73 三度目の魔王
気付け代わりに数本の魔法薬をバシャバシャと浴びせられ、ユウゴは意識を取り戻した。
(あー……えっと……)
レズンの魅了からなる洗脳が解かれた事、フェルリアにフルボッコにされた事。
精神と肉体に与えられたダメージから、薄らぼんやりとしている所に、当のフェルリアが不安そうにユウゴの顔を覗き込んできた。
「すまぬ、ユウゴ。大丈夫か!?」
「あ、はい」
思わず日本人っぽい曖昧な返事を返すユウゴだったが、普通に返事をしてきた事から、どうやら平気のようだとフェルリアはホッと胸を撫で下ろす。
「……なんか悪かったな。心配かけちまったみたいで」
「いや、ワシの方こそオヌシが正気に戻った事にも気付かず、すまなかった」
「いやいや、俺が……」
「いやいや、ワシが……」
「その辺にしておきなよ」
永遠にループしそうな譲り合いをする二人に、ヒサメが割って入って話を終わらせる。
「あ、そういやレズンはどうなったんだ?」
おぼろげな記憶ながら、ヒサメが魔王を担当していた事は覚えている。
そんなユウゴに、口で説明するより早いと言わんばかりに、ヒサメは背後にある美しい氷像を示した。
「……その氷像……もしかして、レズンか!?」
「また地獄の冷気を召喚してね。この通り、凍らせておいたよ」
「おお……って、まさか死んでないよな?」
あまり現代のSFなどに詳しくないユウゴだったが、お馴染みの冷凍睡眠といった事を実際やるのはかなり難しいと聞いた事がある。
それゆえの心配だったが、雪女は不敵に笑った。
「大丈夫。そういった科学的な手法で凍ってるんじゃなくて、ただ妖気と魔力で凍っているだけだから、ちゃんと解凍すれば元気に復活するさ」
人間の技術とは、また別の技術だよとヒサメは自慢気に語った。
「さて、あとはどうやってこの氷像を目立たなく運ぶかであるな……」
とりあえず妖怪達は人間形態になり、多少は目立たなくなったものの、ユウゴの呟きに一同が皆うーんと唸る。
当初の予定では、力でねじ伏せた後に快く協力してもらってロリエルの元に向かうつもりだったが、こうも本人が動けない状態になるとは思っていなかった。
道中で騒がれたり、裏切られる心配こそは無くなったものの、今の状態ではこっそり運び出してコヒャク国を出るのは難しいだろう。
「ロリエルの転移魔法が使えればなぁ……」
何気なく漏らしたユウゴの言葉に、ビャッコがポンと手を叩いた。
「そうやった!ウチ、ロリエルさんと連絡をつける方法を聞いとったわ!」
「なにっ!」
全員の目が、ビャッコに集まる。
「それはいったい、どういう事じゃ?」
「ええ、まぁいざという時に、変化の呪符を持ってるウチだけは、自分の手元に呼び寄せられるようにしとったんと思います」
その説明に、一同は納得して深く頷いた。ロリエルの考えそうな事である。
「ウチだけ助けようとしたのがバレたらユウゴさん達に殺されるから、秘密にしといて言われたんやけど……勝ったし、ええよね」
「おう、軽くシメておく程度にしとく」
無茶はしてやらんといてなと嗜めて、ビャッコは懐から小さな宝玉を取り出す。
「これに向かって呪文を唱えれば、ロリエルさんと通信できるらしいんやけど……」
そう言って、彼女は聞いていた呪文を唱える。
「ロリショタは至高、ロリショタは至高、ロリショタは至高」
かなりの偏った嗜好の呪文を唱えると、宝玉がにわかに光だす。
そうして放たれた光は空中で像を結び、モニターのようになってロリエルの姿を写し出した。
だが、そこに浮かび上がった映像に、ユウゴ達は言葉を失う。
『ロリエルさまぁ、あーんして下さい』
『おうおう、あーん……んっ、美味い!』
『あぁん、ずるいですぅ!こっちもあーん……』
『よしよし、あーん』
両脇に美少年と美少女の姿になった部下を侍らせ、好色オヤジのような笑みを浮かべながら、魔王はモニターの向こうで至福の時間を過ごしていた。
『んふふ、たまらんのぅ……早く部下達全員を再びロリショタに……ん?』
にやけながら欲望を口にしていたロリエルだったが、いつの間にか通信魔法が展開されていることに気付く。
それはつまり、向こうに己の痴部が筒抜けだったという事だ。
『んなっ!? ビ、ビャッコ殿か!?』
通信機を渡した、心当たりのある相手の名を呼ぶロリエルに向かって、ビャッコが手を振って見せる。
そんな彼女の姿を確認した魔王は、侍らせていた部下達を下がらせて、モニターに顔を向けた。
『み、見苦しい所を見せてしまったな……過ごしていた休憩中だったからであって、いつもああしている訳ではないぞ!』
コホンと一つ咳払いして、なんとか魔王の威厳とやらを取り繕ったロリエルは、キリッとした表情に変わる。
『しかし、この回線を使ったということは、ユウゴ達は死んだか……フフフ、余に恥をかかせた者の末路はそんなものよな』
ロリエル側からさモニターの死角となってビャッコ以外は見えないらしく、以前に粗相をする原因となったユウゴ達に対する恨み節を漏らす。
『アホな牛面だけに、アホなやらかしをして、ゲイバラー辺りと同士討ちにでもなったんだろう』
『あの生意気なエルフも巻き込まれたなら、気味がいいのになぁ……』
『あの眼鏡の氷邪妖精は死んでも良いが、妹のマールちゃんは余のハーレムに加えたかったな……』
あまりにボロクソに言うので、モニターに入らない背後の連中の気配を感じてビャッコの表情が固くなっていったのだが、調子よく舌がノッてきたロリエルは、それにも気付いていなかった。
『よし、では大事な大事な客人であるビャッコ殿だけは、助けよう!』
微妙に恩着せがましく言ったロリエルが魔力を発動させると、モニターの近くの空間に、転移魔法の穴が開いた。
『それをくぐれば、あっという間に余の元に来れるぞ。お主一人なら元の世界に戻すのも簡単だから、例のアレをよろしく頼むぞ』
そう言い残すと、転移口の穴を残して通信のモニターは消えた。
通信が切れた室内に、ビャッコ以外が静かに笑う声が響く。
「あのガキャ……好き勝手言ってくれたな……」
「じゃあ……お言葉に甘えて、行ってみようか」
さすがにビャッコも穏便に済ませる術を見いだせず、ユウゴ達に続いて、ため息を吐きながら転移口へと進んでいった。
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「ロリエルさま、またあの理想郷が僕たちの元にやって来るんですね」
「嬉しい……」
感極まって瞳を潤ませる美少年や美少女の頭をソッと撫でながら、ロリエルは力強く頷いた。
「そうじゃ……美少年や美少女とキャッキャッ、ウフフするだけの余達の理想郷……それがもうすぐ、永遠の物として再臨するのだ」
ビャッコの解呪によって、一度は壊滅した第一次理想郷。
しかし、ビャッコから変化を施してもらい、彼女が帰ってしまえば、今度こそ永遠の理想郷が構築できる。
神人類を滅ぼし、人間界を支配してから……などという手間のかかる方法を取ろうとしていた過去の自分が憐れに思えるほど、確実にそれを実現できる今の自分に、ロリエルの興奮は徐々に高まっていった。
「むっ!」
その時、不意にロリエルの用意した転移口を誰かが通って、こちら側に来る気配を感じた。
それは、ロリエル達に幸せを運んでくる、あの妖狐以外にあり得ないはずだ。
「わぁい、ビャッコ殿~!」
容姿に合わせたような人懐っこい笑顔と、全身で喜びを表現しながら魔王は転移口に駆け寄る。
だが、最高の歓迎をしようと待ち構えていたロリエルを予想外の衝撃が襲う。
転移口から現れたごつく大きな手が、彼女の顔面を鷲掴みにしたのだ。
「はぁい、牛面のアホな俺が来ましたよ」
ミシミシと頭蓋骨に響く骨の軋む音と、満面の笑みを浮かべながらまったく目の笑っていないユウゴの声が、微かに魔王の耳に届く。
「~~~~~~~~っっ!!!!」
驚愕と恐怖。
声に成らない悲鳴を上げながら、魔王ロリエルは人生で三度目のお漏らしをしてしまうのだった……。




