71 魔王VS雪女
(見えなかった……)
タラリと溢れる鼻血を拭いながら、フェルリアの一撃を捉えられなかった事に、ユウゴは驚きを見せていた。
よく観察すれば、彼女の体を取り巻くようにして風の魔力が廻っている。
おそらく、風魔法を直接的な攻撃や防御ではなく、身体を加速させるに使っているのだろう。
「ははっ、面白い真似をするじゃねぇか」
「異世界の住人の世界の様々な話を聞いてから、柔軟に思考するようになってな……今のワシを簡単に捕らえられると思うなよ」
これから死闘を繰り広げようとしているのに、ユウゴとフェルリアの表情に悲痛な色は浮かんでいない。
「ハハハ、本当に一筋縄じゃいかねぇ!まったくお前はいい女だぜ、フェルリア!」
「嬉しい事を言ってくれるではないか……抱き締められるものなら抱き締めてよいぞ、ユウゴ」
示し会わせたように言葉を交わし動き出した異形の恋人達は、パートナーへと向かって握りしめた拳を繰り出した。
「殴り愛とか、どこの戦闘民族なんだ、あの二人は……」
呆れたように苦笑いするヒサメを狙って、レズンの虜となった戦士達が集まってくる。
「おっと、こちらも……」
氷雪魔法でそれらに対抗しようとしたヒサメ達だったが、横から突っ込んできたラヴァが、その集団を一気に蹴散らした。
「雑魚は我輩に任せるのである。ヒサメ殿達は、早々にレズンを!」
「わかった。行くよ、マール」
同じ魔王クラスではあるが、万が一にもラヴァまで魅了されては勝ち目が無くなる。
それを考慮してのラヴァの言葉に、ヒサメはマールを引き連れてレズンの元に向かった。
「ほなら、ウチもサポートに回らせてもらいます」
先程ばら蒔いておいた呪符に妖気を流しながら、ビャッコは呪文の詠唱を始める。
「汝ラノ武器ハ、千々二乱レテ傷付ケル事違ワズ!急々如律令!」
ビャッコの詠唱に反応して、彼女の撒いた呪符が光を放つ。その途端、敵の戦士達が突然同士討ちを始めた。
「てめぇ、何しやがる!」
「ち、違うんだ!剣が勝手に変な方向に曲がるんだよ!」
「んな馬鹿な……ってマジだ!」
ラヴァを斬りつけようとした戦士の剣が不意に軌道を変えて、隣にいた別の戦士に向かう。その事で、混乱はさらに深まっていった。
「ンフフ、ウチの術でおたくらは、この部屋の中ではまともに武器を扱えやしません。下手をすれば、味方を傷付けるだけですからなぁ」
コロコロと笑う妖狐に敵の戦士達は歯噛みする。
「くそっ!こうなったら全員、武器を捨てろ! 素手でやるんだ!」
一人の戦士が、剣を放り投げて叫んだ。
確かにそれならば、ビャッコの術の影響は受けまい。だが……。
「あれと……素手で……?」
心細そうに呟く彼等の視線の先には、ボディビルダーのように鋼の筋肉を鼓舞する魔王の姿。
「同士討ちをするよりはマシだ! レズン様のためにも、ここで引くわけにはいかねぇ!」
レズンの名を出され、戦士達の目には炎が宿る。
「そうだ!あの方のためなら、何も怖れる事はない!」
「うおおぉっ! レズン様、バンザーイ!」
狂信者のように雄叫びを上げながら、戦士達はラヴァに殴りかかって行った!
「その心意気やよし!我輩も手加減無しでいくのである!」
宣言と同時にラヴァは上体を左右に振り、横八の字を描くように加速して遠心力の乗った拳を振るう!
敵に的を絞らせない、左右からの連打……いわゆる、デンプシーロール(もどき)で、ラヴァは迫る戦士達を迎撃していく!
次々と悲鳴を上げながら蹴散らされていく敵の様は、竜巻に巻き込まれた犠牲者にもよく似ていた。
「まっくのうち! まっくのうち!」
「……なんですか、その掛け声」
ラヴァの猛攻を見たヒサメが送ったエールに、マールが怪訝そうな顔をする。
「ああ、これはラヴァが繰り出しているあの技を見た時、こう掛け声をかけるのが私達の世界の常識なのさ」
そうなのですか……と、奇妙な異世界の風習に首を傾げつつ、気を取り直したマールは眼前のレズンとサンガールを見据えた。
「あはぁ……人間形態の時のヒサメちゃんも素敵だけど、今の魔族っぽいヒサメちゃんはもっと素敵ぃ……」
ハート型の瞳孔が開きっぱなしのレズンは、まるでご馳走を前にお預けされている肉食獣のようだ。
「レズン様、涎が……」
口の端しから滴る主の唾液を、サンガールが己のハンカチで拭う。
そんなレズンの涎が染み込んだハンカチに、ねっとりととした情欲の眼差しを向けたサンガールは、それを大事そうに懐にしまいこんだ。
「うわ……」
魔族の主従が見せた気持ち悪い仕草に、マールだけではなくヒサメも顔をしかめる。
「ヒ、ヒサメ姉さま……あいつら、本格的に気持ち悪いです……」
「うん、私も改めてそう思う」
意見が一致する氷雪の姉妹を前に、魔王達が動きを見せた。
「さて……では、私があの少女の相手をいたします。レズン様は、ヒサメさんとしっぽりとお楽しみ……」
「ダメよ、サンガール」
軍師が提案しかけた二人きりになれる案を、当のレズンが棄却した。
「私はね、ヒサメちゃんの体は舐め回したいけど、彼女の実力をナメるつもりはないわ。下手に戦力を分散させたら、おそらく私達が負ける……」
仮にも、魔王と呼ばれる存在であるレズンにそこまで言わせるヒサメに、サンガールは目を見張る。
「そうね……私の見立てでは、ヒサメちゃんは氷雪系魔法だけなら、ロリエルちゃんに匹敵すると見てるわ」
「そ、それほどなのですか……」
主であるレズンを越える魔力を持つ魔王ロリエル。
そんな化け物に匹敵すると目されるヒサメに、サンガールはそら恐ろしい物を感じていた。
「……ですが、理解しましたよ、レズン様。ヒサメさんがいかに強大な氷雪魔法の使い手でも、私達が力を合わせた炎魔法ならば勝てるという事ですね」
我が意を得た有能な部下に、レズンは満足げに頷いてみせた。
「ええ。ヒサメちゃんが氷雪魔法に強いのは、種族的な特性があるから……」
「それ故に、種族的な弱点からも逃れられない、と」
異世界の住人でも、氷の邪妖精に近い種族であれば、やはり弱点は炎。
ヒサメの氷雪魔法と同等の炎魔法を繰り出せれば、勝利するのはこちらである。
「馬鹿の割りには、理にかなった戦術だね」
二人の話を聞いていたヒサメが、素直な感想を漏らした。
「んもう!馬鹿なんて酷いわ、ヒサメちゃん!……でも、好き」
物理的な威力のこもった投げキッスをレズンは放つが、鬱陶しそうにヒサメはそれを叩き落とした。
「さあ、お遊びはここまで。いくわよ、サンガール!」
「はっ!」
レズンの呼び掛けに、サンガールが答え、二人は手を繋いで指を絡ませて、魔法の詠唱を開始する。
それを見て、ヒサメは隣のマールに話しかけた。
「マール、この前教えたあの魔法を使おう」
それを聞いて、マールは目を輝かせた。
「ハイです!」
嬉々として詠唱を始める妹に苦笑しながら、ヒサメも同じ魔法の詠唱に入った。
ほぼ同時に詠唱を始めた二組だったが、先に魔法が完成したのはレズンとサンガールだった。
二人の目の前には、直径一メートル程もある、巨大な炎の塊が発生しており、煌々と辺りを照らしている。
「ウフフ……炎魔法の中でも基本となる『火球』。これはそれに込められるだけの魔力を込めた、『極限大火球』とでも言うべき物よ」
シンプル故に絶大なその魔法は、制御されているためかさほど周辺に熱を放ってはいない。
しかし、火球の中で渦巻く熱量は、おそらく鉄をも余裕で融解させる事ができるだろう。
「並みの術師なら骨も残らず消えるでしょうけど、ヒサメさん達なら大火傷といったところでしょうか?」
作り上げた炎と、ヒサメ達の実力を推し測って、サンガールが結末を予想する。
それを聞いて、レズンは一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、振りきるように首を振った。
「ヒサメちゃんを傷付けるのは、苦しいわ。そして悲しいわ。でも安心してちょうだい!」
ヒサメを見据えるレズンの顔が、愉悦に歪む。
「ちゃあんと、私がヒサメちゃんのお世話をしてあげる! 看病から、下の世話まで、付きっきりで! 朝から晩まで! 私無しではダメになるくらい、時間をかけてとろかしてあげるからねぇ!!!!」
自分達に対抗すべく詠唱を続けているヒサメだが、そんな彼女がレズンに心を折られ、やがてかしずきながら媚びる姿がありありと頭の中に浮かぶ。
「ああ……」
垂涎ものの素晴らしい未来予想図に、胸をときめかせているレズンから感極まったような声が溢れ落ちていた。
だが、そんな恍惚の魔王の前で、氷雪姉妹の詠唱は完成し、とっておきの魔法が発動する!
「……何て言うか、君らが馬鹿で助かったよ」
先に魔法を完成させながら、あらぬ妄想にトリップしていたレズンに対し、心の底からヒサメはそう呟いていた。
そんな彼女達の背後の空間に、完成した魔法によって穴が開いている。
そこからは異様なまでの冷気が噴き出し、それと同時に苦痛に呻く亡者達の怨嗟の声が響いていた。




