72 地獄の冷気
「な、何その魔法!?」
てっきり彼女達と同じような、氷雪魔法の定番とも言える『氷槍』や、『吹雪魔法』辺りに魔力を込めた物が来ると予想していたレズンとサンガールだったが、まったく別次元の魔法を発動させたヒサメ達に思わず問いかけてしまう。
「異界の地獄と空間の一部を繋げる魔法……といったところかな。パッと見、空間の穴に見えるかもしれないけど、実は球体で捕獲した対象を地獄の冷気で包み込むという物なんだ」
オリジナルだから特に名前は無いのが残念な所かなと、おどけながらも饒舌にヒサメは自分の魔法を説明してくれた。
しかし、魔法の名前がどうでもよくなる程に驚愕した魔王達は、ポカンと口を開けたまま固まっていた。
「い、異界と繋げる魔法って、いわゆる召喚魔法ですよね」
「え、ええ……膨大な魔力を消費するはずなのに、なんで平然としてるのかしら……」
魔王クラスですらそれを使えば、魔力の枯渇と疲労とで数日は身動きが取れなくなるのが召喚魔法だ。
しかし、眼前の美姉妹はたいした疲労の色も見せずに、それを発動させようとしている。
挙げ句、その特性までペラペラと解説した辺り、ヒサメ達はその攻撃に絶対の自信を持っているというのが感じられた。
ここままでは危険過ぎる!
そう判断したサンガールは、レズンに許可を取る事なく大火球の魔法をヒサメ達に向かって撃ち出した!
火球の内部に練られた魔力の熱量は、炎が弱点の雪女でなくとも致死の一撃となる。
そんな死の豪炎がヒサメ達に迫る中、ヒサメは小さく笑った。
「マール」
「ハイです!」
二人は慌てた様子も見せず、マールが飛来する火球を迎撃するために、その魔法を発動させる。
雪女達に向かって来る大火球を狙うように、マールの背後に出現していた空間の穴……いや、球体が火球に触れると同時に、炎の塊を包んで飲み込んだ!
高熱と冷気がぶつかり合った余波が室内の空気を震わせ、膨大な量の蒸気が溢れだす!
だが、室内を覆う蒸気からは炎の熱は感じられず、ドライアイスのような冷たさが室内の温度を数度下げていた。
「なっ……」
思わず、レズンのみならず、サンガールも呻くように声を漏らす。
それは、魔王達が二人がかりで放った大火球の魔法よりも、マールが一人で発動させた地獄の冷気の方が威力があったという事の証明。
あまりにも非常識なマールの実力と、さらに待機状態で後に控えるヒサメの存在が、レズン達の戦意を急速に奪いつつあった。
「いや、さすがは魔王。今のマールが喚び出したのは、八寒地獄の第五層『虎虎婆地獄』の冷気だったのに、ほぼ無効化するとは……」
本当に感心した様子のヒサメにレズンは顔を綻ばせるが、サンガールは心底ゾッとしたように顔を強ばらせる。
「八寒の第五層……という事は、少なくともマールさんが放った物より、高威力の魔法がまだあると言うことですね……」
「いい勘をしてるね。まぁ、死なれたら困るし、手加減するから頑張って耐えてほしい」
ニコリと笑みを見せたヒサメの背後に浮かぶ球体が、標的を補足すべくユラリと動き出す。
仮に手加減されても死ぬかもしれない魔法を、ヒサメが笑顔で放とうとする、その寸前。
レズンが項垂れながら、か細い声で訴えかけてきた。
「お願いがあるの、ヒサメちゃん……」
魔王の口から訴えられる「お願い」という言葉に、ヒサメ達が眉をひそめる。
「私じゃ貴女を囲えない事はわかったわ……。貴女が元の世界に帰りたいと言うなら、協力もする。でも……」
グッと言葉を溜めて……そしてレズンは顔を上げて言った。
「私も一緒に連れていって欲しいのっ!」
唐突なその申し出に、その場にいた全員が驚きの表情を浮かべる。
「お願いよ、ヒサメちゃん! 貴女が好きなのっ! 貴女がいない世界なんて耐えられないのよぉ!」
ヒサメの足元に、恥も外聞も無く泣きながらすがり付くレズン。
「私の魔力をれだけ搾り取ってもいいから、私も連れていって! 貴女の側に居させて欲しいの!」
その姿に、魔王としての威厳や誇りは微塵も在りはしなかった。が、一切飾ることのないむき出しの感情を吐露する必死の呼び掛けは、一種の感動のような物をマールとサンガールは感じさせてた。
「……レズン」
嗚咽するレズンに、ヒサメが静かに声をかける。
その優しげな響きを受けて、レズンは涙でぐしゃぐしゃになった顔を再びヒサメに向けた。
「私、そっちのケは無いから。悪いけど」
そうして、ヒサメは地獄の冷気が発動させ、彼女の言葉で無表情となったレズンは、無慈悲に凍り付いていった……。
「ひ、酷いじゃないですかぁっ! レズン様が、あれだけ心情を素直に告白したと言うのにっ!?」
サンガールがヒサメの行動を非難し、マールも「あれはちょっと……」といった顔をする。
しかし、当のヒサメはうんざりしたように、重いため息を吐いた。
「あのね……第三者目線で見れば、そりゃ美談っぽく見えるかもしれないよ? だけど当事者である私にしてみれば、彼女は重度のストーカーでしかないんだけど」
しかも、ヒサメ一人を探すために、国を一つ支配するほど後先考えない行動派でもある。
そんな奴を元の世界に連れて行けば、百パーセント問題を起こすに決まっているだろう。
そう説明されると、マールはおろかレズンを擁護しようとしたサンガールまでうーん……と唸ったまま、続く言葉を失っていた。
「それに、あれだよ。レズンが異世界に行っちゃったら、引っ掻き回した人間の国をどうにかする責任者がいなくなるんだが?」
「我々は元の島に退却いたしますので、ご用が済んだらレズン様をそちらにお送りください!」
面倒な後始末が残っていることに気づいたサンガールは、そう言って城内の魔族達を纏めるべく、猛ダッシュで部屋を出ていった。
「手のひら返すの早いのですね……」
主を置いてさっさと逃げる判断をした魔族達の割り切りの早さに、マールもちょっと引いている。
そんな彼女に、同じことを思っていたヒサメも苦笑を浮かべていた。
「さて、レズンを氷付けにできたからには、魅了されてた連中も正気に戻ると思うんだけど……」
サンガールを見送り、ポツリと呟きながら、ヒサメはフェルリア達に視線を向けた。
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常人ならば一撃で死亡しそうなお互いの攻撃を、紙一重でかわしあうユウゴとフェルリア。
目にも止まらぬ速さの攻防を二人は繰り返していたが、ふとユウゴの動きが止まる。
(…………あれ? なにやってんだ、俺達)
急に頭の中の霧が晴れたような気がして、ユウゴは今に至る経緯を思い出そうとした。
確か、レズン達を相手に本領発揮しようとして、ロリエルから渡されたペンダントが……。
そんな事をぼんやり考えていた所に、フェルリアの声が響いた。
「隙ありじゃあ!」
ゴッ! と鈍い音を立てながら、ユウゴの顔面に彼女の拳がめり込む!
完全に不意を突かれて、ユウゴはよろめく。しかし、それで攻撃は止まらなかった!
「おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!」
纏う風魔法で速度を増していく、高速の連打が次々と打ち込まれていく!
反撃も許さぬまま、そうして数十発ほどぶちこんだのち、トドメの一撃がユウゴに叩き込まれた!
「おりゃあぁぁっ!」
低い体勢からの、天を突くような全身を使った渾身のアッパー!
無敵滞空時間がありそうなその一撃を受けて、ユウゴの巨体がふわりと宙に舞った。
「ナ……」
薄れ行く意識の中、ユウゴは辛うじてその言葉を口にする。
「ナイス……ラッシュ……」
フェルリアに敬意を表し、親指を立てて見せながらドサリと地上に落ちたユウゴは、そのまま床に倒れ伏して失神していた。
「ふぅ……ふぅ……」
荒い呼吸を整えながら、フェルリアは滴る汗を拭う。
そんな彼女に、担当の敵を排除し終わった仲間達が、惜しみ無い称賛の拍手を送った。
「いやいや、見事である。今度は我輩とも手合わせ願いたい」
「ほんと、牛鬼を素手で倒すなんて、大したもんやわぁ」
「かっこ良かったです、フェルリア姉さま!」
「まぁ、途中からユウゴの奴も正気に戻ってたみたいだけどね」
口々に誉められて照れていたフェルリアだったが、その中に聞き捨てならない言葉があった事に気づく。
目を見開いてその言葉を放った相手、ヒサメの方に顔を向けた。
「正気に……戻っておったのか……?」
「たぶん。決着がつく前に、レズン凍らせてたし」
そう言って、美しい氷像と化した魔王を指差す。
「そ、それを早く言わんかあぁ!」
全力で殴り倒してしまった恋人の元に、慌ててフェルリアは駆け寄る。
「すまなかった、ユウゴっ!目を覚ましてくれぇ!」
錯乱しながら倒れるユウゴの胸元に顔を埋める、半泣きエルフの悲痛な呼び掛けの声が、この空間に大きく響いていた。




