66 女達を集める街へ
「おい、ビャッコ!『女』じゃなくて『怪物』を作ってどうするんだ!」
「あ、あれ? こんなはずや……」
狼狽えながらも、ビャッコは再度呪符を取り出して、もう一度先ほどと同じ手順を繰り返す。
再びポン!と軽い音と煙が立ち込め……やはり、女物のウィッグを着けただけにしか見えない髭のマッチョという、悲しき化け物が佇んでいるだけだった。
「な、なんでですの……」
自信を失いかけてへたりこむビャッコ。
そんな彼女に、ラヴァは君が悪いわけではないと語りかける。
「我輩には元々、魔法の類いが効かないのである。むしろ、頭髪を発生させただけでも大したものと言ってよいのである」
「そう……なんですの……?」
確認するようにユウゴ達に振り返るビャッコに、皆が頷き返す。
「そうですか……変化の術でしくじるなんて、妖狐の名折れと思とりましたけど……」
術をしくじった理由がわかり、へし折れそうだった彼女のプライドは回復したようだった。
「しかし、そうなるとラヴァをどうした物かのぅ……」
フェルリアの呟きに、皆がうーんと悩みこむ。
確かに女だけならレズンの元に行くのも容易そうだが、女装髭マッチョと一緒となるとそれも難しい。
「フッ……それなら我輩に、いい考えがあるのである」
そう言うと、自信たっぷりといった感じでラヴァがニヤリと笑う。
「いい考え?」
「うむ、つまりは我輩が男だとバレねばよいのであろう? ならばこうして……」
モゾモゾと股間の辺りをまさぐりながら、ラヴァはバッと着ているものを脱ぎ捨てて全裸となった!
「おまっ、何やってんだ!」
「これを見るのである!」
非難する声を無視して、ラヴァは股間を指し示す。
するとそこには有るべきモノが影も形もなかった!
「フハハハ!我輩の"ピー"を太ももで挟んで隠せば、女と誤魔化す事が可能なのである!」
「…………」
小学生レベルの一発芸を披露して高笑いする元魔王に、全員が呆れて絶句する。
「ああ、うん……それで行こうか」
諦めた顔つきの一行は、それ以上は何も言わずにラヴァの肩を叩く。
その時、全員が同じ事を考えていた。
何かあったら、女装髭マッチョを置いていこうと……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あれが、ビャッコ様達を一同に集める事になっている街です……」
コヒャク側の森林地帯を出てから約三日目。
『氷刃』の一行を乗せた馬車の行く先を示して、ビャッコの傀儡となった元敵リーダーが声をかけてきた。
「ほほう……」
美女に化けているユウゴが馬車の幌から顔を出し、だんだん近づいてくる街の影を見て、ペロリと唇をなめる。
敵リーダー達の行動は、まずいくつかのチームに別れて国内に散らばり、女を集めて合流してから一斉に王都まで運ぶ手はずになっていたらしい。
下手に少数で動くより、大勢に紛れた方が潜り込み易いと判断したユウゴ達は、そのまま敵の動きに乗じる事にした。
ただ、ユウゴ達が敵リーダー以外の面子を全滅させてしまったので、誤魔化すための小芝居が必要となっている。
「皆、上手くやれよ」
仲間達にユウゴが声をかけると、任せろと言わんばかりの大きな頷きが返ってきた。
──馬車が街の入り口まで近づくと、門兵が確認のために彼等を止める。
「第十三チームだ。女を運んできた」
「おう……って、他の連中はどうした?」
女達を見張るため、荷台の方に二、三人はいるのかもしれない。
しかし、このチームは十人以上のメンバーがいたはすだ。
「俺以外は全滅した……」
「なにっ!?」
チームリーダーの思わぬ一言に、門兵も驚きの声を上げる。
「エルフどもを追っていた所に、他国から紛れ込んだ【ギルド】の連中とかち合ってしまってな……そこのチームとエルフの女は捕らえたが、こちらも壊滅的な被害を被ったって訳だ」
「そ、そうだったのか……」
ここ最近は、コヒャクに他の国の諜報員や密偵といった輩が多数入り込んでいる。
このチームリーダーが遭遇したのも、そういった類いの連中だろう。
「まぁ、大変だったな。疲れてる所だろうが、いちおう積み荷をチェックさせてもらうぞ」
「ああ……」
消沈するチームリーダーの許可を得て、門兵は馬車の後ろに回ると幌の中を除き込んだ。
「っ!!」
門兵は思わず息を飲む。
馬車の中で手足を縛られていたのは、彼が今まで見たこともないレベルの女達だった。
武骨な皮鎧に身を包みながらも、微塵も美しさが陰る事はない女戦士。
眼鏡の奥に知的な光を宿した美貌を持ちながら、ローブの上からでも男を惑わせるような肢体のラインを浮かばせる蠱惑的な女魔術師。
将来、大輪の華を咲かせる事が約束されてはいるが、未成熟な愛らしさを愛でずにはいられない魔術師に似た美少女。
赤と白が目を引く民俗衣装ような珍しい格好と、それに伴うエキゾチックな色気が脳を痺れさせる妖艶な美女。
熟練の職人が手掛ける貴金属のを思わせる白金の毛並みと黒銀の腕、しかし内側から沸き上がる野生の美も感じさせずにはいられない美しきエルフ。
流れるような金の髪に、一切の型崩れのない気品ある髭、はち切れんばかりの筋肉が登載された巨体は一流の芸術品を思わせ……。
「んんっ!?」
奇妙な声をあげながらも、門兵はその人物を二度見した!
目が合うと、その女に見えない怪物はにんまりと笑みを浮かべる。
「ひぃっ!」
悲鳴をあげ、腰を抜かしてへたりこむ門兵。
「どうかしたか?」
御者台に座るリーダーから問いかけられ、門兵は四つん這いのまま掠れた声で答えた。
「こ、こ、この中にっ、化け、化け物がっ!」
「誰が化け物であるか?」
頭上から聞こえた声に、思わず門兵は顔を向ける。
するとそこには、荷台から上半身を乗り出した髭の怪物が彼を見下ろしていた。
声にならない悲鳴をあげかけた門兵の首を、その怪物はむんずと掴んで持ち上げる。
「お主はあれであろう、これだけの美女が揃っているのに、自分に役得が無いからゴネているのであろう?」
絶対に違うし、この髭が自分を美女にカウントしている事が理解できない。
そう叫びたい所だったが、首を掴む奴の力は恐ろしく強く、下手なことを言えばあっさり延髄をへし折られそうで、声が出せなかった。
「ふむう……」
ジロジロと品定めしているかのように、髭の怪物は門兵を舐めるように見回している。
顔が近づくと、この怪物はどうやら化粧も施している事がわかり、さらには香水でも使っているのか、鼻をくすぐるフローラルな香りがおぞましさを加速させていく。
「あまり我輩のタイプではないのである……」
その呟きはまるで福音のように思えた。
だったら早く自分を離してどこかに行ってくれと、門兵は神に祈る思いで救いを求める。
「だが、今日は特別サービスである」
そう言うと、怪物の髭面が徐々に近づいてきた。
止めて、助けてと暴れる門兵の必死の抵抗もむなしく、ラヴァの唇が彼の口を塞ぐ。
「~~~~~~~~~っ!!!!!!」
門兵は狂ったように暴れた後に、次いでビクビクと痙攣していたが、やがて意識を失うとその体は糸の切れた人形の如くダラリと弛緩した。
チュポンと軽い音をたてながら唇を離したラヴァは、失神した門兵の体を地面に横たえ、ごちそうさまでしたと小さく手を合わせる。
そして、ユウゴ達も不幸な門兵に、心からの合掌を送るのであった。
その後、意識の無い門兵をビャッコの呪符で立たせて、街の門の前に配置する。
これですぐに異変が起きているとはバレないだろう。
「さぁ、街の中へ入ろうか」
機嫌の良さそうなラヴァに促され、一行を乗せた馬車は女達が集められる建物を目指して進んで行った。




