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70 惑わされる者達

「おっと皆さん、そちらの女性達を傷付けないで下さいね! 服を破くまでは可とします!」

サンガールの注意に、殺到する男達は振りかぶった武器をソッと下ろしながら、好色な笑みを浮かべてユウゴ達に手を伸ばす。が、先頭集団の数人が激しい打撃音と共に宙を舞った。


「フハハハ!我輩に手加減など、舐められた物であるな!」

戦士達を吹き飛ばした髭の筋肉質な女が、高らかに吼えながら鋼のような肉体を誇示するポーズを決める!

「な、なんだあの女は!」

「いや、女か?あれ……」

「いい……」

一部のマニアックな層以外は、その迫力に思わず怯んでしまう。

さらに、自分に注目が集まっている事を自覚したラヴァは、女装のためのドレスを脱ぎ捨て、ビャッコの術で装着してたウィッグを取り外した。

「残念であったな! 実は我輩は男だったのである!」

「な、なんだってー!」

驚愕の声は戦士達からではなく、主たるレズン達から上がった。


「わ、わからなかった……完璧な女装だったわ……」

ガクガクと震える魔女王達に「マジか、お前ら!」といった顔でユウゴ達が振り返る。

そんな彼等に何かを言い返そうとしたレズンだったが、ふとある事に気付いた。

「あら……ひょっとしてあの髭……まさか、ゲイバラー!?」

同じ魔王同士、なんらかの面識があったのだろう。

男だとわかった瞬間に、レズンはその正体を看破した。

「ンフフフ、今の我輩は魔王を卒業し、ラヴァという名で彼等と共に旅をしているのである。で、あるから、ゲイバラーと呼ぶのは止めてもらいたい」

髭を整えながら注意を促すラヴァに対して、レズンから再び黒いオーラが吹き出し始める。

「私のヒサメちゃんと一緒に旅ですって……男色趣味のくせに羨ましい!」

「ふん、貴様のように引きこもってネチネチ自慰行為ばかりしているから機を逃すのである!」

「ええい、これ以上レズン様へ本当の事を言うのは許しませんよ! お前達、やっておしまいなさい!」

「え……サンガール……」

横からチクリと刺された主は軍師を悲しげにガン見していたが、サンガールは気にも止めずに戦士達に命令を下す。

しかし、ラヴァの正体が魔王の一人と知った彼等は、魅了されていても腰が引けていた。


「ま、魔王って……」

「どおりであの強さ……納得だ」

「俺達に勝てる相手じゃ……」

怯える彼等に、さらなるサンガールの激が飛ぶ。

「しっかりしなさい、お前達!そこな筋肉ダルマを討ち取れば、レズン様からのご褒美がありますよ!」

ご褒美と聞いた下僕達の目がレズンに集まる。

サンガールに「てきとうでいいので……」と促され、レズンは一つ咳払いをして宣言した。

「勝利の暁には、私自ら頭をナデナデしてあげましょう!」

その約定に、戦士達から喝采が上がる!

「……頭撫でられるだけでこんなに盛り上がれるなんて、安い連中だな」

「そうでもないのです。こちらの人間の常識だと、異性から頭を撫でられるのは、恋人同士や夫婦にのみ許される行為なのです」

元現地人のマールに説明され、ユウゴはほぅと声を漏らして感心する。

「しかし……魔族(あいつら)がそんな人間の常識を知ってるのかねぇ?」

その質問には答えず、マールは小さく肩をすくめた。


「ヒャッハー!レズン様に頭を撫でてもらうのは、俺だぁ!」

相手が魔王とはいえ、男とわかって手加減の必要が要らなくなった戦士達は、再び抜刀してラヴァへ群がる。

だが、その集団へ横から速射砲のように、連続した不可視の矢が襲いかかった!

「ふむ、さすがドワーフ達が全力で作った魔法弓……。試作品とはいえ、大したもんじゃな」

魔力を矢に変換するタイムラグがほとんど無く、速射性や威力も申し分ない。

少し重いのが不満と言えば不満だが、牛鬼の剛力を宿す黒腕にとってはちょうどいい案配でもあった。

満足そうなフェルリアに続いて、ビャッコも呪符を周囲に飛ばして仲間達に呼び掛ける。

「あー、みんな本気でやってええよ。身バレしても、ウチの術で記憶を消しておきますさかいに」

そう言ったビャッコの頭頂部からは、少し大きめな狐の耳ピョコンと生え、腰の辺りからも数本の金色に輝く尾が延びてくる。

白魚のような指先の爪も鋭くなり、微笑む口許から覗く犬歯がキラリと光っていた。


妖狐の力を開放す彼女と共に、ヒサメも雪女の本性を晒しだす。

青白い肌と銀の髪、その肢体から吹き上がる冷気は、周囲の空気を凍らせてタイヤモンドダストを発生させる。

ヒサメ自身の美しさと、幻想的な冷気の演出が、まるで一流の芸術品のように他者の目を釘付けにしていた。

「素敵ぃ!素敵過ぎるわ、ヒサメちゃぁん!」

色々な汁を流しながら絶賛するレズンを完全に無視し、ヒサメはマールに向かって手を差し出す。

「マール……そろそろ君も、妖怪化できるはず。さあ、手を」

「は、はいです……」

緊張しながら、恐る恐る伸ばしたマールの手を、ヒサメが優しく握りしめた。

「……感じるかい、妖気の流れを」

「はい……です。とても強くて、穏やかな力の流れを感じるのです……」

「そう。なら、あとは君の体内にある、力の根源にアクセスして……」

ヒサメの妖気に導かれるように、マールは己の内へ内へと意識を集中する。

「!」

マールが、内に潜む何かに触れたと感じた瞬間、彼女の肉体がヒサメと同様な変化を遂げた!

「これが雪女の力……すごいです……」

沸き上がる冷気の奔流に、マールは我知らずうち震えていた。

「ようこそ、新たな氷雪の境地へ」

雪ん子から雪女への一歩を踏み出した事を歓迎する姉に、妹は歓喜でいっぱいの笑顔で答えるのだった。


「さぁて、それじゃあ俺も本気を出すとするか」

各々エンジンのかかってきた仲間達に感化され、ユウゴも己の本性を開放すべく妖気を集中する。

美女の姿を取っていた肉体から黒い妖気が溢れだし、圧倒的な膂力を秘めた暴力の権化へと変貌を遂げていく。

「コオォォ……」

息吹だけでもそれ(・・)が恐ろしいモノだとわかる化け物が、人の皮の下から盛り上がる筋肉と共に正体を現そうとした時……ブチッと何かが切れる音が響いた。


「あっ」

それは、彼が着けていたペンダントの鎖が切れる音。

床に落ちたソレの金属質な音と、ユウゴが漏らした間の抜けた声が重なったのはほぼ同時だった。

「し、しまった!魅了避けのペンダントがっ!」

思わず叫んでしまった次の瞬間に、慌ててユウゴは口を塞ぐ。

しかし、時すでに遅し!

レズンから放たれている強烈な魅了の魔力が、彼を襲った!

「……………」

魔女王をぼんやりと眺め、その場に棒立ちになるユウゴ。

そんな彼に、思わず仲間達からも罵倒が飛ぶ!

「な、なにやっとるんじゃ、アホウ!」

「別に相手の馬鹿さに合わせなくてもいいだろうに……」

他にもため息や叱責がユウゴに向けられるが、彼はそれらにまったく反応しなかった。


「フハハハ、まさかミノタウロスが人間に化けるとは思いませんでしたが、どうやらレズン様の魅力に堕ちたようですね!」

ここに来て、さらに自陣に有利な状況になった事に、サンガールは勝ち誇ったようにユウゴに指示を出す。

「さあ、ミノタウロス! あなたもヒサメさんを捕らえるために行きなさい!」

だが、その命令を受けた肝心のユウゴは、ギロリと彼女を睨み付けた。

「俺はミノタウロスじゃねぇ……牛鬼だ」

眼力だけで人を殺せそうな圧力を感じたサンガールが、「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げて主の後ろに隠れる。

そんな情けない軍師に代わり、レズンが口を開いた。

「では、改めて牛鬼。ヒサメちゃんを捕らえなさい」

「御意」

レズンから命令されたユウゴは、サンガールの時とはうって変わって素直に頭を下げる。

その姿に納得いかない……と、ブツブツ呟く彼女を尻目にユウゴは、立ち上がるとヒサメの方へと進んでいった。


「マジか……」

レズンの命を受け、振り返ったユウゴの目には、怪しい光が宿っている。

「そういう訳で、悪いなヒサメ。大人しく捕まってくれや」

完全にレズンの虜となったユウゴが、ポキポキと指を鳴らしてヒサメに迫る。と、二人の間に割って入る人影があった。

「フェルリア……」

ユウゴの前に立ちふさがったフェルリアは、魔法弓を床に置いて彼をジッと見据える。

「ここはワシに任せよ。ヒサメ達はさっさとレズンを捕獲せい」

「大丈夫……なのかい?」

心配そうに声をかける雪女に、ヒラヒラと手を振って任せろとの意思を示す。

「わかった」

そう言い残してヒサメはマールを率いて身を翻した。


この場から離れるヒサメ達をユウゴは追うことはせず、対峙するフェルリアから目を離さずにいた。

「俺はレズン様の命令を遂行したいだけで、お前に怪我をさせたい訳じゃないんだがな……」

暗に、邪魔するなら力ずくで押し通る事を告げるが、フェルリアに引く様子はない。

「舐められたもんじゃのう……」

確かにユウゴはフェルリアよりも強いだろう。

しかし、彼女もまた一流の戦士であり、そう簡単にやられるつもりはなかった。

「じゃがな、ワシが怒っとるのはそれだけじゃない……」

見下された事も確かに腹立たしいが、それよりももっと腹が立たったのは……。

「ワシという者がいながら、あっさり他の女に魅了されとる事じゃあ!」

神速の勢いで放たれた怒れる恋人の鉄拳が、ユウゴの顔面に突き刺さった!

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