65 潜入作戦
(一瞬だな……)
リーダー格の兵士は、敵のメンバーを見てそう戦況を予想した。
どこの国の【ギルド】チームかは知らないが、彼の部下は国の正規兵にコヒャク国【ギルド】の一級が二チームだ。
強さは申し分なく、人数が圧倒的に勝っているこの状況にリーダーがそう考えたのも無理はない。
そして、その予想通りに勝負は一瞬で決着した。
彼の予想とは反対の結果で。
鎧袖一触。
会敵した両陣営がまさに接触する刹那の瞬間に、ユウゴの手斧が、ラヴァの拳が、フェルリアの矢が、そしてヒサメとマールの氷雪魔法がコヒャク陣営の精鋭を仕止める!
「!!」
信じられない光景を目の当たりにし、リーダー格の男から驚愕の声が……漏れなかった。
(な……にが……)
リーダーは声も出せず、さらに身動きひとつ出来なくなっている己の現状に、パニックに陥りかけていた。
「ああ、安心してええよ。お宅からは情報が取れそうやさかい、とりあえず生かしておきますよってに」
いつの間にか、彼の背後に回っていたビャッコが優しく話しかける。
彼女の金縛りによって動きを封じられ、滝のような汗を流すことしかできなくなっている敵リーダーは、そのサディスティックな笑顔を窺い知ることはできなかった……。
「……本当に、ありがとうございます」
襲われていたエルフ達が深々と頭を下げる。
ザクスン側で揉めたエルフとはまったく違う、その素直な態度にユウゴは内心でわずかに驚いていた。
「まぁ、礼には及ばんよ。俺達も情報が欲しかったんでな」
そう言ってエルフ達に頭を上げさせたが、彼等はまだなにか恐縮しているようだった。
なんだろうと彼等の様子を窺ってみると、どうやらエルフ達の関心はフェルリアに向けられているらしい。
「うちのメンバーに、何かあるのか?」
正統な金のエルフが、フェルリアのような銀のエルフを忌み子としてさげすさんでいるのは知っている。
だから、その事で彼女を侮辱しようものなら、即座にぶん殴るくらいの気持ちでユウゴはエルフ達に問い掛けた。
「いえ……もしやそちらの方は『銀狼』殿ではないかなと……」
意外にも言葉に敬意を滲ませながら、エルフはフェルリアの方を見る。
「……どこかで会ったか?」
小首を傾げる彼女に、エルフ達はパッと表情を輝かせた。
「かつての人間達との戦争の時に、我々の集落の者達は貴女に助けられました」
かつての戦争……それは、フェルリアが放逐される切っ掛けとなった時の物だろう。
「族長の所業は聞き及んでいました……。我々は、恩人であり英雄である貴女の行方を気にしていたんです」
当時は片腕を切り落とされた銀狼を、このコヒャク側の集落で匿おうという話も出ていたらしい。
しかし、族長であるリュミエルからの厳命が下り、彼女の行方を探す事すら禁止されていたとの事だった。
落とされた腕が今は再生している事に、エルフ達は喜びを口にする。
そして、再び彼等を助けてくれたフェルリアに改めて礼を言った。
そんな彼等を前にして、ふいとフェルリアは背を向ける。
何か気分を害してしまったのかと不安そうになるエルフ達に、ユウゴは軽く手を振りながら大丈夫だと告げた。
「こいつ、ちょっと照れてるだけだよ。顔が真っ赤だしな」
余計な事を言うでないわと、背を向けたままフェルリアはユウゴのわき腹辺りをポコポコ殴る。
英雄が見せた微笑ましい仕草に、エルフ達の顔にも笑みが浮かんでいた。
「ところで、今回の……まぁ、あんたらが襲われていた一件も含めて、いったいコヒャクでは何が起こっているんだ?」
他国に喧嘩を売るだけならわからなくもないが、国内で内紛の切っ掛けになりそうな誘拐まがいの事を行っている理由がわからない。
「我々もよくは知らないのですが……しばらく前から、コヒャク国内であらゆる女を王城に集めるという法律が施行されたのです」
「あらゆる……女を?」
「ええ。そして、それは人間のみならず我々エルフや国内に住むドワーフなど、全ての種族が対象でした」
つまり、全方位に喧嘩をふっかけ廻っているという事だ。
はじめは、かつての戦争や一部の集落で行われているという、人間狩りの報復かと思ったとエルフは俯く。
しかし、そういった要因とはまったく別に、女達を誘拐する行為が行われているらしかった。
「他国との戦争が始まるってのに、そんな真似をしてたら暴動なんかが起きそうなものだけどね」
ヒサメの呟きに、エルフの一人が頷く。
「事実、暴動の類いは起きているのです。ですが……」
「ですが?」
「何故だか、女達を取り返しに行った者達が、敵の手下となって仲間を取り締まうという状況なんです……」
訳がわからないと嘆くエルフ達。
しかし、魔王レズンがこの一件の黒幕であるなら、女達が拐われる理由はともかく、男達が寝返る理由に説明がつく。
「こりゃ、やっぱり乗り込んでみるしかなさそうだな……」
ユウゴの言葉に、『氷刃』メンバー達は大きく頷いた。
「──さて、敵リーダーをどう使ったもんかな……」
あれから、エルフ達に森林地帯の出口を教えてもらい、死体の処理を頼んで別れたユウゴ達は、かのリーダーを小脇に抱えて森林地帯の切れ目近くにまで移動をしていた。
いまだ金縛りの影響下にある敵のリーダーを前にして、その処遇を検討する。
「む、無駄だ……俺は、あの御方を……決して、裏切らん……」
何か情報を聞き出せないかと口だけ自由にしてみたものの、出てくるのは『あの御方』とやらへの忠義の言葉ばかり。
あの御方というのは魔王レズンなんだろう?と確認を取ろうとするも、敵リーダーは名前は知らぬと言い張った。
「あの御方を前にすれば理解できる……我々とは、あの御方に服従するために生まれてきたのだと……」
名前すら知らぬ相手だというのに、凄まじいまでの忠誠心を示す敵リーダーに、そら恐ろしい物を感じて、一行の背筋が冷たくなる。
「レズンは淫魔だったよな?」
「いや、サキュバスを超えたサキュバス、『サキュバス・ハイパー』である」
ユウゴの問に、ラヴァは至極真面目に答える。
正直な所、違いはよくわからないが某戦闘民族が逆立つ金髪になったような物なんだろうなと、妖怪組は勝手に納得することにした。
「情報が取れぬのであれば仕方があるまい……始末するか?」
「いや、それやったら完全に傀儡にしてもうたらええんとちゃうかな」
敵リーダーをどう扱うかで意見を求めると、ビャッコがそんな事を言い出した。
「すでにレズンの傀儡なのに、それをさらに操るなんて、できるのですか?」
マールが疑問を口にすると、そこはウチの技の魅せ所やねと、ビャッコはウインクしてみせる。
「相手の術を利用した上書きみたいなもんやから、そんなに難しい事はあらへんよ。それに、化かすのは狐の専売特許や」
冗談めかして言いながらも、その目には妖狐としてのプライドが燃えていた。
「それじゃあ、始めますわ……」
袖口から呪符を取りだし、身ぶり手振りを交えながら真言を唱える。
「………、急々如律令!」
カッと目を見開き、気合いと共に呪符を敵リーダーに張り付ける!
その途端、反抗的だった彼の表情が弛緩した。
「……ウチの命令は絶対や。ええな?」
「はい……貴女様の命令は、絶対です……。何なりと、ご命令ください……」
ビャッコの命令に従う事が至福の喜びといった顔で、敵リーダーは彼女の前にひれ伏した。
思わずユウゴ達が拍手すると、ビャッコは得意気な表情で胸を反らす。
「さぁて、ほならこん人をどうやって使おうか?」
一応、彼の知る情報の全てを吐かせてみたが、肝心な事柄はまったくわからなかった。
そうなると、敵リーダーの利用法として一番よいのは、敵中枢への案内役だろう。
そう考えたユウゴは、全員が捕虜になった体でリーダーに案内させ、一気にレズンの喉元に迫る策を提案する。
「まぁ、ウチらはええやろうけど、ユウゴさんとラヴァさんは……」
集められているのは女のみ。
冴えないおっさんと、厳ついおっさんは完全に敵の対象外だ。
「おいおい、俺を誰だと思ってるんだ?」
ニヤリと笑ったユウゴの姿を、彼の体から沸き上がった黒い霧のような妖気が包み込む。
少しして妖気の霧が晴れると、そこには冴えないおっさんの姿は無く、代わりに絶世の美女が立っていた。
「!?」
驚愕する一同。
「ふむ……」
装備はそのままなのに、その武骨ささえも美女を引き立てるアクセントとなり、思わずため息が漏れてしまいそうになる。
そんなメンバー達を前にして、ユウゴ(?)は化けた自分におかしな所はないか、あちこちを見回して確認していた。
「ユ、ユウゴなのか……!?」
かろうじて声を絞り出したフェルリアに、美女はコクンと頷いく。
「牛鬼は女子供に化けるのも得意なんだぜ?」
ふふんと無邪気に鼻を鳴らす仕草も、おっさんバージョンのユウゴとは似ても似つかない。
そんなユウゴに、フラフラとした足取りでフェルリアが近付いていった。
「? どうした、フェルリ……」
ユウゴが言い終わる前に、フェルリアはガッ!とユウゴ(女)の豊かな胸を鷲掴みにする!
「なんじゃ、この胸は!ワシより大きいではないかっ!」
「なっ……!?」
突然の責めにユウゴが言葉を無くすが、フェルリアはお構いなしで悔しそうに巨乳を揉みしだく。
「オヌシは大きいのが好きだとは知っておったが、こんなにか!? こんなにもか!?」
ワシでは物足りんのかと、フェルリアは揉み続ける。
「ばっ、お前!な、なにを言って……」
しどろもどろになるユウゴの背後では、ヒサメとビャッコが「おっぱい星人だからね……」「おっぱい星人なんか……」などと、胸元を隠して囁きあう。
からかわれているのは解っていたので、ふざけんなと一括してユウゴはいまだに自分の胸を揉むフェルリアの肩を掴んだ。
「落ち着け、馬鹿!……お、俺はお前の胸で満足してるぞ……」
その言葉を聞いて、胸を揉む彼女の手が止まる。
「この姿は、あくまで男のロマンってやつだ。実際は、お前ぐらいの体型が好きだから安心しろ!」
聞きようによっては最低な物言いかもしれないが、それでもユウゴに「好きだ」と言われたフェルリアは顔を赤く染めた。
「本当か……?」
「本当だ!」
「……なら、許す」
そう言うとフェルリアはユウゴの胸から手を離し、ポフンと体を預けてくる。
彼女の体を抱き止めたユウゴは、やれやれと嘆息しながらも優しくフェルリアを撫でてやった。
そんな二人を、ニヤニヤしながら口笛などで囃し立てるヒサメ達を、ユウゴは強い視線で睨み付けていた。
「ユウゴ殿の話はついたようなので、次は我輩であるな!」
二人が落ち着いたのを見計らって、ラヴァが名乗りをあげる。
確かに自力で化けられるユウゴとは違い、ラヴァという素材は変装でどうにかなるレベルを越えていた。
「これを女に仕立てあげるのって、可能なのか……?」
二メートル超えの慎重、筋肉隆々の肉体……これをどう誤魔化すか、すでに諦めかけているユウゴ達を尻目に、ズイッとビャッコが一歩前に出た。
「ほな、ここはウチに任せてもらいましょうか」
自信ありげな彼女の言葉に、一行はすべてを任せる事にした。
ビャッコは胸元からまたも呪符を取り出すと、敵リーダーを術にかけた時のようにラヴァに向かって呪符を張り付ける。
すると、呪符から沸き上がった煙がラヴァを包んだ。
……やがて煙が掻き消える。そしてその場に現れた人物の姿に、ユウゴ達は絶句してしまっていた。
「…………………」
カールがかった金糸のような髪!ピンとその存在感を、醸し出す口髭!はち切れんばかりの鋼の筋肉!
……果たしてこれを女性というカテゴリーに分類して良いのかと、小一時間ほど迷いそうなクリーチャー。
そんな元魔王の姿がそこにはあった……。




