08 はじめての『神人類』
「ところで、怪我の方は大丈夫なのかい?」
再び人間の姿に変化したユウゴの背中を見ながら、ヒサメはそんな事を尋ねてきた。
おそらく、先程の逃走の際に追撃された時の事を言ってたいるのだろう。
「ああ、あの程度の攻撃なんざなんともねぇよ」
「でも、私を庇ってあえて食らってくれたんだろう?」
「……まぁ、一応仲間だからな」
少し照れながら、ユウゴは答える。
「ふふ……意外に義理堅い性格をしているね、君は」
ぺしぺしと彼の背中を叩きながら、そういう子は好きだよとヒサメは笑う。
「四百歳をからかうんじゃねぇよ。それに、でかい事をやろうってんなら、一人じゃ限界があるからな」
協力は大事だとユウゴは、一人で首を縦に振って頷く。
「ふむ……牛鬼というのはもっと脳筋で、協調性など無いように思っていたけどね」
「あー、だいたい合ってるぞ、その印象」
身支度を整えながら、ユウゴは続けた。
「俺は昔、人間に殺されかけてな。その時に、学習する事と協調する事を学んだんだ」
生まれ持った力だけに頼って暴れていては先が無いと悟った彼は、それから積極的に人間の世界に紛れて行くようになったという。
江戸から平成までの長い間、場所を変え、姿を変えて様々な事を学んだ彼は、牛鬼の中でも変わり者として成長していった。
そんな彼の話を聞いて、ヒサメは苦労したんだねぇ……と、なぜか上から目線でうんうんと頷いていた。
「でもそのお陰で私のような美女と組めるの訳だし、苦労した分ツイてるじゃないか」
「自分で言うな! あと、こんな世界に喚ばれた時点でツイてねぇと思うぞ」
「うん、それはそうだ」
コロコロと笑いながら、ヒサメは自分のテントに入る。
「まぁ、ケチは付いたけど明日から仕切り直しと行こう。それじゃ、おやすみ」
おう! と返事をして、ユウゴも自分用のテントに潜り込む。
本来なら夜は妖怪の時間だというのに、長年人間の世界で馴れ親しんだ習慣から、ユウゴ達はすぐに眠りについた……。
翌日から、本来受けた依頼をこなすべく、ユウゴ達は薬草の採取を始める。
だが、三日ほど費やしている間に、たまたまあの村でかち合った【ギルド】のメンバーと顔を会わせる機会があった。
野盗討伐の依頼を受けてきた合同チームの一つで、三級チーム「ロンダリン」と名乗った彼等は、あの村で見たミノタウロスと邪妖精について調べていると告げる。
「ミノタウロスはともかく、邪妖精が危険なんです」
強力な魅了の魔法を使うだけでなく、野盗をほぼ全滅させた毒もそいつの仕業だろうというのが、直に見た彼等の見解だった。
「とにかく、あの邪妖精は思い出せば思い出すほど……」
そこまで言ってぽーっと顔を赤くする男に、同メンバーの女が舌打ちをする。どうやらあの口論から、彼等の絆に入った傷は癒えていないようだ。
「んん……でも、そのミノタウロスもなかなか危険そうだな」
少し空気を変えるため、ユウゴがそう言うと、「ロンダリン」のメンバーは「ない、ない」と笑って答える。
「背中に虫の足みたいな器官がある変な奴でしたけど、小柄だったし、あれはたぶん邪妖精に惑わされて、用心棒として使役されてるだけですよ」
そんな彼等の言葉を聞いて、ユウゴは地味にショックを受ける。
「い、いや……だけど、そのミノタウロスと少し話したんだろう?」
「話したというか……口を挟んできたから罵ってやったら、一目散に逃げていきましたよ。あれはどう見てもただの雑魚ですね」
断言する「ロンダリン」のメンバーに、ヒサメは君たちは見る目があるねと上機嫌で彼等を誉めていた。
そんな感じで、警戒こそはされたものの、討伐対象までにはなっていない事を確認できた二人は、その後もせっせと薬草を集めて町へと帰還する。
しかし、そこで思わぬ出会いが待ち受けていた……。
「──はい、リョチ草十キロにジョイ草十キロ。確かに依頼完了です、お疲れ様でした」
町の【ギルド】支部の事務所で、納品を済ませたヒサメ達に受付嬢が笑顔を見せる。
早速、報奨金の手続きをと、受付嬢が立ち上がった所で、そうそうと何かを思い出したように彼女はヒサメに話しかけた。
「あの、ヒサメさんにお客さまが……」
「いたぁ!」
突然、受付嬢の言葉を掻き消すような大声が、事務所に響き渡った!
その声の発信元の方に皆が目を向ける。
そこには赤い鎧を身に纏い、その鎧と同じく赤い髪をした青年がヒサメを見詰めていた。
「げっ!」
その姿を見たヒサメの顔が露骨に歪む。
「見つけたぞ、ヒサメ!」
威圧されたのか、関わり合いになりたくないのか……サッと割れた人混みの間を抜けて、またも大声を張り上げながら、青年はズンズンとヒサメの元へと歩いてくる。
「……なんで、君がここにいるのかな?」
「何でもくそもあるか!俺が散々勧誘したのに断り続けたお前が、パーティを組んだって聞いたからだよ!」
派手な見た目通りの暑苦しい青年に、ますますヒサメが嫌そうな顔になっていく。
「だから、君達のチームと私では相性が良くないんだよ」
「そんのもんは組んでればなんとかなる!だいたい、個人で『特級』持ちのお前が、俺達『特級』のチームに入るのは自然だろうが!」
『特級』チーム! その言葉に、ユウゴがピクリと反応した。
そこで青年もユウゴの存在に気づいたらしく、値踏みするような視線を向けてくる。
その瞬間、ユウゴの背筋にゾクリと冷たい物が走った。
「おい、まさかアンタが……」
「フォルノ!いい加減にしなさい!」
ユウゴに絡もうとしていた青年の頭に、後方から木の杖の一撃が見舞われる!
「痛ってぇ! 何をしやがる、メリラ!」
「何しやがるじゃないでしょう! 憧れのヒサメさんに袖にされたからって、しつこく絡んでるんじゃないわよ!」
メリラと呼ばれた少女が、フォルノに説教をかましていると、そんな少女の後ろから三人のパーティメンバーらしき男女が姿を現した。
「やれやれ……一人で先に行くんじゃない」
「全く……ウチのリーダーは、本当に直情バカだな」
「まぁまぁ、彼の気持ちも解らなくもありませんし……」予想通り、同じパーティの者なのだろう。フォルノを貶したり擁護したりしながらも、その言葉にトゲは無い。
しかし、彼等は誰も彼もが、ただならぬ雰囲気を纏っていた。
こいつらは何者だ……とユウゴが警戒していると、彼にだけ聞こえるようにヒサメが声をかけてきた。
「彼等はこの国の【ギルド】で三組しかいない『特級』チームの一つ、『炎剣』のメンバーだよ」
【ギルド】の最高峰とも言える『特級』のチーム。
その栄誉にふさわしい佇まい(夫婦漫才しているフォルノとメリラ)除くに、なるほどとユウゴが納得する。と、ヒサメはさらに言葉を続けてきた。
「そしてあの赤い鎧のフォルノ・ヴォルボウ……あいつはおそらく『神人類』だ」
その言葉に、ユウゴの心臓が高鳴る!
(あの時に感じた寒気は錯覚じゃなかったか……)
彼等が倒すべき存在……それを目の前にして、ユウゴはゴクリと唾を飲み込んだ。
「──だからよ、『特級』のくせに一匹狼だったヒサメが組んだっつー相手を調べに来たんだよ!」
「ウソ! アンタが調べるだけで済む訳ないじゃない!」
アンタの行動一つで、私たちにも迷惑がかかるんだからね! と言い放ったメリラの言葉に、後ろに陣取っていた同パーティのメンバー達は深く頷いていた。
「くっ……そ、そうは言っても、今後の事も考えりゃ、ヒサメが選んだ相手ってのも調べておかなきゃまずいだろ?」
「まぁね……」
フォルノに言われた『炎剣』のメンバー達が、ユウゴに視線を向けてくる。
その目には、疑いの余地はあるものの、真に秘めた実力を見抜いてやろうという意思が感じられた。
「確か、あのヒサメのパートナー……この事務所にいた者すべてに腕相撲で勝利したとか。どうだ、腕相撲で試してみては?」
「ほぅそりゃあ、いいな。そういう訳だ、おっさん! 一つ勝負といこうぜ!」
「……良いだろう」
短く答えたユウゴとフォルノは、テーブルを挟んで向かい合って座る。
本来なら、実力を示すという目的でもなければ、ユウゴはこんなどうでもいい勝負は受けない。
しかし、標的である『神人類』の力の片鱗に触れられるのなんて、またとない機会だ。
(見せてもらおうか、魔王の天敵『神人類』の性能とやらを!)
超有名なキャラっぽい台詞を脳内で浮かべ、ユウゴは差し出されたフォルノとガッチリ手を組む。
「よぉしメリラ、スタート開始の掛け声を掛けてくれ」
「んも~、しょうがないなぁ……」
呆れながらも、メリラはテーブル中央で腕相撲のスタート待ちをしている二人に自分の手を重ねる。
「それじゃあ、いくよ? よーい……スタート!」
開始の掛け声と同時に、妖怪と神人類の腕相撲が始まった!