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ヒロインと私は。

今の私をこの状況に追いやったのは、ヒロインである。


初めは彼女を恨む気持ちがあったが、ゲームの記憶を思い出した所でヒロイン側の事情も断片的にでも分かってしまった。


ヒロインはそれこそ命が危ないような嫌がらせに日々耐えて暮らしていた。姿の見せない敵の存在に疲れ果てているときに、王子からソフィアが犯人である証拠の書かれた書類を受け取った。

ヒロインは、それを見て常日頃厳しい言葉を掛けてくるソフィアが犯人なのだと確信したのだった。


王子が渡した証拠の書類は、何もしていない私には真っ赤な偽物だと分かる。何故王子がそんなものを持っていたのか、あるいは用意したのか、私の視点でもゲームヒロインの視点でも分からない。気にかかる所ではあるが……それは今考えても答えは見つからないだろう。

神経を随分とすり減らしていたヒロインはもうそれに頼るしか無かった。

悪がいなくならないと安心して眠る事も出来ない、そんな心理状態だとゲームでは書かれていた。

あのゲームから見た状況を思えば、死刑に近い私に対するこの断罪をヒロインが望むのも何となく分かってしまったのだった。


まあ理解したからと言って、そんな仕打ちを許せるか、というと微妙な所なのだが。


しかしまあ、ヒロインは私が自分を嫌って辛辣な言葉をかけてくる人物だと思っていたようではあったが、それ自体が私には驚きであった。


元々私は婚約者である王子とは恋仲ではなかった。

私は王子を特に好きでは無かったし、王子も私に恋愛的な関心は無かったようだった。

婚約者同士そう疎遠になる訳にもいかずに、時々時間を取って世間話などはしていたので、王子に対してはそこそこ話す時もある知人、程度の認識していた。


ただ私は恋愛結婚を夢見ていたことがある。

なのでこれ以上感情の発展など無さそうな王子とは正直婚約破棄したかった。愛のない婚約など邪魔なだけだったから。


ただ相手は王族で、元々政略的な婚約という事もあり王族よりも地位の低い私からそれを言い出すことが出来なかった。

なので、王子が早く好きな相手が出来て私との婚約破棄を言い出しますようにと、毎日、信じてもいない神様に祈って過ごしていたのだった。


そんな時にヒロインが現れたのだ。

愛らしい彼女は転校当初から割と男子生徒からモテているようで、そんな彼女の異性を引きつける愛らしさを見て、私は思ったのだ。

彼女ならば、私の救いの女神になってくれるかも、と。


初めて彼女と話した時、彼女は転校したばかりの校舎内で道に迷っていたようだった。

心底困った顔で道を聞かれたのだが、王子との出会いを作るために嘘の方角を教えみた。

私が教える先の突き当たり、生徒会室にいる王子に道を聞いてくれると良いなと考えた。

その私の作戦でまんまと顔を合わせた王子とヒロインは、会話して気も合ったのか、その後も良く一緒にいる様を見るようになった。

そう、彼女と王子を引き合わせたのは、他ならぬ私であった。


あまり人に心を開かない王子ではあったが、彼女に対しては笑顔も見せているところを見ると、これは王子が恋に落ちる可能性がより現実的になったと思った。

私は、それならばと、ヒロインに会う度に、庶民出身だろうが誰からも文句の言われない、王子に相応しい女性になれるようにと助言をすることにしたのだった。

背筋が少しでも曲がっていたら伸ばすように、食事時にはテーブルマナーを守るように、出会う度に声をかけていた。

危機感を持ってもらうためにも強めに言っていたから、学内ではヒロインに王子を取られそうになった私が嫌味を言っていると噂になっていたようだったが、婚約破棄の目的の達成が目前になって浮かれていた私はあまり気にしてはいなかった。


そんな事があって、ヒロインは徐々に王子に相応しい品のある女性になっていって、その様子に満足してきた頃に、今回の断罪があったのだ。


ヒロインの心に傷をつける意思はなかったから、過激な嫌がらせをしていたという今回の件はかなり誤解だと言いたい。


階段から突き落とされた、死の呪いを掛けようとした、など断罪の時に驚くような事をつらつらと並べ立てられたが、そういう嫌がらせがあったのは把握すらしていなかった。

貴族達に気に入られる平民のヒロインに対して多くの女子達は冷たかったので、そういう事をしでかしそうな人はいくらだって思いつくけれども、少なくとも私はそんな無意味な事はしていない。


ヒロインとの出来事を思い出していけば、私がヒロインの行動を自分の利益のために制限していたのは事実で、疑われたこと自体は仕方の無いことだと諦めもつく。


私はヒロインに王子に相応しい存在になって欲しかった。

声をかけていたきっかけの気持ちはそれだけだったが、私はこうなるとは思わず、ヒロインの言葉も聞かずに理想を押し付けるだった。

彼女はとても愛らしく、私も嫌うどころか多少の好感を持っていたのだが、それでも王子との婚約破棄をもたらすかもしれない少女、という肩書きの方が大きく、彼女自身を見ようとはしなかった。

ならば確かに私の罪もあるのだろう。


思考に耽っていると、強い視線を感じた。

そこには先ほど追い払った狼に似た魔物がいた。

仲間を引き連れてこちらへと歩み寄ってきて、皆殺意を持った目でこちらを睨んでいた。


「……これは。復讐するつもりかしら?」


やられたらやり返す、という事か。

弱そうに見えたが、随分と好戦的な魔物だったようだ。


驚いたが、殺意を向けられている以上は仕方がない。

大人しく殺されるつもりは無いので、軽く手を振って雷魔法を落とす。魔物の仲間達は皆一撃で感電し、あっけなく気絶した。


「力量差は分かっていたでしょうに」


魔物は相手の魔力を察知出来る。

私は、魔法が盛んだったあの国の人間の中でも、五本指に入る魔力量を持っている。

ゲームの悪役補正なのかなと今では思うが、王族の権力で家を盾に社会的に叩き潰しでもしない限り、戦闘ではそう簡単に負けたりはしない。


しかし思う所があって、果敢に挑んできて今は気絶している魔物をじっと見つめる。


私は自分を国外追放に追いやった人たちに復讐したいだろうか。


真実を見誤り、私を全ての悪だと決めつけたヒロインに、それに荷担した王子達と刑を実際に執行した国に、怒りを感じているのだろうか。


確かに記憶を思い出すまでは、復讐したいと思っていたように思う。

事実とは異なる罪で、大切な家族を奪われ、居場所を奪われたその衝撃は大きかった。なんでこんな事に、と何も理解出来ずに理不尽な現実に怒りを覚えていた。


だが前世の記憶が入ってきたことで、別の視点から自分の立ち位置を把握してしまった。


前世でゲームをしていた時、私はヒロインの視点からこの世界を見ていた。

庶民のヒロインに対して、面と向かって容赦のないマナー講座を突きつけていたソフィアの言葉の数々は、真意のわからない庶民育ちのヒロインには恐怖でしか無かった。

そして苛烈な嫌がらせの犯人が全てソフィアだった証拠が何かしら揃ったのなら、確かにソフィアが全ての悪に見えたことだろう。

自分に害なす悪に対して、ヒロインは自分を守るための正義を実行したに過ぎない。

その正義は、私に取っての悪でしか無いのだけど。


ヒロインの視点からして見れば、ソフィアが断罪されることはなるべくしてなった結末であったのだ。


ソフィアの主観からでは見えないものが、前世の記憶を取り戻してから見えてしまった事は大きかった。


それに、ソフィアという自分が害されたと言う事にも怒りを覚えていた心は、ソフィアでは無かった前世を思い出して、自分の全てが害された訳では無いとすっかりと収まっていた。


狭い国の中しか知らなかった私は、20年間の前世の別の世界の記憶を通して広い世界を知ったのだ。そのせいもあって酷く寛容な気持ちになっている。


怒りが収まったのなら、無駄な復讐はするまでもないのだろう。

だって復讐には労力が必要だ。その上で、生み出すものはまた新たな復讐である。


私はじっと見ていた狼の魔物から目を離し、遠い地平線を眺めた。


私は断罪されたがそれは既に過去のこと、なんだろう。

私はもう今までの所には帰れない。

これから生きていくためには、未来に目を向けて行かなければ。


過去を振り返るのを辞めて、気分を入れ替えて伸びをする。

ふと目の前の視界がクリアになった。


昨日、断罪を受けてから考える事が多く、思考に沈んで目が曇っていたようだ。


ここは随分寂しい荒野だが建物などない開けた光景は、私をこれからどこにでも行けるのだという気持ちにさせた。

それは、公爵令嬢という身分の元に生まれた私にはそれまで無縁の感覚であった。


この過酷とも思える現実で身一つの私だったが、幸い私には魔法があった。

前世では使えなかった万能の力が、今このソフィアには使うことが出来る。


これならば身を守ることも出来るし、他の国に行ってしまえばそれを生かした仕事だって見つかるかもしれない。


そう思うと、案外なんとでもなる気がしてきた。


私は今までこの世界では、お偉い貴族の令嬢として苦労も知らずに生きてきた。

前世まで遡っても、生活の苦労を知らない学生だった。

だとしたら、これから自分の力で安定した生活を築いていく事はあまり想像がつかなくて、その過程は私が思っている以上に困難なのだろう。


でも、こんな荒野にいても何も始まらない。

そう思って腰掛けていた岩から立ち上がり、私は元いた国とは反対方向へと歩き出した。

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