79 最後の切り札
『なかなか、いい攻撃じゃないか……』
完全に不意を突いた一撃であったが、神は平然とした口調で、顔面にめり込んだユウゴの右腕を掴んだ。
(マジか、この野郎……)
渾身の力を込めたにもかかわらず、ほとんどダメージを受けていない様子の神に、ユウゴは驚愕する。
『しかし、無粋な一撃でもあったな』
驚いていたために一瞬だけ反応の遅れたユウゴに、ほんのわずかな怒りを込めた神の左腕が伸び、その顔面を鷲掴みにした。
『お仕置きだ』
軽々とユウゴの巨体を持ち上げた神は、勢いをつけてそのまま地面へと叩きつけた!
「ごはっ!」
地面にクレーターが出きるほどの衝撃音と、ユウゴの血ヘドを吐く声が重なる。
『ん?』
しかし、想定していたほどのダメージを与えられず、神は訝しげな顔をした。
『ああ、衝撃を和らげる物があったか』
クッション代わりになった物……ユウゴの下敷きとなって倒れる神人類を見て、やれやれと肩をすくめた。
そうして邪魔だなと一言呟き、魔力の風を発生させると神人類達を一纏めにして積み上げる。
恐るべき魔力のコントロールと膨大さであった。
『そぉれ、改めてもう一度だ』
再び神はユウゴの体を持ったまま振りかぶった。
「させぬっ!」
そこへラヴァが割り込み、がら空きだった神の脇腹に強烈な蹴りを食らわせる!
『んぬっ!?』
蹴りの威力を殺しきれずに、大地を滑るようにして数メートル流れていく神。だが、ユウゴを掴む手は外れていない。
「ユウゴを離さんかぁ!」
怒号と共にフェルリアが、ユウゴを掴む神の腕へと狙いを定めて、速射砲を思わせる矢の連射を集中させる!
『ちぃ』
例えそれが巨人の腕でも千切れ飛ぶほどの魔力の矢を受けたはずだが、神は舌打ちをする程度のダメージしか受けていないようだった。
しけし、さすがにユウゴを捕まえていた手は外され、彼を逃がしてしまう。
もしかしたら、そのために舌打ちしたのかもしれない。
解放されたユウゴの体をラヴァが引っ張りこんで、一旦後方へと下がらせる。
それを追撃しようとした神だったが、突然自分を包むように形成された魔力の空間に、その足を止めた。
『はて……なんだ、これは?』
「地獄の入り口さ」
興味深そうにその魔法を眺めていた神に、ヒサメとマールが魔法を発動させる!
二人の雪女による、地獄の冷気の二重奏。
神を包んでいた空間に、魂をも引き裂く地獄の冷気が吹き荒れ、その身を瞬く間に凍てつかせていった。
「やったですか!?」
『いいや?』
マールが勝利を見据えた声を漏らした瞬間、二人の背後に敵の気配が現れる。
『なかなかの魔法だが、転移できれば抜けるのは容易い』
振り向くよりも早くその後頭部を押さえられ、ヒサメ達は流れ作業のように顔面から地面へと叩きつけられた!
グシャリと肉の潰れる鈍い音が響き、冷たい血が飛び散る。
『ククク、綺麗な顔が台無しだろうな……』
指先に付着した血の滴を舐めとりながら、神は楽しげに立ち上がった。
「ヒサメちゃんになにしてくれてんだ、テメエェェェ!」
そこへ、愛しいヒサメの惨状を見せつけられたレズンが、鬼女の形相となって神に迫る!
しかし、虫でも払うように何気なく振るった神の拳がカウンターとなり、レズンはあっさりと返り討ちとなった。
『半端者め。よく魔王を名乗れた物だ』
魅了が通しなければ、それ一本で魔王の地位まで登り詰めたレズンの地力などたかが知れている。
呆れ返ったような顔をしていた神に、再びユウゴとラヴァが襲いかかった!
「オオォォォォっ!」
「ヌアァァァァっ!」
左右からの激しい連撃が神を襲う。
敵もそれなりに防御をしているが、そこは巧妙にガードをすり抜けてユウゴ達は攻撃をヒットさせていく。
『……面倒だな』
破城鎚にも匹敵する妖怪と魔王の打撃を数十発食らった辺りで、神はポツリと漏らした。
そうして、ユウゴ達の猛打を食らいながら無造作に反撃を開始する。
「がっ!?」
「ぐぅっ!?」
与えている打撃の数は、こちらの方が遥かに多い。にも関わらず、蓄積していくダメージはユウゴ達の方が大きくなっていた。
その雑な反撃に耐えきれず、ユウゴとラヴァは良いのをもらってしまい、地面に膝をつく。
『なかなか楽しかったぞ』
頭の位置が低くなった二人の首を落とさんと、手刀の形を作った神に、突如最後まで控えていたロリエルの魔法が横から炸裂した!
『ごあっ!』
幼い姿の魔王が放った黒い雷に貫かれ、全身を焦がしなから神が吹き飛ぶ!
「どうじゃ!余の最大最強の魔法、『神殺しの雷』の威力は!」
「ついでにウチが属性補助して、威力を上げたりましたわ!」
長い詠唱と莫大な魔力を使うこの魔法は、ロリエルの人生の中でも使うのは二度目だ。
さらにビャッコがかけたブーストの影響と魔法の反動で、焼け焦げた自らの腕を押さえながら、二人は顔をしかめる。
それでも、勝利を確信したロリエル達は不敵に笑った。
しかし……。
『なんとも不遜な名の魔法だな。確かにダメージは受けたが、この程度は神は殺せんぞ?』
「ば……かな……」
「うそやろ……」
魔王と呼ばれ、数多の敵を倒し、いつか神に一矢報いる事ができると信じられてきたロリエル。
語られる妖狐伝説の全てをその身に宿し、陰陽五行に通じる魔物となったビャッコ。
その二人が力を合わせた究極の一撃さえ、本物を前にしてここまで歯が立たないという事実に、魔王と妖狐はガクリと力無く項垂れた。
そんなロリエル達を前に、天上の存在は小さく鼻を鳴らして、称賛の言葉を口にする。
『そうがっかりする事もない。これだけのダメージを受ければ、さすがの私も回復に時間がかかるだろう』
問題をちゃんと解けた生徒に接する教師のような口調で、神はロリエル達を称える。
事実、神の表皮は焼け焦げ、腹には穴が空いたままだ。
『さあ、どんどん来るがいい』
それだけのダメージを負いつつも、まだまだ余裕の様子の神は続きを始めようと言う。
しかし、決め手を失った者達に成す術はもうなかった。
『どうした?もう打つ手は無いのか?』
なら、終わりだぞ……と、最後通告を投げ掛けるが、それに答える者はいない。
いや!たった一人だけ、無言ながらも神を睨み付けて立ち上がる男がいた。
「ユウゴ……」
立ち上がった男の名を、誰とはなく口にする。
『ふふ、やはりお前が最後まで抗うか、異世界の魔物よ』
感心する神に「ケッ!」と毒づいて、牛鬼は拳を握った。
「覚えとけ……牛鬼は、妖怪の中でも一番執念深いタチだぜ」
圧倒的な戦力差を見せつけられてなお、衰えぬユウゴの戦意に当てられた神は、とても愉しそうな微笑みを浮かべていた。
『なるほど、その諦めぬ闘志は大したものだ。しかし、どう私に対抗するのかね?』
「……てめえはうっかり口を滑らせた。ダメージが残ってるってな」
確かにそんな事は言った。それがどうかしたのかと、神は小首を傾げる。
「つまり、このままダメージを蓄積させていけば、いつかはてめえを殺せるって事だろ」
当たり前過ぎるユウゴの言葉に、項垂れていた者達もハッとして顔を上げた。
「千発だろうが万発だろうが、てめえがくたばるまで拳をぶちこんでやるよ!」
『フハハハ!それはシンプルでいいな!』
単純明快な牛鬼の物言いに、神は大いに笑う。そして、ピタリと笑い止むと、真面目な顔でユウゴに問いかけた。
『それで?どう私にダメージを与えるつもりだ?』
その問いかけの通り、まともにダメージが通ったのはロリエルの魔法の一撃のみ。
だが、あれほどの魔法を連発することは不可能だろう。
それを見越してか、つまらぬ攻撃しかできぬならすぐに殺すと、神は宣言する。
「そうだな……まずは、こんなのでどうだ?」
ギンッとユウゴの目が怪しい光を放つ!
『ぬっ!?』
その瞳に睨まれた神は、全身から力が抜けるような奇妙な感覚を味わう。
牛鬼の持つ特殊能力の一つである【凶眼】。
それも、以前エリエスに使った時とは違い、全力で妖気を込めた死の魔眼だ。
さらにユウゴの口からは、指向性のある紫色の霞が吐き出されて、神を覆い尽くす。
これも牛鬼の能力、【凶毒】である。
「どんな事でも、下拵えってやつが大切だ。じっくり弱めてから攻撃させてもらうぜ」
まともにダメージを与えられないなら、ダメージが通るようになるくらい弱体化させればいい。
文字通り、下拵えをしようとしているユウゴに、神は感心したように『ほぅ……』と呟いた。
『なるほど、面白い。しかし、私が大人しく待っていると思ったのかね?』
さすがにそこまで都合よくいくとはユウゴも思っていない。
しかし、これしか策がない以上、何とかして敵の攻撃をかわしながら弱体化させるつもりだった。
「切り札はもう一つ有りましてよ!」
横から突然飛んできた声に、思わずユウゴ達の意識がそちらに向けられる。
叫んだ人物は……神人類のエリエス。
しかし、満身創痍だった彼女に、何ができるというのだろうか。
『お前ごときが……』
「お待たせしました!完成です!」
神の言葉を遮り、またも別の方向から横槍が入る。
その人物は……神人類のリネッサ!
戦いの前にエリエスに胸を貫かれ絶命したはずの彼女は、神の手で山と積まれた神人類達の中から這い出して高らかに宣言していた。
「生きとったんか、ワレ!」
「これぞ覚醒した私の妙技、その名も【仮死斬りの剣】!致命傷を与えた相手の生殺与奪は、私の自由ですわ!」
思わず叫ぶユウゴに対し、エリエスが「誉めて、誉めてー」とオーラを放ちながら答える。
【凶眼】使用中で彼女の方には振り向けなかったが、とりあえず驚いた事だけは伝えた。
「しかし、神人類が一人増えただけでは……」
「心配ご無用!私も覚醒し、新たな力に目覚めたいるのです!」
自信満々のリネッサが、神に向かって《束縛》の魔法を放つ!
『こんなものが……ぬ?』
通じないと続けようとしたが、束縛の魔法は効果を発揮して神の体を縛る。
『どういう事だ……』
怪訝そうな神にドヤった顔を向けながら、リネッサはビシッ!った指を指した。
「覚醒した私の能力は《借力》!文字通り、神の力を借りる能力です!」
それを聞いて、神もユウゴもギョッとする。
「つまり神の力をもって神を縛っているのです!どうですか、自らの力で動きを封じられた気分は!?」
普通なら、自分の力に縛られる馬鹿はいない。しかし、リネッサを中継して放たれる己の力は、同等ながら別物となって神の動きを封じていた。
「さらにもう一丁!」
束縛のするだけでもかなりの労力であるのに、リネッサはもう一つ、神の力を借りた魔法を発動させる。
「完全なる癒しを!」
力ある言葉と共に放たれた魔法は、光の流星となってこの場に倒れている全ての者達へと降り注ぐ!
次の瞬間、瀕死の重症を負っていたはずの彼等が、生気を取り戻し、傷一つない状態で復活を果たした!
さらに、枯渇しかけていた魔力までも完全に回復し、まるで時間が巻き戻って戦う前の状態にでもなったようだった。
「皆さんの傷も疲労も癒しました!今こそ、ここに集結した者達全員の力をもって、神を打ち倒す時です!」
神に心を折られかけた者達も、神側で戦っていたはずの者達も、呼び掛けるリネッサの声に、「おおっ!」という咆哮でもって答えた!
「俺に力を集めろ!」
神と正面から対峙していたユウゴが、神人類や魔王、妖怪達に向かって叫ぶ!
「無茶だ、あんたの体が持たないぞ!」
「構わん!」
ユウゴが吼える!
バラバラに攻めた所で、神に致命傷を負わせられるとは思えず、なればこそ、全員の力を一点に集中して攻撃することが必要だった。
「頑強さと技量で考えれば、俺が依り代になるのが一番可能性が高い!」
「し、しかし、力を集めるといってもどうやって……」
「ウチが入り口を作りますよってに、皆さんはそこへありったけの力を注いでおくれやす」
言うが早いか、ビャッコは素早く印を結び、呪符を繋げて五茫星を作り出す。
「よくわからんが、とにかくここへ攻撃をすればよいのじゃな!?」
フェルリアの言葉にビャッコが頷き、それに従って彼女は己の魔力を矢に変えて、呪符の星印へと撃ち出した!
その矢は五茫星に触れると、瞬時に分解されて光の粒子となってユウゴの体に吸収されていく。
力が流れ込んでくる確かな手応えに、ユウゴはどんどん来いと攻撃を促した。
「私が神を押さえていられる時間は長くありません!急いでください!」
大粒の汗をにじませるリネッサの言葉に、魔王や妖怪だけでなく、神人類達も動き出す。
神力が、魔力が、妖気が。
あらゆる力が変換されて、ユウゴへと流れ込んでくる。
「ぐ……ぐぐっ……」
体内で暴れる力の奔流に、意識が遠退きそうになった。
皮膚は裂け、漏れだした溶鉱炉のような熱が牛鬼の体を内側からジリジリと焼いていく。
「があぁ……ぐぅぅ……」
もれだす苦痛の声は聞く者達に躊躇させるほど苦しそうである。だが、それでもユウゴは力を集める事を止めはしなかった。
やがて、全員が自分達の持てる力の殆どをユウゴへと注ぎ終えた。
その頃には、ユウゴの体は恒星のごときエネルギーを纏っており、大気を熱で歪ませながら神へと歩み寄っていく。
「これが……世界を変える一撃だ……」
体内で暴れる力を抑えながら、静かにユウゴは構えをとって拳を握った。
『ふ……ふふふ……肌が粟立つぞ、これが恐怖と緊張というやつか』
恐らく、自分に匹敵するほどの力を持った相手との真剣勝負。
勝っても負けても、ただではすまなさそうな戦いなど、これまでの神の経歴の中にあっただろうか?
余裕の笑みが消えた神と、そのステージまで上がってきたユウゴ。
やがてリネッサの《束縛》は効力を失って、二人は同時に動き──────眩い閃光が、空間のあらゆる光景を飲み込んでいった。




