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10話 ラルとラーメン

「「らっしゃあせぇええ!!」」


 男たちの快活な声が店内に響く。複合型商店街のラルが暴走した店の反対側、飲食系の店が集まる中の一つ。そこで俺とラルは、テーブル席で向かい合って座っていた。

 もう注文はした。が、まだ料理は来ていない。


「なん、で……ラーメン……?」


 大人しく座るラルは、不意にそう尋ねてくる。


 俺が初めに選んだのは、ラーメン店だった。割と店自体は大きい。カウンター席だけでなく、テーブル席もいくつかあったのはありがたかった。従業員の正面で食べるなんて、落ち着かなくてしょうがない。


 疲労感を吐き出すように一息つき、ラルに返す。


「俺が好きだからだが。だめか?」

「……そんなこと、ない……。凌也……ラーメン、好き……。ん、覚えた」

「覚えんでいいわそんなこと」


 特に何かの役にたつわけでもない情報だろうに。そもそもラーメンが嫌いってやつもなかなかいない気がする。

 ラルは「ラーメン、好き……ラーメン、好き」と、いつぞやのように少し俯いて繰り返す。随分と律儀なやつだ。それに、好きと言っても大好物ってほどでもないし。


 頬杖をつきながらそんなラルを眺めて少し。注文した品が届いたのは、それくらいの時だった。


「お待たせしましたー。えーと……」


 二つの皿を手に、青年は困ったように口を濁らせる。俺はため息を一つ。俺の前、そしてラルの前を指さすと、青年はさらに困ったような表情を浮かべた。


「……なにか?」

「い、いえ! じゃあごゆっくりどうぞ!」


 俺とラルの前において、逃げるように去っていく。ラルはその背中を見つめ、首を傾げていた。


「……?」

「お前が食べるのかわからなかったんだよ」

「オートマタも、食事、できる」

「できるだけだ。お前らの味を感じる機能は結局、人間に料理作るための味見ようだからな。わざわざオートマタに食事させるやつなんてほとんどいない」


 パキリと割りばしを割る。うまく割れず顔を顰めながら、あたりを見回した。


 昼時少し前だからか、まだ客足は多くない。もちろん客は人間だが、オートマタを連れているものもいる。だが彼らは全員、オートマタにはそばに立たせていた。ラルのように席に座らせるなんて稀なことだ。


「結局オートマタは……道具だ。人間に従わせ、世話をさせる道具。道具に食事させるやつなんていねえよ」

「ラル、は……道具……世話、する、道具……」


 呟きながらラルは少し俯いた。まさか落ち込んでる……? 正直本人に言うにはきつい話かもしれないが、こいつは感情を感じず、しかも幾多のオートマタを殺してきたガン・ドールだ。だがそれ以外の時は起動されてなかったというし、もしかしたら傷ついたなんてことがあるかも……。


 ふと、ラルは顔を上げた。そしてきれいに割りばしを割ると、ラーメンの面をつかみ、グイっと身を乗り出す。


「お、おい、ラル……?」


 突然の奇行。ラルに呼び掛けても、同じようにぼそぼそ口にするだけだ。


「ラルは、お世話、する、道具……道具」

「おいラルお前――」


 そしてラルは、その端を俺の口につっこんだ。


「――ングッ! ……ってあっつッッ!!」


 思い切り吐き出しそうになって、ここは家の外だと思い出した。出来立てのラーメンだ。もちろん、それなりの熱量を持つ。口内を焼くような熱さに耐えつつ、何とか飲み込んだ。

 水を一気に飲み込む。それでも喉がヒリヒリする。舌なんてそれ以上だ。


「お前……!」

「どう、だった……?」

「ぁあ!?」


 相変わらずの無表情。そして突発的で意味不明な行動。すこし諦めのようなものを感じながら、聞き返す。


「おいし、かった……?」

「この熱さで味なんてわかるわけないだろ……!」

「……? そこまで、熱くない……はず」

「猫舌なんだよ悪かったな!」

「おいし、かった……?」

「だから……!」


 ラルはまた首をかしげると、また次の麺を挟み、同じようにこちらに近づけてくる。


「わかったから! うまかったから!」

「ん……よか、った……」


 元の姿勢に戻り座りなおすラルを見て一息つく。またさっきのをやられたら今度こそ火傷だ。正直今でこそ怪しいのに。


「……で、今度は何だ……」

「ラルは、お世話する、道具。だから……お世話、した」

「お前まさか今のをお世話って言ってるんじゃないだろうな……」


 そういうと、「ちがっ……た……?」と首をかしげて見せる。

 ちがうわ。今のはお世話じゃなくて、無理やり食わせただけだろうが。

 否定の意味も込めて首を振る。すると少し考えこむように顔を下げ、すぐに上げる。


「でも、お世話する人、あれ、してた」

「あれ?」

「えっと……あー、ん……?」

「それは偏見がすぎるぞ」


 そりゃあそんなことをする場面もあるだろうが。みんながみんなしてるわけじゃないだろうに。


「俺のことはいいんだよ。メインはお前だ。お前は何が好きなのか、それを見つけるために来たんだから」


 だからほら、と。ラルをせかしてせば、彼女は今度こそ挟んだ麺を自分の口へと運んでいく。先端を咥え、ズルズルとすする。


「どうだ?」

「……」


 表情に変化はない。ジッとラーメンを見つめたまま、もう一口。やはり表情は変わらない。


「うまいか?」

「うまい……ん……わかん、ない……」


 そう言ってラルはフルフルと首を振って見せた。


 ま、そうだよな。今のところ比較対象もないんだ。俺も自分のラーメンをすする。醤油のスープがストレートの細麺によく絡んでいる。スープに口をつければ、一見くどそうに見えたが意外とあっさりしている。

 まあ、うまい。特別絶品というわけでもないが、普通においしい、普通のラーメンだった。


 最後の一滴まで飲み干して、どんぶりを置く。体内にこもった熱気を吐き出すように息を吐き出した。


「おい、食い終わったか?」

「あと、少し……んっ……んっ……」


 ラルもどんぶりを両手で持って口をつけ、傾ける。顔が隠れ、あらわにになる白い喉が嚥下に合わせて小さく波打つ。

 そして空になったどんぶりを置き。


「はぅ……」


 彼女も熱をもった息を吐き出した。


「ごちそう、さまでした……」


 彼女は小さな手を合わせ、そっとそう唱える。へえと感心した。意外とそういう礼儀はあるらしい。そのあたりの魔道式は消されなかったのか。


「で、うまかったのか?」

「……わかん、ない」


 すべて食べてもラルの答えは変わらなかった。ラルは少し視線を下へ。落ち込んでいるようにも見えるが……まあ気のせいだろう。

 頬杖をついて、一つため息を。それに反応してか、顔を上げたラルの空色の瞳と視線が合う。ジッと、透き通るような双眸。何か言いたげに見えてしまって、つい「ま、気にするな」なんて口にした。


「もともとそんなに期待してなかったしな」

「ラル……だめな、オートマタ……?」

「ダメとかそういうことじゃない。単純に、判断材料がなさすぎるんだよ」


 おそらくラルの好物を探すためにすることは、たくさんいろんなものをラルに食わせることだ。もともと感情自体は疑似魂生成水晶から生まれているはず。だがその感情を認識できないから、表や思考にでてこない。しかしなにかしら反応はあるはずなのだ。


「俺がするのは、いろいろ食べてるお前を見て、反応の違いを観察することだ。だからお前は自由にしていろ」

「……自由、に」

「ん、そうだ。だからさっきもいったろ?」


 まあ、あの時は自由過ぎではあったが。

 余っていた水を一気に煽る。注文票を手に取りつつ、立ち上がった。


「よし、次行くか」

「ん……凌也も、一緒に食べる」

「俺はもういい。腹も膨れたし」


 俺に続いて立ち上がったラルは、どういうわけか首をかしげて見せる。首をかしげたということは、何か疑問を持ったということ。心当たりが見つからず、俺もつられて首を傾げた。


「それ、だと……ラル、お世話、できない」

「……お前まだ引きづってるのか。別にやらんでいい。ろくなことにならん予感しかしないからな」


 呆れつつそう返し、会計口に向かって歩き出す俺の後に続くラルは。


「……ん」


 いつもの感情薄い声で、小さくそう零した。



 ◆



「ごゆっくりどうぞー」


 今日だけで何度聞いたかわからない、そんな意味合いの言葉。俺は店員が離れるのを待つこともなく、大きくため息を吐き出した。するとコーヒーの香りが飛び込んでくる。

 気が付けばラーメン食べてから三時間。とりあえずということで俺たちは喫茶店にやってきていた。雰囲気で勝負できるほどにおしゃれとは思えないが、どこか落ち着く古めかしさがある。


「凌也、疲れた……?」

「そりゃな……」


 一体何軒回ったのだろうか。食べるのはラルだけだったし、彼女も食べるのが速い。だから結構なペースで回れることになるが、これがなかなかに疲れる。歩いたのもそうだが、何より。


「……視線が鬱陶しい」


 やはりオートマタに飯を食わせる俺への奇異の視線はどこでもついてきた。普段は他人のことなんて気にしないが、こうも連続だとさすがに疲弊してしまう。


「今だけは、何も感じないお前がうらやましいよ」

「……?」


 ラルは相変わらず無表情で首をかしげている。「なに、が……?」というラルに、「そういうところだ」と返した。


 結果は、あまりいいものではなかった。

 ラーメン、レストラン、ドーナッツ店、中華、その他屋台のような店まで、いろいろめぐっていろいろラルに食わせた。が、どうにも反応に違いがみられない。

 何を食べようが何を飲もうが、ラルの反応はすべて同じものだった。同じペースで食べ、同じ無表情を浮かべ、そして同じセリフ――「わかんない」。


 また大きくため息をついた。

 そう簡単に解決はしないと思っていたが、こうも手ごたえがないものか。思った以上に難しそうな依頼に、つい頭を抱えたくなってくる。


「俺もなんか食べるか……」


 そう零しつつ、メニュー表を広げた。


 甘いものが食べたい。特にこれといって頭を使ったということはないが、とにかく甘いものが食べたかった。

 ケーキでもいいし、アイスでもいいし、何なら食べたことはないがパフェでもいい。ざっくりメニューを流し読みしていると――


「……ん?」


 変なものを見つけた。


「……どう、したの……?」

「いや……」


 ラルがそう尋ねてくる。が、どうにも返答に困る。

 混乱を落ち着けるためにも、そのメニュー名を口に出した。


「――オイルクリーム……?」


 聞きなれない単語に、思わずそう口にした。

 オイルとは、また飲食店には不似合いな単語だ。しかも、クリームにくっついてとは。少し視線を巡らせても、そのオイルクリームなるものの写真は見当たらない。クリームというくらいだから、アイスクリームのオイル味なのだろうか。……自分で考えときながらあれだが、オイル味ってなんだ。

 今まで聞いたことも見たこともない奇怪なメニューに混乱していると、いつの間にか店員のオートマタが俺たちの席までやってきていた。


「ご注文はお決まりですか?」

「あー……」


 つい口ごもる。このオイルクリームに気を取られて何も決めていない。

 まあ、この際俺は注文しなくてもいい。だがラルに何を頼もうか。


「どう、したの……?」

 なかなか返事をしない俺を不審に思ったのか。ラルはメニュー表からひょこっと顔を出した。


 ……オートマタか。たしか、オートマタ作るのにオイル使ってた気がする。


 きっと疲労からか、人の金とはいえなかなかの散財をしたせいか、どうにかしていたのだろう。


 この意味不明なアイスも、ラルなら食えるのでは、なんて思ってしまっていた。


「……じゃあこの、オイルクリームで」

「え……!?」


 まるでバケモノを見るかのような店員オートマタの表情が、やけに印象的だった。


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