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80 神殺し

激しい光が全員を包み、ワンテンポ遅れて爆風と轟音、そして凄まじい衝撃が空間に吹き荒れた。

体重の軽い者が何人か飛ばされそうになりながらも、全力で防御姿勢をとってなんとかやり過ごす。

──爆発の後、もうもうとした白煙と静寂が空間を埋め尽くしていたが、その爆心地の真ん中に、重なるような二つの人影を全員が見つける。

神とユウゴ、どちらが勝利したのか。

人も魔も固唾を飲んで見つめる中、一陣の風が吹いて少しだけ晴れた煙が神の姿を顕にした。


『……………』

僅かに見えた神の姿は、その半身が吹き飛んで無惨な物となっていた。

「やっ……た」

「あいつが……勝ったんだ」

「俺達の、勝利だ!」

息も絶え絶えな情況を晒す神に、ユウゴの勝利を確信した皆からワァッ!っと歓声が上がる!

あんな状態で生きているのはさすがだが、もはや満身創痍で戦えるようには見えなかった。

『…………見事、まったくもって見事だった』

怒濤のような勝利の雄叫びが響き渡る中で、神は静かに呟く。

その言葉に呼応するかのように、再び吹いた風がユウゴの姿も晒す。

英雄の勇姿を称えようとした皆は、そちらに目を向けて……言葉を失った。

彼等の目に飛び込んできた光景……それは、残る神の半身に心臓を貫かれたユウゴの姿であった。


「ユウゴォ!」

「いやあぁぁぁぁぁっ!!!!」

フェルリアとエリエスの悲痛な叫びが、空間にこだまする。

他の者達は、一転して絶望の表情を浮かべて立ち尽くしていた。

「ごふっ」

歓声が消え失せ、静寂が支配していた中で、ユウゴの口から吐き出された血の滴が、神の頬を染める。

『本当に見事だったぞ、異世界の者よ。死という感覚を知覚したのは初めてだった……』

そう言って憚らぬほどに、神は追い詰められていた。

しかし、最後に勝利したのは、やはり神であった。

『私こそがこの世界の絶対真理なのだ……初めか勝利する事はわかりきっていたが、色々と楽しませてもらった』

礼を言うぞと告げると、神は視線を神人類や魔王達へと向ける。

『正直に言えば、私はお前達を見くびっていた。しかし、お前達が力を束ねれば、私に匹敵するほどの可能性がある事を知ることができた』

穏やかな顔で大したものだと続けながら、神は感心したように頷く。

『創造主として、これほどの喜びはない。この事実に免じ、お前達を滅ぼすのを止めよう』

その神の言葉に、俯いていた者達が顔を上げる。


「許される……のか?」

「神が俺達を認めた……」

「あいつのお陰で……」

静かに……皆の視線は、神を追い詰めた牛鬼へと向かう。

『ああ、お前達を許そ……』

「嘘……だな……」

大きく頷きながら宣言しようとしたその時、言葉を遮ってユウゴがか細い声を漏らした。

ユウゴの声は小さくても、優れた聴覚を持つ者達の耳には、はっきりとその言葉が届く。

神人類達の間にも、再び緊張が走った。


『嘘……だと?』

「ああ……大嘘……だ。お前ら、みたいな……神が、自分に迫る……創造物、を……許すもの……かよ……」

途切れ途切れで苦しげに紡がれるユウゴの言葉には、確信めいた響きが込められていた。

古今東西、あらゆる宗教や神話の中で、人が神の地位を脅かせば、必ず神は天罰という名の粛清を行う。

それを知っているからこその、ユウゴの確信であった。


『……なぜ、私がそんな嘘を言わねばならんのだ?』

「そりゃ……お前が、死にかけてるから……さ」

『舐めた口を叩くな……確かにダメージは大きいが、こいつらを始末するのに支障はないぞ』

許すという言葉の裏を読まれた気がして、神の台詞には苛立ちが見え隠れしている。

だからこそ、ユウゴは口の端を歪めた。

「それこそ……大嘘だ……。この場に……いる全員が、決死の覚……悟でてめえに、挑めば、相討ちに……持って行ける事を、わかってる……んだろう?」

全て見抜いていると言わんばかりのユウゴの言葉に、無表情で睨み付けていた神は大声で笑いだした。


『ああ、なんとも憎たらしいな異世界の人外よ。お前の言う通り、今の私とこの場に生き残っている者達の力は互角だろう』

だが!と言葉を区切って、グルリと神は周囲を見回す。

『生き残ったこいつらに、私と刺し違える覚悟はあるのか?それに、中心的な人物である、貴様が最初に死ぬのだぞ?』

「それが……どうした」

『何っ!?』

「言っておくが……牛鬼は妖怪の……中でも、一番執……念深い……ぞ。念入りに、殺して……おか……ねぇと、てめえの……首にかじり……つくぜ……」

神の言っている事は脅しでも何でもない。というか、心臓を貫かれているというのに、いまだに生きている牛鬼(ユウゴ)がおかしいのだ。


それでも、神が腕を引き抜くだけで、目の前の男の絶命は免れないだろう。

最後の強がり……あるいは、自分の死を持って仲間を鼓舞するつもりか?

様々な考えが頭を巡るが、やがて小さく笑うと、神はユウゴに最後の言葉をかけた。

『いいだろう、お前の賭けにのってやる。勝つのは私だがな』

それにユウゴが答えようと口を動かしかけた時、神の腕が振るわれて、牛鬼の胸から噴水のように大量の血が噴き出す!


「ユウゴォ!」

仲間達の叫ぶ声が響く中で、まるでそこだけがスローモーションのように、牛鬼の体が崩れ落ちた。

半身だけとなっていた神は少しだけバランスを崩しかけるが、すぐに体勢を立て直す。

『はふぅ……』

そうして大きく息を吸い込むと、神の傷口の肉が盛り上がり、失われた半身が復活していった。

『……念入りに殺しておけ、だったな』

ポツリと呟き、再生したばかりの足で倒れるユウゴの頭を狙って踏み砕いた!

グシャリという肉と骨の砕ける音が響く!

しかし、神は容赦なく何度も何度も頭に踏みつけを行い、言葉通り念入りにトドメを刺した。

頭を失った牛鬼の体がビクンと最後に大きく痙攣し、やがて動かなくなった。

その一連の惨状に、回りの者達は声もなく呆然と見つめる事しかできなかった……。


『さて……私の慈悲にすがる者は帰してやろう。しかし、歯向かうのであれば、この男のようになる』

言葉を失った神人類や魔王達に向かい、優しげに、しかし有無を言わさぬ迫力を込めて、創造主は問いかける。

その問いかけに答える者こそいなかったが、明らかに全員が意気消沈し、戦いを挑んでくる気配はない。

自らの予想取りの結果を迎え、賭けに勝利した神は小さく笑みをこぼす。

やはりリーダー格であるユウゴを失って、打とう自分に挑めるような者はいないのだ。

だから、この場は素直に下界に帰らせてやろう。

しかし、ユウゴの言っていた通り、自分をここまで追い詰める存在となったこいつらを生かしておくわけにはいかない。

ダメージを回復させた暁には、下界をまるごと浄化してやらねばと、神が内心で計画を立てていると、その耳に人間達がざわつく声が届いた。


「なんだ……あれ?」

『?』

不信におもった神が人間達の視線を辿ると、自分の足元に黒い霞のような物が纏わり付いているのが目に入った。

そして、その黒い霞の発生源は……ユウゴの死体。

『!?奴は確かに死んでいるはず!?』

困惑気味の神が言う通り、ユウゴは確かに死んでいる。

だが、その死体は溶けるように黒い霞へと変化して、神の体を這い登ってきていた。

「なんじゃ、あれは……」

ユウゴの死にショックを受け呆然としていたフェルリアだったが、愛しい牛鬼の変化を目の当たりにして、さすがに戸惑いの言葉を漏らす。

「むぅ……まさかあれは伝説の……」

「知っておるのか、ヒサメ!」

何やら物知顔で呟いた雪女に、フェルリアが詰め寄った。


「いや、向こうの世界のある伝承に記載されてるんだけどね……曰く、執念深い牛鬼は、自分を殺した相手を必ず殺す」

「そして、相手を取り込んで復活を果たす……やったかなぁ?」

ヒサメの言葉を引き継いで、ビャッコが続けた。

ユウゴと同じ、向こう世界の妖怪が言うのだから、それはかなり有名な伝承なのだろう。

「そんな奥の手があったのか……だからユウゴは、相手を挑発していたのだな!」

「うーん、どうかな。あの伝承は割りと新しいし、ユウゴも賭けだったんじゃないかな?」

とても有名なのに、最近語られるようになった伝承……。

何となく矛盾したその話に、フェルリアがなんという書物や口伝による話なのか尋ねると、二人は口を揃えて答える。

「ゲゲゲの○太郎」と。


侵食してくる霞を払おうとするが、まったく散る事はなく、どんどんとその濃度は濃くなっていく。

『う……ぐっ……』

苦しげに神が呻く声が漏れる。

まるで、この霞に自分という存在が侵食されていく感覚。

存在そのものが蝕まれていくような、そのおぞましい感覚と共に、黒い霧から明確な意思を感じるのが神を一層焦らせていた。

(よくも俺を殺してくれたな……絶対に許さん)

殺られたからには、三日後百倍返しにしてやると言わんばかりの殺意。

死してなお、ユウゴが発するその強烈な意思に、今まででもっとも強い恐怖と嫌悪感を覚える。


『亡霊め!さっさとくたばれ!』

神は魔力の剛風で(ユウゴ)を吹き飛ばそうとするが、へばり付く霞はほとんど散らずに、まったくの徒労におわる。

それどころか、体にある様々な穴から霞は神の体内に侵入してきた。

『ぐおぉっ!』

もはや全身を覆われ、黒い繭のような外見になった神の苦痛の声で叫びながら地面を転がる!

『馬鹿な……神を、この世界の法則その物を食いつくそうというのかっ!』

確かに、普通ならそんな事は不可能だろう。

だが、この世界に来て強化されたユウゴと、力を使いすぎて弱体化した神……両者の縮まった力の差が、その不可能を可能にした。

それこそ、ユウゴにとっての最大の賭け所だったのだ。


(俺だけの力じゃ無理だった。お前は、ここにいる全員の力に負けたんだよ)

人間、魔族、妖怪……矮小な存在なれど、力を合わせれば本当に神にも予測のできない事を成し遂げるポテンシャルを持っていた。

それを理解し、戯れに創造物達で遊ぼうとした己の迂闊さを自覚しながら、神の意識は薄れていった……。


──完全に神の体が黒い霞の玉に覆われて動かなくなり、少しの時間が流れた。

やがて、固唾を飲んで見つめる者達の前で、その霞が少しずつ晴れていく。

徐々に消えていく霞が無くなると、(うずくま)るように片膝を付く男が一人。

その姿を確認したフェルリアの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

「……ありがとう、水木先生」

奥の手の原案となった大作家に礼の言葉を口にして、神をも取り込んで復活したユウゴが立ち上がり、雄叫びを上げた。

「勝鬨を上げろ!俺達の勝利だっ!」

高らかに宣言するユウゴに応え、世界を揺るがすような勝利の雄叫びがどこまでも響き渡っていった。

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