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75 神の空間

一瞬だけ立ちくらみのような感覚を受け、目を開けた時にはユウゴ達は見知らぬ空間に立っていた。

天井は見えぬほど高く、無機質でどこまでも続く白い床は、とある有名な漫画で読んだ『一日で一年分の修行が出来る部屋』を思い出させる。

「なんだ……ここは……」

自分以外の呟きに、我に返ったユウゴが振り返ると、そこには仲間達と共にレズンとロリエルの両魔王が、自分と同じように目を丸くしていた。


「お、おい! ここは何処だよ!」

転移魔法を使用したロリエルに問いかけるも、彼女も首を振るばかりだ。

「ここが、お主達の世界……というわけではないよな?」

「全然違う!」

恐る恐る問い返してきた魔王に、ユウゴは訳もわからぬまま即答する。

「では……ここは何処なんじゃ……」

「余がそれを聞きたいわ……」

異世界でも元の世界でもない、第三の見知らぬ世界に放り出された一行は、途方にくれたように小さく息を吐いた。


「考えられるのは、ロリエルのミスか何者かの介入……だろうね」

皆が少し落ち着いた頃、ヒサメが現状に陥った理由を推測しはじめた。

しかし、前者の可能性についてロリエルが「それはない!」と断言する。

「『召喚魔法』で喚んだ相手に『召還魔法』を使用すれば、元の世界に戻るのは道理。これは、余自身にも曲げる事はできぬ、言わば『世界の理』なのだ」

魔力不足で発動しなかったならばともかく、転移口は開いたあの時、確かに二つの世界は繋がったのだ。

水に熱を加えれば気体になり、熱を奪えば氷になる。

それと同様に、魔法という超常の業をもってしても変えられない『世界の理』というものがあると魔王は語った。

だからこそロリエルは自信をもって己にミスはなかったと断言できるのである。


「じゃあ……誰かが魔法に介入したっていうのか?」

もう一つの可能性についてユウゴが問うと、それもあり得ないと魔王は答えた。

先に述べた通り、召喚と召還は世界の理なのだから、それを曲げる事はできない。

仮にそんな真似を出来る者がいたとすれば、もはや人智を越えた存在としか言いようがないだろう。

「……まさか」

だが、そこで何かに気付いたように、ロリエルが呟いた。

『その通りだ』

その魔王の呟きに合わせるように、虚無の空間に何者かの声が響く。

「っ!!!!」

同時にユウゴ達は雷に打たれたような、脳天から爪先に抜けるほどの衝撃に貫かれた!


柔らかなのに威圧的で、殺気の欠片もないのに一瞬で殺されそうな重圧も感じる、そんな印象の声。

地上にいる者を遥か上から見下ろし、地を這う存在をどうとでもできるという自信が、声だけからでも伝わってくる。

古来より人は、その絶対で人の力の及ばぬ超常の「現象」をこう呼ぶのだ……「神」と。


『よく来たね……異界の住人に、我が世界の魔王達。君達を招いたのは、私だ。』

ユウゴ達に語りかける、その人物は姿を見せていない。

しかし、まるでこの空間全てが語りかけてくると錯覚しそうになるほどに、圧倒的な存在感を感じさせていた。

「……神、か」

今、自分達は感知するほどができない、大きな存在の腹の中なのだと自覚したユウゴが、ゴクリと生唾を飲み込みながら、辛うじて声を出す。

すると、圧倒的な何者かが頷くような気配が感じられた。

『私達が産んだ者からは、そう呼ばれている』

「私達が……産んだ?」

『そう。人間、魔族、魔物、エルフ、ドワーフ等々……数多くの命を私達は産み、世界に放った』

姿無き声に、遠い昔を懐かしむような響きが混じる。

しかし、そんな神に対して魔王達に浮かんだのは、燃えるような怒りの表情だった。


「ははっ、いつか直接文句を言ってやりたいと思っていたが、夢がかなったわ」

「左様……吾輩達、魔族に対して理不尽を強いる存在に物申しておきたかった」

「すごく不自由なのよね、私達の立場って……」

この世界に召喚された時、ロリエルはユウゴに言っていた。

この世界の神とは、とんだえこ贔屓野郎だと。

数や支配地の多い人間に対して、魔族が優位に立てるのはその固有の戦闘力だけだ。

しかし、神は人間に『神人類』なる大きな力を与え、魔族という種その物を迫害しているという。

『ふむ……』

そんな魔王達の怒りを向けられた『神』は、とぼけたような声を漏らした。


『少し誤解があるな。私は、君達を迫害したことなどないぞ』

「白々しい……ならば、なぜ人間にばかり神の力を授けるのか!」

『私は何も授けていない。それは、人間の進化の果ての力だ』

はっきりと言われて、言葉を失ったロリエルの振り上げた拳が宙を漂う。

『そも、人間と亜人と魔族は、創造した時のコンセプトが違うだけで、皆同じような物だ』

人間は短い寿命ながらも、高い繁殖力と鍛え、受け継ぐ事で進化していく力を。

魔族は先天的な強い魔力に屈強な肉体、そして長い寿命を。

亜人達は二種の中間となる基礎能力に、住み着く地形に早期に適応できる能力と、独自の発展性を。

各々がどのように栄え、進化していくかを眺めるのが、神の楽しみだったという。


『しかし、新たな種を産み出すために必要だった相方(・・)は死に、もはや大した変革は望めないと思っていた……』

「相方……神話にある、大地となった母神か」

確か、以前に聞いたこの世界の神話では、生物を産んだ後に母なる神は大地となって生き物の住む場所を作ったと伝えられていた。

『そんな伝承があるとは面白い。実際は私達が死ねば、ただ消滅するだけなのだがな』

他ならぬ神自身に「そんな訳ねーじゃん」と否定されてしまうと、興ざめするものがある。

なんとも微妙な気持ちを覚えるユウゴ達に、そんな訳で飽いていたのだと神は続けた。


『だがな、その時だよ。君達のような異世界の住人が訪れたのは!』

少し興奮気味に、神はユウゴ達、異世界の妖怪へ向けて意識をぶつけてきた。

『これは閉じ行くだけのこの世界に、新しい波紋を起こす一石となる。故に、この場に呼び寄せたのだ』

「……何を企んでるのかは知らないが、要する当て馬って事かよ」

何をさせようとしているのかは知らない。が、この神がユウゴ達を楽しく利用しようとしているのはわかる。

神の意図の一部を察した一行の顔は、みるみる不機嫌な物となっていく。


「で、俺達に何かやらせようっていうなら、姿くらい見せろよ。その面、ぶん殴ってやるから」

『フハハ、異界の者とは言え神に対して、その不遜な態度。そう来なくてはな』

楽しげな神の言葉に、ユウゴはフンと鼻を鳴らして虚空を睨み付ける。

「知ったことかよ!俺達はお前の奴隷じゃないっつーの!」

『そう言う台詞は、奴隷みたいに働いてから言うものだぞ』

とるに足らない矮小な存在との掛け合いも、今の神には娯楽として足り得るようだ。

そして、ユウゴ達も自分の行動が結果的に神を楽しませているという事実が、また癪にさわっていた。


『さて……残念ながら、お前達とだけでは話を進められない。もう一方のゲストにも来てもらおう』

そう言うと同時に、この空間にギシリと大気の歪む音がこだました!

さらに、転移魔法と同じような空間の穴が、同時多発に発生し、それぞれの穴から次々と人影が飛び出してくる!

「なんだ、こいつら……っ!」

漏れだした声は詰まり、ユウゴ達の全身が硬直した。

新たにこの空間に呼び寄せられた人物達の放つ気配が尋常ではなかったためだ。が、ユウゴ達はこの気配をよく知っている。

そう、言うなればそれは、天敵の気配。怪異を殺す、人を越えた力を持つ者達の気配だ。


「ま……さか……」

震える声が、我知らず口から漏れだす。

『そのまさかだよ』

最悪の予感を肯定する、天上の声。

優しくもヘドが出そうになるほどのその声に、妖怪達と魔王達が苦虫を潰したような顔になる。

『この場に呼び寄せた彼等は、全て君達の天敵……いわゆる『神人類』だ』

楽しいショーが始まる予感に胸踊らせる神の声には、嗜虐的な感情が込められていた。

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