09 勝負の行方
開始の掛け声と共に、尋常ならざる力が込められ、ギシリと空気が軋む!
その圧力に、回りで見物していた者達の方が息を飲んだ。
ユウゴとフォルノ、双方ともまだ涼しい顔をしているが、内情は少し違う。
(うおおっ! なんだこのおっさん、強えぇぇっ!)
(ぐぬぬぅ! に、人間のくせになんて力だ!)
メキメキとさらに力が入り、二人の口の端がわずかに歪む。
「や、やるじゃ……ねぇか、おっさ……ん……」
「お、お前も……な……小僧ぅ……」
苦しげ笑みを浮かべながらも軽口を叩きあう彼等の様子に、見物人達にも自然と力が入っていく。
一分……二分……と息をするもの憚られる重い時間が過ぎて行き、まるで申し合わせたようにユウゴとフォルノは短く呼吸をした。
次の瞬間、決着が着く!
当事者だけでなく、見ていた者全員がそう思った!
「おおおぉぉっ!」
「らああぁぁっ!」
双方の雄叫びが重なり、相手をねじ伏せようと渾身の力がぶつかり合う!
だが!
バキィ! と派手な音が響き渡り、二人が肘を当てていたテーブルが圧力に耐えかねて砕け散った!
「うおっ!?」
突然、支える場が無くなった事でユウゴはバランスを崩し、前のめりに椅子から転げ落ちる!
さらに運の悪い事に、砕けたテーブルの破片がその顔面を直撃した!
「痛ってぇ!」
思わぬ激痛にゴロゴロと床を転がるユウゴ!
その彼がちょうど止まった所には、勝負を見物していた【ギルド】の女性メンバーがおり、図らずもスカートを覗き込む形になっていた!
「ラッキースケベ野郎!」
「申し訳ないっ!」
覗かれた女性に顔面を蹴られ、再びユウゴは床を転がりながら元の位置へと戻ってくる!
その姿に、ヒサメは指をさして爆笑し、『炎剣』の連中も肩を震わせて笑いを堪えていた。
そんな中、一人真顔でユウゴを見下ろしていたフォルノが口を開く。
「……引き分けでいいか?」
「……そうだな」
意外にも、フォルノの方からそんな提案が出された事に、『炎剣』のメンバーも驚いた顔をしていた。が、ユウゴがそれに応じたので勝負はこれまでとなる。
「駆け出しの五級が、特級相手に引き分けるなんて流石だね」
ヒサメがユウゴの背を叩きながら言う。
確かに、本来なら恥と言ってもいいくらいの事案なのだが、フォルノは「へっ……」と小さく笑った。
「そのおっさんならすぐに俺達の所まで駆け上がってくるさ……あんたの見る目は確かだよ、ヒサメ」
特級持ち二人に認められたユウゴの存在に、事務所内がザワリとどよめく。
「単にヒサメさんが、ああいうおっさん趣味なだけかと思ってたが……」
「ちゃんと実力を見ていたということか……」
「フッ、俺にはわかっていたぜ? あのおっさんが只者じゃないってな……」
ギャラリーが好き勝手にざわめく中、フォルノは壊れたテーブルの代金を受付嬢に払うと、そのまま建物を出ていった。
そんな彼に、怪訝そうな表情を浮かべながらも、『炎剣』メンバー達が後を追う。
『特級』チームが出ていった後、ワッ! と歓声を上げながら、腕相撲勝負を見物していた連中がユウゴ達を取り囲む!
駆け出しの五級が見せた奇跡的な快挙を称え、おっさんコールが事務所内に鳴り響くのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
無言で歩くフォルノの後ろを、『炎剣』メンバーも黙って着いていく。
プライドが高く負けず嫌いな彼の事だ、先程のユウゴとの勝負が悔しいのだろう。
そう気遣いながら着いてきたメンバーの方に、フォルノは不意に振り返る。……意外にも、その表情はさっぱりとした物だった。
重苦しかった空気が緩んだ気がして、メリラは少しぎこちないながらも笑顔でフォルノに語りかける。
「珍しかったね、フォルノが引き分けを言い出すなんて」
彼女の言葉に一同が頷く。
「いつものリーダーなら、即座に勝負のやり直しを言い出すと思っていたぞ」
チーム内で斥候を努めるヒッケトゥが、メリラに便乗して明るく茶化して見せた。
「まったくだ。駆け出しに花を持たせるとは少しは、少し甘かったのではないか?」
「案外、ヒサメに気を使ったのかもしれないわよ」
フォルノと共に前衛を勤める剣士エンガルの意見に、攻撃魔法の使い手であるネルビタが横から言葉を挟む。
そんな仲間達の会話を聞きながら、なぜかフォルノが右手の手甲を外した。
「メリラ、悪いが回復魔法を頼む」
「え?……っ!?」
差し出されたフォルノの右腕を見た、メリラの表情が固まる。
「これ……折れて……」
フォルノの右腕は、肘から下が大きく腫れ上がり一部がボコりと盛り上がっていた。
さらにユウゴ達から離れて安心したのか、彼の額からジワリと脂汗が流れ出す。
「……さっきの腕相撲で壊れたのはテーブルだけじゃ無かったって事だ。利き腕じゃ無かったとはいえ、あれ以上続けたらヤバかったかもな……」
急ぎメリラは回復魔法を発動させると、彼女の手から柔らかな光が灯り、フォルノの腕を癒していく。
消えていく痛みに安堵しながらも、フォルノはユウゴの事を思い出し、ブルリと身を震わせた。
「あのユウゴっておっさんも、ヒサメと同じ相当の化け物だ……」
彼等の正体に気づいていた訳ではないが、何気に的確な比喩をしたフォルノは、完治した右腕を軽く動かし、違和感が無いか確認する。
「ヒサメだけなら、ウチに取り込んじまえば良かったんだがな……とにかく、新しい『特級』のチームが出来るのは時間の問題だ」
その口振りから、冗談や適当な事を言っている訳ではないと、『炎剣』メンバーも理解する。
いつしか堅い表情を浮かべた彼等は、ヒサメ達が自分達が隠している目的の邪魔にならぬよう、少しだけ祈るのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「で、どうだったかな、『神人類』とのファーストコンタクトは?」
おっさんコールに沸いた【ギルド】の事務所から抜け出して、ユウゴとヒサメは部屋を取ってある宿へと戻っていた。
このまま宴だと酒場に移動した彼等の事だ、勝手に盛り上がるだろうから、主役達が居ても居なくても同じだろう。
そんな【ギルド】の連中はさておき、ユウゴは率直な意見をヒサメに伝える。
「ああ、あれは元の世界でいう『怪異を殺す者』で間違いないな。六割くらいの力でやったけど、テーブルが壊れなかったら負けてたかもしれん……」
前に【ギルド】の連中と『ヒサメをパーティに入れる権利争奪戦』で腕相撲をした時は、せいぜい二割程度の力しか出していなかった。
それですら無双していた事から考えるに、フォルノの実力は群を抜いている。
(あいつもまだ本気じゃなかったんだろうな……)
プラプラと手を振って、ユウゴはフォルノの顔を思い出す。すると再び、ゾクリとしたあの感じが背筋を走った。
「そうなんだよねぇ。私も単に暑苦しいってだけじゃなく、彼が苦手だから解るよ」
ユウゴよりも付き合いが長そうなヒサメも、うんざりした表情で頷いてみせる。
「ただ、一つだけ確信した事がある」
おやっ? と顔で、ヒサメはユウゴがを覗き込む。
「タイマンならともかく、『炎剣』のメンバー全員を相手にしたら……俺とお前だけじゃ、ほとんど勝ち目はないって事だ」
断定するユウゴに、ヒサメも複雑そうな顔で「だよね……」と賛同した。
「それでもまだ『炎剣』みたいなパターンはマシだな。万が一、『神人類』同士でチームなんか組まれたら、こっちが惨殺されちまってもおかしくない」
ふぅ……と重いため息を吐き出して、ユウゴは頬杖をついた。
「もう少し、俺達にも仲間が必要だな……。できれば後、三人くらい」
トータルバランスを考えると、そのくらいの人数が一番いい。
足りないのは前衛、中衛、回復役。
この三役に相応しい人員を、できれば勧誘したいところである。
だが……。
「いくらなんでも難しいね。なんせ私達は、この世界の人間に仇なそうとしてるんだから」
ヒサメの言うことも尤もである。
どこの世界に自分達の首を絞めたがる者がいるだろうか。
「あ、そうだ!。ユウゴを召喚した、魔王ロリエルに協力……」
「絶対にノゥ!」
ヒサメが言い終わる前に、ユウゴは拒否を示した!
「あの変態どもに借りなんか作れるかっ! 下手すりゃ美ショタに変化させた挙げ句、『スケベしようやぁ……』ってな事ぐらい言ってくる連中だぞ!」
出奔する時の事を思い出すだけで悪寒が走る。
とにかく、ロリ魔王に力を借りるのは反対だった。
「あ、そうだ。それならヒサメを召喚した魔王レズンに協力……」
「絶対にノゥ!」
ユウゴが言い終わる前に、ヒサメは拒否を示した!
「あの変態に借りなんて作りたくないわ!下手をしなくても『スケベしようやぁ……』って肉体関係を迫ってくるに違いないし!」
我が身を抱いてブルリと震えるヒサメに、ユウゴは親近感を覚える。
そう、この世界の魔王は神からも見放された変態しかいないのだ。
おそらく、面識の無いもう一人の魔王も変態なのだろう。
魔王とそれに従う魔族が変態である以上、どこからも協力は得られない。
手詰まりになった二人が頭を抱えていると、不意にヒサメが何かを思い出したように声をあげた。
「そうだ……可能性は低いけど、私達に協力してくれる種族がいるかもしれない……」
「マジか!? 一体、どんな種族なんだ?」
降って沸いた希望にユウゴが尋ねると、ヒサメは少し溜めてその名を口にする。
「私達に協力してくれそうな種族……それは……エルフとドワーフよっ!」
「エルフ!? ドワーフ!?」
ファンタジーの代名詞と言える二つの種族の名に、中二心を揺り動かされたユウゴは、目を輝かせながら彼女の言葉を復唱した。