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74 帰りの転移口

「あぐっ……うぐぅ……」

泣きじゃくりながら、魔王(ロリエル)は部下達と共に、自らが粗相して汚した床の掃除をしていた。

「俺達の世界にはよぅ、『口は災いの元』って諺があってな」

「言うな、身に沁みておるわ……」

床掃除もほとんど終わり、後始末を部下達に任せたロリエルは、疲れきったような顔でユウゴの言葉を遮る。

そうして、ぐいっと顔を拭うと、魔王としての貫禄を漂わせる真面目な表情になって一同に目を向けた。


「さて、注文通りにレズンを連れて来たようだが……これ(・・)は生きているのか?」

ロリエルの眼前には、精巧な氷像にしか見えない氷漬けレズンの姿がある。

「もちろん、生きているさ。これから解呪を行って氷を溶かすけれど……その前に、ユウゴがまた魅了されて敵に回らないよう、対策をしてほしい」

「む? あのペンダントでは不足だったのか?」

己の渡したアイテムが効かぬほど、レズンの魅了は強力なのかとロリエルの顔に戦慄が浮かぶ。

「あー、いや。そういう訳じゃなくてね……」

そうしてヒサメが事の経緯を話すと、バツの悪そうなユウゴに向かって、ロリエルは小バカにしたような笑みを向けた。

「ククク、やはり間抜けはお主だったようだな。そもそも……」

「あ、ロリエル様。その辺でストップです」

ロリエル配下の美少女が、そこで主を止める。

ここでまた調子に乗られては、四度目の粗相をするのが目に見えていたからだ。

「ふむ……まぁ、このまま解凍したら、余の部下達も魅了されてしまうかもしれないからな……よし!」

気合いの声と共に、幼い姿の魔王はトコトコと氷像(レズン)に近づくと、その表面を包み込むような魔力の障壁を発生させた。

「極小かつ極薄の結界を、レズンの周囲に作っておいた。これで、奴の無差別魅了フェロモンは封じられるだろう」

軽々とロリエルは言うが、それがどれだけ極めた技量故の物か……魔法を扱う者達が、小さく息を飲む。

──さすがは魔王。

そう見直すと同時に、これでお漏らしをする無様を晒していなければ、まさに恐怖の対象となり得ただろうと、少しだけ残念な気持ちを抱いていた。


「さて……それじゃあ、解凍するよ」

一同が頷くのを確認して、ヒサメがレズンに向かって手を翳す。

彼女から送り込まれる妖気に反応して、氷像から靄が立ち込め、その氷の肌に徐々に色がついていった。

やがて再び命を吹き込まれたそれは、ゆっくりと立ち上がると美しくも呆けた表情で、自分を囲む面々を見回す。

「おはよう、レズン。ここが何処だかわかるかな?」

魔王城の主である、ロリエルが一歩前に出て声をかける。

しかし、目覚めたばかりの魔女王は、ろくに反応も示さずぼんやりして幼帝に目を向けるだけだった。

「……ちょっと、キツく氷漬けにしすぎたかな」

もしかして脳にダメージが入ったかもと、ヒサメがポツリと漏らすと同時に、突然レズンが超反応で彼女に顔を向ける!

「ヒサメちゃん!」

ヒサメを見つけた魔女王は、喜色満面の笑顔で駆け寄ろうとすた。

しかし、横から伸びてきたユウゴとラヴァの腕に捕らえられ、床にねじ伏せられる。

「話が進まないから、ちょっと大人しくしてろ」

「まったく、仮にも魔王がみっともない……」

もとではあるが、彼も魔王。

同等故にレズンの様に憤慨するラヴァと、同意して頷くロリエル。

だが、その他の面子の脳裏に浮かんだのは、みっともなくない魔王なんていたかな……?といった感想だった。


「離してよぉ……別にヒサメちゃんの邪魔をする気はないんだからぁ……」

サメザメとした泣き顔でレズンが訴える。

その様子に嘘は無さそうだったが、無害であるという保障も無いため、易々とユウゴ達が拘束を解くことはなかった。

「悪いが、ヒサメが帰る事に猛反対してたお前を自由にはできねぇよ」

「反対……? 何の事?」

ユウゴの言葉に訳がわからないといった風に、レズンが返してくる。

何を惚けた事を……と思ったが、レズンの目は真剣で何一つ嘘など(・・・・・・)ついていない(・・・・・・)と語っていた。

「反対するわけ無いじゃない。だって、私もヒサメちゃんと(・・・・・・・・・)一緒に向こうの世界(・・・・・・・・・)に行くんだもの(・・・・・・・)。そして、ずっと二人で添い遂げ(・・・・・・・・・・)るって約束したんだも(・・・・・・・・・・)()

ウフフ……と、不気味に含み笑いを漏らす魔女王。

(こ、こいつ……凍ってた間に、都合よく記憶を改竄しやがった!?)

嫌われても貶されても自分に都合よく脳内変換する、ストーカー気質全開なレズンの異常さに、その場にいた全員の背筋に冷たい物が走る。


(ヤバすぎるであろう、こやつ! なんか、こやつの魔力を利用するのも気持ち悪いのだけれど……)

(んな事言っても、俺達を帰すためには必要だって言うから連れてきたんだし、責任もって使えよ!)

(遠慮しなくていいから、干からびるまで魔力吸っちゃってほしい)

(ほれ、さっさと始めんか!)

妄想の世界に浸り始めたレズンを刺激しないよう、ヒソヒソとやり取りをしていたユウゴ達だったが、ようやく覚悟を決めたロリエルが、転移魔法の詠唱を開始させた。

そしてユウゴ達にぜったい離すなよ!と強調してから、彼等に押さえられているレズンの首根っこを掴み、彼女の魔力を吸い上げて異世界へと繋がる転移口を作り上げていく。


「あえいぅえぉぁあぇおぉぉ……」

「~~~~、~~~~っ~~、っ~~……」

強制的に魔力を抜かれるレズンの苦鳴と、魔法の詠唱を続けるロリエルの声が重なり合い、時に調和しながらも概ね不協和音を立てながら室内に響き渡る。

それがしばらく続いた後……ガラスにヒビが入るような音と共に、ユウゴ達の目の前の空間が大きくひび割れ、真っ黒い穴がポッカリと口を開けた。

「待たせたな……異世界へと通じる、転移口(ゲート)。完成である!」

ふぅふぅと肩で息をしながらも、幼帝は自信満々で完成を告げると、その宣言にユウゴ達からも感嘆の声が自然と漏れ出した。


「ああ……やっと帰れるんだ……」

メンバーの中では、この世界に喚ばれてから一番長かったヒサメが、感慨深そうに呟く。

それよりは短い期間だったユウゴや、さらに短い時間しかいなかったビャッコでさえ向こうの世界が懐かしく感じるのだから、雪女の胸中はどれ程の物だったろう。

「フッ……ユウゴ殿達の世界、楽しみであるな」

「うむ。夜でも明るく、目も眩む程のきらびやかな都らしいからのう」

「は~ち~か~んじ~ご~く~♪じ~ご~く~♪」

フェルリア達、こちらの世界生まれの面々も異世界への期待を膨らまして、軽い興奮状態だった。

そんな一行を冷ややかに見つめ、ロリエルはふんと鼻を鳴らす。


「では、短い間ではあったが、これでお別れだな」

そうだなと答えようとしたユウゴ達が口を開く前に、ロリエルがスッと手のひらを向けて右手を差し出さした。

一瞬、握手かな?とユウゴが手を伸ばしたが、彼の手はにべもなく叩かれて拒否される。

「そうではなくて!変化の呪符!報酬の!」

欲望丸出しの要求をしてくる魔王に、風情もなんもねえなと愚痴りながら、ユウゴはビャッコに呪符を渡すように促した。


「はい、どうぞ」

「グヘヘ……」

報酬の呪符を貰い、その容姿からは考え付かない程の下卑た笑みをロリエルは浮かべる。

「ようし、これでお前達に用はない。異世界でも何処でも、とっとと帰るがいいわ!」

「言われんでも、帰るわ!あばよ、変態!」


『いや、今帰られてもそれは困るな』


「っ!!」

お互い軽口を叩きあっていた時、不意に聞き覚えの無い第三者の声が混ざり、一斉に皆が警戒モードに移行する。

だが、次の瞬間!

突然、発動したロリエルの転移口が、ユウゴ達を一人残らず飲み込んでいった!


「なっ……」

「何が起きたってんだ……」

状況を把握できてはいなかったが、取り残されたロリエルの部下達が転移口の前に集まる。

もちろん、主達の安否は心配だ。しかし、それ以上に……。

「へ、変化の呪符はどうするんですかぁ!」

現時点で最大の懸念が、彼等の口から吐き出され、ユウゴ達が消えた転移口に投げ掛けられた!


心配するの、そっちかよ!


空間に虫食い穴のように佇む虚空の彼方から、そんなツッコミが聞こえたような気がした。

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