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68 魔女王レズン・ビアンコ

通常の女性達を運ぶ馬車とは別に用意された早馬車で、ユウゴ達は弾丸輸送されていく。

休憩なども最小限に限られるこの形態は、並の人間ならずそれなりに鍛えた者でもかなり辛い物だった。

しかし、そんな過酷な強行軍にもユウゴ達は平然としており、同行する騎士達を唖然とさせていた。


「──あれが、我がコヒャクの王都だ」

道の先に見える、高い壁に囲まれた都市を指して騎士の一人が自慢気に告げる。

そんな騎士の様子に、仕える主が代わっているだろうに……と、内心で嗤いながら、ユウゴ達はその御自慢の王都に目をやった。

「ほう……」

近づくにつれ、威圧するように存在感が増してくる王都を眺めながら、思わずユウゴから声が漏れた。

二十メートルほどの高さがありそうなその壁には、物見と矢の射出口を兼ねているであろう小窓が、あちこちに備え付けられている。

しかし、意外にも城塞に備えられた装備らしい装備はそれだけで、他国と戦争を始めようとしている国の首都にしては、手薄な印象を受けた。


「なんて言うか、緊張感が無いように見えるな……」

「もっと、ガチガチに固めとると思とったんですけどねぇ……」

ユウゴとビャッコが不思議そうにしているのを見て、ヒサメがチッチッと指を振ってみせる。

「忘れていないかい、お二人さん。この世界には魔法(・・)があるんだよ」

言われてユウゴ達は、王都の壁の有り様に納得した。

例えば、王都が包囲されても、あの小窓から一斉にファイャーボールの魔法でも撃たれれば、ここを取り囲んだ連中は大打撃を受けるだろう。

そう考えれば、あの小窓の一つ一つが砲口のようにも見えてくる。

魔法という便利な攻撃手段があり、その使い手を集められる力があるのだから、過剰な防御装置は必要ないという事か。

魔法に疎いユウゴには解らなくても、恐らくこの王都には様々な仕掛けが施されているのだろう。

そんな外部からの侵入を阻む柵でもあり、今は内部から逃走することを許さない檻でもある壁に囲まれた唯一の出入り口に、ユウゴ達を乗せた馬車は一旦停車した。


「特別便だ。このまま王城へと搬入したい」

騎士隊長が所属と認識番号で身分を明らかにした後、ユウゴ達を王城へ入れるための許可を求める。

「了解しました。こちらからも、連絡を入れておきます」

荷物が特別便(・・・)という事で、王城へ入れる特別許可書をもらい、再び馬車は王都の中央を目指して進み始める。

「スムーズに動くためのシステムが構築されているみたいだな……」

「それなりに知恵の回る奴か、そうとうな面倒くさがり屋が上にいるんだろうね」

ヒサメの冗談に苦笑しながら、ユウゴは馬車の幌を少しめくって都市内の様子を伺う。

街には【ギルド】や【騎士団】とおぼしき連中が巡回などをしているが、混乱や騒ぎは見当たらない。

むしろ普通なら不仲なはずの両者が協力体制を取っている事で、整然とした秩序が保たれているようだった。


(レズンを拐ってこれ(・・)を抜くのは、ちと面倒かもしれないな……)

目的を果たすために、逃走時のシミュレートなどをしていると、いつの間にか馬車は王城の前まで到着していた。

跳ね橋が下ろされ、城壁の柵が上げられると、ユウゴ達を乗せた馬車は城内へ向かって進んでいく。

そうして城壁をくぐったユウゴ達を、城の入り口で待ち受けていたのは意外にも……というか、ある意味では予想通り、人間ではなかった。

「ご苦労! 後はこちらで受け取ろう」

側頭部から生える黒い角と、青白い肌の色をした少女が、引き渡しを要求してくる。

どう見ても魔族であり、外見だけなら騎士隊長の年齢の半分ほどにしか見えないが、少女の偉そうな態度に隊長は従順に従った。


「こちらの六名が特別な荷物になります。約一名を除いて、容姿の面では最上級かと……」

隊長からの説明を受け、魔族の少女はほぅほぅと頷きながらユウゴ達を品定めするかのように見回していく。

「なるほど、みんな(・・・)上物ぞろいだな!」

「みんな」という物言いに、(ラヴァを除いた)全員がギョッとした顔になった。

「あ、あの……コレ(・・)もアリなんですか?」

ラヴァを指差す隊長に、魔族の少女は小首を傾げた。

「? いい肉体(ガタイ)をしてるじゃないか」

「いや、髭とかあるんですけど……」

「うん。そっちのエルフに負けず劣らずの、いい毛並みだな」

どうやら本気で言っているようなその様子に、騎士隊長は「えぇ……」といった表情になる。

多種多様な容姿を持つ魔族にとっては、髭の有無やムキムキな肉体などといった外的要因は、大した問題では無いのかもしれない。


「まぁ、レズン様の好みとはちょっと違うかもしれないけどなー」

ラヴァの大胸筋をペシペシと叩きながら、魔族の少女は今まで他の連中がボカしてきた主の名をあっさり口にした。

「あの……マルガ様? その御名を口にしては……」

騎士隊長に注意され、マルガと呼ばれた魔族の少女はハッとしたように口元を押さえる。

「そ、そうだった……。私がレズン様の名前を出しちゃった事は、レズン様には内緒だからな!」

内緒と言いつつレズンの名を連呼するマルガに、隊長は諦めたようなため息を一つ吐いた。

そんな相手のやり取りから見るに、どうやらこの魔族はいつも似たようなやらかしをしているのだろう。


「──では、彼女達をよろしくお願いします」

「うん。レズ……あのお方からのお誉めの言葉を楽しみにしててな」

ユウゴ達を引き渡した騎士隊長は、そんなマルガの一言にポッと頬を染めて花のような微笑みを浮かべて城外へと去っていった。

おっさんのくせに乙女みたいな笑顔しやがって……と、心でツッコミながら、こっちだと先導するマルガの後についていく。

階段を上がり、長い廊下を進んで、たどり着いたのは謁見の間だった。

本来なら、この国の王族などが他国の者と公式に面会する時に使われるのだろう。

三十人以上が入ってもまったく余裕といった広い室内に加えて、見上げる天井はかなりの高さがあって、閉じられた空間であっても閉塞感といった物は一切感じられない。

そんな謁見の間は、扉から奥の三分の一ほどが、まるで舞台のように薄いカーテンで仕切られていて、こちらからは玉座の影らしいき物が見えるだけだ。


「今から、レズン様をお呼びしてくるからな。部屋の真ん中あたりで、おとなしく待ってるようにな」

またも禁止されてるはずのレズンの名を口にしながら、マルガはトコトコとカーテンの向こうに駆けていく。

なんとも残念な魔族の少女に苦笑しつつ、ユウゴ達は彼女が消えていったカーテンから少し離れた位置に横並びになって、レズン達の出方をを待つことにした。

すると間もなく、薄い幕で仕切られた向こう側に、二つの人影が現れる。

影達はスッと移動し、一つは玉座へと腰掛け、もう一つはその横にピッと立ち止まって直立不動の体制となった。

玉座に座った人影が軽く手を上げると、ユウゴ達と人影達を隔てていたカーテンがサーッと引かれていく。

そうして初めて敵の首魁と顔を会わせた瞬間!

ロリエルからもらった『魅了避けのペンダント』を身に付けていたにも関わらず、ユウゴの心臓はドクンと高鳴った。


カーテンの向こう、舞台の上には眼鏡をかけた秘書風の美女魔族と、玉座に座る美の化身がこちらを見下ろしている。

この鎮座する彼女が恐らく……いや、間違いなく魔女王レズン・ビアンコ。

長い髪をアップにまとめ、気だるげな表情を浮かべた彼女は、退廃的な美を感じさせる。

男を魅了するサキュバス。

それを越えたサキュバス・ハイパーの名に恥じず、その仕種すべてが官能的で目を引き付ける。

へたをすれば下品にも見られかねないほど、豊かな双丘を意識させる胸元が大きく開かれたドレスに身を包んでいて、全体的に黒を基調とした出で立ちは、実に彼女に馴染んでいた。

「よく来たわね、貴女達」

男であればもっと聞きたくなる、脳髄に染み渡るような鈴の鳴るような声。そんな声がユウゴ達を労った。

「安心してちょうだい、酷いことをするつもりはな……い……」

つらつらと流れ出ていたレズンの言葉が、こちらの一人を見た瞬間に躓いたように途切れてしまう。

(あ、ラヴァをちゃんと認識しちゃったか……)

ユウゴ達の内、一人を除いた(・・・・・・)全員がそんな事を頭に浮かべる。

しかし、次の瞬間にレズンの口からこぼれてきたのは、別の人物の名前だった。


「……ヒ、サメ……ちゃん?」

震える声で魔女王は、確かめるように雪女の名を呟く。

それを受けて、ヒサメは少々嫌そうな顔をしつつも、久しぶりだねと返した。

「ヒサメちゃん!」

突然、大声でヒサメの事を呼びながら、玉座から立ち上がる!


「ヒサメちゃん!ヒサメちゃん!ヒサメちゃん!ヒサメちゃん!ヒサメちゃん!ヒサメちゃん!ヒサメちゃん!ヒサメちゃん!ヒサメちゃんだぁっっ!」


先程までの威厳は霧散し、一転して泣き笑いとなったレズンが、ヒサメの名を連呼しながら駆け寄ろうとする!

「いけません、レズン様」

そんな主の醜態を諌めるべく、秘書の魔族が彼女のドレスの裾を踏みつけた!

「へぶっ!」

裾を踏まれてつんのめったレズンは、顔面から床にダイブして潰れたカエルのような悲鳴を上げる。

「落ち着いてください、レズン様。嬉しいのはわかりますが、みっともない真似は慎んでくださいね」

「ふぁい……」

秘書にたしなめられた魔王は、顔を押さえながらヨロヨロと玉座に戻る。

そんな魔王達の様子に、ユウゴ達はひたすら困惑するのだった……。


かなり顔面を強打したようで鼻血が少し流れ出ていたが、そんなことは気にもならない様子でレズンはヒサメを見ながらニコニコしていた。

今にも側に行きたくて仕方がなさそうな魔女王の視線を一身に向けられ、当のヒサメはうんざりしたような顔をする。

そんなダメな子オーラを放ち始めた主に代わって、秘書魔族がユウゴ達に向かって一礼し、語りかけてきた。

「よく戻って来てくださいました、ヒサメさん。貴女に逃げられて以降、レズン様はとても落ち込んでいられたのですよ?」

秘書の声には、少しばかり非難するニュアンスが含まれていたが、ヒサメの方はどこ吹く風だ。

「勝手に私を召喚しておいて、その物言いはどうかと思うけどね」

「これは手厳しい」

秘書に対して肩をすくめたヒサメは、「ところで……」と質問を返した。

「君達は……レズンは何をしようとしているのかな?」

自分の島に引き込もっていた魔王が、人間の国を支配し、あまつさえ人間同士の大きな戦争を引き起こそうとしている。

魔王ムーヴとしては正しいのだが、眼前のダメな魔王はそんな大それた真似をするようには思えなかった。


「なんのため……ですか」

口を開いたのは、レズンではなくその隣に控える秘書の魔族だった。

「この国を支配したのは、とある目的のために必要だったからですよ……もっとも、その目的も果たせましたけどね」

「目的? それはいったい、なんですの?」

すでに目的を果たしたと笑う秘書に、緊張した雰囲気のビャッコが問いかける。

「我々の目的ですか? それは……」

ゴクリと、誰かの喉が鳴った。


ヒサメさんを見つける(・・・・・・・・・・)事です(・・・)!」


バンッ!といった感じの擬音が聞こえてきそうなキメ顔とポーズで、秘書魔族は高らかに言い放った!


「………………え?」

呆気に取られるユウゴ達と、おや? といった雰囲気のレズン達。

「いま……なんて?」

「あ、ですから我々の目的は、『ヒサメさんを見つける事』です」

もう一度告げた秘書の言葉に、今度はハッキリとした困惑と混乱がユウゴ達に浮かび上がっていた。

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