裏の人間にも顔が効く。それを利用して裏の情報や大まかな動きも彼女は把握していた。


「ま、凌也の予想通りだよ。裏……っていうか、ストランブルだね。最近、この付近で試合がたくさん起こってるらしくてさー」


 ストランブルは活発なギャンブルといっても規模はさまざまである。大きな秘密の施設を使うこともあれば、路地裏でこっそりなど。アスカが言っているのは後者だ。


「まあ凌也は自分から首突っ込まないとは思うけど、一応気をつけといてねー」

「……」


 これは偶然だろうか。ラルは何関係しているんじゃないだろうか。

 そんなことばかりが頭をよぎって、軽い調子で言うアスカに何を返そうか頭を巡らせ。


「……ま、巻き込まれるなんてことはないだろ」


 どこか逃避にも似た、そんな言葉しか口にできなかった。


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